十八 使いこなせ!……ない……。
吸血鬼の魔力タンクには二種類ある。
一つは、吸血鬼本人の持つ物。
もう一つは、他者から取り入れた物。
二つの魔力を混ぜて利用する事で、吸血鬼の権能を存分に揮えるようになる、らしい。中二病乙。
今はその『自分の魔力』とやらを認識する訓練中だ。
他者の魔力は、自分の中に存在しなかったせいか、簡単に掴む事が出来た。
胸の真ん中に感じる、少し暖かなものが、そうなのだろう。
ベッドで横になり、目を閉じて自分の内に神経を集中する。
む、むむむ、むむむむ……む、すぅ。
「寝るな」
「あいたっ」
ちょっと意識を手放し掛けたところで、空におでこをペシリと叩かれた。ひでぇ。
いや、教えて貰ってる身で眠るのが悪いんだけどさ。
「空ー、全然分かんねーよ」
「そうだろうな……少し手を借りるぞ」
空はお腹の上で組んでいた右手を取った。ちょっと骨張って大きな手は流石男の子、って感じだ。
繋いだ手から、空の魔力がじんわりと伝わって来た。
でもなんか吸血の時とは違って身体の中には入って来ない。表面でさらさらと波を打っている感じだ。
「俺の魔力の進入を阻んでいるのが、お前の魔力だ。分かるか?」
「あ、あー。なんか分かる。けど自分の意思じゃ動かせねーや」
「そうか。まあ、今は自分の魔力が認識出来ればそれでいいさ」
言われて感じ取れるようになれば、何故さっきまで気付かなかったのか分からないくらい、当たり前のように認識が出来るようになった。
あれだな、騙し絵みたいだ。
そんで、空が言っていた『誘蛾灯』の意味が分かった。自分の身体の外へ、魔力が漏れ出ている。
「ぐぬぬ、動かぬぇ……」
「魔力の操作は精神的な疲労が大きいからほどほどにな」
なんとか魔力を引っ込めようと悪戦苦闘する俺に、空は苦笑した。
そう言われても、幽霊が寄って来るとか言われて悠長な事はやってられんのだよ!うおおおお!
──あれ?
なんか、今、漏れた?
あ、いや。魔力は本当に不本意ながら、垂れ流し中なのでそっちではなく。
「ん、今日はもう止めるか?」
勉強机で本を読んでいた空は、唐突に起き上がった俺に少し驚いたようだ。
「や、ちょっと、トイレ」
俺まだ十七だぞ。尿漏れにはちょっと早くねーか?
なんかがタラタラと漏れ出す感覚に冷や汗をかきながら、トイレへ駆け込んだ。
パンツを下ろして便座に座り、よく確認をすると、パンツは真っ赤に染まっていた。
え……と、なんだこれ。無理に魔力を使おうとしたから、身体が壊れ掛けた、とか?
「あー?うぇ。そ、そら……空ぁーー!!」
焦燥感に駆られ、大慌てで空を呼んだ。
少し間があって、空がトイレの前まで少し急ぎ足で来てくれた。
「どうした、紙か?」
「なんか、血が出た!魔力の使い過ぎかも!?」
「なっ!?大じょ──いや、ちょっと待て、何処からだ?」
「ま、股から!」
空は、とても、とても大きく深く、溜息を吐いた。
なんだ。なんなんだ。やっぱり深刻な事態なのか!?
よく考えれば少しお腹が痛いかもしれん。
「今、母さんを呼ぶから」
「陽子さんならなんか分かんのか!?」
「ああ、何も心配はいらない。少し待っていてくれ」
と言って、トイレの前から離れていった。
空が心配はいらないと言ったからには、問題ないんだろうけど。くそう。ちょっと心細い。
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うおおお、と心の中で叫びながら布団に包まっているのが俺です。
恥ずかしい。ほんと恥ずかしい。何が起きたかって、生理が来た、らしい。
生理って知ってるか?股から血が出るんだぜ!
大騒ぎした挙句、ヘルプに来てくれた陽子さんの一言が『今日はお赤飯ね』だ。
いつの時代だよ!って言いたくなったが、洒落にならなそうだから止めておいた。
症状が軽そうで良かったわねー、なんて言われても、俺にはよく分からん。初めてだしな。
でもこれで死ぬほど痛かったらメゲてたかもしれない。
しかし、生理かぁ。
前に言われてはいたけど、こうなると『子供が産める』って言葉に実感が湧くな……。
なんかこう、なんかこう、複雑な心境だ。
そもそも吸血鬼の子供ってどうなるんだろ。ハーフ吸血鬼?
空は人間と妖狐のハーフって事になるんだよな。
って事は、空と子供が出来たら……人間と妖狐のクォーターで、吸血鬼のハーフか?
すげーハイブリッドで笑えてくるわ。
あまりにも笑えるから空に話したら、ぷい、とそっぽを向かれた。なんでや。




