Act.46 『死闘果てなく』
中央庁の中に存在する様々な部署の中で、内外問わず強烈な影響力を持っているのがドナ・スクナーが長官を務める『機関』と呼ばれる部署である。
公には各部署が出るまでもない様々な雑務全般を処理するために設立された部署と喧伝されており、一般市民は勿論のこと、事情を知らぬ中央庁の中級から下の職員達ですらそういう部署であるという認識を持ち、みなさしたる関心を持たぬまま日々の生活を送っている。
しかし、実情は全く逆。
各部署がでるまでもない雑務ではなく、各部署では対応しきれない重要事態を迅速かつできるだけ周囲に被害をださずに解決する為に設立された城砦都市『嶺斬泊』最強の『揉め事処理専門部署』なのである。
この部署に持ち込まれる問題は実に多岐にわたる。
各都市間の微妙な外交問題、都市に住む様々な種族が抱える『人』種問題、『害獣』及びそれと同じくらい危険な『外区』の生物がもたらす脅威に対抗するための防衛問題などなど。
本来それぞれの専門部署が対処しなくてはならない問題であり、勿論それぞれの部署のその道のプロフェッショナル達が全力で解決に日々当たっているわけであるが、極稀に法律の抜け道や複雑な『人』権問題といったいかんともしがたい障害が立ちふさがり、各部署に与えられた権限ではどうにもならないということが発生する場合がある。
そのときに彼らの代わりその問題を引き継いで処理に当たるのが中央庁の特殊部署『機関』であり、そこにはプロですら解決に導くことが難しい問題を処理する為に集められたプロ以上のプロ、恐るべき能力を備えた有能な人材達が群れ集って在籍しているのだった。
当然、その『機関』に所属している直轄部隊もまた例外ではない。
各都市に存在している『害獣』ハンター達、あるいは彼らを束ねている傭兵旅団の中でも特に優れた者達を、長官であるドナや、あるいは陣頭指揮官である詩織が自ら選抜しスカウトしただけあり、その実力は北方南方の都市群が抱える軍隊の中でも屈指のもの。
みながみな、様々な『害獣』と戦いを繰り広げ生き残ってきた実績を持つ猛者達。
その彼らを以ってしても今回の敵は相当に手強い相手であった。
「第6部隊1st攻撃隊所属『防壁』要員出撃!! みんな道を空けろ、ハンプティとダンプティが出る!!」
第6部隊部隊長であり『独眼豹』の異名を持つバッヂの声が戦場に響き渡ると、前線で戦っている戦士達の群れが一斉に左右へと別れて道を作る。
するとそのできたばかりの道を通って、2つの巨大な『人』影がゆっくりと前へと進んでいく。
身の丈3メトルを越す巨体を、見るからに分厚く武骨な重装甲の鎧でくまなく覆い、一見古代の自律式ゴーレムのように見えるその異様な風体の持ち主2人は、中央庁直轄部隊の中でも屈指の防御能力を持つ三つ目巨人族の双子の兄弟、『割れない大卵』の異名を持つハンプティ・コロンブスとダンプティ・コロンブス。
通常『人』型種族の成『人』男性の背丈ほどもある巨大な2枚のスパイクシールドを両手に構え、群がり近寄ってくる『害獣』の群れをその剛腕を存分に振い、力任せに薙ぎ払いながら前へ前へと突き進んでいく。
やがて、戦列の一番前に陣取った2人はわざと雄叫びを挙げて『害獣』の群れを挑発、拡散しがちに攻撃していた群れの視線を自分達へと集める。
『戦叫』
太古の昔、一族郎党全て『海賊』だったという三つ目巨人族が、獲物と狙った船を自分達の方に誘き寄せる為に使ったといわれる秘術の一つで、その効果は効果範囲にある三つ目巨人族を快く思わない者達の敵対心を急激に増加させるというもの。
結果、これを聞いたモノ達は『戦叫』の使用者向けて全力で向かってくることになり、当然それは『害獣』とて例外ではなかった。
森のあちこちでバラバラに攻撃を繰り返していた『害獣』達が、一斉に双子の巨人に標的を変え突進を始めていく。
