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Act 27 『作戦開始直前』

漆黒の防刃コートをはためかせ、『馬車』の運転席から赤銅色の大地に降り立ったエルフ族の少年は、足もとに散乱しているいくつもの花びらを見て顔をしかめる。


「ったく、派手にやってくれちゃってよう・・蜂蜜のある倉庫だけ狙えばいいものを、周囲の花畑まで荒らしやがって」


『馬車』を止めた大きな倉庫の前から歩みを進め、ぐるっと倉庫の周囲を見て回った少年は、倉庫を中心とした円状に花びらが散乱しているのを改めて確認し、昨日の晩に何があったかを悟る。


恐らく誰もいない夜中を狙って襲撃を繰り返していたのであろうが、倉庫周辺に張られた防御結界に阻まれて曲者は侵入することができずに終わったと思われる。


しかし、その襲撃の激しさはこの惨状を見れば明らかで、相当な勢いで結界に突撃を繰り返したと思われ、そのときの衝撃波がすぐ側にある花畑の花を盛大に散らせてしまったのだろう。


倉庫の周辺のあちこちにそれがあることから、あらゆる角度から死角がないのか試してみたに違いない。


今のところ防御結界に綻びは感じられないが、この調子で突撃を繰り返されたら破られてしまうのは時間の問題。


これだけしつこく侵入を試みようとする相手である、恐らく今日も襲いかかってくるのは間違いないだろうとクリスは判断する。


「クリス、どこだ?」


倉庫の周辺を一通り見ていたエルフ族の少年クリスの耳に、自分を呼ぶ友人のロスタムの声が聞こえてくる。


「おう、ロム、倉庫の裏側だ。すぐもどるからちっと待っててくれ」


大声で答えを返したあと、クリスは地面に落ちている花びらをいくつか拾ってしばらく何かを確認していたが、それを風に流して飛ばすと踵を返して元の『馬車』を止めている場所までもどっていく。


足音を殺した独特の足取りでもどってきたクリスは、すでに『馬車』から降車して自分を待っていたと思われるメンバーに手を挙げて応えつつ、その中心に歩みを進める。


「すまん、ちっと周囲を確認していた。んじゃ、早速作戦を説明したいと思うけど・・その前にもう一度聞いておきます。師匠、俺が指揮取らせてもらいますが、いいっすかね?」


クリスがちらっと隣に立つ灰色熊のほうに視線を向けると、灰色熊は何を今更という苦笑を浮かべてみせるが、一応頷いてみせる。


「まさか連夜の言っていた専門家がおまえだとは思わなかったが・・連夜が自分以上の適任者だと言い切っていたからな。連夜はこういうとき嘘を言う奴じゃない。俺は連夜を信用する、よって連夜が信用しているおまえを信用し指揮を任せる」


その言葉を聞いたクリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ余裕たっぷりな態度でタスクを見返す。


「確かにこういう件に関しては奴よりも俺のほうが適任ですからね。まあ、期待を裏切らないように精々頑張らせていただく所存であります」


ちゃっとかわいらしく敬礼をしてみせるクリスの姿を、タスクはしばらくの間微妙な表情を浮かべて見つめていたが、諦めたように片手を振って話を進めるように促す。


タスクのそのジェスチャーを見ていたクリスは他のメンバーのほうに顔を向け、口を開いて作戦の説明に入る。


「ってことで、作戦の説明に入る・・って言ってもそれほど難しいことをするつもりはない。倉庫の周囲に弱体系の『結界陣』を仕掛け、倉庫前の出入り口前で敵を待ち伏せる。前衛はロスタム、(ハン)、士郎、後衛は(シュ)、スカサハ、それにアルテミス。師匠は出入り口のところに張りついて前衛が討ちもらした奴を始末してください。言うまでもないことだが、決して『結界陣』の外に出て敵とやりあわないこと。できるだけ手前に引きつけて迎撃してくれ。それから戦闘時のリーダーはアルテミスにしてもらう。戦闘が始まったらみんなアルテミスの指示に従うこと・・てことで、以上説明終わり」


