Act 35 『英傑出撃』
Act 35 『英傑出撃』
「第3部隊、南西地区で戦闘状態に突入しました!!」
「第1部隊、南東地区の戦闘続行中、離脱できません」
「南地区より新たな『兵士』クラスの『害獣』の群れの上陸を確認。他の地域に出現しているものと同じ、大山椒魚型の水陸両用体。第2部隊が迎撃に出ました」
「何よこれ!? まさかこいつらは、あの『人造勇神』が召喚したってことなの? 上位の『騎士』クラス以上の『害獣』の中に、同じような能力を持つ個体がいるってことは聞いたことがあるけど・・あいつ予想以上に『害獣』化が進んでいるってことかしら」
指令本部がある大型『馬車』のトレーラーに次々と舞いこんで来る戦況報告を聞きながら、作戦実行リーダーの龍乃宮 詩織は獰猛な唸り声をあげる。
完全にターゲットである『人造勇神』タイプ ゼロツーを包囲し、後は数で押し包んで捕縛するなり殲滅するなりこちらの思い通りと思っていたというのに。
おびき出した『人造勇神』を、人気の少ない森の中央付近に弾き飛ばしたあと、指令本部から周囲を包囲するように展開している中央庁直属の精鋭部隊に指示を出そうとした詩織を待っていたのは、思いもかけぬ『害獣』の群れの奇襲の報告だった。
森のすぐ南側を流れる大河『黄帝江』から侵入してきたのは、水陸両方での活動を可能としている大山椒魚型の『害獣』で、『労働者』クラスよりも若干上なだけの、それほど強くない・・いやむしろ最弱に近い『兵士』クラスではあったが、上陸してきたその数が半端ではなかった。
動きが遅く、力も弱く、肌も柔らかくて的確に急所を狙うことができれば普通の主婦でも家庭用包丁で刺し殺せそうなほど弱い相手ではあったが、だからといって放置してよい相手ではなく、止むを得ず包囲していた精鋭部隊の一部を迎撃に向かわせたのであったが、あまりにも数が多く、しかもその上陸箇所の範囲を広げていったため一部の部隊では到底カバーできなくなってしまったのだ。
確かに大河『黄帝江』にはたくさんの水棲型の『害獣』が潜んでいる。
今、詩織達の前に姿を現わしている両生類型の『害獣』もその種の一つではあるが、基本的に水の中を活動範囲としている『害獣』が陸にあがってくることはほとんどない。
余程強烈な『異界の力』を発揮する何かがあって、尚且つ陸上を活動範囲としている『害獣』が周囲にいない場合でもなければ姿を現すことはないし、何もない場合に姿を現したという報告は今のところも一つもない。
だからこそ、城壁に囲まれていない『特別保護地域』であっても『人』々は比較的安全に暮らしていけるわけであるが・・
「早めにこの騒ぎを鎮静化させないと厄介なことになっちゃうわよねえ・・特に植物系の『人』達って『害獣』に対してかなり恐怖を感じている『人』が多いから」
そう言って深い溜息を吐きだす詩織。
既に『人造勇神』との戦端は開かれてしまっているため、一刻も早く本命の『人造勇神』へ部隊を差し向けないといけないのであるが、状況は悪化する一方。
幸いにもこちらの精鋭部隊は屈指の『害獣』ハンター達で構成されているし、相手が最弱に近いため今のところ死傷者が出たという報告はなく、十分押し返しているようではあるのだが、あまりにも敵の数が多いために全ての部隊どころか、対『人造勇神』の切り札でもある傭兵旅団『剣風刃雷』まで迎撃に繰り出させねばならない事態に陥ってしまっており、現在、『人造勇神』の相手は宿難姉弟のみに任せてしまっている状況となっている。
「まずいわ・・あの2人の実力ならそう易々と倒されたりしないだろうけど、全く援護なしの今の状況は絶対マズイ」
そう言ってしばらくいらいらと細く美しい人差し指を、薄いピンクの口紅を塗った唇にあてて考えこんでいた詩織だったが、不意に羽織っていた迷彩色の軍事用コートを脱ぎ捨てると、椅子の上に置いてあった防弾防刃の軽装型アーマーを着用。
そして、『馬車』内部の壁に掛けられていた美しい意匠の施された槍を手に取ると、自分のすぐ横に立って控えている初老の狼獣人族の男に声をかける。
「時田、悪いけどここの指揮はあなたに任せるわ。私は途中で宿難さんと『剣風刃雷』のメンバーと合流して、蒼樹くん達の援護に向かいます」
「了解いたしました。しかし、それだけのメンバーだけで大丈夫なのですか? 今回の標的は今までの相手とかなり違うとお見受けいたしましたが・・」
長い付き合いで、部下の中でも特に詩織が信頼を置いている狼獣人族の副官は、黒い毛並みのあちこちに白い毛を混じらせるようになってしまった顔に心配そうな表情を浮かべて呟く。
そんな副官に対し、詩織は明るい表情を浮かべて見せる。
「これまで戦ってきた相手もそうだったわ。いつもいつも今までとは違った相手だった。今回も今までとは違うだけで、私達がやることは同じよ。大丈夫、なんとかなるし、なんとかするわ。いつもいつも長官や、仁さんに頼ってばかりじゃ格好悪いからね。たまには私達も格好いいところ見せましょう」
そんな上官の頼もしい笑顔を眩しそうに見つめていた初老の狼獣人族の副官であったが、やがて、表情を引き締めてこっくりと頷いて見せる。
「わかりました。こちらのほうはお任せください。居住地域のほうには決して奴らを近づけさせません」
「ええ、お願いするわね。じゃあ、行ってきます」
そう言って片手をひらひらとさせたあと、指令本部のあるトレーラーから外へと飛び出した詩織は、ぐるりと周囲を見渡す。
周囲はどこもかしこも激戦真っ最中。
森の中のあちこちで、中央庁の精鋭部隊と大山椒魚型の『害獣』との激しい戦いが続いている。
詩織は尚も視線を走らせて目的の人物達を探し出す。
すると、思ったよりもすぐ近くでその人物達の姿を発見。
他の精鋭部隊と共に特に数の多いと思われる地域で、必死に迎撃戦を繰り広げているのが見えた。
詩織は視線を強めると、槍を構えてそちらの方へと疾駆する。
行き掛けの駄賃とばかりに、森の中を駆け抜けていく途中で出会った『害獣』をすれ違いざまに何匹か両断していきながら、みるみる目的地への距離を縮めていく。
「バーン、それ以上奴らを近づけさせないで!! ジャンヌ、弾幕が薄い!! ランとリエはメイリンを守って!!」
怒号にも似た指示を次々と仲間達に向けながら、自分自身も必死になって回復術を駆使しまくっているハイエルフ族の少女の側に音もなく近寄った詩織は、彼女の背後にいつのまにか迫っていた大山椒魚型の『害獣』を無言で突き殺す。
その気配に気がついたハイエルフ族の少女は、始めて詩織の姿を視界に入れて驚愕の表情を浮かべる。
「こ、司令官!?」
「あ、こっちはとりあえず気にしなくていいから、前に集中して。私も少し手伝うわ」
そう言ってハイエルフ族の少女・・現在隊長、副隊長共に不在の傭兵旅団『剣風刃雷』の隊長代理を務めているフレイヤの肩をぽんぽんと軽く叩いてにっこりと笑いかけた詩織は、すぐさま槍を構えて前方へと走り出すと、ハンマーと盾を駆使して『害獣』達の群れを牽制している白い甲冑姿の少年の横へとたどり着く。
「御苦労様、バーン。ちょっとだけ、戦況を楽にできると思うから『陣』を緩めてちょうだい」
柔らかい口調とにこやかな表情で話しかけてくる詩織の姿に気がついた白い甲冑姿の少年は、面頬の奥で少しばかり驚いた表情を浮かべたが、すぐに詩織の主旨を理解して頷くと、振り回していた長大な鎖付きのハンマーの回転を緩める。
すると、ハンマーが作り出していた強力な防御陣にできたわずかな隙間をついて飛び出した詩織は、『害獣』の群れがここぞとばかりに飛び出してこようとするよりも一瞬早くその群れの中へと飛び込んで凄まじい力で足を踏みこみ腰を低くして槍を構える。
「むんっ!!」
ザンザンザンザンザンザンザンザンザンッ!!