バッヂ隊長率いる中央庁直轄第6部隊1st攻撃隊が、巨大ウナギ型『害獣』率いる『害獣』の群れと戦端を開き、その後次々と周辺に展開していた他部隊が援軍として合流してからずっと乱戦の状態が続いていたわけであるが、ようやくにして戦いはある一定の秩序に向かって走り出そうとしていた。
巨大ウナギ型『害獣』の発見後、その周囲に展開していたウナギ型『害獣』の側近とも言うべき新種のヤマアラシ型『害獣』の襲撃により、とりあえず援軍が来るまで支えるだけで手一杯だった第6部隊の1st攻撃隊。
幸い、第6部隊の他の人員も、一緒に戦線を維持していた第5部隊もそれほど待つことなく駆けつけてくれたわけであるが、その頃にはヤマアラシ型『害獣』だけでなく、他の地域から雪崩れ込もうとしていた大山椒魚型『害獣』の大群も姿を現し始めていたため、すぐさま陣形を整えるというわけにはいかなかったのである。
そして、巨大ウナギ型『害獣』がどっしりと腰を下している場所を中心として、実に広い範囲にわたって戦線はあっという間に拡大していき、さしもの精鋭部隊もすぐさま連携を取ることができなくなってしまったのだ。
なんとか各小隊毎に小さくまとまり、各個撃破の要領でみな流れが変わるのをじっと耐えていたのであるが・・
そうなってしまった一番の理由は第6部隊の『盾』が戦場に到達していなかったことにあった。
中央庁直轄部隊の中でも五指に入り『生きた絶対防御盾』、『割れない大卵』の異名を持つ第6部隊最高の『盾』コロンブス兄弟であるが、なんせただでさえスモウレスラー並にまるまると太った巨体の上に、とんでもない超重量の全身鎧を身に着けているものだから当然のようにその歩みは恐ろしく遅く、戦場になかなか到達できなかったために、流石の第6部隊も肝心要の『盾』がいないとあって今まで後手にまわらざるを得なかったのだ。
もちろん、第6部隊の2nd攻撃隊にも『盾』はいるし、一緒に戦っている第5部隊にも当然のことながら存在している。
コロンブス兄弟には一歩譲るものの、彼らの腕前も決して悪くはない、いや、むしろ並の傭兵旅団には決して存在していない屈指の『盾』役ばかりである。
しかし、これまでの度重なる戦闘で他の『盾』達の装備はすっかりボロボロになってしまっており、現在彼らは後方にて待機し、その装備を部隊に所属している『工術師』達に預け、急ピッチで装備のメンテナンスをしてもらっている最中で、すぐには動けない状態なのだ。
そんななか、コロンブス兄弟だけはほぼ無傷で存在していた。
彼らの腕前も当然のことながらあるが、なによりもその身に着けた装備が彼らの命を力強く守っていたからだ。
『騎士』の上位クラスの『害獣』の鱗から作りだした特別製の装甲、『兵士』クラスの『害獣』の攻撃では傷一つつかない逸品、それが彼らが身に着けている鎧兜であった。
あとは精神的な疲労さえなければ何の問題もなく、幸い2人はあまたの種族の中でも屈指のスタミナを持つ三つ目巨人族、大山椒魚型『害獣』の襲来からずっと戦闘を繰り広げて来た彼らであるが、戦意は未だに衰えておらず闘志満々。
その彼らがようやく前線に到着したのだ。
「ヨイサッ!!」
「コラサッ!!」
自分達目がけて突っ込んでくる『害獣』達が次々と咬み付き、引っ掻き、突進してくるのを物ともせず、双子の巨人達は力任せに手にしている巨大なシールドでぶっ叩き、突き出た鋭い棘で突き刺し、そしてあるいはその怪力にものを言わせて『害獣』の身体を掴んで地面に叩きつけると、その全体重を乗せて踏みつぶす。
勿論、その歩みは遅く、その動きは非常に緩慢である為、受ける攻撃の量も半端ではない。
ただでさえ最前線にいた中央庁直轄部隊の精鋭達が束にならなければ支えきれなかった大量の敵をたった2人で支えようとしているのだ。
防御戦のプロであり、頑強さなら全種族の中でもトップクラスの巨人族と言えど、いくらなんでもこれは無理、無茶、無謀というもので、普通ならば絶対に行わないような蛮行でると言っても過言ではなかった。
それほど時間を待たずして崩れる、普通はそう考える。
