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Act 19 『ゆかり』

大きな檜造りの六畳程の広さの風呂場の洗い場の上、同じ檜で作られた風呂椅子の上にちょこんと座り、耳を押さえた小さな黒髪の少女に晴美が声をかける。


「じゃ、じゃあお湯をかけますよ~」


「・・あい」


小さくこっくりと頷く黒髪の少女の返事を聞いた晴美は、少女の頭の上からシャワーをじゃ~っとかけてやり、シャンプーを奇麗に流していく。


少女の足元にシャンプーの泡がぶくぶくとたまってできて流れて行き、逆に少女の黒髪からシャンプーの泡は次第に消えてなくなり艶やかな色が顔を出す。


晴美は、少女の髪をすくってその手触りでシャンプーが残っていないことを確認すると、シャワーを流すのを一旦中止し次にリンスをつけていく。


「あと、二回我慢してね、リンスとトリートメントしますね~」


「・・あい」


またもや小さくこっくりと頷く黒髪の少女を、なんともいえない穏やかで優しい笑顔で見つめた晴美は、少女の黒髪に再び視線を戻しリンスを丁寧につけていきながら、晴美は今日学校に迷い込んできたこの少女のことを思いだしていた。


午前中の授業の合間の休み時間。


晴美のクラスメイトであり、新しい生徒会の新風紀委員長に就任した白虎族の少年ジークが、学校内をうろついていた一人の少女を保護した。


明らかに小学校の三年生か四年生くらいで、中学生にはとても見えない小さなこの少女は、晴美やジークの共通の知人である瀧川(たきかわ) 士郎(しろう)であることを告げ、晴美達を驚愕させる。


だが、肝心の士郎は今日に限ってスカサハと共に中央庁の詩織の所に出頭しており学校にはおらず本当にこの少女が士郎の関係者であるかどうかを、士郎本人に直接確認してもらうことはできなかったが、一応携帯念話で士郎に連絡を取ることができ、少女の歳格好、そして名前を説明したところ、おそらく士郎の妹に間違いないという返事が返ってきたので、晴美が保護することにして一旦少女を家に連れて帰ることになった。


瀧川(たきかわ) 紫朧(しろう)


士郎と同じ韻の名前を持つこの少女は、幸い晴美が士郎の関係者であることを説明すると素直についてきてくれたので、家まで連れて帰るのは別に問題はなかったし、晴美も非常にこの少女のことが気になっていたのでこの少女と一緒に帰ることに何の不満もなかったのであるが、少女のある一点が晴美の気を物凄く苛立たせる原因になっていた。


いや、少女自身のことが気に入らないとかそういうことではない。


おとなしくて非常に無口で無表情であるが、決して感情がないわけではなくただ『人』との接し方がわからないだけだということは、晴美自身がそうであったのでよ~くわかるし、その割には素直に晴美の言うことは素直に聞いてくれるので、好ましく思っている。


そう、そこが問題ではない。


問題なのは、彼女の身体が凄まじく汚れた状態であったということである。


いったいどれくらいの期間風呂に入らず、着ているものを洗濯していなかったのかわからないが、悪臭がひどい。


これだけ汚れていながら病気になっていなかったのが不思議なくらいで、晴美は今お世話になっている下宿先の屋敷に戻ってくると、すぐさま彼女の服を全て脱がし風呂場に直行させた。


そして、自身も素っ裸になり上から下まで徹底的に洗うことにしたのである。


とりあえず、本格的に洗う前にざっと一通り体だけボディソープで洗って流してみたのであるが、まあ、でるわでるわ。


およそ女の子とは思えぬ垢と汚れが、ちょっと洗っただけでどばどばと流れおち、あまりの汚さに晴美は本気で悲鳴を上げそうになった。


しかし、その汚れの量を見て逆に晴美の闘志に火がついて、絶対この子を奇麗にしてみせると今度は真剣に身体を洗う。


ボディソープや、薬用石鹸などを体の部分毎に使い分け、足の指先、爪の先から、手の指先、手の指の爪先まで、徹底的に汚れを除去する。


そうして苦労の果てに汚れはあらかた除去できたのであるが、再びその奇麗になった体をチェックしていると、今度は体中についたいくつもの細かい傷跡を発見してしまう。


流石にこれは風呂場でどうこうできないので、風呂からあがったあとにどうにかすることにして、次に髪を流すことにした。


当たり前であるが、髪のほうは痛み放題痛んでいる状態で、やはりこちらもとても女の子の髪とはとてもいえないような有様。


だが、晴美は負けなかった。


ここでも闘志を燃え上がらせた晴美は、丁寧にシャンプー、リンス、トリートメントを何回か使い分けで洗い流し、なんとか汚れや悪臭とは無縁の状態に戻すことに成功していた。


