ギルドの仕組みについて
「──……ここが、この街の冒険者ギルドか」
「結構しっかりしてるのね、意外だわ」
九重の御伽噺の店主、狐人のリエナから自分たちの触媒を作る為の素材を調達してきてほしいと頼まれた三人のぬいぐるみたちは現在、店から少し歩いた場所に佇むドルーカの冒険者ギルドにやってきていた。
流石に王都のそれとは比べるべくもないが、それでもハピの言葉通り周囲の家屋とは違う堅牢な造りの建築である事からも、この街においての冒険者稼業は少なくとも根無草の様なものとは思われていない様で。
扉から入れ違いに出たり入ったりしている冒険者たちを見ても、その日暮らしという外見の者はいない。
武器や防具、触媒といった装備は使い古されていたりはするものの、ハピの瞳から視て安価な物はなく。
一人一人の格は決して低くないと言えるだろう。
……それはそれとして、ウルたち三人に対し男女問わず好奇的な視線を向けてくるのはまた別問題だが。
「……ねぇ、もう入ろうよ。 凄い見られてるし」
「分かった分かった、おい行こうぜ」
「……えぇ」
いつもは望子以外の存在が取る一挙手一投足に微塵も興味がないフィンでさえ、こうして向けられる奇異の目は決して気持ちの良いものとは思えず、『早く早く』と促されたウルはギルドの扉に手をかけた──。
扉の向こう──ギルドの中は酒場、或いは食堂の様な間取りになっており、おそらく給仕であろう女性たちが忙しそうに運ぶ料理や酒を、まだ昼過ぎだというのに冒険者たちは赤ら顔で舌鼓を打っていたのだが。
ぬいぐるみたちが足を踏み入れた瞬間、宴会の様な騒がしさに包まれていたギルドは三人の流麗な亜人族が現れた事で一瞬の静寂に支配されるかと思いきや。
「──……んん!? おい! あれ見ろよ!」
「あ? 何だ──うお! 凄ぇ上玉!」
「確かに──けど亜人族かぁ、パスだな」
「そうか? 俺は全然いけるけどな!」
「お前は女なら何でもいいんだろ!?」
酔っているからなのか、それとも酔いなど関係ないのかは分からないが、ウルたち三人を見た男性冒険者たちはこぞって『抱けるか抱けないか』で騒ぎ出し。
「──本当、下衆ばっかり。 あー、やだやだ」
「でも、ああなっちゃうのも無理ないわよ」
「ね。 すっごい美人よ、あの亜人族たち」
「……声かけてみようかしら?」
下半身でしか物を考えられない、そんな男たちに冷ややかな視線を向ける女性冒険者たちは、されどウルたち三人がギルド中の視線を集めてしまっても無理はないくらい美しい事自体は否定が出来ず、『男どもに先を越される前に』と呟き合ってはいたものの──。
「無駄よ。 どうせ、あの人が声をかけに来るわ」
「「「「……あぁ……」」」」
その内の一人が葡萄酒を呷りつつ、『あの人』と何やら不明瞭にしながらも声をかけるのはやめた方がいいと忠告した事で、それを聞いて納得したらしい彼女たちが早々に諦めて食事や歓談へと戻っていく一方。
(あの人──……まぁいいや何でも)
当然、小声だろうが何だろうが聞きたくなくても聞こえてしまうフィンは、『あの人』とやらが誰なのか少しだけ気にはなったが──すぐに興味をなくした。
本当に、本当に望子以外に興味がないのである。
ギルド中の冒険者たちの話の種になっている事は理解しつつも、そちらの方へ関与せぬまま三人が真っ直ぐ歩いていった先には、つい先程までの騒がしさとは縁遠そうな雰囲気の、おそらくギルドの職員なのだろう女性たちが腰掛けて事務作業する受付があり──。
いくつもある窓口は全て何らかの用件で訪れている冒険者で埋まっていたが、ちょうどその内の一つが空いたのを確認したウルは、ズカズカと歩み寄りつつ。
「──……なぁ、ちょっといいか?」
「え──……あ、はっ、はい!」
