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~第48話 帰路~

 月明かりもなく、儚げな星の光だけが唯一の光と言える危険な闇の中を切り裂いて、一騎の狼騎兵(ウルフライダー)が城砦都市『嶺斬泊』に近いキャンプポイントへと飛び込んできた。


 そのキャンプ地の真ん中でキャンプを張ることもなく、ただ、焚き火だけを灯し周囲を油断なく見張っていたクリスとロスタムは、最初その飛び込んできたものの正体がわからず身構えたが、それが自分達のリーダーであることを確認すると、自分達の背後にある『馬車』に向かって大声で歓喜の声をあげる。


「連夜だ!! 連夜が戻ったぞ!! 傭兵の女の子も一緒だ!!」


 その声に応じて、一斉に『馬車』の中に待機していた仲間達と、レンの無事を祈り続けていた傭兵旅団『梟の目』の回復係であるファナリスが飛び出してくる。


 やや駆け足気味で『馬車』に近づいてきた狼騎兵は、『馬車』を牽引している狼の群れの側まで行って狼上から飛び降りると、すぐに自分の後ろに乗っていたレンに手を貸して下におろしてやり、こちらにかけつけてくるファナリスを指さして、そっと背中を押してやる。


 レンは、ふらふらとそちらに向かって歩き出したが、感極まって途中で立ち止まってしまう。


 しかし、駆け寄ってきたファナリスは嬉し涙を流しながらも優しくレンを抱きしめて出迎え、再会を喜ぶのだった。


「姐さん、心配かけてごめんなさい」


「ううん、いいのよ、レンが無事なら、それでいい。本当によかった」


 お互いひとしきり涙を流して抱き合い再会を喜びあっていたが、やがてレンが身体を離し少し不安そうにファナリスに仲間達のことを聞く。


「団長や、副団長達の様子は?」


 ファナリスはその問い掛けに複雑な表情を浮かべる。


「高名なカダ老師が診てくださったおかげで怪我のほうは大丈夫なんだけど・・精神的にかなりダメージを受けてしまってる恐れがあるって・・命に別状があるわけではないけれど、できるだけ早く都市の大きな病院に運んだほうがいいって、老師はおっしゃっているわ・・」


「そう・・」


 その答えに二人は期せずして溜息を吐きだすのであった。


 病院に収納して本格的に検査を受けてみてからでないとなんともいえないが、最悪の場合、旅団の解散もありえると二人は暗澹たる気持ちになるのを感じていたが、とりあえず自分達は生きている、生きてさえいればいくらでも再起はできるとお互いその気持ちを口にし、今はお互いの無事を喜びあうのだった。


「レン、あの連夜さんって方に本当に感謝しないとだめよ。本当であればあなたは見捨てられていてもしょうがない状態だったのに、あなたの素性を知ったあの方が飛び出して行かれたの。あとでご友人の方々に聞いたのだけど、あなたのお友達だって言うじゃない・・本当にいいお友達を持ったわね」