そして、最後、もう一度トリートメントをシャワーで洗いながし、晴美は最後まで黙って耐えきった少女に声をかける。


「終わりましたよ~、本当によく頑張りましたね」


「・・あい」


「じゃあ、一緒にお風呂に入りましょうか」


「・・あい」


長い黒髪の先からぽたぽたとお湯を落としながらも晴美をほうを向いて健気に頷いてみせた少女は、おずおずと立ち上がり、ぎこちない動作で檜造りの風呂の中に入っていく。


晴美は横でそれを見守りながら、内心転んだりしないかハラハラしていたが、なんとか少女は風呂の中に入ることができ、湯船に身を沈めていく。


それをほっとしながらも確認した晴美も、風呂の中に入り少女の横に並ぶようにして湯船に身を沈める。


湯船をかき分けて寄り添うように近づいた晴美は、失礼とは思いながらも少女の身体をじ~っと見つめていくつも存在する細かい傷跡の具合をチェックしていく。


どれも完治しているものばかりなのでそれについては問題はないのであるが、女の子の身体にこんなにもたくさんの傷跡が残ったままというのは大変よろしくない。


霊狐族の丸薬作りの修行の時に、こういった傷跡を消す丸薬の作り方を学んでいたので、風呂からあがったら早速調合しようと心に決める。


そんなことを思いながら少女の身体をじっと見つめていたわけであるが、いつのまにか少女が自分の顔をじっと見つめていたことに気がついた。


「ごめんね、あなたの傷跡のチェックしているの。私、傷跡を消すことができる丸薬の作り方知っているから、あとで調合してそれを体に塗ろうね。女の子だもん、体に傷を残さないように全部消そうね」


「・・あい」


晴美は真摯で真剣な表情を浮かべて少女に告げると、少女は無表情ながらもこっくりと頷いて見せる。


自分の言ってることがわかってるのかどうかについては、晴美はこの少女はしっかりわかっていると思っている。


一見無表情に見えるが、わずかに口元がほころんだり、目元がゆるんだりしているので、怒っているとか不快に思っているとかはないと思うのだ。


「あ、そういえば、紫朧(しろう)ちゃんって、やっぱり『ちょび』くんの兄妹なのかな?」


「・・あい」


「ってことは、やっぱり『ちょび』くんみたいに何か別の名前で呼ばれていたの?」


「・・『ゆかり』」


「『ゆかり』ちゃん? ・・ああ、紫だから『ゆかり』ちゃんかあ。そっちのほうがずっとかわいいね。じゃあ、私も『ゆかり』ちゃんって呼んでいい?」


「・・あい」


晴美の問い掛けにこっくりと頷く『ゆかり』に、晴美は相好を崩し思わずその身体をきゅっと抱きしめてみる。


すると、今まで傷とか汚れとかに目を奪われていて気がつかなかったのだが、ゆかりの身体ががりがりに痩せていることに気がついた。


「ゆ、ゆかりちゃん、ご飯食べてる? 今日はご飯食べた?」


その問い掛けに、ゆかりはふるふると首を横にふって否定の意思を表す。


「昨日は食べた?」


「・・駅で座っていたら・・おじさんが、パンくれた」


「そ、その前は・・それよりも今までずっとどうしていた・・ううん、もういいや。言わなくていい。お風呂あがったらご飯作ってあげるから一緒に食べよう。ね」


「・・あい」


尚もそれまでの食生活について聞きだそうと思った晴美であったが、恐らくちょびと同じようなものであったに違いないと判断し、聞くことをやめる。


そんな辛いことを今思い出させる必要も理由もどこにもないのだ。


すぐにでも風呂を上がってご飯の用意をしようと思った晴美だったが、もう一つだけ質問してみようと思いそれを口にしてみる。


「ゆかりちゃんも、『人造勇神』に狙われているのかな?」


その問い掛けに、ゆかりは再びふるふると首を横にふって否定の意思を表す。


予想外の否定にびっくりしたが、もう少し詳しい事情を知りたかったので突っ込んで聞いてみる。


「追われていたわけじゃないの?」


「・・ゆかりは・・いらないんだって・・どこにでもいけって・・タイプゼロツーに・・追い出された」


「ええええええっ!? 追い出されたって、なんでなんだろ?」


「・・わからない」


晴美の問い掛けに、ゆかりは三度ふるふると首を横に振ってみせる。


「『人造勇神』に追われて私達の・・ううん、士郎さんのいる中学校に来たわけじゃないの?」


「・・声が・・聞こえたの」


「声?」


「・・士郎おにいちゃんが・・いるからって」


「その声が誰かってことは、わからないのね?」


「・・あい」


ゆかりの言葉をしばらく考え込んでいた晴美であったが、自分が考えたところで答えがでるはずがないとこのことについて一旦思い悩むことを中断し、風呂からあがることにする。