と、あっさりと説明を終えたクリスは、メンバーの質問を受け付けようともせずにさっさと『馬車』にもどろうとする。


だが、今の説明に納得がいかなかった一部のメンバーが慌ててそれを引きとめる。


「ちょ、ちょっと待ってくださいませ、クリスさん!!」


「ん? なによ、スカサハ? とっとと『結界陣』張らないといけないから、忙しいんだけど」


呼び止められたクリスは、非常に不本意そうな表情を浮かべて振り返ると、声をかけてきたスカサハに怪訝そうな視線を向ける。


「いやいやいや、それはわからなくもありませんけど、フォーメーションに納得がいきませんから説明していただきたいんですけど。なんで私が後衛なんですの!? 私、どちらかといえば前衛向きなんですけど・・」


クリスと同じくらい不本意そうな表情を浮かべて全然納得できないという口調で話しかけるスカサハだったが、クリスはそんなスカサハにむしろ呆れたような表情を浮かべその答えを返す。


「確かにおまえは前衛のほうが得意だろうし、アタッカーとしてのおまえはなかなか筋がいいと思うぜ。こちらから攻撃を仕掛ける戦をする場合、おまえのようなアタッカーは実に重宝するだろう」


「じゃ、じゃあ!!」


「けどな、今回の作戦は迎撃作戦なんだよな。つまり、防御主体の作戦なわけだ。正直おまえ防御戦にはまったく向いてないだろ? 防御戦で大事なのは前線を如何に崩壊させないように拠点を守りながら戦うことで、おまえみたいな遊撃手タイプに縦横無尽に戦場を駆け回られると困るんだよな。幸いおまえは連夜から『道具』の扱い方の手ほどきを受けているから十分後衛できるだろ? まあ、そういうことで一つよろしく」


片手をひらひらとさせて言うクリスの言葉を聞いて、スカサハは悔しそうに唇をかみしめるが、後ろからやってきたアルテミスに優しく肩を抱かれて促されしぶしぶと引き下がる。


するとそれと入れ違いで今度は黒髪に一本角の少女、(ハン) 世良(セラ)がクリスに質問をぶつけてくる。


「ヨルムンガルドくん、あなたの役割が説明されていなかったのはどういうわけ? あと、コマンドリーダーが前衛の私達のうちの誰かじゃなくて、後衛のアルテミスさんなのも理由がわからないわ、コマンドリーダーは実際に干戈を交える私達前衛の誰かがするべきじゃないの? 刻一刻と状況が変化するのを一番よくわかるのは前衛だと思うのだけど」


「俺の役割は全体を見渡して状況を把握し最終的な判断を下す役目です。したがって作戦指揮官は特定の場所に固定されるわけにはいかんのですよ。そういうことで、今回あえて役割をふっておりません。あしからずご了承ください。後衛がコマンドリーダーをすることについてはむしろ自然だと思うけどな。前衛やってるとよ、確かに肌で敵の動向とかを感じることができるけどよ、戦いに集中してる真っ最中になかなか指示なんてだせねえだろ? その点後衛なら敵の攻撃に直接さらされているわけじゃねえから、指示を出しやすいし、何よりもちょっと距離を置いて全体を見渡せるから前衛が見えていない死角にある場所のこともわかる。そんで一番の理由は、このメンバーの中で一番実戦慣れしてて、場数も踏んでいて、実力も人望もあって、一番美人でコマンドリーダーに向いているのがアルテミスだからだ。以上」


「ちょ、ま、・・た、確かにだいたいわかったけど、最後の一番美人って関係ないじゃないのよ、ちょっと!!」


言うべき説明を一方的にしておいてさっさと踵を返したクリスは、セラの抗議の言葉をあっさり無視して『馬車』のほうへと向かっていってしまった。


そのクリスの後ろ姿を茫然として見送っていたセラに、後ろから近づいてきたロスタムが苦笑交じりに声をかける。


「クリスは『害獣』狩りの元プロだ。あれでも『暁の咆哮』と共に激戦を潜り抜けたこともある猛者らしい」


「えええっ!? あの、『『貴族』殺しの獅子皇』のいる傭兵旅団の『暁の咆哮』!? 本当なの!?」


「ああ、俺の大親友の連夜が言っていたことだから間違いないだろう」


「そうなんだ・・」


そう言って、もう一度クリスが消えていった『馬車』のほうに視線を向けるセラだったが、すぐに視線を自分の横に立つバグベア族の少年に視線を向け直す。


「あの、オースティンくんやみんなはよく知っているみたいだけど、連夜くんって・・A組の宿難(すくな)くんのことだよね?」


「うむ・・確か(シュ)の次に師匠の弟子になったのが連夜だったはずだが、委員長はあいつのことは知らないのか?」


「ええ、私が弟子になった時にはもういなかったのよ。というか、私が弟子入りしたのって高校2年生になったばかりのころで、本当いうとオースティンくんとはほんの2カ月ほど先輩なだけなのよ。ごめんね、偉そうにしちゃって」


