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~第29話 危機~

 絶対絶命の危機とはまさにこういう状態を言うのではないだろうか。


 連夜はいま、文字通り四面楚歌の状態にさらされている。


 連夜を囲むようにして睨みつけている敵は、全員一騎当千の強者ばかりで、とてもではないが逃げ出すことはかなわない。


 よしんばここを逃げ出すことに成功したとしても、逃げた先には結局待ち受けられていることになるので、逃げることは絶対にできないのだ。


 最悪頼りになる友人の家に逃げ込むという手もあったが、それも時間稼ぎにしかすぎず、根本的な解決には程遠い。


 そうなると、最早覚悟を決めて、ここで戦うしかないのだが、相手にする敵はどの敵も連夜には荷が重すぎた。


 いや、戦う前からすでに敗北は決まっていると言っていい。


 こうなってくると、なんとか平和条約を締結させて戦争を終結させたいが、生半可な答えでは誰も納得してくれそうになかった。


 連夜は冷汗を流しながら、必死で打開策をひねり出そうとする。


 しかし・・


(だめだぁ〜〜〜、なにも思いつかないよ〜〜)


 心の中で、だ〜〜っと涙を流す連夜。


 とりあえず、笑って誤魔化してみようと、てへっとかわいく笑って見せるが、誰もそれに反応を返さない。


 それどころか、ますます険悪なムードに雪崩れ込んで行こうとしている気配すら感じる。


 連夜は、目の前に座ってこちらをじ〜〜っと見つめ続けている四人の強者に視線を向ける。


 とりあえず、言い訳みたいなもので誤魔化せないか試してみようと口を開く連夜。


「あ、あのね、ちょっとしたゴールデンウィークをもう一度貰えたみたいなものだから、あまり気にしないでもいいんじゃないかなぁ・・なんて」


「連夜」


「連夜くん」


「お兄様」


「連夜さん」


「「「「誰にどうされてこうなったのか、はっきり言いなさい!!」」」」


「ひ〜〜〜〜〜〜っ!!」


 物凄い迫力で迫ってくる四人の敵に、連夜は思わず腰を浮かせて後ずさるのだった。


 そもそもどうしてこういう状況になってしまったかというと、今からほんの少し時間を遡ることになる。


 玉藻、晴美の如月姉妹の感動の対面を演出してのけた連夜は、久しぶりに対面した二人が、二人きりで話をすることができるように気を利かせて飲み物を買うと言って外に出かけたまではよかったのだが、飲み物を買って戻ってきてみると、なぜか部屋の中にバイトに行ってる筈のミネルヴァと、自宅にいる筈のスカサハの姿が。


 何事かと思って怪訝そうに二人を見つめると、なんだか物凄く怒っている様子。


 如月姉妹と喧嘩でもしたのだろうかと心配になって玉藻達のほうを見ると、なんとこちらも物凄い怒りの表情を浮かべているではないか。


 やっぱり喧嘩したのか!?


 と思った連夜だったが、なぜか彼女達の怒りの矛先はそろって自分のほうに向いているではないか。


 なぜ、自分が怒られなければならないのか!?


 そう思って非常に不可解な表情を浮かべている連夜に気づいた様子の四人の中で、代表を買って出たミネルヴァが怒りの声を隠そうともせずに連夜に聞いてきた。


「連夜、あんた停学になったんだって?」


 その言葉で全てを察した連夜は、真っ青になって実姉に聞く。


「うええっ!? な、なんでそんなこと知ってるの!?」


「母さんが、全部話してくれた。なんか物凄い理不尽な理由で停学になったって」


「うっは〜〜〜〜!! お母さん、よりによってなんてことを!!」


 あれほどみんなには黙っておいてくれと頼んでおいたのに、あっさりと全部ばらしてしまうとは!