「ゆかりちゃん、とりあえずお風呂からあがってご飯にしようか」


「・・あい」


その言葉に素直に頷いたゆかりは、またもやぎこちない動作で風呂から上がると、ぽてぽてと引き戸をあけて脱衣所へと向かう。


晴美もすぐにその後を追いかけて脱衣所に入るとあらかじめ用意しておいた白いタオルでゆかりの小さな体を拭いてやる。


痛くならないように、丁寧にゆかりの小さな体を拭いてやっているとゆかりのお腹がぐ~っとなり、晴美とゆかりは思わず顔を見合わせる。


ゆかりは相変わらず無表情のままだったが、よく見ると顔が紅潮しているのがわかる。


それはお風呂でのぼせたせいではないということが、晴美にはわかっていたのでなんともいえない苦笑を浮かべてゆかりの顔を見つめるのだった。


「すぐにご飯の用意するからね」


「・・あい」




Act 19 『ゆかり』




畳二十畳分もある大きなリビングの真ん中に集まった面々は、それぞれが一様に渋い顔をして黙り込み、そのままの状態で沈黙を保ち続けている。


別に黙りたくて黙っているわけではなく、すぐさまコメントのできる内容ではないために言葉を発することができなかったわけであるが・・


城砦都市『嶺斬泊』の中心部から西に若干離れた場所に、農業専門の場所として割り当てられた地域が存在している。


広大な畑や田んぼが広がる平地のど真ん中に都市営念車の駅『イリバーバレイ』がぽつんと一つあるばかりで、あとはほとんど建物らしい建物が周囲に存在しない場所。


その平地が広がる中に、一軒の大きな屋敷が存在している。


古い東方建築で建てられたその平屋の屋敷の主はこの農業地帯で働いている農家の『人』ではなく、都市の中心地『サードテンプル』からでている地下鉄を使って行くことになる『特別保護地域』に職場を持つ『人』物であったが、静かな場所が好きな彼は、ほとんど『人』がいないこの場所をわざわざ選んで屋敷を建てたのであった。


別に彼は『人』嫌いというわけでもなかったのであるが、『人』付き合いそのものがあまり好きではなかったので・・というか、そういう行為がめんどくさいと感じる性格であったため、不便であってもここを選んで住んでいるというわけである。


住んでいる屋敷が大きいのは、別に彼が成金趣味であるとかそういうことが理由ではない、確かに彼は彼の行っている特殊な事業によってある程度高収入のある身であったが、そういう理由で大きな屋敷にしたわけではなく、単に知人に『これくらいの金額で、多少不便でもいいから静かな場所にある家を探してくれ』といって探してもらった結果がこれだっただけのことである。


断ってもよかったのだが、屋敷の中にあった庭園が非常に気に入ってしまった彼は、『まあ、いっか』とあっさりとここに住むことを決め、以来十年近く一人でここに住み続けていたわけであるが、ここ数年で家の中が急に騒がしくなってきた。


特にこの数週間で、一気に同居人が増えている。


静かな生活を何よりも大事にしている彼にとっては非常に不本意極まりない展開ではあるのだが、彼にとって大恩人のある人物と、その息子で自分の優秀な弟子の一人である少年に頭を下げられては断ることができず、現状を受け入れることにしたわけである。


まあ、同居することになった面々はいずれも礼儀を弁えた者ばかりであったので、そこについては文句はない。


そう、その彼と新たに同居することになった面々が問題なのではないのだ。


彼にとって大問題なのは、その彼らが来る以前から同居している人物なのである。


ただでさえ、その人物は彼の頭痛の種であるというのに、今日新しい同居人の一人である如月(きさらぎ) 晴美(はるみ)が連れてきた少女瀧川(たきかわ) 紫朧(しろう)・・通称『ゆかり』の今後のことについて話し合いを行っている最中に、とんでもないことを言い出したのだ。


「だから~、ゆかりちゃんはもううちで引き取ろうよ。と、いうか、この際うちの娘ってことにしよう、ね、いいでしょ、タスク?」


自分の膝の上で、はむはむとおにぎりを頬張っている少女を何とも言えない優しさの溢れる表情で見つめているその件の人物の言葉に、そのテーブルの対面に座る大きな灰色熊は唸り声をあげる。


「馬鹿なこと言ってるんじゃねえよ。犬や猫を拾うのとはわけがちがうんだぞ!! だいたいおまえがそれを言うのは筋違いだろうが!!」


灰色熊は小さなゆかりの身体をぎゅっと抱きしめてこちらを強い視線で見返してくるその人物に、負けないくらい強い視線を向けて見る。


まるで夜を切り取ったような真っ黒な毛皮に覆われた中で、金色に輝く二つの大きな瞳、長く立派なひげ、やや剥きだされた口からは立派な牙が見え隠れしている。


白いタンクトップの上に男物の赤いシャツを着て腕まくりをし、下は自分の毛がわと同じ黒いパンツ、座っていてもやや大柄であるとわかるその体は、女性特有の丸みを十分に出したスタイルをしている。


