犠牲とせねばならぬモノ
次々に戦闘不能へ追い込まれていく中、最前線中の最前線たる結界の外で極寒という表現さえ凍てつかせる程の猛吹雪と人間大の氷塊に対処しながら戦っている者たちも居た。
ウル、ハピ、フィンのぬいぐるみ組と、アドライト。
現状、コアノルと戦っていると言えるのはこの四人だけ。
レプターの結界は外側だけでなく内側も強固な為、中に居ながら反撃する事が出来ない以上、仕方ないのだが──。
──その四人が十全に戦いへ臨めているかと言われると。
……首を横に振らざるを得ないだろう。
何しろ先述した様に、リエナとスピナが深い深い傷を負って以降、反撃の一つも許されぬ程に追い詰められており。
(あたしじゃなきゃとっくに凍え死んでるぞ……!!)
(逸らすのも限界があるわよ……!)
かたや漆黒の氷塊を溶解する程の業炎と、それによって模られた暴君竜の鎧を纏う事で耐えていたウルと、かたや吹き荒ぶ猛吹雪を押し退けて進める程の暴風と、それによって模られた翼竜の鎧を纏う事で耐えていたハピはまだしも。
『アド、大丈夫か!? さっきから黙りこくってるが……!』
「……大丈夫。 今のところは、だけど」
『なら良いけどよ──ッとぉ!? 危ねぇなクソが!!』
総合力ではレプターにさえ迫る程に優秀である事は間違いないものの、ともすれば強引にも思えるぬいぐるみたちの様な手を打てる訳でもないアドライトは、ウルの呼びかけに何とか反応出来る程度の活力しかない様にも見える。
実際、ないと言えばないし──あると言えばあるのだ。
彼女は森人、植物と交信する特性を持つ亜人族。
コアノルが大陸ごと支配する前、リエナの魔術で転移してからすぐ、アドライトは魔大陸中の植物という植物全てと交信し、その中でも特に強い魔力と耐性を秘めた〝原種〟に属する植物の力を〝加護〟という形で借り受けていた。
剛性、弾性、耐火性、耐水性、絶縁性、毒耐性、etc。
しかしそれらも少しずつ、そして確実に魔王のドス黒い魔力と神力に蝕まれている事実を受け入れない訳にはいかず。
(目も霞んできてる……保って、あと十五分くらいかな)
仲間との意思疎通を減らして力を節約しても十五分弱しか保たない事を、他でもない彼女自身が自覚していたのだ。
また、ウルやハピもアドライト程とまではいかずとも充分に追い詰められている以上、誰か一人でも欠けてしまえば更に均衡は崩れてしまうだろうと全員が確信する中にあり。
『水斧!! 水槍!! 水砲ぉおおおおおおおおッ!!!』
『……懲りんのぉ、貴様だけは』
『当ったり前でしょ! ボクがお前を殺すんだから!』
全てを叩き割る水の斧、全てを貫く水の槍、全てを撃ち抜く水の大砲を一度に顕現させて戦うフィンだけは唯一、先述した現状に逆らう形で迎撃を続けており、コアノルの言う通り誰よりも猛る戦意で以て猛吹雪の中を舞う人魚に対し。
『既に手詰まりの様相を呈しておる様に見えるが?』
『うっさい! 絶対に諦めないんだからね!』
『……ふむ……』
フィン以外の誰も攻撃に参加出来ておらず、このまま続けば一人、また一人と消えていくだけだとコアノルが現実を突きつけるも、フィンの心が折れる気配は全く感じられない。
(火光と瑞風を度外視すれば、やはり面倒なのはあの三体の木偶人形ども。 ミコに最も近しい此奴らが折れぬ限り──)
そんな目障り極まる敵を視界の中心に映しつつも、コアノルは覚醒に伴い広く深くなった思考の海へ潜ったまま、現時点で何を優先すべきかと逡巡していた様だが、それも一瞬。
(──……あぁ、そうか。 正直に伝えてやれば良いのか)
何かを嘘偽りなく伝える事で、解決しようとし──。
『ふはは……のぉ人魚よ、火光と瑞風を除いて妾の脅威で在り続ける貴様に教えてやろう。 妾の心臓を破壊する為、延いては妾を弑す為に犠牲とせねばならぬモノの〝正体〟を』
『正体? 何言って──……え、犠牲?』
『そうじゃとも、その正体とは──』
『──勇者の命。 つまり、ミコの死じゃ』
『『『は?』』』