「友達? ・・やっぱり連夜は私のこと知っていたんだ!?」


 涙ながらに話して聞かせるファナリスの言葉に、驚愕の表情を浮かべるレン。


 しかし、そんなレンの様子を見てきょとんとしてしまったファナリスは、逆に問いかけてくるのだった。


「レ、レン、あなたは、連夜さんのこと覚えてないの?」


 その問い掛けに、非常にバツが悪そうな、それでいて非常に困惑しているような表情を浮かべるレン。


「そ、それが全く思い出せなくて・・」


「そんな・・」


「で、でもとりあえず、お礼はちゃんと言うつもり。私だけじゃなくて団長達のことも助けてくれたのだもんね」


「そうね、あの方傭兵じゃないって仰っていらっしゃったけど、私達よりも凄い方ね・・」


 そう言って二人が目線を移すと、そこには狼の群れの中に自分が乗ってきた一頭の狼をつなぎ直す作業をしている勇敢な狼騎兵、連夜の姿があった。


 彼は今、駆け寄ってきた仲間達によってもみくちゃにされている。


「ちょ、みんな、やめてってば、この()つなぎなおさないといけないんだから」


「ざけんな、これくらい我慢しろ!! ったく、心配かけやがって!!」


「連夜さん、おかえりなさい!! 本当に本当によかったです!!」


「流石は我らがリーダーだ、傭兵の女の子も無事救出するとはな。狼は私がつないでおくから、連夜は少しやすめ」


 クリス、晴美、アルテミスが次々と連夜に抱きついてきて、無事を喜ぶ。


 出遅れてしまった形のロスタムとスカサハは、嘆息気味にその光景を見守っていたが、やがて、輪の外からロスタムが声をかける。


「連夜、無事に大治郎さんとは合流できたのか?」


「うん、際どいタイミングで助けられたよ・・でも、なんで兄さんが?」


 ロスタムの言葉に頷く連夜だったが、兄の突然の登場がいまだに理解できず首をかしげる。


 その問い掛けを、ロスタムの横で聞いていたスカサハが呆れた表情で話し始めた。


「あのブラコン、連夜兄様が連日家に帰ってこないことに気が付いて、お父様とお母様にしつこく連夜兄様のことを問いただしたんだそうですよ。それで、とうとうお母様が口を滑らしてしまったみたいで、そのまま『嶺斬泊』を飛び出して来たんですって」


「そのあと、逃げこんできた我々と合流してな、大治郎さんと旧知だというクリスがおまえが傭兵の女の子を助けに行ったことを教えると、迎えに行くといって再びここから出撃されたのだ」


「そうだったのか・・」


 ようやく自分を離してくれたクリス達の元を離れ、キャンプ場の南出口のほうを見つめる。


 もうじき戻ってくるとは思うが、それにしても本当に危ういタイミングであった。


 兄がやってきてくれていなかったら、ここでもう一戦やらかさないといけないところだったのだから。


 勝てないとは思わない、自分やロスタムだけでなく、こちらにはクリス、アルテミスという切り札もあったし、やりあったとしてもなんとか勝利することは可能であったであろう。


 しかし、無傷で勝つことは難しかったはずだ。


 下手をすると何人かの命を犠牲にしていた可能性も十分に考えられただけに、事前にそれを阻止できたのは本当によかった。


 ほっと、安堵の溜息を吐きだす連夜に、誰かが身体ごとぶつかってきて、危うく転倒しそうになる。


 吃驚仰天してそのぶつかってきた相手を見ると、それは涙で顔をぐしゃぐしゃにした士郎だった。


「れ、れんにゃさ~~ん・・ほ、ほんとうに、ぶじでよかったですぅ~~!!」


「わかった、わかったから、涙と鼻水を拭きなさい」


 大量に涙と鼻水を垂れ流す士郎の顔を、奇麗なハンカチで優しく拭いてやりながら、連夜はこの幼い子供のような自分の弟子を苦笑交じりに見つめるのだった。


 すると、二歩ほど二人から離れたところに立った一つの影が、優しい表情を浮かべて声をかけてきた。


「おかえり、連夜。そのこ本当に連夜のこと心配していたわよ」


「ただいま、アンヌ。いや、本当に申し訳ない、客人であるはずの君やカダ老師にまでずいぶんと手をかける結果になってしまったね」


「いいのよ、そんなことは。おばあちゃんは怪我人の人達についているから『馬車』の中にいるって。なんだか、連夜が無事に帰ってくることがわかっていたみたい。みんなが大騒ぎしている中で一人落ち着いていたわ」


「まあ、カダ老師は潜り抜けてきた修羅場の数が僕らとは段違いだからね。ただ、僕のことを買いかぶりすぎているようなきがするけど」


 苦笑を浮かべる連夜を面白そうに見ていたアンヌだったが、すっと二人に近づいて来て優しい表情をより深めると、まだ泣きじゃくってる士郎の頭をそっとなぜる。


「よかったね、大好きな連夜が帰ってきて」


「は、はい!!」


 最初、その行動にぎょっとなった連夜は、また二人の間で喧嘩が勃発すると気をもんだが、いったいどうしたことか、アンヌに頭を撫ぜられた士郎はひどく嬉しそうにほほ笑んでアンヌを見つめ、アンヌもまたなんだかひどく優しい、でもどこか寂しげな表情を浮かべて士郎のことを見つめている。


(え、なにこれ・・いったい二人の間になにがあったわけ?)


