Act.37 『リリーの決意』
幸せだった。
いや過去形ではない、彼女は今も尚現在進行形で幸せな日々を送っている。
以前の人生ではほとんど知ることができなかった、温かで穏やかな日々。
優しい父、かっこいい母、そして、誰よりも大好きな兄に愛を注がれて、彼女は本当に幸せだ。
今は中学校に通うために新しい家族とは別の場所で暮らしているが、家族の絆を疑ったことはないし、下宿している先の家族も実に親切で優しい『人』ばかり。
友達は増える一方で、毎日毎日が非常に楽しいことばかりだ。
以前の人生が悪いことばかりだったとは思わない。
いいこともあったし、掛け替えのない家族もあった。
だけど、そこでは自分は守る側ではあっても、守られる側ではなかった。
与える側ではあっても、与えられる側ではなかった。
それどころか人生の後半はほとんど奪われるだけの日々だった。
辛い・・辛すぎる日々の記憶を思い出すことを拒絶し、彼女は新しい記憶、思い出だけを刻み続けた。
しかし、彼女にもわかっていた。
ずっとそれを無視してなかったことにし続けることはできないことを。
過去に己の人生を失い、新しい家族の手で再び新しい生を与えられた少女は、少しずつ過去にあった辛い記憶、悲しい記憶を受け入れていった。
そして、それをほぼ全て受け入れられるようになっていたころ、少女はある事実も受け入れざる得なくなっていた。
己から奪われた『力』を使って、己が味わった辛いこと、悲しいことを生み出し続けてている存在があることを。
そのことに悩み苦しみだした彼女に、新しい家族・・彼女をもう一度この世に連れ戻してくれた大好きな大好きな兄はこう言った。
『それは君のせいじゃない。君が負うべき責任ではない。それを負うべき者は別にいるし、それを清算する者も別にいる。君は十分に責任を果たしたし、むしろ今の君はマイナスの状態だ。せめてそれがゼロになるまで、君は幸せにならなきゃいけない。今君が負うべき責任は誰よりも幸せになることなんだ』
嬉しかった。
涙が出た。
その時の彼女はある薬のせいで幼い心、幼い知能になってしまっていたが、それでも温かい心を注いでくれる大好きな兄の言葉はそんな彼女にも十分に届いた。
『幸せになりなさい』
上辺だけの言葉ではない。
彼女が中学生になるそのときまでの3年間、兄はつきっきりで彼女の為に様々なことをしてくれた。
命だけではない、いろいろな大切な物を・・過去の自分には与えられらなかった大事な何かを惜しげもなく与えてくれた。
だから、今日このときまで彼女は忘れていたのだ・・いや、忘れさせてくれていたのだ。
彼女を守るために、彼女の人生を守るために、大好きな兄や家族達がそうなるように守ってくれていたのだ。
中学になる直前に彼女を自分達から離れたところにある知り合いに預けたのも、きっと今日という日が来ないようにするためだったに違いない。
だが、彼女は気がついてしまった。
いる。
すぐ近くにいる。
ここからすぐ近くで、彼女の『力』を奪った者が、誰かを傷つけて苦しみや悲しみを生み出そうとしている。
彼女自身の身体に過去にあった超常的な力はもう何も残ってはいない。
だが、かつて自分の中にあった『力』の存在を感じることはできた。
これまでも度々その『力』を感じることはあった、しかし、そのたびに別の強い力が現れては悲しみや苦しみが生み出される前に、その『力』を消し去ってくれた。
だから彼女は兄の言葉に従い、自分から飛び出していくことはなかったのだが・・
今回は違う。
今回のこれは今までの物とは全く違う、強大で巨大で恐ろしい『力』。
この大きな『力』が生み出そうとしている大きな大きな苦しみや悲しみを止めるためにたくさんの『力』が集まってきてはいるのも感じてはいる。
だけど、彼女の不安は消えない。
不安は大きく大きく膨らんでいく。
「どうしたんだ、リリー? 怖い顔をして? 僕が何か気に入らないことを言ってしまったかい?」
城砦都市『嶺斬泊』から少しばかり離れた小島にある『特別保護地域』の特殊技能修行場。
その修行の場の最高責任者であり、自他共に認める屈指の『療術師』カダ老師が住んでいる家の中、久しぶりに会った掛け替えのない旧友である彼女と親交を深めていた元『怪物』の少女葛城 獅郎は、楽しく話している途中で彼女が突如表情を急変させたことに気づき、布団の上から心配そうに彼女を見つめる。
