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~第43話 流出~

 南の一大城砦都市『アルカディア』。


 南方に位置する城砦都市群と北方に位置する城砦都市群をつなぐ要所的な二大交易都市の一つであり、北の『嶺斬泊』と南の『アルカディア』を流れる流通産業はとてつもなく重要な意味を持つ。


 理由は単純で、南北をつなぐ道がこの『ウォーターロード』しかないからである。


 北と南を分断しているのは、両者の間に存在している巨大な大森林『不死の樹海』で、ここには無数の『害獣』達が今尚生息しており、中でも恐ろしいのは、この樹海の主として君臨している暴君恐竜型の『騎士』クラスの害獣。


 クラスこそ『騎士』であるがその実力は『貴族』クラスに匹敵する恐るべき害獣で、その棲家は樹海の奥深くであり街道には決して出てくることはないものの、その恐ろしさゆえにこの森に新たな道を開こうとするものはいない。


 それゆえに安全に南北を行き来できる『ウォーターロード』の存在意義は非常に重要極まりないものがあったわけであるが、その流通がストップしてからすでに半年が経過しており、この間に周辺都市が被った被害損額は計り知れないものがある。


 勿論、『嶺斬泊』、『アルカディア』双方の行政部としては一刻も早くこの交易路を復帰させたい思いはあるし、今尚その為の努力を行っているのだが、なんせこの封鎖の原因となっている噂が他でもないこの世界最強の生物である『王』クラスの『害獣』の出没とあっては、おいそれと封鎖を解除するわけにも行かず、歯痒い思いを募らせていたのであった。


 中でもその思いが一段と強かったの防衛本部の補給課の人達で、都市が保有している防衛軍事部隊や、傭兵達に『回復薬』などを支給している彼らとしては、一刻も早い交易路の復帰を望んでいた。


 なぜなら、『回復薬』を始めとするこれならの薬品に必要なほとんどの薬草、霊草が北方でしか栽培できないものが多く、こちらでもあらかじめ今まで溜め込んで置いたストックを使用してなんとかしてはいるものの、このままではジリ貧になることは火を見るよりも明らかであった。


 そんな風に日々追い詰められるように焦りを募らせている者の仲に防衛本部、補給課課長 ジョン=ラディスターの姿がある。


 ジョンは四十台後半の犬型獣人族(コボルト)の男性で、セントバーナードにそっくりの顔に、190cm近くある大きな体格の持ち主で、性格は基本的に温厚ではあるが、若いときには『害獣』ハンターをやっていたこともあり、今のこの危機的状況を誰よりも苦悩していた。


 そんな彼の元に一本の念話がかかってくる。


 戸惑いながらつなぐかどうか確認の内線念話をかけてきた秘書の話を聞いたジョンは、一瞬秘書がいい間違いをしているのではないかと思い、思わず何度かその念話の主の名前を聞き直してしまった。


 しかし、長年彼の秘書を務めてくれている優秀なダークエルフ族の女性秘書は間違いではないことを根気よく彼に説明してくれ、ジョンはすぐに念話をつなぐように頼む。


 すると、念話口の出てきた声の主は確かに聞き覚えのある少年の声で、父親からの届け物があるから受け取りに出てきてほしいと言って来たのだ。


 場所はこの補給課建物の裏口。


 時間は今すぐ。


 ジョンは戸惑いながらも何人かの男性職員を連れて建物の裏口に急ぐと、そこには一台の小型トラック型念動自動車が止めてあり、ジョンが近づいていくと中から一人の少年が降りてきた。


「お久しぶりです、ラディスター課長」


 にこやかな笑顔で話しかけてくる知り合いの人間族の少年の姿に、ジョンは一瞬絶句していたが、なんともいえない表情を浮かべて少年を迎え入れる。


「まさか、本当に連夜くんだとは・・どうやってここに来たんだい?」


「勿論、『ウォーターロード』を通ってですよ。他に道はありませんし」


 ジョンの問いかけにいたずらっぽい笑って見せる連夜。


「いや、あそこは今封鎖されているはずだ、何よりも『害獣』の出没が・・よくここまで辿り着けたね」


「見えない橋が見えないだけで、渡る事ができることをたまたま知っていましたから。まあ、本当に渡れるかは実際には博打でしたし、相当冷や冷やさせられましたけどね。なんとか辿り着けてほっとしています」