 物凄く気になった連夜であったが、背後に強烈なプレッシャーを感じて連夜は士郎の身体をそっと放してアンヌに渡すと、二人にちょっと離れているように言う。


 二人は自分の背後を恐怖に似た表情を浮かべながら後ずさっていく。


 周囲を見ると、今まで楽しそうに雑談していた他の仲間達も自分の背後に視線を向けて凍りついている。


 なぜそうなっているか、連夜にはわかっていたし、これから自分に起こるであろう出来事も理解していた。


 しかし、逃げるつもりはなかったし、逃げるわけにはいかなかった。


 連夜は一つ大きく息を吐き出して覚悟を決めると、腹と奥歯に力を入れて振り向いた。


 バシッという、乾いた音が一瞬響いたあと、小柄な連夜の身体は木の葉のように舞いながら地面を勢いよく転がっていき、かなりの距離を転がり飛んでから止まった。


 連夜は痛みで気絶しそうであったが、ここで気絶するわけにはいかず、必死に意識を繋ぎ止めてふらふらと立ち上がる。


 そして、自分を殴り飛ばした相手のほうへ朦朧とした眼を向けると、そこには憤怒の表情を浮かべた黒甲冑姿の獅子が仁王立ちしていた


「貴様、自分がしたことがどれほどチームを危険な目にあわせていたか、わかっているのか!?」


 獅子の怒りの咆哮に連夜は身が竦みそうになるが、そういうわけにはいかない、これは自分が犯してしまったあやまちに対する当然の報いであり結果だ。


 受け止めなくてはならない。


「チームは生き物だ、貴様は自分一人死んだとて問題ないと思ったのかもしれんが、そうはいかん!! 腕がもげて普通でいられるものがいるか? 足が使えなくなって普通に歩けるものがいるか? それと同じことだ、おまえ一人死んでそれで済むという話ではない!! ましてやおまえはチームのリーダーであろう、そのリーダーが独断専行してチームを危うくするなど笑い話にもなりはせぬわ!! うぬぼれるなよ、小僧!!」


 歩みよってきた獅子が、連夜の頬を容赦なく殴り飛ばし、再び連夜は木の葉のように吹っ飛び転がって行く。


 歴戦の勇者の張り手は尋常ではなく、連夜を暗黒の底に引きづりこもうとするが、それでも連夜はその意識を手放さなかった。


 両頬はいまや尋常でなく腫れあがり、最早連夜の元の顔の面影が微塵も残っていなかったが、ふらふらと立ち上がると獅子の方に視線を向け、静かに頭を下げると事の次第を固唾を呑んで見守っている仲間達のほうに顔を向ける。


「みんな・・本当に迷惑をかけた、申し訳ない。僕の独断でみんなを死の危険に晒してしまったことを心から謝罪するよ。この通り、本当に申し訳ありませんでした」


 立っているのもやっとの状態でありながらも、連夜は真摯な瞳を仲間達に向けて深々と頭を下げた。


「もういい、もういいですよお・・もうやめましょうよお・・」


 まるで自分が殴られているような気分で事態を見守っていた晴美が、痛々しい連夜の姿を見て涙を流しながら呟く。


 晴美だけではない、他の面々の表情も多かれ少なかれ似たようなもので、士郎に至っては怒りのあまり黒甲冑の獅子を睨み殺そうとするかの如く殺意の籠った視線を向けているし、ロスタムとアルテミスは明らかにやり過ぎだと無言で主張している。


 そして、クリスは。


「謝罪はもういい、もう十分だ。それよりも、これからどうするんだ?」


 腕組みをしながら連夜のほうを一瞥したクリスに、連夜は弱々しくほほ笑みながらも頭を上げて口を開く。


「このまま、出発しようと思う。幸いカダ老師から頂いた『神行太保の実』の効力が切れていないことだし、このまま進めば夜明け前には『嶺斬泊』に到着することができると思う。ほんとはみんな疲れていると思うし、ここで一眠りしたいとも思っていると思う。でも、今緊張感を切ってしまって、ここを別の何かに襲われたら大変なことになってしまう。それを考えるともう『嶺斬泊』まであと少しだし、一気に行ってしまう方針を取ろうと思う」


 連夜の言葉にクリス、アルテミス、ロスタムが力強く頷くのを確認したあと、連夜は振り向いて黒甲冑の獅子のほうに顔を向ける。


「兄さん、ごめんね。どれほどひどい指示をしようとも、僕がこのチームのリーダーであることに変わりはない。悪いけど『嶺斬泊』までの指揮は僕が取る。・・でも、助けてくれてありがとうね。それから、兄さんの言葉・・確かに受け止めたから。本当に心配かけちゃってごめん」


 寂しげにそう言ってもう一度頭を下げると連夜は『馬車』の方へふらふらと向かっていった。


 その連夜を無言で見送った獅子の後ろから、銀髪の美少女が近づいていき声をかける。


「ダイ兄様は、連夜兄様を見くびりすぎですわ。確かに、今言っていた言葉に嘘はないんでしょうし、本気で心配して怒っていたのもそうでしょうけど、その裏で連夜兄様を失神させて安全な『馬車』の居住車両に放り込んでおいて自分が指揮を執るおつもりだったんでしょ? いつまで連夜兄様を子供扱いすれば気が済むのかしら?」