そんな獅郎に悲しそうな、しかし、決意のこもった視線で見つめ返した彼女は、決然と覚悟のこもった声で言葉を紡ぐ。
「し〜ちゃん、ごめん。あたし行かなくちゃいけないや」
「え、いったいどこへ? 何か用事があったのかい?」
「うん・・たった今用事ができた。ずっとずっと目を背けてきたけど、今度だけは背けちゃいけないんだと思う。だから、あたし行くね」
獅郎が寝ている布団の横から立ちあがった大柄な中学生の少女リリー・スクナーは、無理矢理作った笑顔を獅郎に向けたが、すぐに表情を引き締め、獅郎が止めようと声を発する前にその場から駆け出していた。
もう彼女には戦う力なんてこれっぽっちも残っていない。
この世に舞い戻るために、全ての力を使ってしまい、今の自分はただの人間の女の子。
自分が行ったところできっと何の役にも立ちはしない、そんなことわかってる、そんなことは百も承知のリリーだったが、駆け出さずにはいられなかった。
自分が受けてきた数々の苦しみ、痛み、悲しみ、そんなものを他の誰かに味わってほしくないのだ、そんなことの為に自分の『力』を使ってほしくないのだ。
だから、止める、自分のこの命の全てを賭けても止めるんだ、そうしなければ自分は新しい人生を歩いていけない。
そう強く思いカダ老師の家を飛び出して行ったリリーだったが、すぐに行く手をある人物にさえぎられて止まらざるを得なくなってしまった。
体格だけで言えば、押しのけて通ることは可能だろう。
目の前をさえぎる人物は自分よりもはるかに小さく非力だ。
しかし、彼女にはそんなことできなかった。
なぜなら、その目の前の人物は、彼女にとって誰よりも掛け替えのない大好きな兄だったから。
「そんな怖い顔してどこに行くんだい、リリー?」
Act.37 『リリーの決意』
自分に新しい人生と新しい名前を与えてくれた大好きな大好きな兄 宿難 連夜は、いつもと同じ春の日溜まりのような温かく穏やかな笑顔を浮かべながら自分を見つめ聞いてくる。
無性の『怪物』の身体から本物の人間の女性の身体へと変化した葛城 獅郎の為に、姉であるミネルヴァ・スクナーから女性用の着替えをもらって戻ってきたところに鉢合わせになったのだ。
そんな連夜にリリーはしばしモジモジと大きな身体を揺らして言い淀んでいたが、やがて悲痛な表情を浮かべて口を開く。
「お、お兄ちゃん・・大変なんだ、リリーの『力』を使って悪いことをしようとしている『人』がいるんだ!! だから、あたし行かなくちゃいけないんだ!!」
そのリリーの言葉を聞いてしばし考え込んでいた連夜だったが、やがて苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべて呟く。
「やっぱり来ていたのか『人造勇神』タイプ ゼロツー。詩織さん達に連絡しておいて正解だったな・・『剣風刃雷』も出撃するっていっていたし、中央庁の直轄部隊も動くっていっていたから間違いはないと思うけど・・」
ふ〜〜っと、何とも言えない疲れた溜息を吐きだした連夜だったが、すぐに表情を改めると真剣な瞳でリリーを見つめる。
「だめだよ、リリー。今の君は『勇士』でもなんでもない、ただのか弱い人間の女の子なんだ」
「わ、わかってるよ、お兄ちゃん。あたしが行ったってなんの役にも立たない、きっと邪魔するだけ、足手まといになるだけ、そんなことわかってるもん!! だけど、だめなの。このまま黙ってここで待ってるだけなんてできない!!」
「リリー!!」
いつにない厳しい表情で声を発する連夜に、リリーは首をすくめ悲しげに見つめ返すが、それでもその瞳の光は消えない。
むしろ穏やかな中に激しい意志の光を放って連夜の眼光を押し返す。
「お兄ちゃん・・あたしね、お兄ちゃんの妹になれて本当によかった。お兄ちゃんには感謝しているの、あたしを生き返らせてくれて、あたしに家族をくれて、あたしを妹にしてくれて、幸せな毎日までくれた。昔のあたしでは望んでも決して手に入らなかった物が、今は溢れるほど周りにある、当り前のようにある。だけど、だからこそ、このまま見過ごしにできない。あたしがあたしで・・今のあたしで・・うまく言えないけど・・今のあたしは、宿難 連夜の妹、リリー・スクナーだって胸を張って生きていくために、行かなきゃいけないの!! 死んでしまった昔のあたしが安心して眠りにつけるように、昔のあたしと決別するために、新しい道を歩むことを決めたあたしであるために・・お願いお兄ちゃん、あたしを妹だって言ってくれるなら、認めてくれるなら・・お願いよ!!」