 そういうと、連夜は後ろのトラックになにやら合図を送る。


 すると、トラックから降りてきた少年達が、トラック後部のシャッター状のハッチを開けて、中から次々と何かの木箱を運び下ろしていく。


 連夜は無言でジョン達についてくるように指示し、ジョン達の目の前でそのうちの一つを自ら開けて中を見せる。


 連夜に促されて中を覗いたジョン達は、箱の中身を知って絶句する。


 そこには自分達が喉から手が出るほどほしかった『回復薬』などの材料になる貴重な薬草、霊草の数々が詰め込まれていた。


 どういうことかと無言で尋ねてくるジョン達に、連夜は苦笑を浮かべて口を開く。


「父が『アルカディア』のほうでかなり困った状況になっているはずなので、渡してきてくれと僕は頼まれただけです」


「そうか・・確かに宿難さんならそういうことを言ってくださりそうだ。わかった、これはありがたくいただくことにして代金を支払うよ」


「いえ、父からは無償でお渡しするように言われています。その代わり『この借りはいずれ別の形で返してもらうから』と伝えてくれと言われております」


「やれやれ、そう言ってどんどん借りが膨らんで来ているのだがなあ・・」


 そう言って困ったように頭をぽりぽりとかくジョンの姿を面白そうに見ていた連夜だったが、すぐにジョンに木箱を中に運ぶように促す。


 政治的な裏取引というわけではないものの、お互いあまり公式にしないほうがいい内容であるため、人に見られないうちに建物の中に運んでしまうほうがいいのである。


「すまん、連夜くん、これだけあればまたしばらくはもちそうだ」


 箱の数は結構な量があったが、人数が多かったため、それほど時間をかけることもなく運び込むことができ、ほっとした表情で連夜に感謝の言葉をかけるジョン。


「いえ、僕は父の指示に従っただけですから、そのお言葉は今度父本人にお願いします。じゃあ、僕はこれで」


 そう言うと、連夜は仲間の少年達を促してトラックに戻っていこうとする。


 その連夜の背中をジョンは慌てて呼び止めた。


「連夜くん、一つだけ教えてくれ。交易路は安全だったかい?」


 連夜はジョンの言葉に振り返り、しばらく考え込む姿を見せる。


 その後、ちょっと難しい顔をして口を開いた。


「すいません、やはり確証はないのでなんとも言えないです。僕らが通ったときがたまたま大丈夫な時だったのか、それとも本当にもう危険はほとんどないのか・・やはり何度か検証してみないことにははっきりしたことは言えないでしょうね」


「君自身の意見でいいから言ってみてくれないか?」


 ジョンのその言葉に、連夜はにやっと笑って見せる。


「そりゃ安全だって信じてますよ。それを前提にここまで来たんですからね。安全でなかったら帰り道困ります」


「そうか、そういわれたらそうだな・・ありがとう、それを踏まえて上に話をしてみるよ。このままだとどのみちジリ貧だし、『嶺斬泊』にばかり押し付けるのはなんとも癪なんでね」


 同じようにニヤリと笑い返したジョンに、連夜は敬礼をしてみせる。


「ご検討をお祈りしています」


「ありがとう、お父上によろしく、それといつ帰るのか知らないが気をつけて帰ってくれ、無事を祈ってる」


「お互いに」


「そうだな、お互いに」


 そうして連夜が乗り込んだトラックは、街の中に消えて行った。


 それを見送ったジョンは、自分の部下達を見渡してニヤリと男臭い笑みを浮かべた。


「さてと、それじゃあ防衛本部の老人達のケツを叩きに行くぞ。あんな子供にできることを、大人の俺達が怖気づいてやらないなんてとんでもない話だ。どうあっても軍を動かして現状を打開せんとな。みんな、これから忙しくなるぞ、存分に力を発揮してくれ!」


 その言葉に部下達から一斉に肯定の雄叫びがあがる。


 滞っていた水が、ようやく流れだそうとしていた。




〜〜〜第43話 流出〜〜〜




 その少年を始めてみたのは中学校入学当初。


 同じクラスになり、最初の自己紹介の時に席から立ち上がった彼の全身を初めて見たスカサハは、その見たこともないような異様な姿に驚いたことを覚えている。


 髪は左右で赤青と色が違い、耳も左右で魚人系と獣人系で違い、顔の上半分はドラゴン系なのに、下半分は人間系、目も左右で違う、腕は右手はドラゴン、左手は人間。恐らく学生服に包まれて見えていない身体や足も違うのちがいない。