 連夜は、がっくりと膝をついて項垂れる。


 しかし、そこにさらに実妹から追い打ちがかかる。


「お母様が言っていました。お兄様、相当落ち込んでるのに無理して普段通り振舞おうとしているのが、どうしても気になるって。それで私達に、その理由を全部聞いてきてって言われたのです」


「うそん、お母さんって、エスパーなの!?」


「あの人にとっても私達にとっても連夜は特別だからな、どれだけ隠してもわかるって」


「しまった〜〜・・お母さんにだけは話しておくべきだったか〜」


 今更悔やんでもあとのまつりである。


 完全に自分の失敗を悟った連夜は、とぼとぼと玄関に向かい、自宅に帰ろうとする。


 しかし、それを素早く回り込んだ玉藻が遮った。


「え、ちょ、た、玉藻さん?」


「連夜くん? お母様だけじゃなくて、私達にも説明してくれないかしら?私、連夜くんが停学になった経緯がどうしても知りたいわぁ・・だって、連夜くんが自分から停学になるようなことするとは考えられないもの。そうね・・」


 ちょっと考え込む仕草を見せた玉藻は、にっこりと笑いながらも背後に壮絶な殺意と怒気のオーラを立ち上らせながら口を開いた。


「たとえば、誰かにひどい目にあわせられたあげくに、はめられて停学にさせられたとかね」


「ひ、ひ〜〜〜〜!!」


 連夜は恋人が放つ洒落にならない憤怒のオーラに思わずのけぞる。


 この人は、誰が何をやったかわかったら、いったいどうするつもりなんだろう?


 絶対怖くて聞けない!!


 そう思って固まっていると、今度は玉藻の横に並んだ晴美が今にも泣きそうなそれでいて怒っているような表情でこちらを見つめて言葉を紡ぐ。


「連夜さん。連夜さんは、私はもう家族だって言ってくださいましたよね? その家族にも言えないことなんですか!? それとも、私が連夜さんの心配するのはご迷惑ですか?」


「い、いや、そんなことない、そんなわけないでしょ、晴美ちゃん」


「だったら、教えてください!!」


「あ、あう〜〜」


 四人からの見事な連携攻撃に、連夜は追い詰められていき、最後のトドメとばかりに総攻撃が。


「「「「何があったか、はっきり言いなさい!!」」」」


 そして、時間は再び元の時間へと戻る。


 リビングに追い詰められた連夜を包囲するように正座して見つめる四人の女性達のとてつもない威圧に、最早これまでと悟った連夜は、溜息を一つついて真剣な表情で四人に向きなおった。


「ごめん、みんなに心配かけちゃって、ほんと申し訳ないと思っているけど、ちょっと今は話せないんだ。それというのも、中学の時みたいにあからさまに悪意のある奴のせいでこうなったわけじゃないんだよね。ボタンの掛け違いというか・・ひょっとしたら僕がそう思っているだけで、やっぱり今まで通りという可能性もあるんだけど・・自分でもほんと未練たらしいとは思うんだけど、心のどこかでやっぱり信じている自分がいるんだよね。だから、ごめん、今回は何も聞かずにいてくれないかな。話せるようになったら、絶対みんなには真相を話すから」


 連夜の心からと思われる言葉を聞いていた四人は、顔を見合せてどうしたものかと目線で会話する。


(う〜〜ん、本当に言い辛い内容みたいね。連夜自身はそっとしてほしいみたいだし、無理に聞きだすのもなんだかね〜)


(でも、この一件だけで本当に終わるのでしょうか? お兄様のことですから、実はまだ厄介事が続いている状態とも考えられますが)


(連夜さんて、そういうところ隠すのうまそうですよね、隠しておいて自分一人で解決しようとするというか)


(でもなぁ、事情知らない状態で私達がしゃしゃり出るとこじれる場合あるからね、連夜が真相語ってくれないことにはやぶへびになりかねないでしょ)


(そうですね、結局はお兄様次第なんですよねえ)


(連夜くん、きっと私達には心配かけたくないのよ、それだけ私達のこと大事に想ってくれているんだと思う。それにお母様には話すつもりなんでしょ?あとでミネルヴァか、スカサハちゃんがこっそりお母様から聞き出せばいいんじゃない?)


(う〜ん、それがベストかな、まあ、あの人が全部話してくれるとは限らないけど、全然わからないよりかはましか)


(わかりました、とりあえず、私はそれで納得しておきますわ)


(あの、わかったら私にも教えてくださいね)


(連夜くん、私には、あとでちゃんと全部話してね)


(・・はい、わかりました。とほほ)


(じゃあ、これで決まりということで・・ん!?)