気合いの籠った掛声の後、詩織はまるで速射砲のような物凄い勢いの無数の突きを自らの身体を回転させながら繰り出し、群れ集う『害獣』達を一瞬にして物言わぬ屍へと変える。
その様子を呆気に取られながら見つめていた白い甲冑姿の少年 バーンは、面頬を片手で上げて見せて苦笑の浮かんだ顔をのぞかせる。
「相変わらずめちゃくちゃな強さですね、司令官。司令官一人いれば、我々『剣風刃雷』いらないんじゃないですか?」
「何バカなこと言ってるの。一人の強さなんてたかがしれているわ。それよりも、これほどとは思わなかったわ・・これじゃあ動けないわね」
肩に槍を担ぎ顔をあげた詩織は、自分がいま倒した『害獣』の群れの向こうに新たな群れがすでに近づいてきていることを確認し、何とも言えない苦い表情を浮かべて嘆息する。
「ええ、そうなんです。すぐに紗羅達の援護に向かいたかったんですが・・私達がここを抜けてしまうと、この空いた穴から『害獣』達が居住地域へと向かってしまいます」
後方よりバーンを援護していた残りメンバー達を引き連れて、詩織とバーンの所へとやってきたフレイヤは、苦々しげな表情を浮かべて嘆息する。
そんなフレイヤの姿を見て、なんともいえない申し訳なさそうな表情を浮かべ首を横に振ってみせる詩織。
「ううん、あなたはよくやってくれてるわ、そんなに落ち込まないでちょうだい。ごめんね、フレイヤ。隊長と副隊長がいればこれほど苦労することもなかったはずなのに・・」
素直に頭をさげようとする詩織を、慌てて押しとどめるフレイヤ。
「やめてくださいませ、司令官。私の苦労なんて司令官に比べれば・・それよりも剣児・・いえ副隊長はまだ・・」
「うん、なんだかわからないけどやけに沈みこんでいるわ・・まあ、あいつのことだから、いずれケロッとした顔で復活するんだろうけどね。なんせ『剣児』だから」
「ああ、そうですね、『剣児』くんですものね」
そう言って非常に何かをわかりあっている二人は苦笑を浮かべて頷きあう。
会話を聞いていたバーン、ジャンヌ、メイリンも同じように困ったような苦笑を浮かべて聞いていたが、その微妙な空気の場の外から一人の少女の声が割って入ってくる。
「あの、失礼ですが寛いでいる時間はないと思います。敵の第二陣が迫っています。移動するにしろ、撤退するにしろ、迎撃するにしろ早く決めていただけないでしょうか?」
口調こそ丁寧ではあるが、かなり苛立たしげな様子を隠そうともせずに問い掛けてくるのは、まだ中学生になったばかりと思われるような女の子。
ベリーショートの白い髪に頭部からは鹿のような2本の角、その小さな身体に武骨なライトグリーンのスケイルアーマーを身に着け、右手に両刃の片手斧、左手には丸い大盾を装備。
全体的にかわいらしい印象の顔をではあるものの、詩織とフレイヤを睨みつけるその大きな瞳には冷たい光が宿っているのが見て取れる。
詩織は自分を睨みつけるように凝視してくる目の前の少女を一瞬面白そうに見詰め、口を開きかけたが、それよりも早く横から現れた別の少女が詩織とフレイヤにぺこぺこと頭を下げてみせる。
「ちょ、ちょっとラン、司令官と隊長代理に対して失礼でしょ!! い、妹が失礼な態度を取ってしまって申し訳ありません!! その、妹も私もチーム戦に慣れていなくて・・と、ともかく妹が生意気な発言をしてしまって本当にすいませんでした。」
そう言って謝り続けるのは、甲冑姿の少女と全く同じ顔をした、しかし、全然印象が違う少女。
同じような白い髪ではあるものの、甲冑姿の少女とは対照的にこちらはロングヘアーで、突き出た角は少し短め、深い青色のレザーアーマーに、『療術師』が好んで使う両手用の杖。
見るからに優しげで大人しそうな印象を与え、鎧姿の少女よりもなおかわいらしい感じがする少女だった。
詩織はそんな二人ににっこりと笑いかける。
「ああ、いいのよ、そんなに謝らなくても・・ちょっと待ってね」
そう言って目の前の二人にくるっと背を向けた詩織は、凄まじい闘気を噴出させると真後ろに迫っていた『害獣』の第二陣に向けて、手にした槍を横薙ぎに振う。
槍が生み出した大気を切り裂いて走る衝撃波が、一瞬にして地を這い迫る大山椒魚型の『害獣』の群れを吹き飛ばし、その光景を目にした二人の少女は驚きに目を極限まで見開く。
「「す、す、すごぉぉい!!」」
思わず感嘆の声をあげる二人に、苦笑を浮かべてみせていたフレイヤであったが、こちらに再び向き直った詩織に口を開いた。
「隊長、副隊長共に不在の状態で今の『剣風刃雷』は戦力的に厳しいと思ったものですから、十兵衛様に相談したんです。そしたら、この二人を紹介されまして・・年齢はまだ13歳、中学生になったばかりということらしいのですが、その才は目を見張るものがあるということで」
「あらあら、十兵衛さんがほめるってことはよっぽどあなた達は優秀なのね」
フレイヤの言葉を聞いて詩織は楽しそうに自分の目の前に立つ二人の少女を見つめる。
その詩織の優しい視線を顔を赤くして受けていた二人だったが、あとからやってきたほうのロングヘアーの少女が再びおずおずと口を開く。
「あ、あの城砦都市『通転核』から来ました、早乙女 理恵です。こっちは妹の蘭です。た、龍乃宮司令官のご高名は聞き及んでおります。じゃ、若輩者ですがどうぞよろしくお願いいたします・・って、ラン、あなたも頭を下げるのよ!!」
と、つっかえながらもきちんと挨拶をしてのけた少女リエは、横でぼ〜〜〜っと立ち尽くしている妹の頭を無理矢理押さえつけて詩織に頭を下げさせ、自分も一緒にぺこりとお辞儀する。
「いいの、いいの。そういうの私あまり気にしないから。リエちゃんに、ランちゃんね。こちらこそよろしくね。あ〜、そうそう、ランちゃんのご要望通り指示出さないといけないわよね」
そう言ってころころと笑って見せた詩織だったが、すぐに表情を引き締めると横に立つ亜麻色の髪のハイエルフ族の少女に視線を向ける。
「フレイヤ、あなたはメンバーを引連れてすぐに蒼樹くん達のところの向かって頂戴。ここは私が引きとめておくから」
「い、いやしかし、司令官。戦力的に考えれば私達が向かうよりも司令官ご自身が向かったほうがよろしいのでは?」