 そう言って皮肉っぽい笑顔を浮かべながら、自分の兄でもある黒甲冑の獅子、大治郎の顔を覗き込むと、大治郎は泣きそうな顔をして呆然としているのが見えた。


 それだけで大治郎の心中を察した銀髪の少女、スカサハはやれやれと肩をすくめながら、自分も『馬車』に向かって歩き始めた。


 しかし、流石にかわいそうになったのか、くるっと振り返りフォローしておくことにする。


「心配なさらずとも連夜兄様はちゃんとダイ兄様の想いやりくらいちゃんとわかっていますわ。わかっているから必死で失神することを耐えて見せたのですのよ。最後の最後でダイ兄様に責任を全て押し付けるわけにはいかないから。ほら、行きますわよ。策が失敗したのですから、せめて私達の護衛くらいしてくださいまし」


 そのスカサハの言葉にしばらく腕組みをして考え込んでいた大治郎だったが、やがて嘆息交じりに頷く。


「むう、致し方あるまい。しかしな、連夜は一人でなんでも背負いすぎる・・友や妹のおまえに寄り掛かることができぬなら、せめて兄である俺には寄り掛かって相談してほしかったぞ」


 確かに大治郎のいうことにも一理あるとは思ったが、まるで私は役に立たぬだろうからというような言い方にカチンときたスカサハは、やっぱりへこませておこうと考えなおし、言わずにおこうと思ったことを口にするのだった。


「だいたい、何が独断専行ですか。自分のほうがいっつもいっつも独断専行しているくせに。私も連夜兄様も、『暁の咆哮』でダイ兄様がどれだけ単独行動してメンバーをハラハラさせているかよ~く知っているんですよ。『害獣』退治の途中で、突然現れた大猪に襲われていた後衛部隊を勝手に助けにいったり、あとトドメを刺すだけになっているのに、川でおぼれている子供を助けるために飛び込んでいったり、一人旅団を離れて別の厄介な『害獣』を始末しにいったり、ほんと好き勝手絶頂やってる人がよくもまあ、どの面下げてあんな勝手なこと言えるんでしょうねえ」