 噂では聞いたことがある、合成種族(キマイラ)という珍しい種族の少年は、よくいえばおとなしく内気で、悪く言えば陰気臭くて人づきあいが非常に悪かった。


 ともかく一目見れば絶対に忘れられない派手な容姿とは異なり、本人自身は目立つことを極端に嫌い、授業中以外はいつも一人校庭のすみっこの大きな桜の木の下で居眠りをしている、そんな少年であった。


 スカサハは最初、彼のことが大嫌いであった。


 なんだか人のことを最初から拒絶するような眼で見てくるし、なによりも他人にもそして自分自身に対しても皮肉げな笑みを浮かべて笑っている彼を見ていると非常にムカムカしてくるものを抑えられなくて、しょっちゅう彼に怒鳴っていたような気がする。


 しかし、ある日を境に彼の評価が一変する出来事が起こる。


 中学一年生の夏休み直前のある日、理科の実験で魔力を使って生み出した炎をコントロールするという初歩的な異界力実験を行っていたのだが、一人の魔族の少年がコントロールを誤って暴走させてしまい、一瞬にして教室が火の海に変わる大事故が発生した。


 生徒の大半はすぐに教室から飛び出して逃げることができたのであるが、暴走させてしまった少年がいたグループのメンバー六人だけは逃げ遅れて火の海の教室に取り残されてしまった。


 その中にはスカサハもいたのだが、流石のスカサハも完全に狂った状態で暴走する魔力の火をコントロールすることはできず、成す術もなくこのまま焼け死ぬことを覚悟していたのであるが、そんなときにありえない状況が彼女達を救った。


 彼女達の前に忽然と姿を現したのは、テレビで見るような変身ヒーローだった。


 身体の中心を境に、片側はセルリアンブルー、もう片方はダーククリムゾンのメタリックなボディを持つその人物は、暴走する魔法の炎をその繰り出す拳の一撃で振り払うと、次々と取り残された生徒達を助け出し、最後にスカサハを抱きかかえて教室から脱出。


 そして、校舎の外側から炎を噴き出す教室めがけて放たれた彼の必殺の旋風の蹴りは、教室に残っていた魔力の炎全てを薙ぎ払い、消防車が駆け付ける前に鎮火させることに成功したのだった。


 このときに出た負傷者はゼロ。


 彼は全員が無事であることを確認すると、学校の関係者が説明を求めてくる前に再び忽然と姿を消してしまった。


 謎の救世主。


 誰もが彼の正体を知りたがったが、誰一人それを知る者はいなかった。


 唯一人を除いては。


 偶然だった。


 本当に偶然だったのだ、スカサハがそれを目撃することができたのは。


 何かに導かれてのことだろうか、炎の海から救出されたスカサハは、なんとはなしにあの校庭の桜の木のところに向かっていた。


 なぜそこに行こうと思ったのかはわからない、しかし、それによって、スカサハはあの謎の人物の正体を知る。


 桜の木の影に、あのツートンカラーの人物を見かけたスカサハは近寄って声をかけようとしたが、そのとき、その人物は眩い光に包まれた。


 あまりの眩しさに一瞬目をつぶってしまったスカサハだったが、光が収まって恐る恐る眼を開けたスカサハが見た者は、あの合成種族(キマイラ)の少年だった。


 その少年は、満足そうな表情を浮かべていたものの、自分の両手を見て何かを確かめるように自分の身体を動かしてみると、そのあと胸が締め付けられるような寂しい笑顔を作り両手を覆って号泣していた。


 その姿を見てスカサハは何も言えなくなってしまった。

 

 何か・・自分にはわからない何か物凄く重い何かがあの少年を縛りつけていることだけはわかったが、それを知る権利は自分にはないとその場を足早に立ち去ってしまったのだった。


 しかし、あれ以来、スカサハの彼を見る目は変わった。


 根暗で変な少年ではなく、弧高の正義の味方の少年として・・


 あれから変身ヒーローはたびたびスカサハ達の窮地にその姿を現し、スカサハ達を救ってくれた。


 そして、それが終わったあと、必ずあの桜の木の下で号泣するのだ。

 