涙ながらに必死に自分の想いを訴えかけてくるリリーを、困り果てた表情で見つめる連夜。
連夜はしばらくどうしようかという感じで両腕を組んでうんうん唸り続けていたが、そんな連夜に代わり横に立つ彼の最愛の恋女房『白狐』姿の玉藻がリリーに声をかける。
『リリーちゃん、大丈夫よ。きっと旦那様のことだから、こういう日がいつか来るって絶対見越していたはずだもん。なんか考えがあるはずよ、ね、旦那様』
いたずらっぽくリリーに語りかける玉藻に、連夜は心底焦りきった表情を浮かべて大慌てに慌てる。
「なあっ!? な、なんで、そんなこと言うんですか、玉藻さん!!」
『あら? 用意していらっしゃらないんですか? そんなわけないですよね? だって、葛城さんが葛藤の果てに自決する覚悟を決めて旦那様のところに訪れるであろうことですら予想できた旦那様が、リリーちゃんの想いに気がつけないわけないですもの』
「・・」
物凄い苦い、苦過ぎる何かを口に含んでしまったかのような表情を浮かべ、恨めしそうな視線を玉藻に向ける連夜だったが、玉藻はどこ吹く風、むしろにっこりと連夜に笑い掛けて見せ、連夜はそんな玉藻に諦めきった表情を向けて見せると大きく大きく、深く深く溜息を一つ長く吐きだす。
そして、目の前で大泣きしそうになっているリリーに視線を向け直す。
「わかったよリリー。君が行きたいところに行かせてあげるから、とりあえず、カダ老師の家に入って」
その言葉に困惑の表情を浮かべて見せるリリー。
「え? カダおばあちゃんのお家に戻るの? それって行っちゃいけないってことじゃないの?」
『リリーちゃん、こういうときに旦那様は意味のないことは言わないわ。『行きたいところに行かせてあげる』って仰ったでしょ? 信じて中に入りましょ。それともリリーちゃんは宿難 連夜が信じられない?』
そう言ってスタスタとリリーの横までやってきた玉藻が、大きなリリーを優しい表情で見上げてみせると、リリーはしばし逡巡していたが、すぐに首を横に振って見せると玉藻の後に続いて家の中に戻り始める。
「あたし、お兄ちゃんを信じるよ」
『うんうん、そうね。きっとそれが正解よ。ね、旦那様』
「知りませんよもう・・」
ブスッとした表情のままカダ老師の家の中に入って行こうとする連夜の横に再びやってきた玉藻は、最愛の夫の身体に自らの身体を擦り寄せて嬉しそうにその顔を見上げる。
その反対側にはリリーがピトッと連夜の身体にくっつきその腕をそっと絡め、上から大好きな兄の表情を恐る恐る伺う。
「お、お兄ちゃん、怒ってる?」
「リリーには怒ってない・・いつかこういう日が来ることはわかっていたからね。わかっていたのに、それを回避することができなかった自分の無能さが腹立たしいだけ。最悪の事態だけを避けるためだけの対策しか立てることができない僕は本当に無能だよ」
「そんなことない!! お兄ちゃんは本当にすごいよ!! あたしは知ってるもん、お兄ちゃんがいつもどれだけ努力しているか、いつもどれだけ自分の家族や友達を守るために戦っているかを!!」
怒ったような表情を浮かべて自分の想いを口にするリリーに、連夜は何とも言えない哀愁に満ちた笑顔を浮かべて見せるが、反対側にいる玉藻がそんな連夜の態度に抗議するようにちょっと腕をかみついてみせる。
『旦那様の全力に誰にも文句は言わせません。そして、宿難 連夜の側にある者にそんなことを言う者もいません。全てを背負わないでくださいませ。旦那様は示してくださるだけでいいんです。私達は必ずそこに辿りついてみせますわ。宿難 連夜の側にある者として・・必ず』
連夜が玉藻とリリーを交互に見つめると、二人は強い強い意志の光宿る瞳で見つめ返し頷いて見せる。
「・・わかりましたよ。もう、玉藻さんにはほんとに敵わないや・・どうして僕の周りの女性陣はみんな強いんだろうなあ」
そう言って苦笑を浮かべて見せる連夜だったが、やがて、葛城 獅郎の部屋に戻ってくると獅郎の許可も得ずにずかずかと中に入って、再びその布団の横に座りこむ。
布団の上に座りこんでいた獅郎は、飛び出していったリリーが戻ってきたことにほっとした表情を浮かべて見せたが、すぐに一緒に戻ってきた連夜や玉藻の様子がおかしいことに気がついて怪訝そうに3人を見つめる。
