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暴力

 高校で夏が近づき、衣替えも終わり夏服になった。夏休みも近づき1学期もそろそろ終わる。暑い日が続いて、なにもしなくても汗が出る。この陽気でも外で部活動をしてる人達が、熱中症で倒れないか心配になる。

 日本の夏ってこんなに暑いものだったかな。小学生の頃はもう少し、過ごしやすかったような。


 昼休みに教室で弓子とお弁当を食べたあと、図書室にでも行こうかと廊下を歩いていると、

「静香、ちょっと」

 弓子が窓の外を指差している。


 2階の廊下の窓から見下ろせば、そこは学校の裏庭。花壇があって離れたところに裏門が見える。何本か木が生えている。その木陰に女生徒が6人。同じクラスの人だ。


「あの人達、木下さんになにやってんの?」

 弓子が聞いてきたけれど、私には解らない。だけど、いつかはこんなこともあるかもしれないと予想はあった。

 木下優希が木に背中をつけて立っている。それを女子5人が囲んで、なにか言っている。


 クラスみんなで仲良くなんて、できるはずが無い。ひとつの檻の中、羊の群れの中に虎を1匹放り込んで、仲良く暮らせるはずが無いから。私と弓子は、適当に距離をとってやり過ごすつもりだったけれど。

 毎日の不安な状態、同級生に感じる奇妙な恐怖。それに自覚があるのか無自覚なのかは解らない。だけど、その不安に耐えられなかった女子が、ついに実力行使にでたみたい。


 下で何を言っているのかは、声が小さくて聞こえない。見てると、5人組の女子の中からひとりが出て、木下優希を背中に庇うように他の女子4人と対峙した。


「高瀬、さんだっけ、木下さんの前にいるの」

 弓子に聞いてみる。確かあの5人組の中では他の4人にくっついて一緒にいるような人で、ひとりで矢面に立つような人には見えなかった。

「うん、高瀬さんだね。いったいなんの話をしてるんだろうね?」


 見てると、4人組は高瀬さんに近づき、ひとりが高瀬さんの腕を引っ張って、木下優希から離れさせる。4人組のひとりが、木下優希の髪を掴んだ。

 髪を掴まれて引っ張られた木下優希が花壇の方に倒れる。その倒れ方が、少し不自然に見えた。自分から花壇の近くへと倒れたような。


「もう、やめようよ。木下さんはなにもしてないじゃない!」

 高瀬さんの声が聞こえた。4人組はそれに耳を傾けることもなく、倒れた木下優希に近づいて、その内のひとりが立ち上がった木下優希に殴られて倒れた。


 木下優希の手には赤茶色のレンガが握られている。倒れた時に花壇の脇に積まれていたレンガを拾って、それで殴りつけた。

 右手に持っているレンガをもうひとりの顔面に投げつける。残りの2人の片方の膝を蹴りつけて、地面に転がす。

 木下優希が立ち上がって動いたあとには、側頭部から血を流してピクリともしない女子がひとり。両手で鼻を押さえて、その手を鼻血で真っ赤に染めて泣きながら転がっている女子がひとり。地面に仰向けになって倒れて、その右手を踏みつけている木下優希を、怯えた目で見上げる女子がひとり。

 ここまでが一瞬だった。


 残ったひとりが悲鳴を上げて走って逃げだした。木下優希は、逃げたひとりをちらりと見たあとに、腕を踏みつけている女子を見直して、その顔に残ったレンガを落とそうと左手を振り上げて、