だが、第6部隊が誇る『防壁』部隊を構成しているのは、双子の巨人族だけではなかった。
まるでブルドーザーのように突き進み、獅子奮迅の活躍を見せる双子の巨人族達の足元には、いつのまにか小さな6つの影が群れ集い、素晴らしいチームワークで鉄壁の守護の舞いを踊り続ける。
「ハンプティとダンプティがみんなを守るならさぁ!!」
「ボク達がハンプティとダンプティを守るさぁ!!」
「火羅手の奥義を見せてやるさぁ!!」
草原妖精族と同じくらいの身長の小さな6つの『人』影が、可愛らしくも勇ましい雄叫びをあげ、その手にしたトンファーを振い続ける。
迫りくる『害獣』達から巨人達を守るように周囲に展開し、致命傷を与えようとする『害獣』を狙い定めてはその手にした南方武術火羅手の特殊片手棍トンファーを叩きつけ、あるいはその小さな体からは想像もつかないような破壊力を秘めた体術で吹き飛ばす。
南方屋敷妖精族のキャン姉妹。
かわいらしい姿形と裏腹に南方武術火羅手の達人達であり、双子の巨人ハンプティとダンプティの頼もしいサポーター。
南方屋敷妖精族はドワーフ族よりもさらに小さな体であり、見た目は非常に華奢に見え頑強さではドワーフ族に遠く及ばない。
しかし、それを補ってあまりある敏捷性、そして、瞬発力は素晴らしいものがあり、エルフ族や魔族に劣るものではない。
そして、キャン姉妹はその種族特性を存分に活かし、会得した南方の最高峰武術火羅手を駆使してハンプティとダンプティの死角をほぼ完全に守るのだった。
「オラ達の剛力ど」
「ボク達の火羅手でさぁ」
『みんなを守る!!』
Act.46 『死闘果てなく』
2人の巨人と6人の妖精の咆哮が戦場に響き渡り、『害獣』の群れが作り出していた津波は、いつの間にか完全にせき止められていた。
8人の完全防壁により、戦場の主導権が中央庁に移ったことを素早く察知したバッヂ部隊長は大剣を右肩に背負うと、自ら指揮する攻撃部隊に片手を大きく広げてみせる。
「行くぞ、野郎ども、防壁チームにおんぶに抱っこされてるんじゃねえ!! 攻撃チームの意地と根性、今こそ見せろ!! 尻ごみして遅れる奴はうちのチームに必要ねぇ!! 遠慮はいらねえ、ド派手に暴れて見せろや!!」
『ウオオオオオオォォォォォォォ!!』
バッヂ部隊長の雄叫びに応え、防壁チームの後ろでじっと耐えていた攻撃要員の猛者達が一斉に鬨の声を上げて飛び出して行く。
なし崩し的に始まり思うように動けず、進むことも引くこともできぬまま、不自由な戦いを強いられていた攻撃要員達。
必ず来る逆襲の時を信じ、そのときの為にずっと力を温存しなれない防衛戦に徹してきた彼らであったが、ついに待望の防御チームが到着しなんの憂いもなく思う存分その力を発揮することができる時が来たことに歓喜の雄叫びを挙げながら突進していく。
その剣で、その斧で、その槍で、あるいはその拳や蹴りで、防壁チームに集中している『害獣』の群れの横合いから襲いかかり蹴散らしていく。
勿論、その先頭に立ち一番敵を蹴散らしているのは、他でもない部隊の指揮官であるバッヂ本人である。
自分の身長よりも長い直刃の大剣を縦横無尽に振い、見事な剣術で『害獣』達を両断していく。
それもただ、蹴散らしているだけではない、それほど戦闘力のない大山椒魚型の『害獣』ではなく、それとは比べ物にはならないほど危険なヤマアラシ型『害獣』をなるべく選ぶようにしてその切っ先を向けていく。
一番最初にヤマアラシ型『害獣』と交戦し、その恐ろしさをよく知っていたバッヂだけに、放っておくことはできなかったのだ。
全身を鋼鉄よりも鋭い棘で覆い、しかもその身体からは恐るべき威力を秘めた電光が発せられ、いくら防御に長けた防壁チームと言えど、このヤマアラシ型『害獣』ばかりで編成された群れに突撃されては只では済まない。
幸か不幸か今のところ、大山椒魚型『害獣』の群れと一緒になって突っ込んで来てくれているため、大山椒魚型『害獣』を巻き込むことを恐れてか、電光はほとんど使用していない。