見るからに勝ちきそうな性格のにじみ出たその黒豹獣人型の女性の名前はバステト・ブパティス。


「なんでよ、そもそも、タスクが黙って私と籍を入れて、この子を引き取る手続きを踏んでくれれば済む話じゃない!!」


「はいそうですかって、できる話じゃないだろうがああああ!! 馬鹿かおまえは!?」


呆気らかんと言い放つバステトの言葉に、灰色熊は怒るというよりもむしろ頭を抱えてしまう。


この灰色熊の名前はタスク・セイバーファング。


そう、士郎達がいま世話になっているこの屋敷の主。


2メートルを超す大きな身体にふさふさした黄土色がくすんだような色をした毛皮、目の前に座るバステトが獣人、つまり獣ではあるが『人』と同じシルエットをしているのに対し、タスクは灰色熊そのものという姿をしている。


特注と思われるヨモギ色のツナギを着ていて、遠目から見ると熊のぬいぐるみのようでなんともいえないかわいらしい姿であるのだが、近くによると巨大な体に圧倒されてしまう。


ぶっきらぼうでやや乱暴な口調で話す癖があるが、非常に温厚な性格の人物で、本気で怒ることは本当に滅多にない。


と、いうか、彼が声を荒げて怒り声をあげるのは、決まってバステトが相手の時で、士郎達に対してそんな態度を取ったことはただの一度もない彼であった。


「何が気に入らないのよ、どこが気に入らないのよ!?」


「全部だ、全部!! そもそも気に入るとか、気に入らないとかいう問題じゃねえだろうが!!」


バステトとタスクの言い争いが延々と続いていく。


その様子を、士郎をはじめとするスカサハ、晴美、詩織、凱の、ゆかりの今後の身の振り方を相談しにきた面々は呆気に取られて見続けている。


晴美からゆかり保護の連絡を受けた士郎は、ちょうどそのとき目の前にいた対『人造勇神』作戦の実行リーダーである龍乃宮 詩織に事情を説明しすぐさまここに戻ることにしたのであったが、詩織やその場にいたこの作戦のアドバイザー兼参謀でもある宿難(すくな) (がい)も同行すると言い出し、結局士郎、スカサハ、詩織、凱の4人でここに帰ってきたわけである。


そして、この屋敷に4人が到着したときに、風呂を出て晴美に連れられてこざっぱりした姿でやってきたゆかりと士郎は対面。


間違いなく自分の妹であり、『人造勇神』タイプゼロフォーを構成する3つのパーツの1つ『コントロールユニット』として生み出されたホムンクルスである瀧川(たきかわ) 紫朧(しろう)であることを確認した。


士郎は、ゆかりからこれまでのことを聞き出そうとしたのであるが、なんせ無口な上に口下手な彼女から事情を聞きだすことは非常な困難を極め、なんとか以下のことを聞きだすことができた。


一つ、謎の老人とタイプゼロツーに捕まりちょびが騒動を起こして逃げだしたとき、彼女は逃げることができずに捕まってしまったらしいのであるが、彼女が融合した相手の中枢を文字通り乗っ取ることができる『コントロールユニット』であったため、迂闊に取り込んで逆に体を乗っ取られてはたまらないと、そこから離れた森のどこかに放り出されたらしいこと。


二つ、そこからなんとか逃げ伸びることができた彼女は早くから『嶺斬泊』に潜り込んでいたらしいのだが、行く宛ても力もなかったため、浮浪者達にまぎれて暮らしていたらしいこと。


そして、一番肝心なことなのだが、三つめ、つい最近、彼女はどこか聞き覚えのある声に、『瀧川 士郎は、鈴音中学校にいる』と教えられ、その言葉に促されて士郎を捜しに来たというのである。


その聞き覚えのある声が誰のものであったのかについては、ゆかりもわからないらしい。


ともかくこうしてゆかりは士郎と再会することができたわけである。


ここに至るまでの彼女が辿ってきた辛く長い道中を考えると涙が止まらなくなってしまうが、それにしても不幸中の幸いなのは、どうやらちょびと違って相手はゆかりに興味が全くないらしいということで、ちょびと違って隔離してまで保護する必要はないということであった。


勿論人質にされてしまう可能性もあるため、楽観視はできないがそれでもある程度自由を与えてやることができるし、保護する先の選択肢も増える。


そうい理由でやれやれと胸を撫で下ろしていたところに、同席していたバステトがだったら家で預かればいいと言い出したわけである。


いや、それだけなら士郎達もそうしてもらっているわけであるから、それはそれでいいかと思っていたのであるが、その直後に付け加えられたことが大問題なのだった。


ゆかりはまだ中学生にもならない小さな子供で、絶対親が必要である、だから、自分とこの屋敷の主であるタスクが結婚してゆかりを養女に迎え入れればいいというのだ。


これを聞いていたタスクは当然であるが、飲んでいたお茶を盛大に噴き出して猛抗議し、バステトもそれを受けて大口論になってしまったわけであるが。


いつもであればある程度口論したあと、どちらかが引いて幕引きとなる犬も食わない痴話喧嘩なのだが、今日に限ってなぜかそれが収まる気配がない。


士郎が一緒に暮らし始める前からすでに同棲していて、どう見ても夫婦同然にしか見えない二人が未だに籍を入れていないことをずっと不思議に思っていた士郎であったが、プライベートなことであるし、自分が口出しするのもなんだかなあということで、ずっとそこには触れずにきたのであるが、流石に自分の大事な妹の今後に関わることでもあるし、士郎は思い切って二人の間に割って入る。