 まるで何かを失わずにすんだことを喜ぶかのように。


 そういうことが続いて一年が過ぎ、スカサハは中学校二年生になった。


 あの彼とは別のクラスとなり、あまり顔を合わせることはなくなったのだが、ある日出会った彼は別人のように明るい表情を見せるようになっていた。


 そればかりではない、あれだけ対人関係を嫌っていた彼が、園芸部という部活動にも参加するようになり、いつしかあの桜の木の下で彼を見かけることはほとんどなくなっていたのである。


 やがて、スカサハは生徒会長になり、園芸部の部長に就任した彼と話す機会も増えてきたのだが、そのときの彼はもう、あの出会った頃の根暗な彼ではなくなっていた。


 非常に穏やかな表情で、丁寧な口調で話しかけてくるその姿は、どこか兄に似ていて益々魅かれていく自分を感じていたが、その感情がいったいなんなのかわからないまま、スカサハは三年生になっていた。


 そして、再び現在同じクラスになった彼は、一年生の頃の彼とは完全に別人になっているといっていいくらいに変貌していた。


 明らかに何か生きる目標を持ったものの目をして、常にそれを追いかけるように毎日を過ごしている彼はとても輝いていて、あれだけ周囲に友人のいなかった彼の周りには、今では多くの友人の姿が見られる。

 

 いったい彼に何があったのか、スカサハはずっとずっと知りたくてたまらない思いを抱いていたのだが、まさか、自分の兄といつのまにか接点を持ち、その兄から片腕とまで呼ばれて可愛がられている存在になっていたとは。


 しかも、その変わった原因が兄だったとは。


 知りたい。


 もっと彼のことが知りたい。


 兄と何があったのか、あの姿はなんなのか、彼はどういう生い立ちなのか、そして、彼は・・彼には好きな人がいるのだろうか・・


 知りたくてたまらないし、それだけではない。


 もっと自分のことも知ってほしい、生徒会長の自分ではなく、スカサハ・スクナーとしての自分をもっともっと彼に知ってほしかった。


「あ、あの、会長?」


 ひじょ〜〜〜〜に困った表情を浮かべてこちらを見ている彼、瀧川(たきかわ) 士郎(しろう)をきょとんとした表情で見返すスカサハ。


 しかし、すぐにちょっと怒った顔を浮かべて士郎を見返す。


「会長じゃないでしょ」


「あ、あの、スクナーさん・・」


「ファミリーネームじゃないでしょ」


「じゃ、じゃあスカサハさん・・」


「さんはいらないでしょ」


「いやでも、あのその・・」


 あうううと、更に困った、いや困りきった表情を浮かべる士郎だったが、なんとか意を決して口を開く。


「と、ともかくですね、ちょっと、その腕を放していただけると・・」


「いやです」


「いや、でも、その、む、む・・」


「む?」


 真っ赤な顔で言いよどむ士郎の言葉の意味がよくわからず、一瞬きょとんとした表情になるスカサハだったが、士郎はあうあうしながらも再び口を開く。


「その、む、む、胸が・・って、いぎゃああああああああああっ!!」


 自分の脇腹を走る激痛に、士郎が反対側に慌てて顔を向けると、反対の腕に絡みついている晴美が涙目になってこっちを睨んでいる姿が。


「は、晴美、ちょっと、あの・・」


「わ、私の胸は小さいってことですか? あたってないから気にしないってことですか?」


「えええええええっ!?」


 必死になって訴えてくる晴美に、どう答えたらいいのかわからず悲鳴を上げる士郎。


「違う違う、あの、そういうことじゃなくてね・・ああ、もう、お願いだから二人とも放してくださいよ!!」


「「いやです!!」」


「え〜〜〜〜、なんでなんで!?」


 傍から見れば美少女二人に抱きつかれて羨ましい限りの構図なのだが、抱きつかれている本人はとてつもなく困惑した表情を浮かべており、全然喜んでいるようには見えない。


 そんな年少組三人を、姉のような温かい目で見つめていたアルテミスだったが、流石に士郎がかわいそうになってきたのか助け船を出してやる。


「・・あまり鬱陶しくされると、どんなに好きな女の子でも嫌いになる・・と、クリスは言っていたが」


 その言葉を聞いたスカサハと晴美は、ほぼ同時にばばっと士郎から離れる。


 やっと身体の自由を取り戻し、ほっと安堵の息をついた士郎は、目線でアルテミスに感謝の念を送る。


 そんな士郎に優しい微笑みを浮かべて見せると、アルテミスは手元の湯呑茶碗に入れた梅こぶ茶をずず〜〜っとおいしそうにするのだった。


 今、士郎達四人は城砦都市『アルカディア』の北『外区』出発口近くにある『馬車』預かり所の休憩エリアにて、連夜達の帰りを待っているところだった。


 今日の昼過ぎに『アルカディア』に無事到着することができた一行は、まず連夜がいつも父親とこの都市に来た時に利用しているというこの『馬車』預かり所にやってきて『馬車』を預け、その後、連夜は一人でレンタル念動自動車を借りに出かけた。