俯きながら恥ずかしそうに上目遣いでロスタムを見るセラだったが、ロスタムは屈託なく笑って首を横に振ってみせる。


「いや、気にしなくていい。実際2カ月頑張っても委員長ほど養蜂の仕事をこなしてみせる自信が俺にはないからな。委員長は十分尊敬できる先輩足りえると思っているよ」


「あ、ありがとう・・そ、その、オースティンくんにそう言ってもらえると嬉しいな・・いや、あの、ごほん、ごほん。それはともかく、宿難くんって、師匠も大牙先輩も士郎くんも例外なく凄い奴だ、頼りになる奴だってことあるごとに口にするけど、そんなにすごいの?」


ロスタムの真っ直ぐな賞賛の言葉を受けて顔を真っ赤にして照れるセラだったが、咳払いをしてそれを誤魔化すと、わざとらしいしかめっ面を浮かべて問い掛ける。


「まあ、会えばわかる。全ての種族の中で最も脆弱な種族であるにも関わらず、あいつの精神力と胆力はそれら全ての中でも間違いなくトップクラスの一級品。あいつの優しそうで穏やかそうでおとなしそうな外見に惑わされて舐めてかかるやつは例外なく物凄い痛い目をみさせられる。味方にすれば最強にして最高の勝利の女神であり、敵に回せば最悪にして最凶の厄病神。それが宿難 連夜という少年だ」


絶大な信頼を匂わせるようにきっぱり断言するロスタムの言葉を、いちいちなるほどなるほどと頷きながら聞いていたセラだったが、ふと聞き逃せない単語に気が付いて小首を傾げながらロスタムに問いかける。


「なるほど・・って、ちょっと待って、宿難くんて男の子でしょ? それなのに勝利の女神っておかしくない?」


『まったくおかしくない!!』


「うわっ!!」


いつの間にか集まってロスタムの話を聞いていたクリス以外のメンバーが、一斉に否定の声を上げたので、セラは思わず吃驚してその場に小さく飛び上がる。


「び、び、びっくりした!! な、なんなのよ、みんな!?」


「いろいろな意味で、あいつにはそういう雰囲気があるのさ。いざとなると男らしいところを見せてくれるんだが、普段は本当に優しくて家庭的なやつでな。あいつの優しさに救われた奴らにとっては、連夜は母親のような存在らしい」


なんとも言えない複雑な感情を乗せた笑みを作って語る開明獣族の巨漢 (シュ) 大牙(ダーヤー)の言葉に、横から顔を出した士郎とスカサハがうんうんと力強く頷く。


「本当に連夜さんって『お母さん』ですよねえ。石鹸のいい香りがして、料理がうまくて、洗濯や裁縫やその他の家事も完璧で」


「お兄様ってあからさまな優しさを押し付けてくるんじゃなく、気がついたら黙って側にいてくださるんですよね。悩みを話すと何故か一番いい方法を教えてくださるし、寂しい時にはいつも温かく抱きしめてくださるし」


「いや、あの、宿難くんって、ほんとに男の子なの? なんだかどう聞いても内容が『女』の子なんだけど・・」


士郎とスカサハの話を黙って聞いていたセラだったが、困惑しきった表情を浮かべて問い掛ける。


すると、士郎が心の底から悔しそうな顔を浮かべてがっくりと肩を落とすのだった。


「連夜さんが女性だったら・・本当に女性だったら、とっくの昔に僕は自分のものにしています。なんで、連夜さんは男性なんだよおおおおお・・」


そんな士郎の肩を、タスクと大牙が物凄く何かがわかったような顔をして優しく叩き、慰めながら『馬車』のほうへと連れて行く。


明らかに本気で悔しがって落ち込んでいる士郎の姿を微妙な表情で見送ったセラだったが、何かにはっと気がついたようにロスタムに視線を向け焦ったような口調で問い掛ける。


「ま、まさかオースティンくんも宿難くんのことが・・」


「いや、俺は確かに奴が好きだけど、あくまでも男としてだな。知りあった中学時代に奴と一緒に喧嘩三昧の毎日を送っていたせいで、俺からしたら荒々しい性格の奴のほうが普通なんだよ。一番頼りになる大親友だな」