「ちょ、ちょっといいですか? どうしても前から気になっていたんですけど、なんでお二人は結婚して籍を入れないんですか? 何か理由があるんですか?」


士郎の問い掛けの言葉に振りかえった2人はしばらく士郎のほうを見つめ、そのあとお互いに再び視線を向けあったが、意外なことに視線を外したのはバステトのほうだった。


そんなバステトの姿を見ていたタスクは鼻を鳴らすと、怒ったような表情で士郎達のほうに顔を向けその答えを口にする。


「あのな、おまえら勘違いしているようだから、ここではっきり言っておくが、こいつと俺はおまえらが考えているような恋人同士じゃねえ」


「え、で、でも、どうみても・・」


「そういう風に周囲に見えるような付き合い方をして、誤解させている俺にも原因があることはわかってる、それについては謝る。しかしな・・そもそも、こいつはな・・よその人の妻なんだよ。『人妻』なの」


『はあっ!?』


疲れたように呟くタスクの言葉を聞いた士郎達は、何か信じられないものを聞いてしまった衝撃で素っ頓狂な声をあげ、その事実を確認するかのよにバステトのほうに視線を向けるが、バステトは物凄く悲しそうな表情をして顔を背けてしまっており、みんなと眼を合わせようとしない。


「ほ、本当なんですね・・なんで?」


「誤解を解くのも面倒くさいから今まで黙っていたけどよ、いい機会だからこいつとのことを話しておくわ。もう十年以上も前になるか・・俺とこいつは『暁の咆哮』で『害獣』ハンターをやっていたんだ。」


「えええええっ!? だ、大治郎お兄様の所属している、あの傭兵旅団ですか!?」


驚愕の叫びをあげるスカサハに、タスクはゆっくりと頷いて見せる。


「そうだぜえ、これでも初期メンバーの一人だ。俺や、こいつ、団長の坪井さんはもちろん、今副団長やってる大治郎もすでにあのころにはいたなあ。その頃はまだ小さな旅団でさあ、あちこち転戦してよ、結構楽しくやっていたんだ。まあ、そんな中でこいつと深い仲になって、将来を約束をしていた、それは本当だ」


「じゃ、じゃあなんで、バステトさん、よその人の奥さんになっているんですか?」


「まあ、慌てるなって、これからだから。城砦都市『アルカディア』のず~~っと南に、城砦都市『サンタナ』っていうところがあってさ、そのすぐ側にある『激怒の密林』てところにいったときの話だ、そのときの標的ってのがとんでもなく強い『騎士』クラスの『害獣』でさ、片腕、片目なのにすんげえ強いのよ。あの坪井さんでも斬り込むことができなくてな。千日手になりかけていた。でも、密林の中には他にも『害獣』がいるわけだから、時間をかけるわけにもいかない。そこで俺は捨て身の攻撃を行った。あいつめがけて『馬車』を特攻させて滝壺に一緒に引きづり込んでやったのさ。俺は滝壺に呑み込まれてその後どうなったかわからないんだけどよ、大分あとになってから坪井さんにその話を聞いたら、あいつは滝壺に落ちたときに岩に後頭部をぶつけて絶命していたらしい」


ふ~~っと、一息入れて、目の前の大きなコーヒーカップを手に取ったタスクは、一口コーヒーを飲む。


そんなタスクの若き日の冒険譚をいつの間にかわくわくしながら聞いていた士郎は、先を促す。


「そ、それでタスクさんはどうなったんですか? ここにいらっしゃるってことは無事だったってことなんですよね?」


「ああ、まあな。滝壺に呑み込まれたあと、どこをどう流されたのかわからねぇんだけどよ、俺の身体は南方のほうまで流されちまってた。そのまま川の中に沈んでもおかしくなかったはずなんだが、どういうことか俺の身体は『サンタナ』のさらにさらに南にある、『アステカ』っていう城砦都市の近くの岸辺に漂着していたってわけだ。そこをよ、たまたま通りかかった夫婦が俺の事を助けてくれて、俺はなんとか一命を取り留めた。いや、ほんとにあのときはマジで自分が死んだと思っていたからよ、生きているってわかったときはびっくりしたぜ」


「どんなところなんですか? 城砦都市『アステカ』って?」


「あっついところさ。流石の俺も『熊』の姿ではすごせねえからよ、『人』の姿ですごしていたなあ・・まあ、それはともかく、俺はその夫婦の元で順調に回復したわけだけどよ、なんにも恩返ししないまま帰るわけにもいかねえ。そこで俺は夫婦のやってる仕事を手伝うことにした。それがな、養蜂だったんだなあ」