「勿論、私もすぐに追いかけるわ。でもね、とりあえず蒼樹くん達に今すぐ必要なのは回復や援護してくれる後方支援だと思うのよ。私がいけばそりゃ攻撃力はあがるかもしれないけど、怪我とかしたときに回復できる『人』が一人もいないのはちょっとね・・いつものことだけど、全員無事生き残って帰ることがまず第一よ。そのためにもあなた達がまず蒼樹くん達のところに行って、あの二人が全力で心おきなく戦える状態を作ってあげてちょうだい。私の言ってることわかるわよね?」
フレイヤのほっそりした肩にそっとその手を置いて諭すように呟く詩織に対し、それでも尚何かを言いつのろうとするフレイヤであったが、横から別の声がそれを遮るように割って入る。
「なあ、フレイヤ、あんまりごちゃごちゃ言ってる暇はないんじゃないか? あんたが行かないならあたしは行くよ。こうしている間にも紗羅達はどんどんやばくなっているはずだ。確かにこのあたりに住んでいる『人』達の安全も大事さ。だけど、あたしにとっちゃ掛け替えのないダチの命も同じくらい大事なんだ」
詩織やフレイヤの方には顔を向けず、大型のライフル型の『銃』の砲口を少し離れたところで戦っている別の精鋭部隊のやや前方に向けたダークエルフ族の少女 ジャンヌは、すでに装填してある『雷』属性の弾丸を速射し続ける。
一瞬の間を置いて精鋭部隊に襲いかかろうとしていた『害獣』の群れの一部が弱点属性である『雷』の『弾丸』の洗礼を受け黒焦げになって吹っ飛ぶ様を確認したあと、ジャンヌは素早くライフル型の『銃』を肩に担ぐと、片手を挙げてその場を走り去っていく。
その様子を見ていた白いプレートアーマー姿のバーンは自身のヘルメットの面頬を下げると、詩織とフレイヤに敬礼をしてみせる。
「じゃあ、俺もそうさせてもらうよ、隊長代理殿。 司令官、申し訳ありませんがお言葉に甘えて紗羅達の援護に向かいます」
「ええ、頼んだわよ」
「了解 司令官」
ぐっと親指を突き上げた拳を頼もしく見せたあと、バーンは両足に内蔵された小型高速走行装置を使用して物凄い加速でこの場を去り、先に走り去ったジャンヌの後を追いかけていく。
隊長代理である自分の覚悟が決まる前にさっさと行ってしまったジャンヌとバーンを呆気に取られて見送り続けているフレイヤに、そっと近付いた風狸族の少女 メイリンは苦笑を浮かべながらその腕に自分の腕を巻きつける。
「ってことで、私達も行きますね。ほらほら、隊長代理さん、ボケっとしてないでいきましょう」
「ちょ、ちょっと、メイリン!!」
「リエとランも行くわよ。多分だけど、今襲撃してきているこの『害獣』達を操っているのはあの『人造勇神』だと思う。だとするならば、私達ができる最善の策はたった一つ。あいつをできるだけ早くぶっ潰してしまうことよ。そう、思いませんか、隊長代理?」
「うう〜〜・・確かにそうだとは思うけど・・」
「じゃあ、ちゃっちゃと行きますよ。ってことで、詩織さん・・あ、いや司令官閣下、『剣風刃雷』作戦目標を『人造勇神』撃滅に変更し、改めて出撃します!!」
口調を突然変えてビシッと敬礼をするメイリンに釣られ、リエとランも同じように詩織に敬礼をしてみせる。
そんなメイリン達を面白そうに見返しながらも、結構真面目な表情で敬礼を返してみせる詩織。
「頼んだわね。私もすぐに追いかけるから」
「お任せくださいませ!! ほらほら、フレイヤ隊長代理、シャキッとしてください、シャキッと」
「も、もう、みんな全然私の言うこと聞かないんだから・・剣児くん、早く帰ってきてよ〜〜」
涙目になってブツブツと文句を言い続けているフレイヤを引きずるように引っ張り、メイリンはリエとランの二人の少女を引連れてその場を去っていく。
森の木々が欝蒼と茂り、歩きにくいはずの道なき道をかなりの速度で駆け抜けていくメイリン達の頼もしい後ろ姿を見て詩織は大きく一つ頷いて見せると、表情をキリッと引き締めこちらに再び群がってこようとする『害獣』の群れのほうへと向きなおる。
「さてと、どこまで足止めできるか、どうする詩織? あまり長居はできないわよ? って、まあとりあえず、数は減らさないとね」
ほんのわずかに表情を緩めて見せた詩織であったが、再び表情を厳しくすると、大地を蹴って『害獣』の群れへと突っ込んでいく。
深い森の木々の間、一匹一匹が牛ほどもある大山椒魚型の『害獣』がびっしりと蠢くの群れのど真ん中へと走り込んだ、詩織はその持てる力の全てを発揮して次々と『害獣』を動かぬ無害な屍へと変えていく。
横薙ぎに、縦一文字に、一直線に、あるいはフェイントを交えながら縦横無尽に槍を振い、舞い踊るように死を撒き散らす。
詩織が突っ込んでからものの数分も経たないうちにその周囲から『害獣』の姿が消えていく。
この調子であと少し減らしてしまえばしばらくの間だけでもこの地域の『害獣』の侵入を遅らせることができるはず。
詩織はそう思い益々その殲滅速度を上げていったのだが、ふと妙な違和感を感じ、攻撃速度は緩めはしないものの視線を周囲へと向ける。
すると自分の予想通り確かに自分の周囲の『害獣』の群れは格段に数を減らしているのが確認できた。
しかし、よく見ると自分のほうに流れて来ていた『害獣』の群れは、少し離れたところで戦っている精鋭部隊の前線のほうへと流れを変えているではないか。
「しまった!! 分が悪いと見てあっちに戦力を集中したのね!!」
壮絶に舌打ちしてそちらへと加勢に向かおうとする詩織であったが、その動きに気がついた『害獣』達が行く手を阻むように詩織の周りにまとわりついてくる。
「ええ〜い、鬱陶しい!!」
勿論、迂闊に近寄らせるような真似はさせない詩織であったが、何せ数が多いため思うように処理できない。
しかも倒した『害獣』の死体が足場をどんどん悪くさせていき、苦戦している精鋭部隊のほうに向かいたくても向かえない。
通常であればこれだけの『害獣』の死体の山は大歓迎の状況、なんせ、『兵士』クラス以上の『害獣』の身体は使えないというところが全くない、あらゆる分野で必要とされる素材の集合体。