「そ、そうなんだ・・よかった」


なんだかほっとしているセラを不思議そうに見つめていたロスタムは、その理由が気になって聞いてみようとしたのだったが、それよりも早くクリスの怒声が響き渡る。


「おい、おまえら奴らがいつ襲ってくるかわからねえんだぞ!! ちゃっちゃと『結界陣』張ってしまわないといけないっつ〜のに、なにのんびりくっちゃべってるんだよ!! こっちきて早く手伝いやがれ!!」


声のしたほうに顔を向けると、自分の背丈ほどもある白い棒をいくつも抱えたクリスが、怒りで紅潮した顔をこちらに向けているのが見えた。


ロスタムはセラと顔を見合わせると、慌ててクリスのほうに向かって走り出した。




Act 27 『作戦開始直前』




胡坐をかいた状態で目を瞑り、静かに自分の耳と鼻に意識を集中する。


心地よい風と共に流れてくる花の匂いを感じ、仲間達の楽しげな声を聞く。


今のところ不穏な気配は、倉庫周辺では感じられない。


だが、こちらをじっと見つめ続けている粘りつくような視線を、クリスはこの島に入ってからずっと感じていた。


『害獣』狩りの仕事からは完全に手を引き、今は戦いの中ではない別の場所で自分が進むべき道を模索し続けているクリスではあったが、狩人としての感覚は未だに鈍ってはいない。


むしろ最近の『人造勇神』事件のおかげで、常に気を張っているせいか、感覚は『害獣』狩りに力を注いでいたころの状態にもどってきて研ぎ澄まされているような気がする。


そんなクリスの狩人としての感覚に、相手はすでに引っかかっている。


殺意、敵意、悪意、それら全てに共通する負の気配がひしひしと伝わってくる。


これだけはっきりしてくれていれば、クリスは相手が攻撃態勢に入った時点で察知する自信があった。


午前中、『害獣』の骨から作り出した『結界発生装置』を倉庫の四方に配置し、異界からの力を弱める結界を作り出す作業を行っていたクリス達。


まだ戦闘態勢が整っていないこの時を狙って襲いかかってくるかと思ったが、相手からの反応はなかった。


おかげですっかり『結界陣』の用意が整い、目に見えない砦の元で戦うことが可能となったわけであるが、一応、相手が放つ負の気配ははっきりと感じ続けていたし今も感じているので、こちらの様子を伺っていた敵がこちらに勝てないと判断して撤退したということは考えられない。


むしろ、こちらの戦力を分析してそろそろ動きだすのではないかとクリスは睨んでいたのであるが。


時は正午過ぎ、クリスは仲間達に腹ごしらえをしておくように言っておいて、自分は一番相手の気配を感じやすい場所で相手の出方を見張っている。


「まあ、早めに来てくれたほうが早く済むし助か・・おぶっ!!」


瞑想を解き、かっと目を開いて不敵に呟いて見せたクリスだったが、しゃべっている途中で何かを口の中に突っ込まれ目を白黒させる。


ふにゃっとして柔らかく、ほんのりと甘い味がするそれをモグモグと味わって呑み込むと、クリスは視線を横に向ける。


するとそこには怖いくらいに無表情な狼獣人族の少女が、卵焼きと思わしき食べ物を箸でつまんでこちらをジト目で見つめている姿が。


クリスはその気合いの入った瞳に気圧されながらも恐る恐る口を開いて問い掛ける。


「あ、あの、アルテミスさん? ど、どうやってここに登ってきたんですか? 梯子とかなかったと思うのですけど・・」


「狼獣人の身体能力を舐めるなよ、クリス。『馬車』と倉庫の間の壁を三角飛びの要領で駆け上がって来たのだ」


「う、うそ〜〜ん!! に、東方野伏(ニンジャ)ですかあなたは!?」


事も無げにとんでもないことを言うアルテミスに、クリスは吃驚仰天するのだった。


そう、今クリスは蜜蜂の巣である倉庫の屋根の上にいる。


一番見晴らしがよく、全体を見渡せる場所であるため、いち早くここに陣取って様子を伺っていたのだ。


とはいえ、アルテミスのような方法で登ってきたわけではない。


鉤爪とロープを使って山登りのような要領で登ってきたわけで、そういった道具を持たない他のメンバーは誰も登ってこれないと思っていたというのに、まさかそんな超人的な方法で登ってくる者がいるとは・・しかも、それがもうすぐ自分の妻になる最愛の恋人であるとは。


