八 やっべぇ、忘れてた!
休みの日。
今週も何とか一週間を乗り越えて、ベッドの上でぐったりとしていると、携帯電話にメールが届いた。
今時あまりメール機能を使わないので、少し珍しい。送信者は……姉貴だった。
メールが届く度に通話アプリを使わないなんて、変わり者だよなー、なんて思う。便利なのに。
肝心の内容は、どれどれ──姉貴の結婚式の、日時と場所について確認、ね。
……。
……ん?
……あ!?
やっべえぇぇぇぇ、来週末じゃんか!忘れてた!
父さん母さんは出張先から直接式場に向かうから、メールが届かなかったら最悪すっぽかしもあったぞ。
てか、待て。待て。姉貴には俺が女になったのを言ってねぇ。母さんから伝わってるのかな。
そう疑問に思って『俺の事について、父さん母さんから何か聞いているか?』とメールを返してみた。
『何?結婚式に来られなくなったとか?』
って違え!そうじゃない!
でも結婚式の日時、場所の確認メールの返信でその内容じゃ、話の流れ的に無理はないか。
ああ、もう普通に聞いてやれ。
『いや、結婚式には行くよ。俺が女になった話』
『あんた性転換したの?空君のために?』
……分かり辛いが、この返信なら聞いてないな?
空のためって部分は何を意図しているのか分からんが、今は本題のために放っておこう。
『違う。二人には言ったけど、気を失って目覚めたら女になってた。子供も産めるらしい』
『そんな事あるの?おめでとう』
おめ……?って何でそうなった!?
昔からだけど、ほんと姉貴とのやり取りは疲れるな!!
『なんかあったんだよ。で、そんなんでも結婚式に出て平気か?』
『いーよー。あんたの方に問題がないなら』
服は制服があるから大丈夫だろ。
お義兄さんと、お義兄さんの家族にはなんて言おうかね。……んま、父さんも母さんもいるわけだし、そっちも平気かな。
そもそも、あまり悩むのは俺の柄ではないな、うん!
『平気』
『そ。じゃ、楽しみにしてる』
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「と言うわけで、買い物に付き合ってよ」
『どんな訳だ。まあ、いいけどな』
詳しい説明もなしに空を誘うと、詳しい理由も聞かずに快諾された。
誘った俺が言うのもなんだけど、付き合い良すぎだろ。
これだけ素直だと将来悪い女に騙されそうだな。
午後一時に駅前のコンビニで待ち合わせ、と約束をして電話を切った。
今が大体午前十時。まだ時間はたっぷりとある。軽くシャワーを浴びて……折角買って貰ったんだし、化粧の練習でもしてみるか。
使う機会なんてない、なんて思っていたら意外と出番が早かったなぁ。
一通りレクチャーは受けたし、化粧の手順を動画に撮って貰ったので大丈夫だろう。
なんて言うのは、甘い考えでした。マジで。
なんだよこれ!手がぷるぷると震えて予期せぬところに化粧が付いたりとか、色が濃過ぎてバランスが悪くなったりとかさぁ!
すぐに取り返しの付かない顔になり、もう練習と開き直って色々と試す。
実験を終えて、一度化粧を落として再びチャレンジ。軽く色を乗っけて指で伸ばし、目立たないよう薄化粧に努めた。
ダメだ。ガチ化粧はまた今度にしよう。今はまともに見られる顔になっただけで充分だ。
まじまじと鏡を見る。ちょっと血色が良くなって、顔に少しだけメリハリが付いた、か?
こうして化粧をしてみると、薄いとは言え、やっぱり少し印象が変わるなぁ。
……ん、やべ。あんだけ余裕があったのに、もう出ないと間に合わなくなる時間だ。
服は陽子さんにコーディネートして貰った組み合わせをそのまま着た。もう考えている時間がないし、そもそも俺に服選びのセンスはない。
肩がけのバッグに財布とキーケースと……ああ、後は化粧ポーチを持てって言われてたっけか。女って面倒くせーな!!
てってこ早足で歩いて駅前へ到着。なんとか待ち合わせの時間よりも早く着く事が出来た。
一方的に呼び出しておいて遅刻するとかは、流石に避けたかったので間に合って良かった。
コンビニの前に空はまだ居なかった。ついでだから飲み物でも買っておくか、と思ってコンビニへと入った。
「ねえ、そこの可愛い彼女〜。今……」
なんて、声が聞こえた。誰かがコンビニの中でナンパをしているようだ。店の中で、とはちょっと節操がない気がするが、まぁ成功を祈ろう。
本のコーナーの前を見ると空が居て、こちらを見ていた。どうやら先に着いていて、本を読んでいたようだ。
空が手に持っている本には……なになに、『美味いご飯の炊き方 〜米と炊飯器で全てが変わる!〜』と書いてある。……そりゃそうだ。
てかお前、ほんっとにブレないな!!
「海……お前結構、凄いな」
そりゃこっちの台詞だが。
「何でだよ?」
「ナンパされてんのに存在しないかのように扱うとか……いや、対処としては良いんだろうけどな」
「ナンパ?」
「ああ、そもそも気付いてないのか。不憫だな」
「……?」
空の言っている事がいまいち分からず、首を傾げざるを得ない。
「あ、そうだ。もしかして待たせたか?」
「いいや、本を開こうとしたら海が見えたんだ」
「そっか、なら良かったよ」
俺は緑茶を買い、空は『美味しいご飯の炊き方』を買っていた。ああ、買うんだそれ……。
「そう言えば、今日は化粧をしてるんだな」
「良く分かるな」
俺が空の立場だったら気付かないと思う。
「まあ、毎日見てるしな」
「そんなもんか?」
「ああ。……似合ってるぞ」
「お、おお。ありがと」
本当に頑張っただけに、ちょっと嬉しいじゃないか。
いつもお読み頂きありがとうごさいます。
読みに来て下さる方がいると、益々頑張らねば、と思うところです。
今日で十一月も終わりですね。
一年が経つのは早いものです。