 連夜はすぐにトラック型の念動自動車を借りてもどってきて、『馬車』から荷物の一部を載せるとロスタム、クリスを乗せていずこかへと出かけていったのである。


 すぐにもどってくるから休憩エリアで待っててという連夜の言葉に従い、四人はおとなしく休憩エリアで待っていることにしたのだが、なぜだかいつのまにか士郎争奪戦が始まってしまったのだった。


 恋愛どころか、人との付き合いも得意ではない士郎は、二人の美少女からよせられる好意をどうしていいのやらさっぱりわからず、翻弄されるばかり。


 士郎はまたもや翻弄されることになっては困ると思って、きょろきょろと自分の避難場所を探していたが、ふとアルテミスが座っている横の椅子が空いていることに気づいて、ささっとそこに逃げ込むように座る。


 幸い簡易テーブルをはさんで、椅子は四脚しかなくアルテミスと士郎が座っている以外の椅子は自分達の目の前にしかない。


 これで挟まれて抱きつかれることはないはずで、士郎はほっと肩の力を抜く。


 その士郎の様子を見ていたスカサハと晴美は、物凄く不満そうな表情で士郎のことを見ていたが、士郎は気がつかない振りをして急須に入っている梅こぶ茶を自分、スカサハ、晴美の分の湯呑茶碗に注ぎ、スカサハと晴美の分はテーブル対面に位置する場所に置いてやる。


 士郎が無言で、まあ座ってくださいと言ってるのだなと解釈した二人はお互いの顔を見合わせ、しょうがないという風に溜息を吐きだすとしぶしぶ士郎の対面の椅子に座るのだった。


 士郎達がいまいる『馬車』預かり所の建物はかなり大きな建物で、『馬車』を牽引している動物達を預かってくれる厩舎エリア、車両そのものを預かってくれる駐車エリア、そして、今現在士郎達自身がくつろいでおり、『馬車』の持ち主達が休憩できる個室が並んでいる休憩エリアの三つにわかれている。


 と、いっても最後の休憩エリアは建物の一番出口付近にある一階のごく限られたスペースだけで、ほとんどは厩舎エリアと駐車エリアとで占められているのだが・・


 その休憩エリアにある個室の内部は、かなりモダンな造りになっており、一見するとどこかの喫茶店のような感じがする部屋で、部屋の奥は全面ガラス張りになっており『アルカディア』の街中がすぐ見えるようになっている。


 まあ、逆に言えば向こうからこちらも丸見えになっているわけだが、目の前を通り過ぎて行く人々のほとんどがこちらを注意していないことから、マジックミラー状になっていて外からは見えないようになっているのかもしれなかった。


 しばし静寂が支配することになったその空間から、四人はなんとはなしに外の世界を眺めていた。


 自分達がよく知る『嶺斬泊』の光景とそれほど変わるわけではなかったが、若干こちらの人々の服装は薄着になっている気がする。


 恐らく『嶺斬泊』よりも南寄りに位置するここは、気温が少し高いのだろう、確かに、そう意識して感じてみると今の服装だと若干暑いような気もする。


 空を見上げると相変わらずの五月晴れで、よい天気であった。


 士郎はそんな街中の様子をなんとはなしに見ていたが、黒豹型の獣人男性とダークエルフの女性のカップルが通り過ぎて行くのを見て、ふと何かに気がついたように横を振り返って見る。