「恐るべし奥様!! まさかそんな方法で登ってきちゃうとは・・アルテミス・・恐ろしい子!! って、いや、そうじゃなくて、なんでここに来ちゃうんだよ、アルテミス!! おまえにはコマンドリーダー任せているんだから、登ってきちゃったら指揮が取れないでしょうが!?」


「お弁当持ってきた」


昼食の為の休憩を命じたとはいえ、持ち場を離れたアルテミスを問い詰めるクリスだったが、そんなクリスに対し怒ったような表情で明らかに非難していると思われる口調で短く呟くアルテミス。


「へ?・・おぶっ!!」


アルテミスの非難のこもったその短い言葉の意味が一瞬わからずきょとんとするクリスだったが、ぽかんと開けたクリスの口目掛けて、アルテミスが見事な手つきで箸で掴んだ卵焼きを突っ込む。


再び口の中に柔らかくほんのり甘い味が広がり、目を白黒させながらもそれをもぐもぐと噛んで呑み込むクリス。


「食べたか? じゃあ、次唐揚」


「いやいやいや、ちょ、ちょっと待ってください、アルテミスさん!! いろいろとツッコミどころが満載なのですが、とりあえず、すとっぷすとっぷ!!」


いつの間に広げていたのか、膝の上においたオーソドックスな内容の弁当の中から唐揚げを摘みあげたアルテミスは、それをクリスの口に突っ込もうとするが、流石に3度目は警戒していたクリスに阻まれてしまい、物凄く不満そうな表情を浮かべてクリスの顔を睨みつける。


そんなアルテミスの表情をしばらく見つめていたクリスだったが、目の前の最愛の少女の心の底にあるものを悟って嘆息する。


9月に部族内で結婚式を挙げると決まってから、アルテミスは前にもましてクリスから離れないようになり、以前よりもさらに深くクリスを求めるようになった。


クリスはその理由をよ〜くわかっていた。


恐らくアルテミスは、クリスがいつまたどこかに行ってしまうのではないかという不安に襲われて、目を離すことができずにいるに違いないのだった。


クリスは今まで自分の一族を滅ぼした『害獣』に復讐するため、ずっとその行方を追い続けてきた。


何度も何度も止めようとするアルテミスの手を振り切っては飛び出して行き、半死半生で帰ってくることの繰り返し。


それが中学の最初から、高校生の1年生の半ばまで、ずっとずっと続いたのだ。


やがてクリスは連夜という無二の戦友と知りあうことにより、『暁の咆哮』という最高の『害獣』狩りチームの助力を得ることができ、一族の仇を見事に討ったわけであるが、その間の4年近くの長きにわたり、アルテミスに深い心労をかける結果になってしまった。


その4年にもわたる長い長い時間、いなくなったクリスが死にかけて帰ってくるのを何度も何度も目にすることになったアルテミスが、ここにきて結婚するからもうクリスは大丈夫などと簡単に納得して安心できるわけがないのは当然であり、クリスもそれはよくわかっていた。


いくら狼獣人族の発達耳や鼻でクリスの足音や匂いを近くに感じていたとしても安心できずにいるのだろう。


それだけ自分を心配してくれている最愛の恋人に強くでれるはずなどないクリスであったが、だからといってこのままにしておくこともできず、クリスはなるべくきつい口調にならないように気をつけながらアルテミスに話しかける。


「あのさ・・大体いいたいことはわかってるつもりなんだ。本当に申し訳ないと思ってる。けどさあ、今回は防御戦でこっちは待ち伏せるほうだろ? 全員が気を抜くわけにはいかないとは思わないか? んで、敵を索敵する能力に一番秀でているのは誰かってことも、おまえならわかるだろ?」