これだけ倒せば中央庁の都市運営予算3年分くらいにはなっているはずの文字通りの宝の山なのであるが、今はただの障害物にすぎず詩織は悪戦苦闘しながらも、なんとか加勢に向かうべく森の中、『害獣』の死体の絨毯の上を進んでいく。
「もうもう!! 進めないじゃない!! 死んでからも『人』に害成すなんて、ほんとに『害獣』よねあなた達は!!」
仲間の屍を踏みつけ乗り越えて次々と襲いかかってくる『害獣』達を跳ね除けながら、詩織は苦戦している部下の元へと急ぐ。
だが、あと少しでたどり着く、もうあと一歩というところで戦っている精鋭部隊の横合いから別の『害獣』の群れが襲いかかり、詩織の目の前で精鋭部隊は飲みこまれていこうとする。
「にげ・・逃げて!! 逃げなさい!!」
詩織の声が届いていないのか、それともその使命感からか、精鋭部隊の兵士達は退くことをせず、果敢に『害獣』の群れを跳ね除け続けようとする。
しかし、彼らは詩織のような超戦士ではない、たちまち押し返され周囲を囲まれてしまう。
「ど、どけ!! どきなさいっ、どきなさいって言ってるのよ、このザコどもっ!! 貴様ら、私のかわいい部下に触るんじゃない!!」
最早飲みこまれるのは時間の問題、詩織は絶叫しながら必死に群がる『害獣』を跳ね除け阿修羅の如く奮戦するが、あまりにも数が多すぎて一向に前へ進むことができない。
掛け替えのない優秀な部下達の命が儚く散る・・その様子を想像し絶望の呻き声をあげかけた詩織だったが、そのとき思いもよらぬところから救いの手が差し伸べられる。
詩織の耳に複数の獣の咆哮が聞こえたかと思うと、突然後方から現れた双角獣の群れが『害獣』の群れの一角を突き崩しながら突っ込んできて、飲みこまれようとしていた中央庁の精鋭部隊の目の前で止まる。
よくみると双角獣の群れは巨大なトレーラーを牽引しており、呆気にとられている精鋭部隊の兵士達の前でそのトレーラーの横壁がせり上がる。
中には横一列にズラリと並んだ完全武装の戦士達の姿が。
その身長体格は全員バラバラだが、みな一様に真っ赤なプレートアーマーを身に着け、顔は伝説の『鬼』のような怒り顔のマスクで覆い、手にはライフル型の『銃』を構えその砲口を『害獣』の群れへと向けて戦闘態勢を整えており、一番端っこに立つ小柄な少女が美しい声で戦士達に命ずる。
「『雷電』弾、一斉射撃!! いっけええええええええええええっ!!」
かわいらしい声が聞こえるや否や、戦士達は一斉に引き金を引き、目の前に広がる『害獣』の群れに情け容赦なく大山椒魚型『害獣』の弱点属性である『雷』の銃弾の嵐を叩きつけていく。
しばらくの間銃弾の嵐が吹き抜けた場所はバチバチという放電現象を巻き起こしていたが、それが徐々に落ち着いてくると戦士達は手にしたライフル型の『銃』を床に置き、腰に佩いた刀を次々と抜刀して構える。
「よ〜〜し!! みんな、行くわよ、西域随一の傭兵旅団『緋天夜叉』の力、存分に見せつけてやりなさい!! トリスタン、いつも通りロール達を連れて斬り込んで頂戴!!」
「御意!! 我らが命、愛する団長と共に!! 私に続け、ロール、フレキ、ゲーリー、アイン!!」
『承知!!』
真紅の鎧に身を包んだ戦士達は怒号を挙げながらトレーラーから飛び降りると、銃弾の嵐から生き残った『害獣』達に突風のように肉薄して、凄まじい剣撃で次々と『害獣』の壁を突き崩して行く。
「アイリスはランバー達を指揮してトリスタン達の援護してあげて、あの子達に怪我させたりしないように守ってあげてね」
「わかってますってば、団長。でも、あたし達が一番守りたいのは団長なんだけどなあ・・」
「あ、あたしのことはいいから!! 早く行ってあげて、ほらほら!!」
「はいはい。じゃあ、いくわよ、ランバー、光、フェリス、いつもどおり掻き廻すわよ!!」
『了解!!』
残っていた戦士達も次々とトレーラーから飛び降りて『害獣』の群れの中へ飛び込んでいく。
それをなんともいえない困ったような嬉しいような、それでいて誇らしいような複雑な表情で見つめていた美少女姿の麗人にして傭兵旅団『緋天夜叉』団長のシャルル・ハリスだったが、やがてトレーラーの前で未だに事態が飲みこめず呆気に取られている中央庁精鋭部隊のほうへと視線を移す。
「あらら、結構やられちゃったのね。ちょっと待ってね、いま回復してあげる」
そう言って背中から巨大な鉄扇を取り出したシャルルは、それをバッと広げると、まるで一流ミュージカルの舞台でしかでみられないような優雅な踊りを踊り始める。
その踊りに合わせ、鉄扇から金色に光る燐粉が飛び散り、その光の燐粉を浴びた中央庁精鋭部隊の兵士達の傷がみるみる治っていく。
「おお、き、傷が!!」
「なんだか気力もわいてきたわ!!」
意気消沈しかけていた兵士達の間に再び闘志が燃え上がっていくのを確認し、微笑みを浮かべて見せるシャルル。
「出雲流歌舞技 『因幡白兎の舞い』・・まあ、戦場真っただ中だとあんまり悠長に踊っていられないから大して使えないんだけどね」
そう言ってくるり身体を反転させて舞を締めくくったシャルルに、横に立つ浅黒い肌をしたかわいらしい小柄な少女がちぱちぱとかわいく拍手し、シャルルは照れたようにてへへと笑ってみせる。
そして、すっと自分よりも若干小さいその少女に近づいたシャルルは、そっとその身体を抱きよせて『いいこいいこ』と頭をなぜる。
「ララ、危ないから運転席にいなさいね。あなたはあまり体が丈夫じゃないんだから、前線に出ちゃだめよ」
「あ、はい、団長。でも、後方支援ならここからでもできますから」
「うんうん、あまり無理しない程度に、怪我しないようにがんばってね」
「団長も無理なさらなぬようにしてください。団長に何かあったら、私・・」
「うん、大丈夫。そんな簡単に死なないから。・・さてと」
そう言って心配そうに自分を見上げてくるララににっこりと笑いかけて身体をそっと放したシャルルは、身を翻して『とうっ!!』というかわいらしい掛け声とともにトレーラーから飛び降りると、すぐ側で槍を振い続けている詩織のところに駆け寄って行く。
そして、手にした巨大な鉄扇を舞い踊るようにして振い、近寄ってくる『害獣』の群れを一瞬にして屍の山に変えると、少しびっくりした表情を浮かべている詩織に向けて片手を挙げて挨拶する。