だからこそ、今がチャンスであった。
奴らが思うように攻撃できない今のうちに、ヤマアラシ型『害獣』を一匹でも多く減らしてしまうに限るのだ。
もし大山椒魚型『害獣』の数が減り、電光を思う存分使えるような状況になってしまったら、あるいは最終標的である巨大ウナギ型『害獣』に十分攻撃の手が届くほどに群れの陣形が薄くなり奴らが形振り構わなくなってきたら・・そうなってからでは遅い、遅すぎる。
焦る気持ちを押さえながらも行く手を阻む大山椒魚型『害獣』の合間をすり抜けて移動し、次々とヤマアラシ型『害獣』を葬っていくバッヂ。
部下達にもやらせたいところだが、大山椒魚型『害獣』と違い下手に1人で対峙させることになると無傷で済まない可能性が非常に高いため、迂闊に指示をだすことができない。
勿論2、3人のチームでやらせることはできる。
自分ほどの力量はないと言っても、それなら十分に危なげなく対応できる腕をみな持っている、だが、今度は大量の大山椒魚型『害獣』の対処が鈍ることになる。
やはり自分1人が対処するのが一番安全か。
そう思い、誰にもわからないようにそっと溜息を吐きだしたバッヂは、襲い来る大山椒魚型『害獣』達を巧みにかわし、あるいは一刀両断して進みながら次のヤマアラシを探してまわる。
ふと眼についたヤマアラシ型『害獣』に切っ先を向け、排除するべく突進しようとしたバッヂ。
だが、それよりも早くそのヤマアラシ型『害獣』は別の人物の刃を受けて地に崩れ落ちる。
いや、それどころかその人物はバッヂよりも早く別のヤマアラシ型『害獣』を見つけ出しては次々とその刃にかけていくのだった。
バッヂは慌ててその人物の隣に移動し、その人物の横手から襲いかかろうとしていた別のヤマアラシ型『害獣』の頭を無造作に斬り落とし、一緒になって走り続ける。
すると、その人物は隣のバッヂの姿に気がついてニヤリと笑みを浮かべて見せる。
「水臭いですな、隊長。それとも1人で英雄になるおつもりか?」
バッヂを上回る上背、その屈強な肉体を旧シャンファ帝国で使われていたデザインの頑強な、しかし、荘麗な鎧に身を包み、両手には大ぶりな青竜刀をそれぞれ持って二刀流に構える蚩尤族と呼ばれる東方地域の牛頭人体族の戦士。
バッヂの側近の1人、関 宇森。
バッヂに勝るとも劣らぬ剣術の使い手でありバッヂの信頼も厚い頼れる側近ではあるのだが・・
「誰がこんなめんどくさいことで英雄になるか!! それよりも2nd攻撃隊の分隊長がノコノコこっちに出てきてどうすんだよ!? おめぇらが出て来ちまったら、いったい誰が俺達1stと交代してくれるんだ!?」
苦虫を噛み潰し、不機嫌そうな表情を浮かべながらも、せっせとヤマアラシ型『害獣』の駆除を怠らず剣を振い続けるバッヂを、関は面白そうに見つめていたが、自身もその両手の青龍刀を負けじと振るいながらその問いかけに答える。
「大丈夫です、部隊はきっちり後方で待機していますよ。ここにいるのは拙者だけです」
「バッカ野郎!! おまえ1人って、そのおまえ1人が重要なんじゃねぇかよ!! おまえがこっちにきちまったら、いってぇ、誰があの部隊の指揮を執るっていうんだ!?」
「心配いりません、あっちにはミアンがいます。彼女の指揮能力は隊長もよくご存知でしょう」
自信たっぷりに答えてみせる関であったが、対するバッヂは『害獣』の群れを横薙ぎ、あるいは縦一文字に両断して蹴散らしながらも疑いの眼差しを関に向けるのをやめようとしない。
「え、隊長はミアンの腕をお疑いなのですか? 以前仰っておられましたよね、いずれ自分は全体の指揮を執る為に後方に引っ込んで1stの隊長を彼女に譲りたいって。それともあれですか? 彼女の腕がまだ未熟だってことですか? 確かに彼女は接近戦を我々ほど得意としてはいませんが、長弓を扱わせれば全部隊でも随一なのは隊長もお認めになっておられたはず、なのに彼女の腕をお疑いに・・」
「いや、あのよ、関、腕とか指揮能力とかそういうことじゃなくてよ」