「な、な、なんで、そんなこと知ってるんだ!?」


「兄様はご存知ないでしょうけどね、セリーヌさんから全部お聞きしているんですからね」


「な、なぬうううううう!?」


 穴があったら入りたいとはまさにこのことで、流石の大治郎もあまりの恥辱にぷるぷると震えている。


 だが、連夜ならばともかく、大治郎には厳しいスカサハは面白くもなさそうにその姿を見ていたが、スタスタと『馬車』のほうへと向かっていってしまった。


 そんな大治郎の元によってきた彼の白い愛馬、多脚俊足神馬(スレイプニル)の魅冬は、その鼻面を押し付けて傷心の主を慰めてやるのだった。


「魅冬~~~・・俺のことをわかってくれるのはおまえだけだ~~!!」


 泣きながら愛馬に抱きついている大治郎の姿を、撤収作業を終えたクリス達がしばらく見ていたが、何やってるんだかと、お互いの顔を見合せて肩をすくめると再び『馬車』に乗り込んでキャンプ地をあとにするのだった。




~~~第48話 帰路~~~




「ずいぶんと男前になったのう連夜よ」

 

 両頬をパンパンに腫らした連夜を見たカダが面白そうに言うのに、連夜は自嘲気味に苦笑しながら答えるのだった。


「仕方ありません、チームを危険に晒したものの当然の罰ですよ。むしろこの程度で済んでよかったと思っています。実際兄が駆け付けてくれなかったら大変なことになっていたでしょうし・・本当に兄には助けられました。まあこの顔のほうは『回復薬』と『治療薬』を飲んでいますし、明け方には元にもどるはずです」


「まあ、お主もそこそこ『療術師』としての腕前はあるからのう」


「本当にそこそこですけどね、老師どころか、アンヌの半分もありませんから自慢にもなりはしません。はい、コーヒーですけどどうぞ」


 トレーラーの居住車両の中、簡易ポットでコーヒーを淹れた連夜が、カダに強化陶器でできたカップを手渡す。


 カダはその良い香りのするカップを受け取ると、ずず~っとそれを飲みニヤリと笑みを浮かべるのだった。


「わしの好みのサファイアレイクのコーヒーじゃな。よく覚えておったのう」


「あはは、まあ、たまたま車両に積んでいたからなんですけどね」


 自分自身もカップに手をつけてずずっとコーヒーを一口すすった連夜は、少し真面目な表情になってカダのほうを見た。


「ところで老師、見ていただいた傭兵の皆さんの様子ですけど・・」


「肉体についた傷については問題あるまい、しかし、精神体(アストラルたい)に刻み込まれた傷跡がひどい・・病院で専門の医者に診てもらわねばなんともいえんが、すぐに復帰することは難しいじゃろうなあ・・」


「そうですか・・」


 現在傷ついた傭兵達四人は、最後尾に作った車両の簡易ベッドの上に寝かされており、そこには生き残った傭兵達と看病を続けるアンヌ、それに薬学に詳しい晴美が付き添って様子を見ている。


 最後尾のデッキには士郎が完全武装で見張りについており、運転席にはクリス、アルテミス、そして、スカサハが、そして、中央車両の上部見張り台にはロスタムがそれぞれ配置していいて、今、居住スペースにはリーダーの連夜と休憩しにきたカダの二人だけであった。


「老師、『嶺斬泊』についてからなんですけど・・」


「うむ、病院にはわしとアンヌが付き添うことにする。あと、後見人のほうも任せておけ」


 連夜の想いを察して先に力強く断言してくれたカダに、ほっと安堵の息を吐き出す連夜。


「助かります。後見人は父に頼んでもいいのですが、病院に収容してもらったあとに実際に治療していただいたカダ老師の口から担当医師の方に説明していただくほうがいいと思うので。とりあえず、老師達の当面の『嶺斬泊』での生活等に関しては父と母にすぐ連絡して早急になんとか致しますね」


「・・うむ、いや、向こうにもうちの店があるからのう、わしとアンヌはそっちに移るから心配はいらん。それよりも連夜・・ちと、お主に話がある」


 そう言って、コーヒーのカップを簡易テーブルの上に置いたカダは、自分よりも高い位置にある連夜の顔を見上げ、真剣な視線を向ける。


 その視線を受けた連夜は居住まいを正し、真摯な視線でカダを見つめ直すのだった。


「話しというのは他でもない。わしが『嶺斬泊』で伝えようとしておる、『イドウィンのリンゴ』の栽培方法と、『神酒』の製造方法についてだが、当然これらは城砦都市『アルカディア』の大事な無形文化財で、経済的にも非常に大事な情報であることは・・わかるな?」


「はい、他でもない『神秘薬』と『特効薬』の材料ですからね。よくわかっております」


「まあ、連夜は特に『イドウィンのリンゴ』の栽培もやっておるようだからよ~く身に染みてわかってくれておるとは思うが、とにかく、どちらもその方法は難解でな、なんの知識もなく栽培、あるいは製造することは非常に困難を極めるし、方法を理解してもすぐにできるようになるというものでもない。余程の熱意と根気が必要になる」


