二十七 信頼
黒マントの言う『式』の準備が進む。無表情な人達が黙々と作業をしている。
年齢は十代から二十代くらいまでの、女性達だ。
よく考えると、鷹見さんが前々から従わされていたとしたら、『別次元』とは言え、距離的には此処は女性の足でも帰れる程度、という事になる。
鷹見さん、学校には問題なく来てたからな。
「まぁ」
腕に着いた枷をがちゃり、と鳴らす。
やった事はないものの、鉄製の枷なら壊せると思うんだけどなぁ。
これは冷たさを感じない不思議な金属で出来ていて、とても頑丈だ。
こいつが何とかならない限りは、如何とも出来ない。
手段は少ないものの、試行錯誤を繰り返すが状況が良くなる事はなく、淡々と時間は進む。
「準備は整った。式を始めようか」
黒マントが正面の両開きの扉から、レッドカーペットの上を歩いて俺の前までやって来た。
隣には、さっきの宣言を無駄に守るつもりなのか、鷹見さんが連れ添っている。
「私の物になれる事を光栄に思うといい」
俺は何も答えず、ただ黒マントを睨み付けるだけだ。
……正直なところ、怖くて仕方がない。けど、俺は、空を信じてるからな……。
黒マントの手が俺の顎に掛かった時、キィ、と音がした。此処に来て何度か聞いた、入口の扉の開く音だ。
使用人として使われている女性のうちの誰かだと思ったのだが、黒マントとしても想定外だったのか後ろを振り返った。
黒マントが身体を捩ったので、俺からも半開きになった扉が見えた。そこには誰も居なかった。
「え?」
そんな間抜けな声しか出なかった。
突風が吹いたのと同時に、黒マントが右方向へすっ飛んで行ったのだ。
その風は、俺の嗅ぎ慣れた優しい匂いがした。
「遅れた。悪い」
ぽんと頭の上に大きな手が置かれた。
だから、それは気軽にやったらセクハラだっ──て?
「……空?」
「ああ」
そこには、いつの間にか気絶させた(?)鷹見さんを保護して、俺の傍に立つ空が居て。
随分タイミングが良いな!だとか。おせーよ!だとか。言いたいけど。
「ありがと」
「すぐ終わらせるから、少し待っててくれ」
空の視線の先では、黒マントが立ち上がるところだった。
「本当に、邪魔をしてくれるな。雑種の小僧」
「その雑種相手に尻尾を巻いて逃げたのは、誰だ?」
「貴様ァ……いい気になるなよ!」
黒マントは闇を固めたような、真っ黒な剣を瞬時に作り出し、空へと斬りかかる。
たった一歩踏み出しただけなのに凄まじい速度だが、空も負けてない。
空は黒マントの剣を持つ手を受け流すと同時に、襟首を掴んで背負い投げの要領で背中から床に叩きつけた。
もっとも、黒マントは堪えてないようで、ワンバウンドした後にクルッと一回転して足から綺麗に着地する。
さっきも偉い勢いで蹴られたのに、凄まじいタフさだ。
魔法では『影』を操る黒マントに対して、空は『火』で応戦する。
空の方が相性は良く、技量も上回っているものの、決め手がない。これじゃ千日手だ。
「小癪な餓鬼め……!」
まぁ黒マントの方は手玉に取られているのに腹を立てているようだ。
それに……異常に効きが悪いとは言え、ダメージがないわけでも無さそうだし。
「ふん。随分と威勢が良いが、お友達がどうなっても、良いのかな?」
黒マントがパチンッと指を鳴らした。お友達……って、それは。
ずるずると、俺と、俺の側で気絶して横たわる鷹見さんの前に現れる、悪霊。
黒マントの統制下にあるのだろうが、敵意と悪意を振りまくのは変わらない。
奴が指示すれば、その瞬間に目の前の悪霊は牙を剥くのだろう。
俺は……手が震えるし、既に涙目だけど、まだ、いい。
だって、以前とは身体の強さが違う。恐怖心が克服されていなくても、そう簡単に害されない。
でも、鷹見さんは違う。
俺達と空の間には黒マントがいる。空だって瞬時には駆けつけられない。
なのに、空は俺を見て、不敵に笑う。
馬鹿野郎。先日お前の前で気絶したばっかだろうが。
ここに捕らえられているのだって、身体を這い回られただけで気を失ったからだ。それなのに。
──てめー。後で覚えてろよ。か弱い乙女に酷な事をさせやがって。
でも……ここ一番で応えられないなんて、男のやるこっちゃねぇだろうが!
細かい制御なんてする余裕はない。ただただ全力で、悪霊を吹き飛ばすだけだ。
黒マントは俺が抵抗するなんて思ってなかったのだろう。
それくらい、捕まった時の俺は、無抵抗だったから。でも、今は、この間とは違う。
「ぬ──しかし、手駒なぞいくらでも──ガッ!?」
ほんの一瞬、黒マントが俺に気を取られ。
その僅かな隙に、空は銀色に光るナイフを、黒マントの胸に突き立てた。
さっきまでトラックに撥ねられたような吹き飛び方をしたり、業火に包まれても平然としていた黒マントが、あっさりと仰向けに倒れる。
たかが、ナイフ一本で?
「空……今のは?」
「んん」
少し言い辛そうにしながら、かりかりと頭を掻いた。
「説明は、後でする──って、そ、それより大丈夫か!?何か変な事はされてないか!?」
「あ、あ、あぁ。ままだ何も!ちょ、空、痛い痛い!」
肩を持ってがっくんがっくん揺さぶるものだから、首が痛ぇ。あと腕も。
「良かった、本当に良かった……!」
そう言うと今度はぎゅうぎゅう抱き締められた。やっぱ痛ぇ。
もう……しゃーねぇ。今だけは許してやろう。
すみません。遅くなりました。
ちょっとばかり中途半端ですが、投稿します。