 ミネルヴァが目線での秘密会議を終えようとそれぞれに合図を送って、視線を外そうとしたが、なにやら気にかかる気配を感じて不可解な表情を浮かべる。


「あれ? いま、裏切り者がいなかった?」


 きょろきょろと周りを見渡すミネルヴァから、すっと視線を外す連夜と玉藻。


「き、気のせいじゃないかな?」


 ぽりぽりと頬をかきながら、ミネルヴァと視線を合わせないようにして呟く玉藻。


 幸いそんな玉藻の様子にミネルヴァは気がつかなかったようで、腕組みをしてうんうん唸りはするものの、結局最後には気のせいとして納得することにしたらしい。


「ま、まあ、いいや。とにかく、今回はそれで納得ということにしておいてあげる。ただし、もう一度何かあったら、どうあってもしゃべってもらうからね、わかった?」


「うん、わかった。ごめんね、みんなに心配かけちゃって」


「いいよ、だって、かわいい連夜のためだもん」


「「「あ!!」」」


 と、すっと一人だけ連夜に近寄ったミネルヴァは、連夜の身体を抱きしめるとすりすりとその顔を連夜のほっぺにすりよせる。


 真面目な話をしていただけに、完全に油断していてミネルヴァの動きを止めることが出来なかった女性陣三人から、物凄い怒気のオーラが立ち上るが、ミネルヴァは全く気がつかない振りをして連夜の身体を存分に抱きしめる。


「ちょ、み〜ちゃん!!」


「いいから、たまにはお姉ちゃんに甘えていいんだぞ、連夜」


「いや、もう立ち直ってるから、大丈夫! と、いうか、放してってば!!」


 わたわたと手を振り回して逃れようとする連夜だったが、ミネルヴァはがっちりとホールドして連夜を逃さない。


「あ〜、久しぶりの連夜の匂い・・って、あいたっ!! 誰だ、人の頭をスリッパで叩くのは!?」


 逃げようとする連夜を力づくで押さえつけて、その首筋に顔を当ててそこから匂ってくる石鹸のいい香りを楽しんでいたミネルヴァだったが、自分の耳にスパーーンという小気味いい音が聞こえたと同時に頭を衝撃が走ったのを感じて慌てて振り返る。


 そこには、客用スリッパを掴んで憤怒の表情で仁王立ちしている妹スカサハの姿が。


 その美しい銀髪は怒りに呼応して無数の蛇と変わり、ミネルヴァのことを威嚇している。


「きさ〜〜ん、こんだけなめたマネさらしといて、ただで帰れるとは、おもっとらんわの〜〜、おおぅ? ケジメつけたらんかい、ケジメ!!」


 いつもの美少女モードから、完全にキレた怒髪天モードに変わっている妹にビビる連夜と対照的に、ミネルヴァはそれを更に挑発するように連夜を強く抱きしめてみせる。


「ふふ〜〜んだ、早い者勝ちだもんね。悔しかったらあんたもやってみなさいよ・・って、いたっ!! また誰かがスリッパで殴った!!」


 再び自分の耳にスパーーンという小気味いい音が聞こえて同時に頭を衝撃が走ったのを感じて、そちらのほうに顔を向けると、今度は玉藻が見たこともない氷のような微笑を張り付けて絶対零度の視線をこちらに向けているのが見えた。


「ちょ、たまちゃん、何するのさ!!」


「何するのさじゃないわよ、このブラコン!! 連夜くんは、私の・・じゃなかった、あんたのモノじゃないのよ!! いい加減放してあげなさいよ、ってか、放せ!!」


「連夜は私の弟だから、私のモノだもん!!」


(僕は玉藻さんのモノなのに・・)


 二人のやりとりを聞いていた連夜が、二人には聞こえないように心の中でそっと呟いて、溜息を吐きだす。


 そして、ふと顔をあげてみると、何やら非常に疑いのまなざしでこちらを見つめているミネルヴァが。


「連夜・・あんた、いま自分が特定の誰かのものなのにって、思わなかった!?」


「うっは!!」


 この姉もエスパーか!!