感慨深い様子で語るタスクの言葉に、思わず目を見張る士郎達。


そう、この屋敷の主であるタスクの現在の職業は養蜂家であり、しかも、その名前はその筋ではかなり知られているほどの腕前。


だが、彼の父親は有名な刀鍛冶であり、それとは全く違う職業にいったいなぜなったのか、士郎達にとってバステトとの仲と同じくらい疑問に思っていた部分の秘密が明かされることになり、思わずびっくりしてしまったのであった。


そんな士郎達の心中をしるはずもないタスクは話を進めていく。


「最初はよ、地味な作業だし、なんてことはないなあなんて思っていたけどさ、やってみるとなんか意外と俺の性にぴったりきちまってさ。気がついたら手伝いとかいうレベルを越えて本気で事業を手伝っていたよ。あっはっは。それで、養蜂の技術を学び手伝いながらあっというまに3年が過ぎた。楽しい3年だった。傭兵稼業も楽しかったけどよお、それよりもずっとずっと楽しかったし、できればあそこにずっといたかった。けどよ、その夫婦に言われちまったんだ。そろそろ、ご両親のところに帰りなさいってよ。ここにずっといてほしいけど、ここは俺の居場所ではない、俺の居場所は違う場所にあるはずだよっていわれちまってよ・・」


そう言ったタスクの目は本気で悲しそうであったが、すぐにその色を消して顔をあげる。


「それで俺は『アステカ』をあとにした。かなり後ろ髪は引かれたがな。そんでいろいろとあちこち回りながら、2年かかって俺は『嶺斬泊』にもどってきたってわけだ。いや、流石の俺もよ、この都市に帰ってきたときには胸にくるものがあったけどさ。まあ、ともかく俺は帰ってきた。そんでまっさきに坪井さんのところに行ってみたわけだが・・まあ、傭兵旅団が都市にいるわけないわな。それで、まあ坪井さんのところに顔を出すのはずいぶんあとになっちまったんだが、それはまあいい。そのあと、俺は親父のところにいった。で、おそらくここからはおまえらもよく知ってるかもしれねえけど、俺の無事を喜びはしてくれたものの、養蜂家になるっていう俺と親父は大ゲンカさ。まあ、勘当こそされはしなかたけどよ、最後までいいとは言わなかったな。まあ、振り切ってなっちまったわけだが。それから、また2年があっという間に過ぎた。まあその間にもいろいろとあったけどよ、それなりに楽しくて充実した日々が続いていたわけよ。養蜂の事業も軌道に乗ってきて、さあ、これからだってときだ、坪井さんから連絡があったんだ。バステトが『アルカディア』で結婚式を挙げるから、どうしても出席しろってな。当たり前だけど、断ったさ。考えてもみろ、向こうはこっちがとっくに死んでいると思っているだろうし、7年だぜ? それだけの期間連絡一つしなかった俺がのこのこと出ていけるわけねぇじゃねぇかよ。そう言ったら、坪井さんが、それだったら尚更出席して祝福しないとだめだって言うんだ。でもさ、無茶苦茶だと思わないか? 俺、招待状とかもらってないんだぜ? それなのに、坪井さんは出席しろ、俺が全責任を取るっていうんだよな。なんだよそりゃって思ったけど、そこまで言われたらでないわけにはいかねぇじゃねえか」


物凄く嫌そうな顔で話すタスクに、士郎は返ってくる答えはわかってはいたものの、一応念を押すつもりで恐る恐る聞いてみる。


「し、出席されたんですか?」


「・・出席したよ」


予想通りの答えであったが、タスクはしばらくその後を続けようとはせず、黙りこんでいたが、やがて一つ溜息を深く吐きだすと諦めたように話始めた。


「バステトには気がつかれないようにしようと思ってよ、『人』の姿でなるたけ大柄な奴らが集まっているところに紛れ込んでおとなしくしていたんだよ。いや、ほんといい結婚式だったんだぜ。こいつの相手は『暁の咆哮』の初期メンバーの一人で、豹型獣人族の知り合いでさ。昔からいいやつだったんだよなあ。ああ、こいつならバステトのことを幸せにしてくれる、これなら大丈夫だって、柄にもなく目がしらを熱くしていたのに・・こいつ、よりによって最後の最後で俺がいることに気が付きやがって、その場で大騒ぎを始めやがった。もう、あのときの乱痴気騒ぎを思い出すたびに俺は胃が痛くなる・・今でも思うよ、なんで俺は坪井さんの申し出をきっぱり断らなかったのかって。そして、俺はその場を逃げるように立ち去ったんだ。もう二度と会っちゃいけないって心に誓ってな。そしてよ、自分の自宅・・つまりここにもどってきたらよ・・なんでかわからんけど、こいつがいやがるのよ。しかも、わけのわからんことに俺に『責任をとって』とか言うし・・おかしいだろ、どう考えても!!」


