二十八 有り得たかもしれない未来
その、抱き締められるのは、別に嫌いじゃないというか、好きなんだが。
そろそろ枷を外して欲しいなーなんて思っていたら、空の肩越しに、黒マントが起き上がるのが見えた。
息を飲んだ俺の様子が伝わったのか、空が振り返り、俺を庇うようにして立つ。
でも黒マントの様子は……なんて言うんだろうか、こう言うのを憑き物が落ちた、とでも表現したら良いのか。
先ほどの陰鬱とした様子は、もうなかった。
「──すまなかった」
「え?」
「君達にも迷惑を掛けてしまったようだ」
「……正気に?」
少しばかり警戒を緩ませた空が問う。
「ああ、漸く、長い、長い悪夢から解放された」
俗に、『溺れていた』状態から解放された、と言う事だろうか。
「じゃあ、もう襲って来る事はないんだな?」
ありゃほんと勘弁して欲しい。
改めて実感したけど、空以外の男は無理だ。
「ふふ、安心して欲しい。俺はじきに消える」
「──え?」
よくよく観察すると、黒マントの身体から薄っすらと黒い靄が立ち昇っているのが見えた。
最近見慣れて来た、怪異が消える時の……魔力の霧散。
「え、え?折角、戻れたのに?なんとかならないのか?」
「一時でも戻れた事自体が望外の幸運だ。
こうして君達だけにでも、謝罪出来たんだから」
「でも……空」
空は此方に視線を寄越すと、静かに首を振った。
もう、どうにもならない、という事だろうか。
「あの小剣で心臓を貫けば、吸血鬼は必ず死ぬ。
昔、とある吸血鬼が自分を殺す為に『造った』と言われている。
その話の真偽は分からないが、効果は実証済だ……」
「優しい人よ、気に病むな。さっきも言っただろう。
俺は、あの悪夢から救い出してくれた事を感謝しているんだ」
「でも、でもさぁ」
だって多分、この人の姿は、何か一つ歯車が狂ってしまった時の俺の姿だ。
「──もしも俺の事を思ってくれるのならば、吸血鬼の輩よ。君の手で送って貰えないだろうか?」
それは……いや、うん。
きっと俺が同じ立場であれば、同じ事を望むのだろう。
「は、い」
怪異を送り出すのと同じ様に魔力を放つ。
見る見るうちに黒マントの身体が解け、黒い靄になって行く。
「ありがとう。──マリア、今、側に──」
ほどなくして全てが靄となり、天へと昇っていった。
それと同時に鈴を鳴らした様な、澄んだ金属の音が響く。
黒マントが立っていた辺りに胸に刺さっていた小剣と、小さな鍵が落ちていた。
あぁ、そう言えば、枷で繋がれたままだった。
空は銀の小剣と鍵を拾うと、枷の鍵穴に差し込む。
金属の噛み合う音がして俺を拘束して居た枷が漸く外れた。
ちょっと無茶な魔力の使い方をしたせいか、ガス欠気味だ。
立ち上がった俺に空が上着を掛けてくれた。
体格差があるから、袖からは指先しか出ないし、ミニワンピ並の丈だ。
「積もる話と魔力の供給をしたいのは山々なんだが、先にここから出よう」
と空が言うのが早いか、黒の教会全体が揺れ始めた。
「えあ。ど、どう言う事?」
「ここを維持していた彼が居なくなったからな」
空は気絶している鷹見さんをお姫様抱っこして、俺に付いてくるよう促す。
むぅ。そこは俺の場所なのに……って、嫉妬してる場合でもねーな。
「ってあぁ!空、他にも捕まってる人がいるんだよ!」
「そっちは他の協会員が何とかしてくれるから大丈夫だ。さぁ、行こう」
空の少し後ろをとっとこ走る。
教会だと思っていた場所は、もっと広大で、城と言っても良いくらいだった。
城から脱出すると、そこは見慣れた、近所の公園だ。
「海ちゃん、大丈夫だった?」
暁さんに陽子さん。それに見覚えのない人達がたくさん居た。
空の言っていた協会員だろう。
「はい……ご迷惑をお掛けしました」
「ううん。海ちゃんは悪くないわ」
周りからの目線も暖かいもので、少しホッとした。
「──ところで、なかなか扇情的な格好ね?」
「はい?」
そりゃ確かに、胸元の開いたドレスだったけど、今は空の上着だって着ているぞ?
そう思って自分の格好を確かめる。
「んん?あれっ!?」
ドレス、消えてる!?
……あー。あー。ドレスも、城と同じなのか。
脱出に夢中で全く気付かなかった。
つまり俺は今、下着の上に空の上着を着ただけだ。
痴女かよ!恥ずかしいな、おい!
あけましておめでとうございます。
長らくお待たせ致しました。