 老師カダの言わんとしていることは連夜にはよ~くわかっていた。


 カダが言っていた通り、連夜は『イドウィンのリンゴ』の栽培に今も挑戦しているが、五十本の木を三か月栽培して、一本実がなるかどうかという非常に難しい果物なのだ。


 一年通しても、収穫できるのは本当にわずかでしかないし、ちょっとでも手を抜けばそのわずかな収穫ですらなくなるときもある。


 それだけ栽培が難しい代物なのだ。


 連夜の険しい表情を見て、よくよく自分の想いをわかってくれていると理解したカダは、本題を口にする。


「そこでじゃ、連夜、わしはおまえにもその技術を伝えようと思う」


「え・・ぼ、僕ですか?」


 その言葉に驚く連夜に、カダは重々しく頷いた。


「勿論、お主の父母と相談して、彼らが中央庁の高官達と選びだした者達にも伝えるつもりじゃが、わしはおまえの父におまえをその中に必ず加えるよう話すつもりじゃ」


「ぼ、僕みたいな未熟者にですか? それは勿論教えて頂けるのは非常に光栄なことですけど・・」


「あほう、おまえほど優秀な弟子がそうゴロゴロおってたまるものか。いったいお主何人の名匠名人の師匠についてその技術技能を会得しておる。そんな奴はお主とおまえの父以外に見たことないわい」


「い、いやまあ、お父さんはともかく、僕は数だけは多いだけで・・」


「もう謙遜はいいわい。それよりもじゃ、技術を教えるにあたってそれ相応の場所に籠って集中して修行することになる。恐らく『嶺斬泊』の中央庁が保有しておる『特別保護区』のいずれかになるのじゃろうが、そこに外界との接触を絶って三か月近くいてもらわねばならぬ。つまり、高校を休学してもらわねばならんということじゃ。三か月という期間を定めたのは恐らく『アルカディア』と『嶺斬泊』の間が元通りに通行できるようになるのが、そのくらいと踏んでのことじゃ。三か月たって交易路が復帰すればわしは『アルカディア』にもどる。一応これでもわしは商人であるからな、交易路が復帰したとなれば一気に商売が忙しくなるでのう」


 その言葉を聞いて、連夜はすぐにその言葉を理解できずきょとんとしていたが、ちょっと間をおいてから理解してみるみる表情を強張らせる。


 連夜の心情を察したカダが申し訳なさそうな表情を作る。


「すまぬ、一番楽しい高校生活の時間を三か月とはいえ犠牲にしろといっておるのじゃからな。しかしな、『イドウィンのリンゴ』の栽培方法も、『神酒』の製造方法も相当に覚悟をもって学んでもらわぬと身につかぬものでな、それゆえの外界との隔離じゃ。まあ、そうは言っても一人で隔離させようとは言わぬ、親兄弟や配偶者、自分にとって本当に親しい間柄の者であれば一人か二人くらいなら一緒に連れて来てもよいようにはするつもりじゃ」


 慰めるようにいうカダの言葉をしばらく黙って聞いていた連夜だったが、途中何か気になる言葉があったのか、急に顔を上げてカダのほうを見て、その後再び顔を伏せて考え出した。


「まあ、すぐには結論は出ないじゃろうが、できれば前向きに検討しておいてくれ。わしはお主に伝えたいのじゃよ・・」


「あの・・老師? ちょっと変な質問で申し訳ないのですが、例えば僕に限らず、その隔離された修行場に連れていける人は親兄弟、配偶者、多分、お子さんがいらっしゃる人はお子さんでもいいと思うのですが・・」


「む、なんじゃ?」


「その・・連れていける人は・・例えば義兄弟とか友達とか、あるいは恋人ではダメですか?」


 おずおずと聞いてくる連夜の意外な言葉に戸惑うカダであったが、すぐに首を横に振って答える。


「ダメじゃ。ひょっとするとその場限りで別れてしまう相手かもしれんし、むしろ怖いのは栽培技術や製造技術を盗むために近づいてきた人物かもしれん。お主の両親が目を通す相手であろうから本人自身はそういうことはないじゃろし、血縁関係にあるものやきちんと籍に入っている配偶者であればすぐにわかることであるから問題はないが、流石にその相手が完全に他人であれば、すぐにチェックするというわけにはいくまいて。だが・・」


「だが?」


「両親が認めている正式な婚約者や、中央庁に登録している師弟関係のある者などであれば問題なかろう」


 その言葉に、連夜の目に何やら強い光が宿る。


 そして、カダに聞こえないような小さな声で何かを決意するように呟くのだった。


「親に認められた婚約者か・・」


「連夜? 」


「あ、いえ、なんでもありません。高校に行けなくて友人達と会えなくなるのは確かにつらいですけど、前向きに検討いたします」


 気遣うように声をかけてくるカダに、先程までとは打って変わったどこか吹っ切れた表情で答える連夜。


 その瞳の中にある強い意志の光を確認したカダは、ほっと安堵の息を吐き出した。