 そこには相変わらず淡々とした表情で梅こぶ茶を飲んでいる狼獣人のアルテミスの姿があった。


 アルテミスはしばし、落ち着いた様子でくつろいでいたが、横にいる年下の少年の視線を感じて怪訝そうに見つめ返した。


「ん? どうした?」


 年上の女性であるアルテミスに見つめ返された士郎は、何やら少しどきどきしたが、しばし何かを言いたそうにして口を開いたろ閉じたりする。


 そんな様子をおもしろそうな、しかし、優しい表情で見つめていたアルテミスは少年が言葉を口にしやすいように水を向けてやることにする。


「私に答えられることなら聞いてくれていいぞ。まあ、連夜と違って私はそれほど博識でもないから答えられることなどたかが知れているけどな」


 その優しい言葉に、しばし逡巡していた士郎だったが、やがて困惑しつつも口を開く。


「あ、あの、アルテミスさんて、クリスさんの恋人なんですよね?」


「え、あ、うん、まあな・・」


「連夜さんからお聞きしたんですけど、もうずい分長いお付き合いだと・・」


「・・そうだなあ、子供の時からの付き合いだから十年以上になるか。」


 少年の意外な問い掛けに少々吃驚したアルテミスだったが、すぐに落ち着いた表情にもどると、どこか遠いところを見つめる視線で答える。


「失礼なことだとは思うのですけど・・種族的にもお二人は全く違いますよね? それでもそういう感情は本当に芽生えるものなのでしょうか?・・ああ、いえすいません、お二人のことを疑っているみたいな聞き方ですね、あ〜、もう僕ほんと人にものを尋ねる仕方がなってないですね・・すいません」


 口にはしてはみたものの、自分の聞き方が非常にまずいものだとすぐに気が付き、慌てて頭を下げる士郎。


 しかし、アルテミスはなんとなくこの年下の少年が本当に聞きたい内容がなんなのかわかったような気がした。


「理屈じゃないと思うぞ。例え種族が違っていたとしても、誰かに側にいてほしいという気持ちは理屈ではないと思う。私の場合はたまたまそれがクリスで、たまたま私とは種族が違っていたということだっただけ。なあ、士郎、私は合成種族(キマイラ)じゃないし、お前と同じ男でもない、ましてやお前自身でもない。だからお前の悩みはわからない。けど、はっきり言えることが一つだけある。誰だって誰かを求めていいと思うぞ」


「・・そうなのですか?」


 アルテミスの話を聞いて、う〜〜ん、と腕組みをして考え続ける士郎。


 そんな士郎の様子をいつのまに見ていたのか、対面から二人の美少女がなんともいえない表情で見守っている。


 アルテミスは、ちょっとしたいたずらを思いつき士郎に一石を投じてみる。


「なあ、士郎・・士郎にはそういう誰かはいないのか?」


 横にいる年上の女性からの問い掛けに一瞬だけ考え込んだ士郎だったが、すぐに心底嬉しそうな表情になって即答する。


「えっと・・連夜さんです」


「「ええええええええっ!!」」


 あまりにも無邪気な答えに、アルテミスはぶふっと梅こぶ茶を噴き出し、対面にいるスカサハと晴美は悲鳴に似た絶叫をあげる。


「ちょ、ちょっと、士郎!! お兄様は男ですのよ!! あなたも男でしょうが!!」


「そうなんですよねえ・・連夜さんからも、『僕は君のお嫁さんにはなってあげられないから、他でちゃんと相手をみつけなさいね』ってきっぱり断られちゃいました」


 スカサハの怒ったような問い掛けに、見るからにしょぼ〜んと答える士郎。


 そんな士郎の様子を見ていた晴美が、何かを恐れるような表情でさらに聞き返す。


「ね、念の為にお聞きしますけど、もし、仮に、絶対ないとは思いますけど、連夜さんが、『いいよ、僕が士郎のお嫁さんになってあげる』と言っていたらどうされるおつもりだったんですか?」


「そりゃ、勿論結婚して幸せにします」


 もう、そんなこと聞かなくても当たり前じゃん、と言わんばかりに輝く笑顔で言い切る士郎に真っ青になるスカサハと晴美。


 横でその問答を聞いているアルテミスは、笑いすぎてすでに呼吸困難になりつつある。


「だ、だめですダメです、そんなの絶対駄目です!!」


「そ、そうですわそうですわ、そういうことは許されませんわ、士郎!!」


「あ〜、やっぱりそうなんだ〜」


 二人の美少女にダブルでツッコまれて、さらにしょぼ〜んと肩を落とす士郎。


 そんな年少組の天然コントに笑いっぱなしのアルテミスだったが、なんとか立ち直って士郎に優しく温かい表情を浮かべて問いかける。


「なあ、士郎? なんで連夜がよかったんだ?」


 その問い掛けに、士郎はしばしきょとんとして考え込んでいたが、やがて顔を赤くしてモジモジと身体を揺らしながら答える。


「あ、あの、連夜さんに抱きしめてもらうと、すっごく落ち着くんです。ぼ、僕、お父さんもお母さんもいなくて、施設で育ったので、そうやって抱きしめてもらったことなくて・・連夜さんて石鹸のいい匂いがするし、優しいし、なんかお母さんってこんな感じかなあって・・えへへ」