「ちょ、ちょっと待て、宿難、何がどうしたっていうんだ? いったい何が起こってる? 玉藻殿? リリー?」
『いや、私もわからないんです。旦那様だけが全部ご理解しているみたいなんですけどね』
「とりあえず、リリーは、お兄ちゃんを信じるだけ」
「な、なんなんだ、いったい!?」
そんな獅郎の視線に気がついているのかいないのか、無言で獅郎にミネルヴァから譲り受けてきた女性ものの衣服を押し付けるように手渡したあと、連夜は再び立ち上がると部屋にある押し入れから布団をもう一組出してきて、獅郎の横に並べて敷く。
そして、すっかり用意ができたあと、完全に困惑しきっているリリーに視線を向ける。
「リリー、ここに寝て」
「え!? り、リリー、今からお昼寝するの!?」
連夜の言葉に吃驚仰天してみせるリリーであったが、連夜は無言で首を横に振って見せると部屋の片隅に置いてある自分が自宅から持って来ていたボストンバッグを開いて、中から漆黒のカチューシャのようなものを取り出してくる。
それは女の子がつけるにしてはかなり不気味な意匠が凝らしてあり、よっぽど特殊な趣味でもない限り普通の感性の女の子がつけて外を出歩くにはあまりにもアレなデザインであったが、連夜はそれをリリーに手渡す。
「それをつけて寝るんだ、リリー。それで君の望みを叶えることができる」
「こ、これつけて寝るの?」
「うん」
流石のリリーも手渡されたカチューシャのあまりにも趣味の悪いデザインに、横でそれを見守っている玉藻や獅郎と顔を見合せ微妙な表情を浮かべてみせたが、明らかに冗談や悪戯ではなく完全に真剣そのものといった表情で頷いて見せる最愛の兄の姿を見て覚悟を決めると、恐る恐るそのカチューシャをつけて獅郎の横に敷かれた布団に潜り込む。
3人が見守る中、布団の中で目をつぶったリリーにすぐに変化が現れる。
その頭につけたカチューシャから黒い光が解き放たれリリーの身体を包み込む。
そして、それがリリーの身体をすっかり覆い隠したかと思うとその黒い卵から1つの光が飛び出してくる。
背中にある美しい青い光の輝きでできた6枚の翼をはためかせ、青と白で彩られた神々しい鎧に身を包んだ10歳くらいの可憐な1人の小さな少女。
その光の少女の姿を見た葛城 獅郎は懐かしい想いと共にその名を口にする。
「ゆ、百合・・」
自分自身も呆然としていた光の少女だったが、獅郎の言葉を聞いて我に返り小さくなってしまった自分の身体をしげしげと見つめる。
『うあ〜〜、なにこれなにこれ!? すごいすごい!! あたし飛んでる!! 』
そう言って大はしゃぎしながら部屋の中を飛び回る光の少女を、獅郎と玉藻は呆気に取られて見つめ続けていたが、やがてなんとも言えないひきつった笑みを浮かべ顔を見合わせる。
『可憐な姿でもダイナミックな姿でもリリーちゃんはリリーちゃんですね・・』
「そうですね。中身はそのままというか・・」
しかし、連夜だけは真剣な表情を崩そうとせず、厳しい視線を宙に浮かぶ光の少女に向けてまま口を開く。
「リリー、よく聞きなさい。その姿はあるお方の力を得て作り上げた3つの『奇跡の道具』の内の一つ、『Z−Air I』が作り出した『高次元装甲人形』。簡単に言うと君の精神体を物質化してこの世界に顕在化させたものだ。元々は『害獣』との激しい戦いの果てに、意識ははっきりしているものの、身体を動かすことのできない半身不随になってしまったあるハンターの『人』の為に作ったものだったんだが・・その『人』ももう亡くなってしまってね。僕のところにこの道具だけが戻ってきていたんだ。君ももうわかっていると思うけど、ある程度生身と同じような動きをさせることができるし、精神体だから普通の武器防具では傷つけられることもほとんどない。あと、ほぼ物質化しているからこちらの攻撃を食らわせることもできるし、物を掴んだりすることも可能だ」
『えええっ!! す、すごい、リリー無敵ジャン!!』
連夜の言葉を聞いて空中で小躍りする光の少女の姿となったリリー。
だが、そんなリリーの言葉をきっぱり否定するように連夜は首を横に振って見せる。
「だけど『害獣』の攻撃だけは別だ。あれはこの『世界』に存在するあらゆるものを消し去ることを許可された生き物だからね。奴らに負わされた傷は今ここで寝ている君の身体にも深刻なダメージとなって現れるから決して油断しちゃいけないよ。特に君を待ちうけている相手、『人造勇神』は『害獣』の力を付与されている。このことを絶対忘れないでね」