「どもども、通りすがりの傭兵旅団『緋天夜叉』の責任者シャルル・ハリスです。この作戦の実行リーダーの龍乃宮 詩織さんですよね?」
「え、ええ。あの、助けていただいて本当に助かりましたけど・・いったいどこの誰の指示でここへ?」
困惑しきった表情を浮かべる詩織に、シャルルは手にした鉄扇で苦笑を隠しながら言葉を続ける。
「ドナくんに雇われているんですよ、あたし」
「ちょ、ス、スクナー長官ですか? ってことはハリスさんは長官のお知り合い?」
シャルルの言葉に緊張で身体を固くする詩織。
それもそのはずで、彼女の上官ドナ・スクナーが自らの『知り合い』『友人』と詩織に紹介してきた者達は、1人の例外もなくいろいろな意味でスゴイ『人』が多いからであるが・・
いい意味でスゴイ『人』もいれば(例えばこの都市でも屈指の回復術の権威で人格も素晴らしい方とか)、悪い意味でスゴイ『人』もいる(例えば不死身無敵のドMで、しかも同性愛者の男色魔人の方とか)ので、詩織は目の前に立つこの美少女がいったいどちらの側の『人』なのかと、自然と身構えてしまうのだった。
そんな詩織の内心の葛藤など知る由もないシャルルは、邪気のない笑顔を浮かべたまま口を開く。
「まあ昔からの付き合いなんですけどね・・そうそう、シャルルでいいですよ。なんかまあ、いろいろとあって貸しもできちゃっているんで、ただ働きでもよかったんですけど、なんかここにあたしがどうしても欲しいとおもっているもの、どんなものよりも一番欲しがっているものを報酬として用意してあるって言われたものだからついつい気になってきちゃったんですけど」
「お金ですか? 確かに、これだけの数の『害獣』を換金すれば相当な額になるけど・・」
「いやいや、確かにお金はあるに越したことはないけど、どうしても欲しいっていうほどでもないんですよね、いったいなんなんだろ? 全然見当がつかないんですよ。しかも、用意はするけど持って帰れるかどうかはあたし次第だって言われちゃって・・持って帰れなかったとしても文句いうなよって言うし、なんだか物凄く気になるんですけどね」
「はあ、それはほんとに気になりますね」
ふむ〜と、同時に難しい顔を浮かべる二人。
ただし、二人とも身体の動きを止めたりはしない、群がってくる『害獣』達を凄まじい勢いで蹴散らしながら続けられる会話。
「でも、シャルルさんが長官のお知り合いだっていうのはよくわかりました」
「え、これだけで信用してくれるんですか? 一応ドナくんに直筆の依頼書とかもらって来ておいているんですけど・・」
「ああ、だって、そんなふざけた内容の報酬の話とか長官でもなかったらありえませんもの」
そう言って苦笑を浮かべて見せる詩織の顔を見て、シャルルは心底困ったような顔をして溜息を吐きだす。
「まあ、そうですねえ・・ドナくんくらいよねえ、こんな内容の報酬で平気で『人』をこき使うのって。龍乃宮さん、ドナくんの部下やってる期間長いんでしょ?」
「ええ、まあそれなりに・・」
「大変ねえ・・」
「大変なんです・・」
そう言うと、二人は顔を見合せ物凄くわかりあった表情を浮かべると、『はふ〜〜〜っ』と、もう一度深い溜息を吐きだして見せる。
「じゃあ、ハリスさん、このあたり一帯の迎撃戦をお任せしていいですか? 私、別のところで戦ってる部下達の加勢に行きたいんです」
「ええ、任せてください。この程度の雑魚相手ならうちのメンバーだけでも十分対応できますから」
「よろしくお願いいたします・・って、あれ?」
『緋天夜叉』のおかげで中央庁直轄部隊を殴殺されるという心配がなくなったことと、自分自身のほうにはシャルルという心強い援軍の加勢ということで一気に足枷を外される形になった詩織は、先程まであれほど行く手を阻み手古摺らせてくれた『害獣』の群れをあっというまに蹴散らしてみせ、シャルルににっこりとほほ笑みかけてみせたが、すぐに後方に何かをみつけ表情を曇らせる。
「あれ・・ハリスさんのところの隊員さんですよね・・って、危ない!!」
「え・・あ!! ララァッ!!」
詩織の言葉に何事かと振り向いたシャルルは、自分達が乗ってきたトレーラーからわずかに離れたところで『害獣』に囲まれてしまっている少女の姿を見て悲鳴をあげる。
中央庁の精鋭部隊の中で特に怪我がひどくさっきのシャルルの回復の舞いだけでは回復しきれなかった兵士の治療に向かおうとしたらしい褐色の肌の少女ララは、横たわっている兵士達を後ろにかばいながら必死に防戦を繰り広げている。
少女達の現状に気がついた近くの中央庁の兵士達が救援に駆け付けようとしているが、『害獣』の群れに阻まれて思うように進めないでいるし、『緋天夜叉』の他のメンバーは前のほうにある最前線に移動してしまっていてこの現状に気がつかずにいる。
「ああん、もう!! トレーラーから降りちゃダメって言ったのに!! やっぱ、誰か護衛に残しておくんだった・・ララ、すぐ行くからね!!」
切羽詰り焦りに満ちた表情を浮かべて走り出したシャルルだったが、先程の詩織同様、再びその行く手を阻むように群がり始める『害獣』達。
「ちょっと、さっきまであたし達のほうにこんなにいなかったじゃないのよ!!」
「ハリスさん、さっきもこうだったんです・・」
「さっきも!?」
シャルルの横に素早く移動してきて、傭兵の少女ララの元に至る道を作るために奮戦し始めた詩織は、険しい表情を作ってシャルルに語りかける。
「陣形の薄いところ、あるいは弱った敵のところに戦力を集中する・・先程まで推測でしかなかったですけど、これではっきりと確信しました。この『害獣』達を指揮しているのはまず間違いなく『人造勇神』の最後の生き残り。上位の『害獣』が見事な統率力で下位の『害獣』の群れを指揮して戦ったという記録は確かに残っていますが、こんな『人』臭い戦い方をしたという記録は私の記憶にある限りで、一つも存在しません。この『害獣』の群れの戦い方は上位の『害獣』に指揮されてのものじゃない・・明らかに『人』の手によるもの。敵の脆い所につけ込むのは兵法の常道ですが・・」
「これだけやらしい戦い方をするとなると、相当に性格悪い奴ってことですね・・いやだ〜〜!! 絶対、あたしそいつとあわないわ!!」