「もう、やめて!」

 飛びついた高瀬さんに、動きを止められた。

「死んじゃうから!そんなことしたら死んじゃうから!」


 木下優希はしがみついている高瀬さんを、不思議そうに見たあと、左手に持ってるレンガを花壇に投げた。

 悲鳴を聞いて、教師が駆けつけてきた。



「接続解除」

 ヘッドセットが離れて、背中の接続機も外れる。

「お帰りなさいませ。あちらはいかがでしたか?」

 ボゥイがTシャツを持ってきた。それを片手でとって、ひろげて着る。

「最悪だった」


 息抜きとして、平成日本に戻ってるはずが、ウキネそっくりの木下優希が同級生をレンガで殴りつけるのを見せられて、ウンザリする。息抜きにならない。気休めにならない。

 私が平成日本に戻っているわけでは無い。ただ、過去の平成日本を再現したシミュレーターを、覗いていただけだ。

 平成日本で私と同じ遺伝子票の人間の記憶を覗いていただけ。それでも、私は17年そのシミュレーターの中で生きていた。楠静香の記憶に接続してるときは、もとの平成日本に戻ってる気分になれた。



 今の私は、楠静香の17年分の記憶をコピーしたクローン体。楠静香、本人では無い。それでも、17年、楠静香として生きてきた記憶があって、それが私の過去、私の思い出なんだ。あのまま生きて、植物や花があって、太陽の下、地上を歩ける世界で、弓子と、父さんと母さんと、文句を言いながらも幸せに生きている記憶を見たかった。

「ウキネは、今、どこにいる?」

 ボゥイに聞いてみる。筋違いなのはわかってるけど、少し文句を言いたい。


「私そっくりな人間が、シズネの同級生を殴り倒した、か。それで、相手は死んだのか?」

「そこまでは、見てないけれど。ひとりはピクリともしてなかったから、もしかしたら死んでるかも。他の人にトドメを刺そうとしたところを、他の同級生に止められてた。それがなかったら何人か死んでるかも」

「その私そっくりな顔の人物は、私の遺伝子票の再現テストかもしれんな」


「なんで私にはシミュレーターの記憶があるの?最初から軍人として使えるように教育してた方が、都合いいんじゃないの?」

「機械が育てた人間は、機械が都合良くつくった、人間の細胞を使った機械、の扱いだからな。人の社会で生きて、人に育てられた人間らしい人間、それなら人間として扱われる。たとえそれがシミュレーター内の再現世界であっても」

「なんなの、その面倒なシステム」

「人間の定義の問題だな。人間の細胞だけあればいいのなら、私達、軍人も必要はない。培養した脳髄と神経束を機械に積み込んで使えれば、簡単なんだがな。それだと、この施設の機械は人間だと判断しないから、安全装置も解除されない。私達も、戦闘時以外は戦闘機から降りる。この施設で『最低限度以上の人間らしい文化的な生活』をおくることで、この施設の機械に私達を、人間だと認識させるために」

「人間の定義、ね。それで食事もシャワーもトイレもあるんだ」

「それが無ければ、脳と背骨だけを戦闘機に組み込んで使ってたんだろうな。私達の生活のために食料工場、空気清浄機、水浄化機、クローン再生施設、その他いろいろに資源を使ってるから、その分、地上の再地球化は遅れるわけだ」


「この施設を作った人達は、本気で和国を再建させる気はあったの?」

「当時の人間が何を考えていたかは、知らん。おとなしく滅ぶ気もなく、死んだあとの復活を願って、施設と機械をつくって残した。その時点でまともというよりは、宗教じみた妄執だろう。昔の宗教には、神に許された人々が未来の約束の地で甦り、永遠に生きる、という教えがあったらしいな」

「確か、私の遺伝子票も和国が復活したら、そこで産まれなおすって、ボゥイが言ってた」

「そうか。それが軍人の仕事を続けるモチベーションになればいいがな。もっとも私の遺伝子票は未来に産まれる可能性は無いが」

「ウキネの遺伝子票はダメなの?なにか問題が、遺伝子の疾患とかあるの?」

「私の遺伝子票は、秩序不適応で反社会的。秩序ある社会では、潜在的犯罪者になるからな。そのかわりに秩序の無い世界に対応ができる。無法地帯適応型とでもいうところか。戦闘適応、戦時下の生存能力は特級だ。過去世界のシミュレーターは遺伝子票のランク調査が本来の目的だ。未来の和国にふさわしい国民の遺伝子票を探すためのシステムだ」

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