四 気分は転校生?
臙脂色のブレザーに同色のリボン、白いブラウスとタータンチェックが入った黒地のプリーツスカート。
うちの学校の制服はちょっとばかり変わった配色をしていて、デザインも良い事から制服を目当てに受験する生徒も多いのだとか、なんとか。
俺個人としては家から近いって理由で選んだ学校だが、まさか自分が、その人気の女子制服を着る事になるとは思わなんだ。
部屋に置いてある姿見の前で、ゆっくりと全身を眺める。──うん、特におかしな所はない筈だ。
クラスメイトの女子達を思い浮かべても遜色はない、気がする。つか、変な所があっても勘弁してくれ。これが今のいっぱいいっぱいだから。
ちなみにスカートの丈は膝頭より少し上くらい。これでもスースーしていて落ち着かない。
女に変わってしまった自分の顔を、まじまじと見つめる。なんだかんだ忙しくて鏡を落ち着いて見る機会ってあまりなかった。
んー、元の面影は存分に残ってるな。吊り目気味だったのがちょっと垂れたか。後は輪郭がふっくらして、全体的に前より柔らかい印象になった。
後は髪が伸びて、目が真っ赤になった。そんだけでも見た目ってガラリと変わるんだな。
目が赤いのは置いといて、俺が女として生まれてたらこんな感じになってたのかねぇ。
そんな風に鏡と睨めっこをしていたら、家の呼び鈴が鳴った。空が来たか。
学校指定の鞄──これは元々持っていた、男女共用のもの──を肩に引っ掛けて外に出た。天気は俺の心と反比例して、見事な快晴だ。
おはよう、と声を掛けて空の隣に並ぶ。通い慣れた通学路に立つと、その身長差を改めて意識するな。
……ん?空から挨拶が返ってこないぞ。いつもなら無愛想に、おはよう、と返事があるんだが。
「どうした?」
「──おかしな所はなさそうだな」
「余計なお世話だわ。さっきまで不安で姿見を見てたっつーの」
どうやら俺の姿を観察していたらしい。
あんまり凝視するのは止めてくれ。恥ずかしいから。
「ほ、ほら。さっさと行くぞ」
家を出て一分。既に帰りたい。
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学校に着くと、空と別れて職員室に来た。
先生と一緒に教室に入るとかせず、何食わぬ顔で自分の席に着きたいが、まぁそう言うわけにはいかんよな。
ガラガラ、と少し重たい音を立てて、職員室のドアを開けた。この時間に職員室に訪れる生徒は珍しく、先生方の視線が集中する。
今からでも逃げ出してぇ。
そんな思いを心の底に押し留めて、担任の先生の元へと向かった。
「相沢先生、おはようございます。えっと、話は藤岡君のお父さんから聞いていると思うのですが、細谷です」
細谷は俺の苗字。
相沢先生は四十過ぎの女性教諭で、担当は国語だ。
「ああ……細谷君ね?話は聞いてたけど、随分変わったねぇ」
「はぁ、お陰様で?」
「はは、その日本語の使い方はおかしいわよ」
そうだろうよ。分かってるよちくしょう。
どう答えろってんだ。
「暫くは海君じゃなくて、海ちゃんになるのよね」
「そうみたいです」
いつ戻るか分からないので、名前は海で統一する事になったのだ。呼び名が変わるのって、あまり心地の良いものじゃないんだけどな。
でも、例えば……少し極端に言うと、身長二メートルのゴリマッチョ男をエリザベス、なんて呼んだら目立つだろ?と言われると、納得せざるを得ない。
相沢先生との話もそこそこに、朝のホームルームの時間が迫る。……あー、胃がぐるぐるする……。
大体の事情を先生が説明してくれるのが唯一の救いか。
カラカラと職員室より軽い音で俺の教室の扉が開く。
材質が違うのかなー?なんて、テンパってる時に限ってどうでも良い事に気を取られたりするよな。
「皆、おはよう!ショートホームルームを始めるぞー。ほら、席に着きなさい!」
先生が先に教室に入って行った。俺はクラスメイトから見えない位置で待機だ。今入って行ったら、いつまで経っても静まらないだろうからな。
少しの間、ガタガタと机の位置を直したり、椅子を引く音がしていたが、すぐに静かになる。
日直の女の子の声で朝の挨拶が終わると、相沢先生は早速本題に入った。
「今日はお休みの子はいなさそうね」
と先生が発言をすると、少し騒ついた後に、細谷がいねーッスよ?なんて男子生徒の声が聞こえた。スルーされなくて、ちょっとホッとしたのは内緒だ。
「その事で、少しお話があります。ええと、細谷君が金曜日にお休みだったのは覚えていると思うのだけどね。
具合を悪くして病院で検査をしたら、先天的に女性である事が分かりました」
ざわざわと教室がまた騒がしくなった。先生も、気持ちは分かるのかすぐに諌めたりはしなかった。
この説明は、原因不明で突然女性になりました、より遥かに受け入れやすいだろう、という事で話し合った結果だ。
「そろそろ静かにねー。──それで、先々の事は置いておいて、暫くは女生徒として通う事になりました。
皆の困惑も分かるけどね、一番困惑しているのは細谷君なの。その気持ちを分かってあげて頂戴……細谷君」
シパーンッと勢い良くドアを開けて、堂々と入室……出来るわけもなく、おずおずと教室に入った。
さっきまでなんだかんだで話し声がしていた教室は、完全な沈黙に包まれている。ちょ、ひそひそ話されんのも嫌だけど、静寂はキツイぞ……。
「え、と。細谷です。なんか、自分でも良く分かってません。迷惑を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします……」
と、頭を下げた。
──え、マジで誰も何も言わないんだけど、どうすんだこの空気。どうしたら良いのか分からず、おろおろとしていると、ぱん、と手を叩く音が聞こえた。
続けて、ぱん、ぱん、ぱん、とリズム良く拍手の音が鳴る。音の主は、空だった。
それに釣られるかのように拍手をするクラスメイトが、二人、五人、と増えて、最終的にはクラス全員が拍手で迎えてくれた。
クラスに音が戻って、同時に話し声も聞こえるようになった。
え、あれが細谷って、マジで?可愛くね?
なんか睫毛長くない?
元からあんな顔だった気はするけど、雰囲気は変わったなぁ
目の色ってカラコンかな、どこのだろ?
つか、女の子の転校生が来たようなもんじゃね
俺、ヤバイかも
肌白ー、何あれ。元男とか信じらんない
などなど。恥ずかしい事この上ないが、割と前向きに受け止められたみたいだ。
空の方を見ると、穏やかな笑顔を浮かべていた。ほんと……頭が上がらねーわ。