「同感です・・」
そう言って心底嫌そうな表情を浮かべで顔を見合わせる2人だったが、すぐに表情を引き締めると群がってくる『害獣』達を蹴散らす速度を早めみるみる少女との距離を縮めていく。
あと少しで少女のところに辿りつく、どうやら間に合いそうだとシャルルと詩織がそう思ったそのときだった。
一体一体が雄牛ほどもある大きさの大山椒魚型の『害獣』の群れの中から、同じような姿でありながら他の個体よりも更に大きい個体がむくりと身体を起き上がらせて姿を現し、その巨体をそのままゆっくりと前へ倒していく。
その先には傭兵の少女ララと、傷ついて動けないでいる中央庁兵士達がいて、このままあの巨大な大山椒魚型の『害獣』が倒れればその下敷きになってしまう。
「いけない!!・・むんっ!!」
先にそれに気がついた詩織が、物凄い闘気を込めた横薙ぎの槍の一撃で衝撃波を生み出し、それを巨大『害獣』に向けて解き放つ。
だが、すぐ前方に群がっている『害獣』達はその衝撃波で吹き飛ぶものの、肝心の巨大『害獣』の元に届くまでに衝撃波は霧散してしまう。
「ダメだわ、距離がありすぎる!!」
「ならば!!」
手に持つ鉄扇を全開させたシャルルが、気合いを込めてブーメランのように巨大『害獣』へと投げつける。
物凄い勢いで回転する鉄扇は、まるで円形の念動鋸のように次々と行く手をさえぎる『害獣』の群れを両断しながら突き進んでいき、巨大『害獣』の身体を見事に斬り裂いてシャルルの元へと戻ってくる。
「やった!!」
「ダメです!! あれでは止まらない!!」
「・・って、え? えええええええっ!!」
一瞬会心の笑みを浮かべたシャルルだったが、確かに鉄扇の一撃で巨大『害獣』を絶命させはしたものの、その倒れ込もうとしている巨体の動きは全く止まっておらず、いよいよララ達の身体を押し潰そうとしている光景を目にして悲鳴をあげる。
シャルルと詩織の悲鳴が聞こえているのかいないのか、それでも最後まで自分一人だけでも助かるために逃げようとはせず、必死になって迫りくる『害獣』の巨体を押し止めようとするララ。
『死』がララ達の首に手をかけようとした。
そのとき。
ララの目の前に飛び込んでくる黒い何かが片手を突き出したかと思うと、ララ達を覆い押し潰そうとしていた巨大『害獣』の死体を、轟音と共に吹き飛ばす。
呆気に取られてシャルル、詩織、ララは目の前に突如として現れたその黒い何かを凝視する。
きれいにオールバックにした黒髪に合わせるかのように、黒いボロボロの戦闘コート、その下には真っ黒な喪服に黒いネクタイ、そして、その目には黒い小さな丸型のレンズをしたサングラスと全身黒一色。
三十代前後と思われる人間族の男性で、身長は180cmを越える大柄で衣服の下からも屈強な肉体が隠れているとわかる体格、そして、なによりもどこか『人』を惹きつけずにいられないような精悍で厳しい中にも優しさを感じる男らしい顔。
その男性は両手に装備した小型の『銃』をそれぞれゆっくりと構えて見せると、男臭い不敵な笑みを浮かべて周囲を展開している『害獣』の群れを睨みつけるように見つめる。
「こんなか弱い女の子や怪我人を的にするんじゃない。相手がほしいならここにいる。遠慮はいらん・・存分にかかってこい!!」
怒号と共に男が前へと進み出ると同時に、一瞬動きを止めていた『害獣』の群れも同時に男に向けて動き始める。
シャルルは男が持っている武器が、本来後方支援用の『銃』であることに気がつき、慌てて援護に向かおうとするが、その肩をそっと詩織がつかんで止めさせる。
無言で振りかえったシャルルが、非難の声をあげようとする前に、詩織は物凄い信頼のこもった・・いやそれ以上の何かの感情がこもった視線で男の姿を見つめながらシャルルにきっぱりと断言する。
「もう大丈夫。あの人が来てくれたなら心配いりませんわ」
「ええっ!? で、でもあの『人』が持ってるのって『銃』でしょ!? 後方支援要員が前線で戦うのは・・って、ええええええっ!! ぜ、前線でほんとに戦ってるぅぅぅぅっ!!」
悲鳴をあげるシャルルの前で『害獣』の群れに飛び込んだ男は、まるで両手に構えた『銃』を片手剣か何かのように振り回しながら乱射し、次々と迫りくる『害獣』の群れを殲滅していく。
その動きは到底後方支援専門の者が出せるものではなく、元『人造勇者』であるシャルルの目から見ても超一流。
相手の死角に瞬時に立ち位置を移動し、逆にそこから絶妙な角度で射撃を食らわせる、そんな超絶な神業的動作を流れるように止まることなく凄まじいスピードで行っていくのである。
あれほどシャルルや詩織を悩ませていた『害獣』の群れを全くララ達に近づけさせない、いや、それどころか圧倒してどんどんとその数を減らしていく。
「な、なにあの武術・・『銃』を使った武術なんて初めて見たわ」
「『銃拳道』・・というらしいですわ。相手の死角を瞬時に見抜いてその立ち位置に飛び込み、そこから相手の急所に的確に『弾丸』を叩きこむ。元々あの方は剣技を得意としていたらしいのですけど、その技を振い活かすだけの『力』を7年前に失われて・・でも、立ち止まるわけにはいかないからって、自分には果たさないといけない使命があるからって、死に物狂いで会得されたんですわ」
「果たさなければいけない・・『使命』?」
小首を傾げながら振り返って聞き返してくるシャルルに、詩織は困ったような笑顔を浮かべながら言葉を紡ぐ。
「自分自身も被害者のはずなのに、責任を感じていらっしゃって・・せめて自分が関わってしまったことの後始末だけでもしたいって。別に自ら矢面に立たなくても、他にもやりようはあると思うんですけど・・本当に不器用な方なんです。でも、そこがいいんですよね」
目の前で戦いを繰り広げる黒づくめの戦士の雄姿を、明らかに『女』の顔をしてうっとりしながら見つめる詩織。
そんな詩織の言葉の意味がよくわからず曖昧に頷いてみせるシャルルだったが、黒づくめの戦士を見守る姿を見つめていると、なぜか物凄く面白くない気分になってくる。
いや、面白くないどころか詩織に対していいようのない怒りまで感じてしまうのはなぜだろうか?