 正直、連夜の両親や『嶺斬泊』の中央庁が選びだす有能な人材よりも、遙かに目の前の少年の方が人柄も能力も信頼できる、また、三か月という限られた時間の中でその知識を詰め込むにしても余程の集中力が必要になってくるが、連夜ならばなんの心配もいらないとカダは思っている。


 この人間族の少年が、自分に役に立つと思う技術技能の習得に関しては異常な程の集中力と勤勉さを発揮し、いかなる努力も惜しまないことを師匠の一人としてよく知っていたからだ。


 そう思って連夜が淹れてくれたコーヒーを飲もうとしていたところに、後部ハッチを開けて最後部の車両で看病を続けているはずのアンヌが車両の中に入ってきた。


「む、どうした? 何かあったのか?」


 カダが不審そうに問い掛けると、アンヌはなんとも言えない優しい笑顔を浮かべる。


「ううん、手伝ってくれていた晴美ちゃんがとうとう寝ちゃったものだから、毛布を取りに来たのよ」


「あ~、ごめん、僕が持って行くよ」


 そう言って慌てて毛布を取って行こうとする連夜だったが、アンヌはやんわりとその毛布を取って断る。


「いいのよ、私が持って行くから。それに他のみんなにコーヒーも持って行きたいし。それにしても、数か月前まで小学生だったのに、晴美ちゃんはしっかりしてるわね。眠る直前まで一生懸命看病を手伝ってくれたわ」


「厳しい家庭で育ったみたいだからね・・」


「そう」


 なんとも言えない表情で顔を見合した二人は、同時に溜息を吐きだす。


 そんな二人を見ていたカダは、アンヌからひょいと毛布を取り上げると、とてとてと後部ハッチへと向かっていく。


「そろそろわしももどるとしよう。毛布はわしがかけておいてやるわい」


「あ、おばあちゃんありがとう。私もコーヒーを入れたらすぐにそっちに行くから」


「遠慮せずにそこで休憩していっていいぞい」


 なんだか妙な気の回し方をするカダに、思わず顔を見合わせる二人であったが、後部ハッチからカダの姿が見えなくなると同時にぷっと噴き出した。


 そして、ひとしきり笑ったあと、アンヌが済まなさそうな表情で連夜のほうを見る。


「ごめんね、おばあちゃん連夜に無理言ったのでしょ? 私と結婚してくれとかなんとか・・」


「あ~、アンヌ、知っていたのか」


「うん、連夜のことは任せてくれとかなんとか妙なこと口走っていたから。『療術師』としてとか、薬剤師としてとかは物凄いのに、ことこうことに関するとまるでだめなのはなんでなのかしらねえ?」


「まあ、僕もだけどアンヌも僕のこと異性としてみてないよね。どちらかというと姉弟だと思う」


「そうね、私は連夜のこと好きだけど、それって確かにはっきり双子の姉弟に対するみたいな感覚だわ。まあ、結婚できないことはないだろうけど、今のところはそういう感情はないわね」


 容姿は全く似ていないし、性格的にも似ていない二人だったが、なぜか物の考え方や価値観のようなものはよく似ている二人だった。


 アンヌは連夜に、もう一度笑みを浮かべて見せると、コーヒーを淹れたカップを様式トレイに載せて車両を後にする。

 

 連夜はそんな後ろ姿を見送っていたが、その姿が後部ハッチの向こうに消えて見えなくなると、再び腕を組んで思考の海に浸かり始めた。


「親公認の婚約者か・・まだ早いと思っていたけど・・」




 星明かりだけが頼りの暗闇の中であったが、少年にとっては別に昼間と変わらぬ明るさであり、美しい自然の景色がどこまでも広がっているのが見える。


 『黄帝江』の悠久の流れの反対側には、『害獣』達が支配する広大な『不死の森』が広がっているが、その緑豊かな姿は非常に美しくはるか遠くに見える山々の姿と相まってまるで一枚の風景画のような美しさを醸し出していた。


 合成種族(キマイラ)としての彼には、夜の闇を見通す力が与えられていた。


 それは『人』としてではなく、『兵器』として生み出された彼の能力であり、彼が忌み嫌ってるものの一つでもあったが、それでもその力によって見ることができる今の夜の景色はそれを差し引いても十分に美しいものであった。


「奇麗だなあ・・」


 誰もいない最後部車両の更に最後尾、車両の外側に設置された見張り台の上で、士郎は一人呟いたのだが・・


「そうね、ほんと奇麗」


「ですよね~・・って、うわっ!!」


 と、誰もいないと思っているところに相槌を返されて本気で吃驚してひっくり返りそうになる士郎。


 慌てて横を見ると、おもしろそうにこちらを見ているエルフ族の少女が、何か飲み物が入ったカップを差し出してくるのが見えた。


「アンヌさん?」


「ふふふ、ほんとに大袈裟なんだから。はい、これコーヒー。夜の見張り御苦労さま」


 そう言って手渡されたカップを両手で持ち、おずおずと礼の言葉を返す士郎の横にアンヌが近寄ってきて立つ。