言われなくても目の前の少年が今口にした内容については、アルテミスはよくわかっていた。


これでもクリスと共に一緒に危険極まりない『害獣』と何度か戦ったこともある自分なのだ、チーム内の役割の大切さはよ〜くわかっているつもりだった。


しかし、敢えてそれがわからない振りで口を開く。


「クリス、お昼ご飯どうするつもりだったんだ? 食べないつもりだったのか?」


膝の上に置いた弁当に視線を落としたアルテミスがクリスに問い掛けてくる。


いつもはぴんと伸ばされた凛々しい狼の耳はぺたんと項垂れ、後ろに見えている尻尾もへんにゃりとしたままだ。


クリスはそんなアルテミスの様子に戸惑いながらも、ぽりぽりと頬を掻きながら答えを返す。


「え、ああ、一応、指揮官を任されているわけだからな。いつ奴らが襲いかかってくるかわからないしよ、俺が気を抜くわけにはいかんだろ」


「・・ちょっとの時間もないの?」


どんどんトーンが下がっていくアルテミスの声を聞いたクリスは、なんともいえない困り果てた表情を浮かべ、ちょっとの間腕組みをして考え込んでいたが、不意に立ち上がると倉庫の端っこに歩いて行く。


そして、端っこまでたどり着くとそこにしゃがみこんで下を見下ろし、倉庫前に陣取っているメンバーに声をかける。


「すまん、ちょっとの間だけ休憩させてくれ。師匠、すいませんが、その間敵の気配に注意しておいていただけませんか? 恐らく全メンバーの中で一番そういう感覚が優れているのは師匠だと思うので」


クリスの申し訳なさそうな言葉に、ほとんどのメンバー達は一斉に問題ないと答えを返し、その後、既に昼食を終えていたタスクがのっそりと立ち上がり、屋根の上にいるクリスを見上げて声をかける。


「心配いらん。元よりこれは俺の戦いだからな、最初から相手の気配は感じ取って掴んでいる。全部おまえに責任を被せようとは思っとらんから安心して休憩しろ」


「すいません、お願いしまっす」


頼もしい言葉を返してくれるタスクに、クリスは心から申し訳なさそうな顔をで礼を言うと、再びアルテミスのところに戻る。


そして、黙ってクリスを見つめているアルテミスにも申し訳なさそうな笑顔を作ると、頭をかきながら照れくさそうに・・しかし、優しさのこもった口調でしゃべりかける。


「やっぱ腹が減っては戦はできねえよな。悪いけど弁当おくれ、アルテミス」


ずっと暗い顔をして俯いていたアルテミスだったが、クリスの言葉を聞いて顔をあげたその表情が一瞬にしてぱあっと明るくなる。


しかし、クリスと眼があった瞬間顔を横に背け、わざとしかめっ面を作ってぶっきら棒な口調で問いかけてみる。


「し、指揮官が気を抜いていいのか? 全体の指揮に差し障りがあるんじゃないのか? む、無理して食べなくてもいいんだぞ」


なんてことを言ってはいるが、先程までへんにゃりしていた耳はぴんとたってクリスのほうに向けられているし、尻尾はちぎれてしまうんじゃないかと心配になるくらいこれでもかと振られていて、その心底は見え見えだった。


だが、クリスはそれを指摘しようとはせずに、アルテミスの前にちょこんと胡坐をかいて座ると静かに頭を下げる。


「そう言わずに、その美味しそうな弁当恵んでくだされアルテミスさん。これ、この通り。アルテミスが俺の為に眠たいのを我慢して、朝早く起きて作ってくれたその弁当をどうしても食べたいのです。お願いします」