 連夜が驚愕している横では、玉藻が真っ赤になった顔をすばやく横にそらしているのが見えた。


 なにやら、連夜くんったら、もう正直なんだから、大好き・・とかブツブツ言っているのが聞こえてくる。


「と・に・か・く!! 連夜の占有権は今、このミネルヴァ様にあるんだからね、みんな、下がれ下がれ・・って、いたいたっ!!ちょっと今度は誰よ!!」


 ぺしぺしっというあまり痛くなさげな音が聞こえ、同時に肩になんか微妙に痛い衝撃を感じてそちらのほうに顔を向けると、今度は晴美が強大な敵に立ち向かおうとするかのように、泣きそうになるのを必死に我慢してスリッパを剣のように構えた晴美が、真剣な表情でこちらに視線を向けているのが見えた。


「ちょ、晴美ちゃん、やめなさい!」


「れ、連夜さんは私の大恩人なんです!! そ、その大恩人の危機を見逃すわけにはいかないのです!! たとえそれがお姉ちゃんの大親友ミネルヴァさんであっても!!」


「あ、晴美、そいつ、別に親友でもなんでもないから、ビシビシ叩いていいから」


「ちょ、ちょっと、たまちゃん、さっきからめちゃめちゃ冷たくない!?」


 あっさりばっさり長年の関係を否定してのけた玉藻を恨めしげに見つめるミネルヴァ。


 とうとうさっきまでの連夜と同じ、四面楚歌の状態になったミネルヴァだったが、連夜と違い全く負ける気なし戦う気満々で迫りくる三人の敵を睨みつける。


「愛しい連夜は誰にも渡さない。来るなら来い、悪の侵略者達め、正義は絶対負けないってとこを見せてやる!!」


「ちょ、み〜ちゃん、挑発しないで!! みんな、ストップ、ストップ〜〜〜〜〜〜〜!!」



〜〜〜第29話 危機〜〜〜



「全く、ミネルヴァお姉様はいい加減学習能力を身につけてください。そして、連夜お兄様に対するブラコンから卒業してください」


「「うんうん」」


 プンプンと怒り冷めやらぬスカサハの言葉に、深く頷く如月姉妹。


 それを聞いて、がっくり肩を落とし恨めしそうに三人を見つめるミネルヴァ。


「何よ何よ、スカサハだって人のこと言えないでしょ〜。なんであたしばっかり・・」


「私はお兄様に迷惑がかかるような甘え方はしていません。一緒にしないでくださいませ」


 ツーンとミネルヴァの言葉を一蹴してみせるスカサハ。


 結局大騒動の果てに連夜の怒りが爆発し、喧嘩の発端を作ったミネルヴァは今までさんざん油をしぼられていたのだった。


 そして、流石にこれ以上続けていては夕御飯が遅くなってしまうという理由によって解放され、やっと一息つけると思ったところに手ぐすね引いて待っていた三人に、今度はいじめられ始めてしまったというわけである。


「そ、そもそも、実のご姉弟なんですから、そういう行為は不毛だと思います。そ、それに連夜さんだって、あんまり嬉しそうじゃなかったですし・・」


「いいの、弟は姉の所有物なの。ってか、別に反対でもいいんだけど・・私としては、連夜が求めてくるならいつでも応えてあげるのに」


「「ダメです!!」」


 もじもじと恥じらいの表情を浮かべながらとんでもないことを言い出すミネルヴァに、真っ青になったスカサハと真っ赤になった晴美が同時に声を上げる。


「大体ね、あんた、連夜くんにばっかり目を向けてないで、外に目を向けなさいよ。そりゃね、言いよってくる男はみんな、あんたのその外観目当てか、あんた自身を屈伏させて男のくだらないプライドを満たそうとするバカばっかりかもしれないけどさ。だったら、あんた自身が納得できる男を探せばいいじゃない」


「何よ、何よ、えらそうに、自分だって彼氏いないくせに」


「・・」


「え、あれ? 何、その沈黙?」


「・・別に・・」


 急に赤くなってもじもじと横を向いた玉藻の姿に、ミネルヴァの女の勘センサーが特大級の警報を鳴らす。


 なんだかよくわからないけど、目の前の親友が自分にとって物凄い最悪な事態を引き起こしているような気がするのだ。


「ねえ、玉藻・・あんた最近、やけに服装に気をつけるようになってない?」


「え・・」


「化粧もさ、なんか、すっごい気合いはいってきたような気がするし、なんか仕草というか、動きというか、妙に女っぽいというか色っぽくなってきたような気がするんだけど」


「き、気のせいじゃないかな。そ、そもそも、私だって化粧するし、お、女としての色気だってあるわよ、失礼な」


 流石女同士、男では絶対気がつかない微妙な変化も気がつかれていないようで、ばっちりチェックされていた事実に、玉藻はいいようのない戦慄を覚えながらだらだらと冷や汗を流す。