勢い込んで仲間の弁護をしてくる牛頭の戦士の方を、なんともいえない困った表情で見上げたバッヂは、大剣を右肩に担ぎ、片方の腕である方向を指さして見せる。
その指先に促されて関が視線をそちらに向けてみると、他の隊員に襲いかかろうとしていたヤマアラシ型『害獣』が、3本もの弓矢を額に受けて絶命する姿が。
2人が弓矢が飛んできたほうに視線を向けて見ると、20代前半と思われる山猫獣人族の女性が、勇壮な長弓を構え素晴らしい手際で弓矢を射っている姿が見えた。
「関隊長、傷つけようとする奴、許さない。『死』、あるのみ」
なかなか可愛らしい顔立ちをしている女性であるのだが、とてつもない無表情な上に、とんでもないことを口走っているのが聞こえてきて、2人は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ互いに顔を見合わせる。
ミアン・サンダーバード
第6部隊2nd攻撃隊の副分隊長であり、次期1st攻撃隊の隊長候補と目されている人物でもある長弓術の名手。
バッヂにとっては歳の離れた妹、関にとっては実の娘のようなもので、2人が非常に可愛がり眼を掛けていて、普段は物凄く聞きわけがよく2人の言うことに絶対服従の彼女なのだが、少々兄離れ親離れができていないところがあり・・
「おいおい、後方に待機させているんじゃなかったのかよ?」
「め、面目次第もない。後できつく叱っておきますので、何卒今回ばかりは許してくだされ」
「いや、謝るとかそういう問題じゃなくてよ。あいつだけじゃなくて、他にも2nd攻撃隊のメンツらしいのがちらほら見え隠れしているんだけど、あれはどうなのよ」
「ええええっ!?」
完全に呆れ果てたような表情で周囲を見渡すバッヂの姿に、関自身も慌てて周囲を見渡してみる。
すると、バッヂの言う通り2nd攻撃隊のメンバーの姿がこの戦場のあちこちで視認できる。
いや、それもちらほらと見え隠れなんていうかわいらしいレベルではなく、どう見てもほぼ全員ここにやってきているようにしか見えない人数が、微塵も隠れる様子なく、山猫獣人族の女性の指揮の元で大暴れしているではないか。
唖然としてその様子をしばらく見詰めていた関であったが、やがてその大きな体をかわいそうなくらい小さくし、心底申し訳なさそうな表情を浮かべながらバッヂの方に顔を向ける。
「いや、あの、その、この不始末は全て拙者にありまして、この責めは全て拙者が・・」
頭を何度も下げながらも迫り来る『害獣』を切り伏せるというかなり器用なことをしている関の姿を溜息吐き出しながらなんともいえない表情で見詰めるバッヂ。
部下達から『親父さん』と呼ばれるほど、親愛の情を向けられている関。
それだけに彼らの忠誠は非常に高く、恐らく単独行動に出た関のことが心配でたまらなかったミアンに触発され、止めるどころか一緒について出撃してきてしまったのであろう。
「しょうがない奴らだなあ・・いい加減親離れさせなきゃダメだぜ、『親父さん』よお」
一瞬厳しい表情を浮かべようとしたバッヂであったが、彼らの気持ちもわからないでもなく、結局苦笑を浮かべて関のほうに視線 を向ける。
すると関はもう一度深々と頭を下げて見せたあと、凄まじい勢いで周囲の『害獣』達を両手に構えた青龍刀で薙ぎ払い一掃しておいて、バッヂのほうに向き直る。
「面目次第もござらぬ。すぐにもキャンプ地に引き返すように申し渡してまいります」
「いやぁ、その必要はないわよぉ」
バッヂに一礼して駆け出そうとした関の背中に、のんびりした口調の女性の声がかけられる。
2人が声のしたほうに視線を向けると、群がる『害獣』達を容赦なく切り裂き、あるいは弾き飛ばしながらこちらに近付いてくる1人の女性戦士の姿が。
エルフィン・マクドガルド
第5部隊の部隊長であるムーンエルフ族の若き女性剣士。
満月のように黄金に輝く金髪に、夜空のような黒い肌に黒い瞳、特別美人というわけではないが、整った顔立ちに、長身でメリハリのきいたなかなかのスタイルの持ち主。