『うう、攻撃されたら危ないってことね』
「『勇者』としての能力を使っている間は怖がる必要はないよ。恐ろしいのは奴が自分で自分をコントロールできなくなって暴走し始めたときだ。そのとき奴は間違いなく『害獣』へと変化するだろうから・・あれ、待てよ。たしかゼロツーはすでに自分以外に3体分もの『人造勇神』を飲みこんでいるんだよね。だとするとその暴走の危険性も単純に考えても4倍になっているはずだけど、そんな状態で自我を保って長時間戦闘できるんだろうか?」
そう言ったあと、何かを考え込むように顔を伏せてしまう連夜。
何か引っかかるものを感じた連夜は、その違和感の元になっているものが何なのか必死になって探ろうとする。
リリーはそんな連夜をしばらく黙って見つめていたが、やがてふわふわと部屋の出口のほうに向かうと、縁側へと移動する。
そして、はっと連夜が気がついたことを見てとるや、慌てて敬礼をしてみせる。
『わかった、お兄ちゃん、ありがとう!! あたし行ってくるね!! ともかく攻撃されないようにがんばってきます!!』
「ちょ、ちょっと待ちなさい、リリー!! まだ説明終わってない!! コラッ!! 戻ってきなさい!! リリー!!」
連夜は慌てて立ち上がりリリーのところに駆け寄ろうとするが、それよりも一瞬早く外へと飛び出したリリーは、6枚の青い翼をはためかせ大空へと駆け上がっていってしまった。
あっという間に空の彼方へ消えてしまったリリーを呆然と見送った連夜だったが、すぐさま部屋にかけ戻ると、自分のボストンバッグをごそごそと探り始める。
「まったくもう!! まだ説明終わってないのに、飛び出して行っちゃうんだから!! こうなったら僕が追いかけるしかないよね・・」
そう言って連夜がバッグから取り出したのは黒いヘッドギア。
連夜はそれを持って外へと飛び出して行こうとするが、その足を何者かが掴んで止めさせる。
ビタンッ!!
「イタタタタタタタッ!!」
両足を揃えた状態で止められてしまったものだから、思いきり畳の上に顔面ダイブする羽目になってしまい、顔を押さえて転げまわる連夜。
しばらく転げまわったあと、自分を転ばした犯人を確認すべくよろよろと上半身を起き上がらせた連夜は、自分の足をしっかり掴んでいる獅郎の姿を見て顔を思いきりしかめて見せる。
「ちょ、葛城、何するのさ!?」
「あのさ、宿難。多分間違ってないと思うんだけど、それってリリーが使っているこのカチューシャと同じようなものだよね?」
しっかりと連夜の足を片手で押えこみながら、あいたほうの手でツンツンと連夜が握っているヘッドギアを指さして見せる獅郎。
その様子に連夜は怪訝そうな表情を浮かべながらもこっくりと頷いて見せる。
「いや、まあそうだけど・・3つの『奇跡の道具』の最後の1つ、『Z−Air III』だけど、それがなにか・・」
「貸して」
「はぁっ!?」
満面の笑みを浮かべて掌を差し出してくる獅郎に、思わず素っ頓狂な声を上げて聞き返す連夜。
しばし二人はその状態で睨みあうように見つめあっていたが、やがて苛立たしげに連夜のほうに匍匐前進で詰め寄ってきた獅郎が、連夜が持つ黒いヘッドギアをガシッと掴む。
「だから、君の代わりに僕がリリーの援護に行くから、貸してって言ってるの!! 掛け替えのない僕の友達である『リリー』が自分の命を賭けて飛び出して行ったんだ。自分の昔の名前に決着をつけるために、今の自分の名前で生きていくために。僕は『百合』を守ることはできなかった、自分のことに精一杯で見殺しにしてしまった。でも今度こそ守りたいんだ!! 『リリー』は守りたいんだ!! 頼む宿難、僕にチャンスをくれ!! 友達を助けるためのチャンスをもう一度だけ与えてくれ、頼む頼む!!」
必死に頼み込んでくる獅郎をだらだらと冷や汗を流しながら見つめる連夜。
そんな連夜に、てこてこと近づいてきた玉藻がていっと前足ではたくように器用に連夜からヘッドギアを手放させる。
「ちょ、た、玉藻さん、なんばすっとですか!?」
『はいはい、時間ないんですから、手早く葛城さんに使い方教えてあげてくださいね。どうせ、旦那様に勝ち目ないんですから』
「えええええええ、そ、そんなあああああああっ!!」