クリスのその様子をちらちらと横眼で見ていたアルテミスだったが、咳払いを一つすると、如何にもしょうがないなあという風な口調でクリスに答えを返す。


「しょ、しょうがないなあ、そ、そこまで言うならあげないこともない」


「お〜、よかった。それじゃあ、早速その弁当こっちにくださいな」


ほっとした表情を浮かべ、はいっと小さく白い肌の両手を差し出すクリスだったが、アルテミスはじ〜〜っとその両手を見つめたまま、自分の膝の弁当を渡そうとしない。


「え、ちょ、アルテミスさん? もしもし? そのお弁当わたしていただきたいんですけど・・」


浮かべていた笑顔を硬直させながら問い掛けるクリスだったが、アルテミスはそんなクリスににっこりとほほ笑みかけると、唐揚げを掴んだ箸を持ち上げて見せる。


「食べさせてあげる」


「はい?」


「食べさせてあげる」


「・・あ、あの、アルテミスさん?」


「わ・た・し・が!! 食べさせてあげりゅ♪」


顔は満面の笑顔であるが、その目は恐ろしいまでの気合いが入っているアルテミスを見て、だらだらと冷や汗を流していくクリス。


「お、お弁当と箸を渡していただければ自分で食べれますので、お気づかいなく・・」


「そ・・そんなに・・いやなの? ひょっとして本当は私のことがキライなんじゃ・・」


かろうじてその気迫の視線を受けきったクリスが、なんとか最後の抵抗を試みてみるが、それを聞いたアルテミスの瞳がみるまに潤んでいくのを見て、クリスはあっさりと抵抗することをやめる。


「あああっ!! な、なんか、急に食べさせてもらいたくなっちゃったなあ。せ、せっかくだから、アルテミスのご好意に甘えちゃおうっかなあ!!」


「ほんと!? イヤイヤ言ってるんじゃないの?」


「言ってない言ってない。ほら、口に入れてくれ。あ〜ん」


かわいらしい口を精一杯大きく開けてみせるクリスの姿を見ていたアルテミスの表情に再び笑顔が戻り、いそいそと摘まんでいた唐揚げを口の中に入れる。


「おいしい?」


「うむ!! 美味い!! アルテミスの愛情を感じるよ。つぎはそのおにぎりおくれ」


「うん!!」


今度こそ本当に機嫌が直った目の前の恋人の様子に内心でほっとしながらも、クリスは自分の表情に苦笑が浮かび上がってこないよう注意しながらアルテミスの給仕を受け続ける。


そんな二人の痴話喧嘩の様子は下にいるメンバーにも丸聞こえで、ほとんどは温かい視線を上に向けていたが、中にはそうでない者もあり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてその想いを口にする。


「いつ敵が襲ってくるかわからないのに、リーダークラスが二人揃って緊張感のないことを・・本当にあれで歴戦の猛者なの?」


持参の弁当を口にしながら、不満の声をあげるセラ。


そんなセラに一同は複雑な表情で顔を見合わせるが、既に弁当を食べ終わりレザーアーマーに赤と青の仮面を被って戦闘モードで周囲を警戒していた士郎が口を開く。


「あんな風にしていらっしゃいますけど、二人とも完全には気を抜いてないですよ。ついこの前クリスさんの夜営の様子を見せていただく機会があったんですが・・コーヒーを飲んでいたり、雑談している時でも、クリスさんの全身に目があるように感じました。外見はかわいらしい女の子みたいな『人』ですけど、中身は本当に完全に別モノですからね」


「そ、そうなの?」


士郎の言葉が意外だったのか、セラが心底驚いたような顔で士郎を見返す。


士郎の顔は仮面ではっきりとはわからなかったが、仮面の覗き穴から見える瞳の光は穏やかで真摯な光を帯びており、嘘をついているとは思えない。


「アルテミスさんもそうです。狼獣人族の特性をフルに活かして、その耳と鼻で相当遠くにある異質な物音や匂いを察知できるそうで、実際僕は何度かその能力の一端を目撃しています。それにセラさんもご存知かもしれませんが、元々一族の中でも特に優秀な狩人であるアルテミスさんは本来、狼獣人一族の代表たる巫女に選ばれていた方ですから、その戦闘力はこのメンバーの中でもトップクラスなんですよ」


「で、でも、二人とも今回の作戦ではリーダーでしょ? もし今敵が襲ってきたらどうするの?」


「お二人が弁当食べていらっしゃるのは、僕達のすぐ側ですよ、セラさん。いくら敵に奇襲を食らったとしても、すぐそこにいるお二人が戻っていらっしゃるまで持ち堪えられないのはあまりにも情けなくないですか?」