 いや、別にここで連夜と実は付き合っていますと公言したって玉藻としては構わない。


 構わないのだが、ここで言ってしまうとミネルヴァのことだ、どんな手段を使ってでも妨害してくるに違いない。


 勿論妨害されようが絶対に負けるつもりはなかったが、そのことで連夜との甘い時間を少しでも割かれるようになるのだけはいただけない。


 ここはやはり、黙ってやり過ごすにこしたことはないのだ。


「でもなあ・・あんたの部屋の中一応チェックしたけど、それらしい気配がないのよねえ・・もっとこう痕跡みたいなのが残ってるはずなのに・・」


「でしょ〜、あるわけないじゃな・・って、ちょっと待て、コラッ!! いま、あんたなんっつった!? へ、部屋の中をチェックしただと!? い、いつのまにそんなことを!?」


 再びとんでもないことを言い出すミネルヴァに、今度は玉藻が青くなって絶叫する。


 そんな玉藻を恥ずかしそうに顔を赤らめて見るミネルヴァ。


「だって、愛する玉藻ちゃんに、悪い虫がついてないか心配だったんだもん。てへっ」


「てへっ・・じゃないわ!! ちょ、スカサハちゃん、晴美、なんでそんな目で私を見るの?」


「た、玉藻さんとお姉様が仲がいいことは知っていましたけど・・まさか、そんな関係だったとは・・」


「お、お姉ちゃん・・わ、私、そういうのよくわからないけど・・お姉ちゃんが幸せなんだったら、私は、ミネルヴァさんとのこと応援するから」


ささ〜〜っと玉藻とミネルヴァから引いていくスカサハと晴美の姿に、頭を抱える玉藻。


「んなわけないでしょうが!! いくら私でも、こいつとそんな関係になったら、死んでやるわ!!」


「な、ひ、ひどい、たまちゃん。私、こんなにもたまちゃんのこと愛しているのに」


「愛しているって・・あ!! じゃあ、もうそれでいいや、連夜くんのことはこれで卒業ってことでいいわね?」


「いや、ごめん、たまちゃん、やっぱ連夜のことを忘れるなんてできない。私は連夜との愛に生きるから、たまちゃんはたまちゃんで幸せを探して、強く生きてね」


 玉藻がミネルヴァの言葉をうまく利用して連夜から引き離そうと画策してみるが、ミネルヴァはあっさりと前言を翻し、もうあんたに興味ないわみたいな態度でキッチンで忙しく働いている自分の弟の後ろ姿をうっとりとみつめるのだった。


「あ〜、だけど連夜の後ろ姿って、素敵・・特にあの華奢な背中とかわいい御尻が、いますぐにでも抱きついて押し倒したくなってきちゃう・・」


「ざけんな、てめぇ、あれはあたしのだ」


「え? いま誰かなんかいった?」


 涎を流しながら、モロ変態チックな表情で弟の後ろ姿を見つめていたミネルヴァだったが、背後から浴びせかけられた絶対零度の冷たい殺意に満ちた言葉に反応し、きょろきょろと周りを見渡すが、それらしい人物の姿は見当たらない。


 しかし、確実に誰かから殺意の視線を向けられているようなのだが・・


 心当たりが全くなく小首を傾げるミネルヴァ。


 そんなどうでもいい、女達の駆け引きが繰り広げられていると、キッチンから連夜がいくつもの料理を運んでやってきた。


「さて、今日は玉藻さんと晴美ちゃんの再会を祝う日ですからね、ちょっと手の込んだものを作ってみました」


「「「「おおおおおお」」」」


 テーブルの上に並べられていく御馳走の数々に、驚嘆の声を上げる四人。


 肉料理、魚料理だけでも四品、野菜料理は二品、あとなぜか稲荷寿司が盛りつけられた皿もあった。


「あ、ご飯もあるので、稲荷寿司よりご飯がいい人はいってくださいね」


 稲荷寿司に気づいた四人が、怪訝そうにそれを見つめているのに気がついた連夜が慌ててつけたす。


 しかし、四人の中で一人だけは別の視線を連夜に送っていた。


 それに気がついた連夜は、照れくさそうに顔を赤らめて下を向くと、そそくさとキッチンにもどっていった。


(いつも、ありがと、連夜くん)