トントン──と木製の受付台を指で叩きながら声をかけたところ、その受付嬢は作業していた書類から顔を上げ、ほんの少しの空白を開けてから返事をした。
どうやら唐突に現れた三人の美人な亜人族たちに目を奪われていた様だが、すぐに気を取り直してみせた事からも、このギルドの職員たちの有能さが窺える。
「こほんっ──……こんにちは! ようこそ、ドルーカの冒険者ギルドへ! 皆さんは新規登録の方ですか?」
そして受付嬢は、ぺこりと椅子に座ったままの姿勢で礼をしつつ、おそらく決まり文句なのだろう挨拶をしてから『新規か既存か』と三人に問いかけてきた。
「あー……いや、依頼をな? 受けてぇんだが」
「依頼の受注ですね? かしこまりました!」
勿論、新規ではない彼女たちを代表したウルが『あたしらって新人に見えんのかね』とでも言わんばかりに髪を掻きながら答えたところ、それを受けた彼女は笑みを崩さず手元の書類を端に寄せつつ対応し始め。
「では免許証のご提示をお願いします!」
「……ん、これでいいか?」
「はい! 少々お待ち──」
何はともあれ、まずは免許証を確認しなければ始まらないという事もあり、その受付嬢が各々免許証の提示をとお願いしてきた事で三人は免許証を取り出し。
一応、偽造されている可能性もなくはないという事もあってか、その免許証に目を通そうとした時──。
「──……えっ?」
「「「?」」」
受付嬢は、きょとんとした表情のまま疑問符を浮かべて固まってしまい、それを見ていた三人もまた何の突拍子もない疑念がこもった声に違和感を覚える中。
その受付嬢は確かに、いくつか疑問を抱いていた。
(──……王都で登録を? いや、普段ならそんなにおかしくはないけど……この登録日は、ちょっと……)
一つは三人が冒険者として登録された場所と日付について──それぞれの免許証には『王都セニルニアで登録された』事と『一週間前に登録された』事が記されており、それ自体は別に珍しいという訳でもない。
……が、『現在の王都セニルニアの状況』を大して距離が離れてもいないドルーカの民が──ましてや冒険者ギルドの職員である彼女が知らない筈もなく、その事を考えるとこの日付はおかしいというのが一つ。
(依頼達成数は……ゼロ? でも『等級』は──)
そして、もう一つは『依頼』という冒険者以外の者たちから寄せられ、ギルドを仲介して受注が可能となる彼らにとっての仕事について──免許証には、その冒険者が今まで受注してきた依頼の達成数や達成度が記されるのだが、そこに記されていたのは彼女たちの依頼の達成数や達成度が全くのゼロだという事と、それらの要素を基に決められる冒険者の格、『等級』が高くはないが決して低くもないという謎めいた事実。
ちぐはぐな免許証を見た彼女が『うーん』と唸って思案する中、痺れを切らしたハピが爪で床を鳴らし。
「……何か不備が?」
「えっ──」
もしや不備でもあったのか、まさか王都まで戻らなければならないのか──などの疑心を込めて問うたところ、ハッと我に返った受付嬢は首と手を振りつつ。
「あ、あぁ失礼しました! いえいえ、これといって問題ありませんでしたよ! こちら、お返ししますね!」
場所や日付、依頼の達成数や等級といった違和感は多いものの、いつもなら特に言及する事もない箇所であるのも事実である為、速やかに返却してみせた後。
「っと、そういえば名乗っていませんでしたね。 当ギルドの受付担当、エイミーと申します。 お三方、依頼の受注は初めてなんですよね? もしよければ受注からの一連の流れをご説明させていただきたいのですが」
「……そうだな、よろしく頼む」
気を取り直す様にわざとらしく咳払いをしつつ、エイミーと名乗った受付嬢は簡単に自己紹介を済ませ。