そう言ってセラに肩をすくめて見せた士郎は、ちょっと倉庫周辺を見回ってくると言ってスタスタとその場を離れていき、その後ろ姿をセラは複雑な表情で見送る。


「私、間違ってるのかな・・と、いうか頭固い?」


嘆息してそう一人呟くセラであったが、すぐ隣から優しい声が掛けられる。


「いや、そんなことはないさ、委員長。常に最悪の事態を想定して行動するのは生き残るために必須の鉄則だ。委員長が二人の行動を疑問に思うのは無理のないこと。それはそれでいいと思う」


声のしたほうにセラが顔を向けると、すぐ横で山のように大量のおにぎりをばくばく食べ続けていたロスタムが、ようやく全てのおにぎりを食べ終わって立ち上がろうとしている姿が目に映る。


見るとロスタムの下腹は風船のように膨らんでおり、横でのんびり弁当をまだ食べている大牙と大差ない大きさ。


その予想外の姿にしばし呆然とするセラであったが、そんなセラに気がつく様子もなくロスタムは言葉を続ける。


「ただ、指揮官に頼りその指示に全て任せるわけじゃなく、それぞれが常にいざとなった場合を想定してそれぞれが取る行動についてあらかじめ考えておくことも必要だろう。大事なことは自分自身が油断せず、自分自身のやるべきことを把握しておくこと・・委員長は学校ではいつもそうしているじゃないか。違うか?」


そう言って、屈託のない柔らかい笑顔と優しい口調でセラに話かけたあと、ロスタムは気合いの入った声を上げて身体を右に捩る。


すると、出ていた腹が半分ほど一気に引っ込み、それを呆気に取られて見つめているセラの前でもう一度今度は左に捩ると、完全に風船のように膨らんでいた腹が引っ込んでしまった。


すっかり軽くなった身体でしばらく柔軟体操をしていたロスタムだったが、地面の上に置いていた二本の特殊警棒を取って構え、軽く振って風切り音を響かせる。


「まあ、今回戦う場所はこのあたりのみの限定された狭い場所だしな。一度戦った俺達は相手のこともわかっている。必勝の策もある。そして、信頼できる仲間もいる・・頼りにしてるぜ委員長」


白い特殊警棒を振って感触確かめていたロスタムだったが、不意に再びセラのほうに顔を向けると、信頼の籠った視線で真っすぐにセラを見つめる。


そんな視線で見つめられたセラはしばらく顔を赤くしてぼ〜〜っとロスタムの顔を見つめ返していたが、何かを誤魔化すように膝の上の弁当に視線を向け直し、さっきとはうって変ってがりがり残った弁当を食べ始めるのだった。


「ま、任せなさいよ。あ、あたし一人で全部やっつけちゃうくらいの活躍をみせちゃうんだからね!!」


「ああ、かっこいいところ見せてくれ」


照れたように断言するセラにロスタムは大きく頷いてみせたあと倉庫の出入り口から若干離れたところに移動する。


そして、仁王立ちでそこに立ち、気負う様子もなくあたりを見渡す。


「さて、いい具合に敵意や殺意が充満してきたな・・わかりやすい相手は大好きだ。迷う必要も遠慮する必要もないからな。・・あと少しといったところか」


「そうですね、もうちょっとですか。しかし、わかりやすい敵意ですね・・相手のゴーレムを操ってる『人』って素人なのかな?」


独り言を呟いていたつもりだったが、すぐ側から答えが返ってきたのに少しばかり驚いて視線を横に向けると、青と赤の仮面の少年が、大きなシャンファ包丁を取り出しながら同じように周囲に視線を走らせている姿が見えた。


「周りを見回ってくるんじゃなかったのか? 士郎」


「これだけ敵意が充満してくれば必要ないでしょ。どうせ入口はここしかないんですから。奴らもここに来るしかないわけですし」


「・・まあな。で、あとどれくらいだと思う?」


「10分・・ロスタムさんの予想は?」


「同じだ」


ロスタムがニヤリと肉食獣の笑みを浮かべて自分よりも背の低い少年に笑いかけると、士郎はそれに答えるかのように仮面を取って素顔を見せ、ニッと男臭い笑みを浮かべて返す。


その二人のやりとりを聞いていたわけではないのだろうが、大牙やスカサハ、それに弁当を食べ終えたセラが小走りにやってきて、最後に屋根からアルテミスが飛び降りて戦列に加わって戦闘準備が整ってから間もなく・・戦いの火ぶたが切って落とされた。


それは二人が予想した通り、およそ10分後のことだった。


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