「ごめん、ちょっと詰めてね」


「え、あ、はい」


 狭い見張り台の上に二人並んで立つとギリギリなので、自然と身体がくっつく。


 見張り台の手すりにもたれかかるようにして立つアンヌの柔らかい身体が自分の体に密着するようにぴたっとくっついてくると、士郎は自分の心臓が跳ね上がるような気がした。


(僕いったいどうしちゃったんだろう・・)


 なんだかこの隣に立つ年上の女性が気になって気になって仕方ないのだ。


 スカサハや晴美のような際立った美少女というわけではない、かといってブスではないし、標準以上は軽くクリアしているし、そばかすだらけの顔だけど、それだってチャームポイントの一つで非常にかわいらしい顔をしていることは間違いない。


 スタイルもスカサハや晴美のように、見た目はぱっとしないけど、その実抱きしめられたときにわかったのだが、物凄く着やせするタイプであり、その衣服の中はそれなりに豊満であることもわかっている。


 性格だって、ずっと大好きな連夜につっかかってばかりいる嫌な性格だと思っていたけど、カダの言う通り本当は優しくて温かくて素直で思いやりのある性格だったこともわかった。


 だからなんなのだ。


 いったい自分は何が言いたいのだろう。


 士郎は横でさっきまで自分が見つめていた夜の景色を見つめ続けているアンヌの姿を見詰めながら、自分自身の心がぐらぐら揺れていることに非常に困惑していた。


 そうして自分自身の中で葛藤している、ふとその視線に気がついたアンヌが、なんとも言えない自嘲気味な苦笑を浮かべながら士郎を見つめてくる。


「な~に? 私の顔に何かついてる? あ~、そっか、わかった。スカサハちゃんとか晴美ちゃんに比べてブスだな~って思っていたんでしょ。それくらいちゃんとわかって・・」


「アンヌさんは、ブスじゃない!! 十分、奇麗だしかわいいよ!!」


 いたずらっぽく言ったつもりだったのに、突如激昂して叫ぶ士郎の姿を呆気に取られて見つめるアンヌ。


 ところが、その叫んだ張本人もいったいなぜ自分がそんなことを叫んでしまったのかわからずパニック状態になる。


「あああああ、いや、その、と、とにかくブスだなんて絶対思ってなくて、その、だけど、怒っていうようなことでもなく、叫ぶ必要も全然なくて、あの、ぼ、僕いったいなにいってるんだろ、あわわわ・・」


「ううん、いいから、大丈夫、ありがと、落ち着いて士郎。ちょっと私びっくりしただけだし、変なこと言ってごめんね」


 そう言って優しい笑顔を浮かべたアンヌは、どこか嬉しそうにそっと士郎の手に自分の手を重ねる。


「あ、はい、その、叫んだりしてごめんなさい」


「謝らないで。そう言って『奇麗』とか『かわいい』とか真剣に今まで一度も言われたことなんてなかったから嬉しかったよ、ありがとうね」


「い、いえ本当のことを言っただけですから・・」


 真っ赤になってしどろもどろにごにょごにょいう士郎のことを優しく見つめていたアンヌは、やがて風で乱れる髪を押さえながら再び景色のほうに視線を移す。


 それに釣られるように士郎もまたその景色に視線を向けた。


 しばらく二人で黙って景色を見つめ続ける。


 夜の闇の中で星明かりしか光は見えなかったが、それでもその見詰める景色は美しさを損ないはしなかった。


「もうすぐ『嶺斬泊』に到着するそうよ。おばあちゃんがさっきクリスさん達に聞いていたみたいなんだけどね」


「そうですか・・」


「ねえ、士郎」


「はい?」


「士郎は連夜から私のこと聞いていて知ってるかもしれないけど、私は士郎のこと何も知らないわ。連夜の弟子で片腕だってことくらいしか知らない」


 そう言ってくるっと顔を士郎のほうに向けると、アンヌは透き通った美しい笑顔を士郎に向ける。


「『嶺斬泊』に到着するまででいいから、士郎のこと教えてよ」


「ぼ、僕のことですか!?」


「うん、なんでもいいの。連夜とどうやって出会ったかとか、どこに住んでるとか、いつも何をしてるとか、話せる範囲でいいから、教えて。それとも、私には話たくない?」


 正直何を話せばいいのか見当もつかなかった士郎であったが、自分には話したくないのかと聞いてきたアンヌの表情に非常に寂しい影をみつけてしまった士郎は、話す内容は全く決まっていなかったものの、そんなことはないと即答してしまう。


「で、でも、何を話せばいいんだろ・・」


「じゃあねえ・・」


 『嶺斬泊』に到着するまでの間、二人の間に会話が途切れることはなかった。


 夜の静寂が支配する世界にあってそこだけが別世界であるかのように、賑やかで楽しそうな声がいつまでも続いていた。


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