寝ぼけているような穏やかな表情を終始浮かべており、その口調も非常にのんびりしたもので、一見大人しい性格の持ち主かと思いきやさにあらず。
中央庁が直轄とする部隊は全部で8部隊あり、当然それを統べる隊長の数も8人いる。
その8人の中にあって最も苛烈で過激なバリバリの武闘派の性格で知られる人物が、彼女エルフィン・マクドガルドである。
その攻撃的な性格がどれほどのものなのかは身に着けている装備を見れば一目瞭然で、その肌と同じ色をした夜空色の鎧甲冑には、攻撃力を挙げるための紋様が全身にびっしりと書き込まれ、しかもそれを発動させるために必要な薬瓶を装填するためのシリンダーがあちこちに埋め込まれており、本来身を守るための鎧甲冑であるにも関わらずその防御力はほとんどないに等しい。
『ヤられる前にヤれ』、『先手必勝』、『一撃必殺』をモットーに、鋸状になった刃の禍々しい大剣をブンブン振り回し防御なんかくそ食らえとばかりに戦場を暴れ回るのである。
一方、バッヂは厳つい外見とは裏腹に8部隊きっての知将として知られており、冷静で判断力も高く何よりも防御戦を得意としている。
と、いうことから第5部隊と第6部隊はセット運用されることが多い。
言うまでもなく、暴走しがちなアクセルのみの第5部隊を、第6部隊というブレーキで制御する為だ。
ブレーキ役を仰せつかったバッヂは、非常に嫌がる素振りを日頃から隠そうともしないが、生来世話好きの性格であるせいか、なんやかんやと言いながらも隣部隊の隊長の世話をしてやっており、当人達の感想はともかく、傍目には非常に仲の良い2人であった。
「エルっち、その必要はないってどういうこった?」
側近である霊山白猿族の女性と、北方雪豹獣人族の女性を従えてこちらにやって来た隣部隊の女隊長にバッヂが声をかけると、その苛烈な戦いぶりとは実に対照的なのんびりした口調で、女隊長は答えを返してくる。
「本部の方にぃ、うちの伝令係を走らせたからぁ、多分、すぐに本隊かぁ、それ相応の応援部隊がやってくると思うぅ。だからうちも出し惜しみしないで、1st、2nd共に出撃させているわよぉ」
「え? 本部に応援頼んだの? 戦闘狂で獲物を横取りされるのが大嫌いなおまえさんが?」
エルフィンの言葉が俄かには信じられずに本気で驚き、思わず切り結んでいた『害獣』に止めを刺すのも忘れて呆然とその場に立ち尽くしてしまうバッヂ。
そんなバッヂに音もなく近付いたエルフィンは、呆然としているバッヂの隙を見逃さず噛み付こうとしている『害獣』の顔面に、両手に構えた鋸刃大剣を叩きつけて絶命させながら、心から不満そうな表情を浮かべてバッヂを睨みつける。
「いくらあたしでもぉ、あのウナギモドキが1部隊でやれる相手がどうかくらいはわかるわよぉ。バッヂ、あたしのこと舐めてるでしょぉ」
「『人』に噛み付く前に、自分の胸に手をあてて、今までやってきたことを思い出してみろよ。大猿『害獣』のときも、その前の陸上棲息型蝙蝠『害獣』のときも、更にその前の巨大駝鳥型『害獣』の時も、『あたし達だけで十分よぉ!!』とか言って有無を言わせず突撃しやがったのはどこのどいつだっつ~の!?」
「そんなこともあったわねぇ、懐かしい思い出だわぁ」
「たった1週間前のことをそんな懐かしがられても・・しかも、巻き添えで俺達全滅しそうになったし・・」
「そ、そんなことはともかくぅ!!」
「そんなことって・・」
顔を真っ赤にして誤魔化そうとするエルフィンを、苦りきった表情で見詰めるバッヂ。
エルフィンはそんなバッヂの様子にしっかり気がついていて額からいく筋も汗を流していたが、強引に全然気がついてない風を装ったまま話を続けていく。
「今はまだ大ボスのウナギモドキが本格的に参戦していないからいいけどぉ、あいつが本腰入れて参戦し始めると厄介だよぉ、きっと」
「ああ、そうだな。本隊が来てくれるということなら、今のうちに雑魚の数を減らしておくに限るな、徹底的に」
