一肌脱ぎに来ただけさ
──〝白金等級〟。
それは、この世界で活動する冒険者たちの最上位に位置する等級の事であり、かつて魔族と他種族とが大戦を勃発させていた時代ならばいざ知らず、今の時代に白金等級まで到達する様な冒険者は人族にも亜人族にも存在しない。
……ただ一人の狐人を除いて。
しかし、その狐人はとうの昔に冒険者としては現役を退いているだけでなく、とある街にて小さな店を営んでいるだけの魔道具士でしかない為、現役の頃と比べれば衰えたと思われるのも仕方ないのかもしれない。
だが、幸か不幸か彼女は衰えてなどいなかった。
むしろ、あの頃よりも強く老獪になっている。
その証拠に、彼女は〝不朽〟と魔王自ら謳っていた筈の漆黒なる巨城の一部を利用した攻撃を、その煌々たる蒼炎の一撃にて焼き尽くしてしまったのだ。
ウルもフィンも望子も、そんな事は出来なかったのに。
そして今、彼女オリジナルの転移魔術で望子と攻撃との間に割って入った狐人は、ふと振り返って望子の事を〝二番弟子〟というあまり他では聞かない呼称で呼びかけつつ、ふわりと望子の前に降り立ち。
『おししょーさま……! ほ、ほんとにほんもの!? どうしてここにいるの!? たすけに、きてくれたの……!?』
「ちょ、ちょっと落ち着きなミコ。 あんた勇者だろう?」
『う、うん……でも……っ』
そんな狐人──もとい、リエナの姿を見て嬉しさと懐かしさから思わず涙ぐんでしまいながら抱きつく望子の以前とは違いすぎる上背の高さに若干の驚きを感じつつも、よしよしと頬を摩る様に撫でて気を鎮めさせる事に専念するリエナ。
その手は大きく優しく美しく、すりすりと猫みたいに頬を擦り付けていた望子だったが、やはり何故リエナがここに居るのかという疑問を解消するには至らず。
『それは妾も聞きたいものじゃな〝火光〟……! 何故、今になって貴様が介入してくる……!? 貴様は既に一線を退いた身、老兵である筈じゃろうが……!』
「随分な言われようだねぇ」
そして、その疑問を抱いていたのは望子だけでなく何であればコアノルの方がより強く疑念を、ともすれば強すぎる憎悪にも近い負の感情を向けていた様だが、それも無理はないだろう。
かつての勇者である勇人が消えた今、この世界で唯一コアノルが警戒しなければならかったのがリエナなのだから。
尤も、〝不朽の魔王城〟と一体化した今のコアノルならば千年前に随分と手を焼いたのであろう火光も圧倒してしまえるのでは、と思うかもしれないが。
……残念ながら、そうもいかない。
何しろリエナは先程、魔王が放った攻撃を──。
──……閑話休題。
「ま、あたしも本当は口だの手だのを出すつもりはなかったんだよ。 これは今の時代の勇者と魔王の戦いだ、あんたの言う通り老兵のあたしは弁えるべきだってのも重々承知してる」
それはそれとして、実のところリエナも己がコアノルの言う一線を退いた身、戦場に立つ資格のない老兵であるという事は充分に自覚しており、かつての勇者の仲間であっても今の勇者の仲間ではないのだから、この戦場に踏み入るべきではなかったという事もまた言われるまでもなく理解していた。
……理解は、していたのだが。
「けれど、少しばかり事情が変わったんでね。 かつての勇者の仲間として、ミコの師匠として一肌脱ぎに来ただけさ」
『ッ、面倒な事に……!!』
それはそれとして、二番弟子を見捨てる選択肢はない。
『お、おいリエナ!! リエナなんだよな!?』
「ん? あぁウル、久しぶりだねぇ」
『久しぶりなのはそうだが、そうじゃなくてよ!!』
「?」
そう断言するリエナに、ウルが何かを問いかけんとする。
『今どうやって迎撃した!? 何でアンタの炎は魔王の攻撃を焼失させられんだ!? アタシらは無理なのに!!』
『そーだよ! ボクでも弾くので精一杯なのに!』
そう、どうしてリエナが迎撃に使用した蒼炎はリエナや望子たちに届く事なく燃え尽きてしまったのか──という疑問を抱かずにはいられなかったのだ。
フィンが叫んだ様に、ウルやフィンが放っていた決死の攻撃の数々は魔王への有効打に成り得なかったというのに。
「あぁ、そんな事かい。 それなら簡単だよ」
『ッ! 火光、貴様──』
しかし、そんな二人の疑問など解消して久しいとでも言わんばかりに余裕たっぷりな笑みを浮かべるリエナとは対照的に、ここまでの戦いでは決して見せる事のなかった強い焦燥と、そして致命的な何かを口走る前に始末せねばという強い殺意を込めた鉄槌を再び振り下ろさんとしたが。
リエナは余裕を崩さぬまま──……こう口にした。
「不朽だと思い込まされてるだけさ。 あんたら全員がね」