しばし、自分の心の中にむくむくと膨れ上がる自分でもよくわからない黒い感情に葛藤していたシャルルだったが、今はそれどころではないと頭をぷるぷると振ると、再び視線を前へと向ける。
2人が見守る中漆黒の戦士が戦闘用コートを翻し、その両手から死の弾丸が吐き出されるたびに十把一絡げに『害獣』達が葬り去られ、2人が気がついた時には傭兵旅団『緋天夜叉』の武装トレーラーの周辺からは『害獣』の姿が消えてしまっていた。
先程までの喧騒が嘘のように静まり返った森の中、顔を見合せた詩織とシャルルはすぐに顔を黒の戦士とララ達がいる場所へと向け直し、物も言わずに駆け出して行く。
詩織よりも若干早く目的に辿りつくことができたシャルルは、息を切らしながらなんとか立ち尽くしている褐色の少女の小さな体を引き寄せるとぎゅっと抱きしめる。
「だ、団長・・」
「もう、ララのバカッ!! あれほどトレーラーから離れちゃだめって言ったのに、どうしていつもいつもあなたは危険なところに飛び出していっちゃうのよ、もう!!」
「ご、ごめんなさい・・で、でも兵隊さん達が苦しそうだったので、あたし」
「あなたの優しい気持はわからないでもないけど、怪我人を直しにいって自分が怪我人になっちゃったらなんの意味もなくなっちゃうでしょ!!」
褐色の少女ララはシャルルの腕の中から上目遣いでシャルルの様子をうかがっていたが、涙目になって本気で心配しているシャルルの様子を確認し、みるみるしゅ〜〜んと意気消沈していく。
シャルルは尚もララにお説教を続けようと口を開きかけたが、自分の腕の中ですっかり項垂れてしまっているララの姿を見て安堵の溜息を一つ吐き出して表情を緩めるのだった。
「ララ、本当にもう反省してちょうだいね、あなたがあたしを大事だと思ってくれているように、あたしにとってもあなたは大事なんだから」
「団長・・あの、本当にごめんなさい」
「うんうん、もう謝らなくていいから」
そう言ってララの身体を離し、にっこりと笑いかけたシャルルは、視線を動かしてすぐ側で詩織と談笑している漆黒の戦士のほうに顔を向ける。
そして、ララの手を引っ張って戦士の前へ出るとぺこりと頭を下げるのだった。
「この子を助けてくださってありがとうございます。あなたが来てくださらなかったらこの子の命はありませんでした」
真摯な表情と態度で深々と頭を下げぺこりとお辞儀をしてくるシャルルをしばらく見つめていた漆黒の戦士だったが、やがてなんだか物凄く戸惑った表情を浮かべて戦士は視線を横に立つ詩織へと向け、無言で何かを問いかける。
「ああ、スクナー長官の依頼を受けて援軍に来てくださった傭兵旅団『緋天夜叉』の責任者の方でシャルル・ハリスさんです。さっきは逆に我々が助けてもらったんですけどね」
「はあっ!? 『しゃるる・はりす』!?」
詩織の言葉を聞いた漆黒の戦士は、素っ頓狂な声をあげて一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐになんだか呆れたような表情になって目の前のシャルルを見る。
シャルルはそんな漆黒の戦士をきょとんとした表情で見返し、2人はしばらく見つめあっていたがやがて漆黒の戦士のほうが一つ大きく溜息を吐きだすと、苦笑を浮かべてシャルルに背を向ける。
「いや、礼など不要、こちらも世話になったようだしな。気にしないでいただきたい」
「あ・・はい」
戦士の言葉に頷くシャルルだったが、なんだか妙に困惑したような表情になって戦士の後ろ姿を見つめる。
この声に物凄く聞き覚えがある気がするし、そして、この後ろ姿に物凄い親近感がある気がするのだ。
自分は・・この漆黒の戦士を知っているような気がする。
シャルルは何故か切実にこの目の前の『人』物を思い出さなければならない、絶対絶対思い出さなければならないという想いに駆られ腕を組み目をつぶって必死に自分の記憶を探りだす。
そんなシャルルの心の葛藤を知ってか知らずか、漆黒の戦士は再び詩織に視線を向け直し真剣な表情で口を開く。
「詩織殿、到着が遅れてしまって本当に申し訳ない。他の前線のフォローにまわっているうちにこれだけの遅れを作り出してしまった」
「いえ、絶妙なタイミングでしたわ、本当にいいところで来てくださって。他の前線は大丈夫でしたか?」
「ええ、かなり数を減らして来ておいたので・・ただ、長時間防衛線を保持するのは厳しいでしょうな。なんとか早めに決着をつけないと。今、奴を捕捉しているのは?」
「それが・・紗羅ちゃんと蒼樹くんの2人だけなんです。ついさっき『剣風刃雷』のメンバーは送り出したんですが・・すいません、私の采配ミスであの子達を危ない目に」
そう言って苦しげな表情で顔を伏せる詩織に、戦士は首を横に振って見せると、そのほっそりした肩にそっと手を乗せる。
「詩織殿はよくやってくださっている、それにあの子達ならきっと大丈夫」
大丈夫と力強く頷いてみせた戦士は、何とも言えない遠い目をして空を見上げる。
「それにしてもこの7年間本当に詩織殿には世話になりました。我ら親子がこの日を迎えることができたのも詩織殿のおかげ、感謝しております」
「いえ、そんな私なんか・・」
「それで・・厚かましいお願いですが、最後にもう一度だけ私と、あの子達に力を貸していただけませんか? 何卒よろしくお願いいたします」
視線を詩織のほうに向け直した戦士はサングラスを外してみせると、その真っすぐな瞳を詩織へと向け、ぺこりと頭を下げる。
その様子に詩織は顔を真っ赤に染めながら駆け寄ると戦士の頭を上げさせて華のような笑顔を浮かべて頷くのだった。
「そんなことなさらずとも私は最後までお付き合いするつもりでしたわ。だって紗羅ちゃんと蒼樹くんはもう私の子供も同然だと思ってますし、それにその・・」
顔を赤くして身体をモジモジとさせながら何かを言い淀んでいる詩織の姿を少し小首をかしげて見つめていた戦士だったが、なんともいえない男臭い魅力的な笑みを浮かべる。
「では、行きますか」
「ええ、決着をつけに」
万感の想いをこめてこっくりと頷きあった2人は、最後の宿敵が待つ戦場へと走りだそうとしたが、漆黒の戦士が何かを思いついて立ち止まると、まだうんうんと唸り声をあげて思案しているシャルルのほうに顔を向ける。
そして、何かいろいろと表情を変化させていたが、結局最後には苦笑を浮かべて口を開いた。
「じゃあ、ここは頼んだぞ、古の友よ」
「はあっ!? い、『いにしえ』?」
素っ頓狂な声をあげて顔をあげたシャルルは、目の前に立つ戦士の顔を見て凍りつく。
サングラスをはずしたその顔・・三十前後になって昔よりもより精悍で男らしい顔立ちになり、下していた前髪を全てオールバックにしてかなり雰囲気が変わってしまっていて今までわからなかったが、それは、その姿は紛れもなくシャルルにとって一番大事で大切な『人』のそれ。
シャルルは悲鳴と嗚咽が漏れそうになる自分の口を必死に両手で押えこむが、その目からはみるみる涙があふれていく。
「うそ・・うそよ・・そんな・・あなたは死んだはず・・だって・・だってあたし、あなたが変わった『害獣』の死骸を確かに・・それにあなたの愛刀だってあそこに・・」