怒りと困惑の入り混じった表情でテーブルをバンッと叩くタスクに、その話を聞いていた一同はどう反応していいものやら困りきった表情で固まり続ける。


しかし、そんな中、固まることなく猛然と口を開く人物が一名。


「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ!! まるで私一人が悪いみたいじゃない!!」


「どう考えても、おまえが悪いだろ!! 籍まで入れておいて、花婿おいて逃げ出してくるってどういうことだ、おまえは!?」


「あのね、私はあなたが死んだなんてこれぽっちも信じてなかったのよ、結婚を決めるその寸前まで、ほぼ7年間、あなたの帰りを待ち続けていたの!! だけど、ずっと、あのシュルレーゼがあなたはもう死んでこの世にはいないって私に囁き続けたの。私は最後まで信じたくなかったけど、どこから拾ってきたのか、あなたの使っていた両手斧の残骸を見つけてきて、『これで僕の言うことを信じてくれるかい』って言われた時に、心が折れちゃったのよ。それで、もう誰と一緒になっても同じかって・・両親は私に早く結婚してもらって孫を抱きたがっていたし、どうでもよくなって結婚することにしたのよ。それであいつが急かすから式の前に籍だけ入れて、そのあと結婚式を執り行うことになったんだけど・・あなたには絶対わからないわ、あのときの私の驚愕がどれほどだったか。式の最後で、ウェディングブーケを投げるんだけど、その投げた先、受け取った人物を見て、私卒倒しそうになったわよ・・誰だと思う?」


すっかり据わってしまった目で士郎達のほうに視線を向けたバステトの問い掛けに、士郎達は一瞬でその解答にたどり着く。


「ま、まさか・・」


「そのまさかよ!! こいつよ、この馬鹿が受け取ったの!! それでその姿を見たときに一瞬で理解したの、私の結婚相手がこの馬鹿が生きていることを最初から知ってて黙っていたってことを。それがわかったとき、こんな結婚式やっていられるかって思ったわ。肝心のこいつは私のこと連れて逃げてくれるかと思ったら、そそくさと一人で逃げ出しちゃうし、相手のシュルレーゼは必死に今までのこと誤魔化そうとするし、冗談じゃないっての!! もうね、絶対7年間待ち続けた私に対する責任を全てきっちり果たしてもらわなければ気が済まないって思って、こいつを追いかけることにしたのよ。勿論、シュルレーゼには離婚届を叩きつけておいてよ!! 幸い出席してくれていた坪井さん達が全面的にバックアップしてくれて、こいつの自宅、つまりここまで私を送り届けてくれたんだけど、私を見てこいつが言った一言が『なにやってるんだ、とっとと帰れ!!』よ? 普通謝罪の言葉とかいろいろあるでしょ? それをこんなこと言われて引き下がれると思う?」


なんとも言えない気まずい空気が流れていく。


タスクが話し始めていたときとは立場が逆転し、今度はバステトがタスクを睨みつけ、タスクが視線を外している。


「し、しかしだな、結婚してもいいと思ったわけだから、シュルレーゼのことを嫌いだったわけではあるまい。それに離婚届をあいつに叩きつけたと言ってもあいつはまだそれを受諾する判を押していないわけだから、おまえはまだあいつの妻であるはずだし、それにあいつもまだおまえのことが好きなんだとおもうぞ」


やがて、バステトの睨みつけてくる視線に耐えきれなくなったのか、タスクがぼそぼそと言い返すが、バステトはますます視線を冷たくしてタスクのほうを見る。


「だからなに?」


「・・うっ・・だからだな、一度『アルカディア』に戻ってだな、あいつとじっくり話をだな・・」


「私じゃなくて、あなたが行って来て」


「な、なんで、俺なんだよ!? おかしいだろ、それは!?」


傲然と言い放つバステトの言葉に、流石のタスクも納得できないという顔で思わず身を乗り出して抗議するが、バステトはだんだん涙目になってきた瞳でタスクをじっと見つめて言葉を続ける。


「7年間ほったらかしにして、連絡一つよこさなかったくせに、何一つ責任を果たさないつもり?」


「ま、待て待て、好きで連絡しなかったわけじゃない、連絡できないところにいたんだからしょうがないだろうが!!」


「5年間はね。5年間については許してあげる。でも、あなたその後、『嶺斬泊』にもどってきていたくせに、私に連絡をしようとしなかったじゃない、2年間も!!」


「いやいやいや、それだって、お前達が傭兵旅団であちこち転戦していたからだろうが!! それも連絡つけなかったわけじゃない、その証拠に坪井さんは俺のことちゃんと知っていただろうが。まあ、シュルレーゼがおまえの耳に届かないようにしていたってこともあるだろうがよ・・」


「じゃ、じゃあ、直接・・直接会いに来てくれてもよかったじゃない!! あなたの腕なら多少危険なところにだってこれたはずなのに!!」


その言葉にかなり傷ついた表情で顔を背けるタスク、返す言葉がないのかそれきり黙ってしまうが、意外なところから助け船が出される。


「バステト殿、それは違う、タスク殿の身体はもう戦場に出ることができる身体ではない」


「え?」


思わぬところからかかった声にバステトがそのほうに身体を向けると、今まで黙って話を聞いていた黒髪黒眼の人間の武人、宿難(すくな) (がい)が真摯な表情でバステトを見つめ言葉を続ける。