話を強引に誤魔化すエルフィンの様子をしばらく白い眼で見詰めていたバッヂだったが、わざと『害獣』との戦いが激しいと言わんばかりに自分に背を向けて剣を振い続けるエルフィンの姿を見て諦めたように溜息を一つ吐き出すと、打って変って引き締めた表情で周囲に鋭い視線を走らせる。
「さっきから観察しててわかったんだけどよ、あの大ウナギ、自分からヤマアラシを産み落としているだけじゃなくて定期的に大山椒魚型を呼び寄せているみたいなんだよな。おかげで後から後から湧いて出てきやがって鬱陶しいったらねぇんだが、あのウナギ自身が参戦してきてない今なら、こっちの全力をかたむけりゃ、被害を出さずにある程度片付けてしまうことができるだろう。うまくいけば、そのままあいつに当たることができる、そこまでたどりつけなくても、後続でやってくる元気な本隊にバトンタッチできるってもんなんだが」
そこまで言ったバッヂは、そこで一旦言葉を切る。
そして、今までにもまして険しい表情を浮かべて見せると、激戦区から少し離れたところに鎮座し、『害獣』の骸を貪り食い続けているウナギ型『害獣』を睨みつける。
そんなバッヂの様子をしばらく見つめていたエルフィンであったが、バッヂが考え込んだまま動かないのを見て取ると、肩を一つすくめて見せて側近の2人の女性戦士と関を促し、『害獣』討伐に再び戻って行った。
バッヂはその様子を横目で見て確認していたが、呼び止めようとはせず、ただ、黙ってウナギ型『害獣』を凝視し続ける。
しばらく『害獣』の上半身周辺を観察し、その後、下半身のほうに視線を向け直して見る。
相変わらず間断なくチューブ状の卵をうみ続けており、その足元では卵から孵ったヤマアラシ型『害獣』達が次々と激戦区向けて走り寄ってくる姿が見える。
「このまま戦力を投入すれば、押し切れる状態だが・・どうにも気に入らねえ。なんだかわからねぇが、気に入らねえ、背中をチリチリと嫌な予感が走りやがる。かといって、他に手があるわけじゃない。その状態にあるってことが、余計に気に入らねえんだが・・俺の考えすぎか?」
目を細め、バッヂは周囲をもう一度改めて見直す。
防壁隊の中心であるコロンブス兄弟が絶妙な間隔で森中に響き渡るほどの大声の『戦叫』を挙げ、その声に誘き寄せられた『害獣』の群れが、兄弟が放つ強烈な一撃で返り討ちにされ、あるいはそれを搔い潜ったものも巨人兄弟の足元を守るキャン姉妹達の火羅手の洗礼の前にやはり防衛線から弾き飛ばされる。
そして、そうやって防衛隊によって態勢を崩された『害獣』達に、横合いで待ち構えている攻撃部隊の面々が次々と襲いかかり、手際よくトドメを刺していく。
相変わらず森のあちこちから大山椒魚型『害獣』が、ウナギ型『害獣』の下半身の足元からヤマアラシ型『害獣』達が増援として現れたはいるが、中央庁側の殲滅スピードの方がはるかに上回っており、その数はざっと見ただけでも明らかに減りつつあるのが見て取れる。
順調だった。
いや、順調すぎた、全く危なげなくなにもかも事が運び、こちらに不利な所が微塵も見当たらない。
そのことを確認すると、バッヂは益々不審そうな、そして警戒心丸出しの表情を強めてもう一度ウナギ型『害獣』のほうに視線を走らせる。
相変わらず動く様子のない巨大ウナギモドキの姿。
バッヂはしばらくその異様な姿を眺めていたが、頭を2つほど振って自分の悪い予感を振り払い、周囲で『害獣』達を薙ぎ倒しているエルフィン達に合流しようと身体を動かしかけた。
そのとき。
バッヂは自分の視界に端っこに、何か違和感を感じ、もう一度ウナギ型『害獣』のほうに視線を向け直す。
改めて見直しても大して変わった様子はなく、相変わらず目の前に広がる『害獣』達の死骸を貪り食い、新たな『害獣』の卵を産み落とすという作業を続けているだけ。
気のせいかと思い、視線を再び逸らしかけたバッヂだったが、何かに気がつき慌ててそちらを注視する。