 稲荷寿司は玉藻の大好物だった、しかも、晴美との思い出もある品である。


 いったいどうやってそれを知ったかわからないが、連夜はそれを見越してこれを作ったに違いない。


 稲荷寿司を見ていた晴美も、最初はわからなかったようだが、自分を見つめる玉藻の優しい視線で過去にあった懐かしい記憶を思い出し、はっとして玉藻を見つめ返す。


「お姉ちゃん、これって・・」


「うん、あのころ一緒に、よく食べたね」


 二人して、稲荷寿司を一つずつ手に取り、口に頬張る。


 以前、玉藻が過邪を引き起こしたときに連夜が作ってくれたサーモンフレークの入った稲荷寿司ではなく、今日はごく普通の稲荷寿司だった。


 しかし、非常に懐かしい味がする。


 オーソドックスでなんの変哲もない、ご飯と油揚げとゴマしかはいってない稲荷寿司なのに、非常に懐かしいし、とてつもなく美味しい。


 恐らくこれを構成しているご飯や油揚げなどが、かなり良質なもので作られているからに違いない。


 幼き頃、家の神社の縁側に腰かけて妹と二人だけで昼御飯を食べていたあのころが、懐かしい。


 今思えば、玉藻にとってあの家の中で唯一の安らぎだったのが妹と二人きりで過ごしたあの一時であった。


 それが祖父母によって取り上げられ、自らの手で一度は捨て去ったあの時が、今はすぐそばにある。


 気がつくと、自分の目からも妹の目からも、何かが流れ落ちていた。


「お姉ちゃん、おいしいね」


「うん、そうね」


 しかし、それは悲しい涙ではない、失くしたものを取り戻したという嬉しい涙だった。


 ふと横をみると、ミネルヴァとスカサハは優しい微笑みを浮かべて、わざとこちらを見ないようにしてくれていた。


 慌てて片手で涙を拭き、タイトスカートのポケットからハンカチを取りだして、妹の涙も黙って拭いてやる。


「ほら、せっかく連夜くんが、腕によりをかけて私達のために作ってくれたんだから、他の料理も食べないとね」


「うん」


 二人がようやく落ち着いたことを感じたミネルヴァ、スカサハもテーブルに座り、連夜が用意してくれた料理に手をつけ始める。


 特製アップルソースをたっぷりかけたグレートバイソン(大野牛)肉のローストビーフや、烏骨鶏を丸ごとスパイスにつけて焼いたものや、スモークしたモンスターサーモン、スピアクラーケンと野菜のガーリック炒めなどなど。


 ともかく美味しい。


「やっぱ連夜の料理はおいしいよね」


「「「うんうん」」」


 しみじみと言うミネルヴァの言葉に、同じくしみじみとうなずく三人。


 キッチンからお味噌汁を運んできて並べだした連夜は、そんな四人の姿を見て、複雑そうな表情を浮かべる。


「僕の料理をほめてくれるのはうれしいけどさ、み〜ちゃんと、スカサハ」


「え、なに? 連夜?」


「私がどうかしましたか?」


 声を掛けられてきょとんとしている二人に、大きく一つ溜息を吐きだす連夜。


「あのね、二人ともそろそろ本気でまじめに料理できるようになっておいたほうがいいんじゃない? 別にね、僕みたいに主夫できる人を旦那さんにするならいいと思うけどね」


 と、ちらっといたずらっぽく玉藻のほうを見ると、連夜と視線を合わせてしまった玉藻は一気に顔を紅潮させて横を向く。


 そして、なにやら・・連夜くんの、いじわる・・とか、ぶつぶつ言ってるのが聞こえてくる。


 それに全く気がつかない二人は不貞腐れたような表情を浮かべるのだった。


「べ、別にいいもん、私は連夜をお婿さんにするから」


「じ、じゃあ、私もそうします。お兄様さえよろしければですけど・・」


「いや、普通にだめでしょ」


 ほんとにダメダメな発言をしてくる姉妹の姿にげんなりした表情を向ける連夜。


「そういえば、ほんとにミネルヴァさんもスカサハ生徒会長もお付き合いされていらっさる方がいないのですか?」


 ぐさっ!!