「あ〜、もうすごくよくわかる説明どうもありがとう」


 照れながら語る士郎の言葉を聞いていたアルテミスは、やっぱりという顔をして顔をしかめるのだった。


 対面に目をやると、士郎の言葉が物凄いショックだったのか、スカサハと晴美はあんぐりと口を開けて呆然としている。


 アルテミスは大きく溜息を一つついて、ひとしきりこめかみをもみほぐしながらしばらく考え込んでいたが、やがて疲れたように口を開く。


「あのな、士郎。その気持ちはちょっと違うものだから、一旦横に置いておいたほうがいいと思うぞ。その気持ちはな、世間一般でいうところの、子供が親に対して感じている愛情に非常によく似たもので・・いや、おまえの場合はそのものなんじゃないかなあ・・」


「おや? 連夜さんは僕の親なのですか?」


「ちがうのか?」


 アルテミスに問い掛ける士郎だったが、逆に問い掛けられてまたもや腕組みをして考え込む。


 そうしてしばらく考えこんだあと、なんとなくすっきりした表情で顔をあげた。


「なんか、そう言われるとそんな気がします。そうか、僕にとって連夜さんはそういう存在だったのか」


 うんうんとひとしきり頷いて何やら非常に納得した表情を浮かべる士郎だったが、今度は別の疑問が浮かんできたようで、再び何やら困惑した表情になって口を開く。


「じゃあ、アルテミスさんとクリスさんは、お互いが親同士ってことですか?」


「な!? ち、違う違う!!」


 とんでもなくすっとぼけた問い掛けをしてくる士郎に慌てて否定してみせるアルテミス。


 そして、非常に疲れた表情で士郎を見つめていたが、何かを悟ったような表情になって口を開く。


「う〜ん、断定しずらいけど連夜の奴は、おまえに口で説明することの難しさを知っていて、ここにわざと残したのかもしれんなあ」


「へ?」


「ようするに、今のおまえに必要なことは頭で理解しようとすることじゃなくて、実際に体験して芽生えるであろう感情を感じることが大事ってことだな」


「すいません、アルテミスさん、仰ってることがよくわかりません」


 ちんぷんかんぷんという表情を浮かべる士郎を、しばしなんともいえない複雑な表情で見つめていたアルテミスだったが、やがて、弟子に修行を申しつける師匠のような達観した表情を浮かべると、士郎にとんでもない宿題を押し付けるのであった。


「よし、じゃあ、わかるように説明するから、私の言う通りにするのだ」


「え、は、はい」


「まず、スカサハか晴美、どっちでもいいから熱烈にハグしてあげなさい」


「わかりました!! ・・って、えええええええっ!?」


 アルテミスの言葉に元気よく敬礼してその言葉を実行しようとした士郎だったが、内容を理解すると思わず悲鳴を上げてアルテミスの横顔を凝視する。


 するとアルテミスは澄ました表情で、さらにとんでもない爆弾を投下するのだった。


「あ、士郎の好きな女の子のほうでいいからね」


「は、はいいいいい!? いやいやいや!! そんな絶対ダメでしょ!? 完全にセクハラじゃないですか!! ねえ、スカサハ、晴美!?」


 と、くるっと二人のほうに視線を向けると、美少女二人は、はいいつでもどうぞと両手を広げてにこやかな表情で士郎を見つめている。


 しかもよく見るとその目は二人とも全然笑ってない。


 どれだけ鈍感な士郎でもわかるくらいはっきりと、『選ばなかったらコロス』と書かれている。


「ええええええええっ!! なんですか!? なんなんですか、この展開は!? ち、ちょっとアルテミスさん、笑ってないで今の発言は冗談だったっていってくださいよおお!!」


「士郎・・これも修行じゃ」


「なんのですか!? どういう修行ですか!?」


 当然どちらを選ぶこともできずにひたすら冷や汗を流し続ける士郎は、この展開を作り出した張本人にすがりつくが、全く助けようとしてくれない。


 結局、それから十分後に連夜達がもどってきたときには、部屋の中で士郎は美少女二人にもみくちゃにされ虫の息になっていたという。


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