「そうさ、死んだよ。確かに死んだ。もう『人造勇者』のガイ・スクナーは、この世にはいない。今いるのは高校生の双子の子供を持つ、ただのしがない人間の父親 宿難 凱」
おどけるように肩をすくめてみせた漆黒の戦士、元『人造勇者』にしてシャルルの無二の親友で相棒 凱は再び丸レンズのサングラスをかけると、くるりとシャルルに背を向ける。
「まあ、こんな俺でもなんとか生きている。生きているからには自分がやらなきゃいけないことをやらないとな」
昔と変わらぬ侠気に満ちた愛しい背中にシャルルは駆け寄ろうとするが、自分が駆け寄った瞬間消えていなくなってしまうのではないかという恐怖感からうまく足が進まない。
そんなシャルルの葛藤を知ってか知らずか、凱は少しだけ振り返って掛け替えのない盟友に信頼のこもった視線を向けてその名を呼びかけるのだった。
「そういうわけで、ここを頼むぞ、我が友、瀧川 権少衛 言弩式部 ゴンザレス ゴンドーレ 権太郎」
チャッと人差し指と中指をそろえて拳から突き出してかっこよく右手を振って見せた凱は、万感の思いをのせて本名でシャルルに呼びかける。
戦場へと向かおうとするものと、残るものとの間を流れる決別のかっこいいシチュエーション
・・のはずだったのだが、なぜかその場の空気がこれ以上ないくらいに凍ってしまっていた。
今の凱の言葉を周囲で聞いていた詩織、ララ、そして、怪我をして横たわっている中央庁兵士達までもが、一瞬、『え、それっていったい誰の名前?』というぽか〜〜んとした表情を浮かべたが、すぐに該当者をみつけるとその人物の姿を凝視し、そして間髪を入れずに一斉にみな口を押さえて顔を背ける。
とんでもない爆弾を投下した『人』物本人は周囲の空気の凍り具合に全然気がついていなかったが、言われた該当者は思いきり顔を真っ赤にして俯きぶるぶると体を震わせている。
しかもあろうことか、空気を読んでいない彼は更なる爆弾を投下してしまうのだった。
「『しゃるる・はりす』なる人物を友達に持った覚えはないが、幼き頃からの盟友『無言のゴン太くん』なら信用できる。厳しい戦いだとは思うが・・頼むぞ、ゴン!!」
真剣極まりない表情でそう言い放つ凱の言葉に、周囲のあちこちで小さな声で『ご、ごんた・・ぶふっ!!』とか、『女の子にしか見えないのに・・ゴン・・ププッ!!』とかいう噴き出す声が木霊する。
シャルルの横に立つララも危うく盛大に噴き出すところであったが、横眼でちらっと見た愛する団長の顔が悪鬼のようなとんでもない形相になっていることに気がついて、全力で失笑を飲みこむと、なんとかフォローしようと口を開く。
「あ、あのか、かわいいお名前だなあって私はおも・・」
そこまで言いかけたララだったが、ギギギと壊れたゴーレムのようにぎこちない動作でこちらを向いたシャルルの目が、『人』殺しの目をしていることに気がついて途中で言葉を止め、明後日の方向に視線を移す。
ララだけでなく、中央庁の兵士達にも『人』殺しの視線を一様に向けて黙らせたシャルルは、再び視線を目の前の凱へと向け直す。
「あ・・あ・・あんた、あたしがその名前で呼ばれるのを一番嫌っているってわかっていて口にしたわね? 絶対わざと口にしたわよね?・・って、ちょっと!!」
くわっとその大きな眼を更に大きく見開いて凱を睨みつけようとしたシャルルだったが、肝心の凱はすでに詩織と共にこの場を離れてしまっており、森の奥に遠ざかって行くその後ろ姿が見えるだけ。
そのことにわなわなと身体を震わせていたシャルルだったが、やがて不気味な笑みと笑い声を上げ始める。
「ああ、そう。そういう態度を取るわけ。死んだと思って寂しくて寂しくてどれだけ泣いたかわからない、会いたくて会いたくて仕方なくてようやく会えたと思ったのに、そういう態度取るわけね・・ふっふっふ・・いいわよ、それならそれで。くっくっく・・そっちがそういう態度取るなら仕方ないわよね・・あたしが多少強引に事を進めても文句言われる筋合いはないわよね・・ドナくん、確かに報酬は確認したわよ。全力で無理矢理にでも引きづってもらって帰るから。お持ち帰りした日には、あんなことやこんなことやそんなことを連日連夜繰り広げて子供作って『責任』という錘で雁字搦めにして押しつぶしてやるんだから・・」
ぐっふっふっふと、とてつもないダークオーラを放ちながら完全な悪者笑いを浮かべ続けるシャルルに、どう声をかけたものかわからずひきつった表情で見つめ続けるララ。
そんなララに、しばらくしてからくるっと顔を向けたシャルルは先程までの邪悪な笑みとは対照的な晴れやかな笑みを浮かべて口を開く。
「ララ。そういうわけで、あたしちょっとあのスカポンタンのところにいってくるから、あとのことはお願いね」
「あ、は、はい、団長」
反射的に頷くララの姿ににっこりとほほ笑みかけ、シャルルは凱達が去って行った方向に向けて疾駆する。
が
何故かすぐにUターンすると再びララのほうに戻ってきて、またもや晴れやかな笑みを浮かべてみせる。
しかし、今度はなんだか妙に黒いプレッシャーを背中に放ちながら。
「な、なんですか、団長?」
「さっき凱が言っていた名前・・全員忘れるように。もし、万が一漏らしたりしたら・・」
ララだけでなく、周囲で横たわっている中央庁兵士達をもその視線の中に入れたシャルルは、悪魔王のような壮絶な笑みを浮かべてぽつりとつぶやいた。
「男性はもいじゃうし、女性はもどらないくらいにひろげちゃうわよ」
『ヒ、ヒィィイィィイィッィィイィィィ!!』
決して言葉だけではない、絶対にやってやるみたいなとてつもない決意の元に放たれるとんでもない恫喝に、その場にいるもの全員が悲鳴をあげ、こくこくと頷きを返す。
その様子を見て満足気にほほ笑みを浮かべたシャルルは、今度こそ凱達の後を追い森の中へと消えて行った。
遠ざかって行く愛しい団長の姿をしばらく見送っていたララであったが、その姿が森の奥に消えて見えなくなるのを確認すると再び治療を再会しようと横たわる中央庁兵士達の元に歩み寄ろうとする。
そのとき、ララの視界に動くものが見えた。
またもや『害獣』の群れかと思って思わず身構えるララであったが、よく見るとそれは『害獣』ではなく紛れもない『人』。
しかもそれはどうみても高校生か中学生くらいの少年少女達で、完全武装して森の中を疾駆し凱やシャルルが消えて行った方向へと向かっている。
そっちは危ないからと声をかけようとしたララだったが、その少年少女の中の1人、青と赤で彩られたピエロのような仮面をかぶった少年がこっちに気がついて仮面を外してみせると、『にっ』とこちらに笑いかけわかっているといわんばかりに首を縦に振ってみせる。
そして、再び仮面をかぶり直し前へ視線を向けると、横を走る銀髪の魔族の少女と大柄なバグベア族の少年と共に森の奥へと走りさってしまった。
「あれ・・まさか、『人造勇者』の『天竜八部』の子?」
忘れもしない・・あれはかつて自分が所属していた人間の秘密結社の研究所を逃げ出すときに、そのきっかけを作ってくれた幼い『人造勇者』の子供 瀧川 士郎。
その彼が、誰よりも秘密結社を憎んでいる彼が森の奥へと向かっている。
本当の意味での決着の時が来ようとしているのだと感じたララは両手を合わせると自分の愛しい『人』達が無事帰って来ますようにと必死に祈りを捧げる。
決戦の時がくる。