受付台の下にある棚から手引きの様な物を取り出してから、ウルたちが未経験だからと依頼について説明すると口にした為、三人は有難く説明を受ける事に。
「では、あちらの依頼掲示板の方へ参りましょう」
「……貴女、受付を離れていいの?」
「私一人くらいなら大丈夫ですよ」
それから、まず最初にと言わんばかりにエイミーが席を立ち受付を離れんとするも、『受付嬢』なのに受付を離れていいのかとハピが当然の疑問をぶつける。
しかし、このギルドには当然ながらエイミー以外にも受付嬢は多く在籍しているし、そもそも窓口自体も一つや二つどころではない為、問題ないらしかった。
彼女が依頼掲示板と呼ぶその掲示板には魔獣や魔蟲の討伐、捕獲、薬草や鉱石の採取や採掘、或いは探索などといった依頼の情報や依頼人、報酬や受注条件が記されている羊皮紙がいくつも貼られており、エイミーがすらすらと説明しているその間にも、ウルやフィンは興味深そうに多種多様な依頼に目を通している。
「へー、色々あるんだねぇ」
「あたしは討伐がいいな」
「虫も? 出来るの?」
「……うるせぇ」
……という感じの呑気な会話をしながら。
「ちなみに──この依頼掲示板に貼られている全ての依頼が最初から受注可能という訳ではありませんよ」
「え、そうなの?」
「はい。 それを可能にするのが──」
翻って、そんな二人の会話を聞き逃していなかったエイミーは、ウルたちが指を差したり見つめたりしている依頼を指し示しつつ、『ちなみにそれも受注不可です』と告げたところ、フィンが意外そうな表情を浮かべるのとは対照的にハピは訳知り顔で口を開いて。
「──等級、でいいのよね?」
「はい、その通りです」
等級の高低によって受けられる依頼の難易度が変わってくると王都の冒険者ギルドのマスターから受けていた説明を、ハピはただ一人しっかりと覚えていた。
等級とは──……文字通り全ての冒険者に『等』しく与えられる十の位から構成された階『級』の事で。
下位三等級──原石、黒曜、鋼鉄。
中位四等級──瑠璃、翡翠、紅玉、銅。
そして上位三等級──銀、金、白金の十段階。
達成した依頼の数や難度によって昇級したり、または依頼を成功させても問題を起こす様な事があれば成否に拘らず降格したり──といった事もあるそうだ。
当然、上にいけばいく程に数は少なくなっていき。
……白金等級は、もう一人も残っていないらしい。
言わずもがな魔族との戦にて殆どが命を落としているからであり、そもそも数える程しか存在していなかった事も相まって事実上の形骸化を遂げているとか。
などといった事を、『ご存知だと思いますが』と言いつつも、エイミーが懇切丁寧に説明をする一方で。
「「へー」」
「聞いてなか──……ったのね……」
「あ、あはは……」
まるで初耳だと言わんばかりの反応を見せるウルとフィンに対して、ハピは心から呆れ返った様子で溜息をついており、それを見ていたエイミーは何となくだが彼女たちの関係を理解して苦笑いを浮かべつつも。
「……まぁ、どうしても受けたいというのであれば別の手段もあるにはありますが──きっと皆さんは優秀なのでしょうし、あっという間に昇級出来ますよ!」
「え、何でそんなの分かるの?」
もしも等級が低い状態で、ウルたちが見ていた様な受注出来ない依頼を受けたいのであれば、それを可能にする方法もなくはない──と教えようとしたが、すぐに胸の前で両手を握る様な姿勢を取るとともに三人の優秀さを見抜き、その必要はないかもと激励する。
が、しかし──どうして自分たちが優秀なのだと言えるのかという事が理解しきれず、フィンが半ば大袈裟に首をかしげて問いかけてみると、エイミーは手引書を持っていない方の人差し指をピンと立ててから。
「それは、お三方が依頼未経験であるにも拘らず下から三番目──鋼鉄に認定されているから……ですね」