 無邪気な晴美の言葉が、スクナー姉妹の心に無情にも突き刺さる。


 悪意がないだけに怒るに怒ることができず、自然とその怒りの矛先はこの話題を振ってきた連夜に向けられる。


 そんな二人の視線を受ければいつもだったらたじろいで視線をさけ弱腰になる連夜が、今日に限っては結構真剣にその視線を受け止めていた。


「あのね、別に僕のことそういう目で見てもいいけど・・二人とも、本当にあとで困ったりしないのね? 僕にあとで泣きつかれても手遅れだったりするかもしれないよ?」


 フォークで切り取ったローストビーフを皿によそってやり、晴美に渡しながら連夜はジロリと二人を見る。


 その視線を受けて、今度は二人のほうがたじろぐ。


「な、な、何がよ。言ってる意味がわかんないわよ」


「お兄様、言いたいことははっきりおっしゃってください」


「あ〜、そうなの? じゃあ、はっきり言うけどいい?」


「「お願いです、やめてください」」


 いきなりツープラトンで土下座だった。


 これを見ていた連夜は、もうなんとも言えない困ったような溜息を吐きだし、如月姉妹は呆気に取られて二人を見る。


「ほんとに、なんで僕の周りって、こういう人達ばっかりなのかなぁ・・まあ、結婚しないなら別にいいし、一人で生きていくのもそれはそれで悪くはないと思うけど。一応、僕はかわいいお嫁さんもらって平和な家庭を築きます」


 ちらっと再びいたずらっぽい表情を浮かべて玉藻のほうを見ると、玉藻はやっぱりばばっと顔を紅潮させて横を向いてしまう。


 そして、なにやら・・不束者ですが、よろしくお願いいたします・・とか、ぶつぶつ言ってるのが聞こえてくる。


「これがね、他人のことだったら僕もここまで言わないけどさ。さっき、み〜ちゃんとスカサハが言ってくれたよね、僕は特別大事だからって。僕にとっても二人は特別大事だよ、大切な家族だもん。まあ、それぞれが抱えている個人的な感情はともかくとしてね、せめて料理は作れるようになっておこうよ。特にみ〜ちゃん」


「ふ、ふぇ!!」


「僕ね、終わったことだとずっと思っていたんだよね。。でもね、最近思いだしたんだけど、み~ちゃんてすごい悩んでいるときがあると、僕に異様にかまってくるよね? ってことは、み~ちゃんは今悩んでいることがあって・・ひょっとするとそれは・・」


「な、な、な、何言ってるの、連夜、話がさっぱり・・」


「きっぱり言う?」


「すいません、ごめんなさい」


 一連の姉弟の会話を聞いていた玉藻の目がわずかに細められる。


 それは明らかに獲物を狙う肉食獣の目だった。


「ミネルヴァ・・あんた、ひょっとして、好きな相手がいるの?」


「!!!!!」


 玉藻の言葉に反応して、一瞬そちらに視線を送ったミネルヴァだったが、真っ青な顔で慌てて視線を外して顔を横にそらす。


「そ、そんなわけないじゃん、な、何言ってるのよ、たまちゃんたら」


 言葉と裏腹に物凄く動揺していた。


「あ〜そ・・まあ、いいわ、今度ゆっくり話し合いましょうね」


「あの、その話題以外でよければ・・」


「そんなこと許すわけないでしょ」


 にっこりと笑ってトドメを刺され、瀕死の状態でテーブルに突っ伏すミネルヴァ。


 そんな姉の様子を、なるべくみないようにして食事を進めるスカサハの額からも若干汗が流れていたりするが。


 などと、他愛のない(?)会話を交えつつ食事は進んでいった。


 そして、みなの食事にそろそろ終わりが見えてきたので、しめてデザートを運んでくるかなと連夜が立ち上がろうとしたとき、思いだしたかのように玉藻に連夜が声をかけた。


「あ、そうだ、忘れてたけど、連夜くん」


「え、はい、玉藻さん、なんですか?」


 呼び止められた連夜は、キッチンに行こうとするのを途中で引き返し、何事かと玉藻のほうを見る。


 すると、玉藻は結構真剣な色を瞳に宿らせて真正面から連夜を見ると、あることを口にした。


 嵐の始まりを告げる言葉だった。


「ねえ、連夜くん。ナイトハルト・フォン・アルトティーゲルくんって、知ってる?」


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