ウナギ型『害獣』の額。
遠目から見ても頭から尻尾の先まで見事なまでに直線的な棒か縄のような身体で、さっきまでは突起物のようなものは身体のどこにも一切なかったというのに、いつのまにかその額に奇妙な形の突起物が生えていた。
最初は角でも生えたのかと思って見ていたバッヂだったが、よくよくみてみると、その角は途中から2本の小さな枝のようなものが飛び出ており、さらにさらによく見てみるとその角の部分が明らかに動いているのが見えバッヂはその角の姿をもう一度よく確認する。
まるで『人』の上半身の姿をした甲殻類。
それがこちらをじっと見つめていることにバッヂは気がついたとき、バッヂの背中に一気に冷たい汗が大量に噴き出した。
最大の音量の警報がバッヂの心中を鳴り響き、バッヂは周囲を展開している仲間達を大声で呼ぶ。
「ぐ、関、エルっち!! すぐに来てくれ!!」
「ど、どうしました隊長!?」
「なになにぃ、バッヂ?」
バッヂのすぐ周辺で戦っていたと思わしき関とエルフィンが、バッヂの悲鳴じみた呼びかけにすぐに応じ、駆け寄ってくる。
ウナギ型『害獣』を険しい表情で睨みつけたまま動かないバッヂを見つけた2人は心配そうにバッヂを見つめたが、バッヂは顔を動かさないままに緊迫した声音で話しかける。
「おまえらのところの防壁隊、あとどれくらいで復帰できる?」
「へ? あ、そうですな、拙者のところはあと15分ほどかと思いますが」
「あたしのが指揮していた1st攻撃隊所属の防壁隊は1時間はかかるねぇ、バッヂも知ってる通り、さっきの河岸攻防戦で結構やられちゃったからねぇ。でも2nd攻撃隊のほうならそれほど時間かからないんじゃないかしらぁ? そこんとこどうなのぉ、カチュア?」
エルフィンが小首を傾げながら、自分の横に影のように寄り添って立つ北方雪豹獣人族の女性に話しかけると、カチュアと呼ばれたその獣人の女性は、ピンと立ったひげをひくひくと動かしながらしばらく考え込んでいたが、エルフィンにそっと近づくと、恥ずかしそうにその耳にコソコソと何かを囁く。
エルフィンはその言葉をしばらくふんふんと聞いていたが、やがてバッヂのほうに視線を向けてその内容を話し始めた。
「急がせれば10分ほどでいけるってさぁ。でもぉ、うちの1stの防壁隊も2ndの防壁隊も、悔しいけどバッヂのところほど本格的じゃぁないよぉ。どっちかというとぉ、場合によっては攻撃に参加するタイプだからぁ、長時間耐えるのは無理だとおもうよぉ」
なんともいえない困った表情でエルフィンは言葉を紡ぎ、それを横で聞いている北方雪豹獣人族のカチュアも、うんうんと頷いてみせる。
しかし、バッヂはそんな2人に首を横に振って見せ、深刻な表情を浮かべて自分の考えを口にする。
「いや、うちの防壁隊を交代させたくて呼ぶつもりじゃねぇんだ。どうにもこのままじゃあ、うちの防壁隊だけじゃあ防ぎきれねぇ事態が起こるような気がしてならねぇんだよ。だから、1枚でも2枚でもいいから今のうちに防壁を増やしておきたいんだ。さっきからよぉ、嫌な予感がおさまらねぇ、どうにもキナ臭くて仕方ないんだ」
そう言って再びウナギ型『害獣』のほうを見つめるバッヂの姿を見詰めていたエルフィン、関、カチュアであったが、すぐに3人顔を見合せて頷き合うと、バッヂにそれぞれの所属の防壁隊の補給を急がせてくると言い置いて、後方のキャンプ地めがけて走りだす。
バッヂはその3人の後ろ姿をしばらく見送っていたが、すぐにまた表情を引き締めると、手にした大剣を構え直して『害獣』の群れめがけて突撃していく。
「時間との勝負ってやつになりそうだな。まあ、負けるわけにはいかねぇんだがよ!!」
左右から迫ってきたヤマアラシ型『害獣』を目にも止まらぬ速さで抜き打ちに両断しておきながら、バッヂはその場で戦い続ける戦士達に的確な指示を与え『害獣』達に付け入る隙を作らないように残った一つ目を光らせて戦場を睨みつけ続ける。
戦いは益々激しさを増していく。