「「「……?」」」
その理由は、まだ冒険者としての活動をしていないのに、ウルたちが最下位の原石ではなく下から三番目の鋼鉄に認定されているから──と語るも、ウルやフィンどころかハピまでもが首をかしげてしまう始末。
「えぇと……おそらく登録の際にギルドが用意した試験官と模擬戦をしていただいたと思うのですが──」
そんな彼女たちに対し、エイミーは決して苛立つ事なく手引書をぱらぱらと捲りつつ解説し始める──。
彼女が口にした通り、ウルたちは王都で冒険者登録をする際、用意された試験官と簡単な模擬戦をした。
……実のところ、その模擬戦での勝ち負けは登録の可否や等級の判断には大して関係がなかったらしく。
重要なのは、その戦闘の内容であり──ただ闇雲に武器を振るったり魔術を行使したりといった如何にもな新人には『原石』を、ある程度の戦闘慣れが垣間見えたのならば『黒曜』を、とても新人とは思えない程の動きや思考を以て善戦出来れば『鋼鉄』を与える。
つまり、どれだけ駄目でも原石にはなれるし。
如何に強くとも、いきなり鋼鉄以上とはならない。
より質の高い依頼を受けたいのなら、より質の低い依頼を地道にこなして等級を上げろという事らしい。
……また、これは完全に余談だが。
模擬戦なんて危ない事させられないよ──というフィンの言葉により望子は無条件で原石に認定され、よく分かっていなかった望子はそれを受け入れていた。
本来であれば、そんな特例が認められる訳もないのだが、そこはぬいぐるみたちが睨みを利かせた様だ。
「では、さっそく受注する依頼を決められますか?」
「あー、それなんだけどな──」
その後、実際に依頼を受注してみるかとエイミーが提案したところ、ウルは腰につけていた革袋から一枚の羊皮紙を取り出し、それをエイミーに手渡しつつ。
「そこに書いてる素材を集められる依頼はあるか? もし仮にあったとして……あたしらは受けられるか?」
「えぇと──……ちょっと確認してみますね」
リエナから頼まれた素材リストを見せたうえで、そこに記されている素材は鋼鉄等級の自分たちでも受注出来る依頼で集まるかと問うと、エイミーはすぐさま依頼掲示板に貼られた依頼書と照らし合わせたが。
「……こちらの二つは問題ありません。 おおよそ常時受注可能な依頼で収集可能ですから──……が、こちらの『双頭狂犬』は最低でも瑠璃以上でないと……」
他二つはともかく、エイミーが口にした双頭狂犬なる魔獣の素材だけは鋼鉄等級では不充分だと告げる。
双頭狂犬とは文字通り頭を二つ持つ凶暴な犬の魔獣であり、おおよそ草原などに群れで巣を作って近くを通りかかった獲物を狩猟するという──もしも一党なら瑠璃、単独なら翡翠以上が望ましい強敵との事で。
「げ、あたしのかよ……どうすっかな──」
エイミーの言葉に出てきた魔獣の名前を聞き、それが自分の素材リストにあると知ったウルが近くの空いたテーブルに寄りかかりつつ、『先に二人を手伝って等級を上げてからにするか?』と考えていた時──。
「──……失礼、麗しいお嬢さん方」
「あ?」
そんなウルたちの間に割り込む様に話に入って来たのは、ウルたち三人より少しだけ背が高く、リエナよりは少しだけ低い程度の高身長を誇り、まるで狩人の様な軽装と両腕に装備した弩弓が特徴的な、どうにも男か女かの判断に困る容姿の細身な美人であり──。
「お困りの様だけど──何か力になれないかな?」
もう一つ大きな特徴として非常に目立つ、その横に長い耳の左側にだけ耳装飾をつけた目の前の美人は。
俗に、『森人』と呼ばれる亜人族だった──。
「よかった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、評価やブックマークをよろしくお願いします!