「問題になっている片腕片目の『騎士』クラスの『害獣』を葬った代償に、タスク殿の身体は二度と戦場に出ることができない身体になってしまったのだ。バステト殿に会いに行きたくても会いに行けなくて、その間にシュルレーゼ殿がバステト殿の世話をずっとしていたという事実を知ったタスク殿は、バステト殿のことをきっぱり諦めたのだ」


「凱さんて、タスクさんとお知り合いだったんですか?」


思わぬつながりに驚きの声をあげる士郎に、凱はうすい笑みを浮かべる。


「いろいろとな・・」


「おい、凱。あんまりしょうもないことぺらぺらしゃべるなよ」


バツが悪そうな表情を浮かべ再び顔を背けるタスク。


そんなタスクに対し、二の句が継げなくなってしまったバステトは、流石にタスクが本当にどうすることもできなかったのだと悟り、ついにぽろぽろと涙を流しはじめる。


ずっとバステトの膝の上で、晴美の作ってくれたおにぎりをはむはむと食べていたゆかりが、バステトが本気で泣き始めたことに気がつくと、立ち上がってバステトの頭をよしよしと撫ぜて慰めようとする。


無表情で何も口にしないが、よく見るとその瞳は真剣な色をしていて、本気でバステトのことを心配しているとわかる。


バステトはそんなゆかりをしばらくじっと見つめていたが、たまらなくなってきゅっとその小さな体を抱きしめる。


「ごめんね、ゆかりちゃん、心配かけちゃってごめんね。本当はあなたの心配しなくちゃいけないのに、ごめんね」


「・・あい」


すると、ゆかりもバステトの身体にその短い腕をまわしてきゅっと抱きしめる。


その様子をなんともいえない表情で見ていた詩織は、一つ嘆息してみせると苦笑を浮かべて口を開く。


「とりあえず、ゆかりちゃんはバステトさんと晴美ちゃんに懐いているみたいだし、暫定的にここで預かってもらうということではいけませんでしょうか? セイバーファングさん?」


その言葉を聞いて、バステトとゆかりの姿をしばらくじ~~っと見つめていたタスクは、ひどく優しい表情を浮かべるが、すぐに自分を見つめる詩織達の視線に気がつくと咳払いをして厳しい表情になり重々しく、如何にも仕方ないという感じで頷いて見せる。


「わかった、とりあえず、その件については了承だ。おい、バステト、一時休戦だ。俺達の話はまた日を改めてもう一度話すことにする。それいいだろ?」


「・・うん、わかった。あんまり、こういうところゆかりちゃんに見せるわけにはいかないもんね」


タスクの言葉になんとか頷いて見せたバステトは、涙を拭って目の前の小さなゆかりを改めて見つめなおす。


「ってことで、これから一緒に暮らすことになったわ、ゆかりちゃん、改めてよろしくね」


「・・あい」


そう言ってこっくりと頷いたゆかりは、何を思ったのかとてとてとタスクのほうに歩いて行き、何事かと怪訝な表情を浮かべるタスクの前で立ち止まるとぺこりと頭を下げてみせる。


「・・いします」


どうやら『よろしくおねがいします』と言いたいらしいと悟ったタスクは、あまりにも愛らしいゆかりの姿に思わず抱きしめてしまうのだった。


「うんうん、そんな堅苦しい挨拶しなくていいぞ。好きなだけここにいていいからな。俺のことは実の父親だと思ってくれていいんだぞ」


「・・あい」


大人しくタスクの大きな腕の中に抱かれながら、ゆかりはかわいらしくこっくりと頷いてみせる。


そんなゆかりの姿に早くもメロメロになりだしているタスクは、大きな手でゆかりの頭を撫ぜながら優しい口調で話しかけるのだった。


「まあ、バステトの籍どうこうは横においておくとして、ゆかりはほんとにうちの子になるか?」


「・・あい」


「ちょっと、まてええええい!! あたしの話を横においておくってどういうことよ!! そっちが肝心でしょうが!!」


「やかますい!! おまえの件は込み入っていてすぐに解決できんだろうが!!」


と、再び始まってしまったタスクとバステトの犬も食わないなんとやらに、呆れ果てた視線を送っていた一同だったが、やがて晴美が立ち上がってタスクの膝の上からゆかりを救出して一同を促し別室へ移動を開始する。


「・・はいはい、ゆかりちゃんは、私や士郎お兄ちゃん、スカサハお姉ちゃん達と別の部屋に行きましょうね」


「ほんとにしょうがない大人達ですわねえ・・」


「なんか、どうでもよくなってきたね。行こう、ゆかり」


「・・あい」


この日、タスクとバステトの舌戦は夜遅くまで続いていたようであるが、いつのまにか同じ寝室に入って行きリビングから姿を消していた。


余談ではあるが瀧川(たきかわ) 紫朧(しろう)は、この後この家に下宿することが決定し、三カ月後正式にタスク達の養女となってユカリ・セイバーファングになるわけだが、それはまた別の話。


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