Act 34 『【七星龍王】顕現』
城砦都市『嶺斬泊』のすぐ隣を流れる大河『黄帝江』に浮かぶ一際大きな島、都市の中央庁から『特別保護地域』に認定されたこの島の中に存在している、植物系種族の一大居住地区『ランブルローズ』。
その『ランブルローズ』の南側に位置する近くの森の中、若干開けた場所に小さなイチゴ畑がある。
小春日和の気温に調整された特殊農業用結界に包まれたこの場所で、色気のない農作業服に身を包み、一生懸命に畑仕事をしている2つの人影があった。
1人は大樹妖精族の青年で、大樹妖精族特有の葉っぱでできた緑色の髪に、樹の幹そのものといった茶色のごつごつした肌、身長は180cm前後と高いが、ひょろっとした体格でやせ気味。
顔は至って普通で特別ハンサムでもなければ特別醜男でもないが、真剣な表情で黙々と農作業に打ちこむ姿から、真面目で純朴そうな印象を受ける。
ハリー・クリプトメリア。
今年21歳になる青年で、この『特別保護地域』の『農業組合』本部の正式な職員であるのだが、本部で働く傍らでいつかイチゴの大農園を持つことを夢見て修行を兼ねてこうして自分の畑をコツコツと育てている。
もう1人は、樹人族の少女.
葉っぱでできているわけではないがはないが、見事なエメラルドグリーンの艶やかな髪に、茶色の肌、165cmくらいの身長に、横で作業をしている青年よりも更にやせた体格。
御稜高校に通う高校二年生、連夜達のクラスメイトの少女、サイサリス・ドーンガーデンだった。
週末になるたびに、ほとんど毎週サイサリスは、この幼馴染にくっついてやってきて、畑仕事を手伝っている。
それはサイサリスが子供の頃から当たり前のように続いていること。
土日の朝になるとハリーがサイサリスの家に迎えにやってきて、彼の運転する小型の馬車に乗り込み、彼と一緒に畑に向かう。
そのイチゴ畑は小さいが、サイサリスにとっては大事な大事な場所であった。
まだここが荒地だったころから彼と一緒になってここを耕し、大きなイチゴの実をつけるまでに肥沃な畑に育ててきたのである。
雨の日も風の日も、出られる限り毎週毎週、ここを訪れた。
勿論、植物を育てるのが小さい頃から好きだったということもある。
だけど、それでだけでは決してない、いや、むしろそれは小さなことでもっともっと大事な理由があった。
彼女にとってなによりも大事だったのは、隣にいる幼馴染と一緒に同じ目標に向かって進んでいる、自分が彼の隣を歩いているということを感じられる時間。
彼と同じ時を共有することだった。
小さい時は、自分にとって優しい『お兄ちゃん』だった、彼。
だけど、いつしか、自分の中で彼は『お兄ちゃん』ではなくなっていた。
父よりも母よりも、たくさんいるどの兄弟姉妹よりも彼女のことをわかってくれる彼。
悲しいときも嬉しいときもいつもいつも隣には彼がいた。
そんな彼のことが、サイサリスは大好きだった。
『お兄ちゃん』ではなく、幼馴染の『友達』ではなく、単なる『知り合い』でもない。
一人の『男性』としての彼が好きだった。
しかし、きっと純朴な彼は自分がそんな想いを秘めて見つめているなどとは考えてもいないに違いない。
優しくて誰よりも頼りになる彼だけど、そういうところは昔から鈍感で、全く気がつかない彼。
だけど、自分はそんな彼が好きだったし、自分達の関係を今よりも急いで進めなくてもいいと考えていた。
全く進めたくないと言えば嘘になるが、それでも、壊れて消えてしまうくらいならば、このままでもいい。
そんなことを思いながら、臆病なサイサリスは今日も勇気ある一歩を進めることなく一日を終えようとしていた。
時刻はお昼をまわり、今日も作業の予定を順調にこなし、帰りの時間が迫る。
サイサリスは、彼よりも先に畑を離れていつもどおり帰りの準備をしようとする。
「おにいちゃん、あたし、先に後片付け始めておくわね」
手袋と麦わら帽子を外したサイサリスは、イチゴ畑がある結界から一歩外に出ると、体中についた土や泥をパンパンと払いながら、彼ににっこりと笑いかけて声をかけ、畑を離れようとする。
しかし、不意に顔をあげた彼は、離れて行こうとするサイサリスに小走りに近寄ってきて、乱暴にではないが強い力でそっとサイサリスの腕をつかんで止める。
「あの・・さっちゃん、ちょっと待って・・」
「え? どうしたの? おにいちゃん」
不意に腕を掴まれて動きを止められたサイサリスは怪訝な表情を浮かべて後ろを振り返る。
そこには今まで一度も見たことのないような真剣な表情を浮かべている幼馴染の姿が。
陽の差し込む昼間の森の中のように穏やかな笑顔を絶やさず、物静かに自分の話をいつも黙って聞いてくれる優しい幼馴染の青年。
その青年が怖いくらいに熱く真剣な視線を自分に注いでいる。
サイサリスは目の前の相手が、自分にとって良くないことを告げようとしているのではないかと思って、思わず身構える。
「お、にいちゃん・・あ、あたし何かした?」
「あ、ううん、違う・・その・・ごめん、怖がらせるつもりじゃ・・」
泣きそうな顔になってしまったサイサリスに、慌てて謝るハリー。
しかし、その真剣な眼差しはそのままに、しばらくサイサリスを見詰めていたが、やがて意を決したように口を開く。
「さっちゃん・・あの、その・・ぼ、僕は・・僕はその・・ひ、ひ弱だし、け、喧嘩も弱いし・・と、取り得なんて畑仕事しかないし、お、女の子の気持ちなんて全然わかってないし、わからない馬鹿だけど・・」
一生懸命何かを伝えようとしている幼馴染の青年の姿をしばらく呆然として見詰めていたサイサリスだったが、やがて、青年がいわんとしていることが飲み込めてくると、そのことがにわかには信じられず、思わず両手で口を覆い、そこからもれそうになる嗚咽を急いで封じ込める。
もう自分のことはいらないといわれるのか、それとも・・
恐怖と期待で倒れかけそうになるが、必死に倒れまいと踏ん張り続ける。
しかし、傷つきたくない気持ちにすぐに負けてしまい、サイサリスは思わずその気持ちを声に出してしまう。
「お、おにいちゃん、言わないで・・だって、だって・・もし、そうじゃなかったら・・」
サイサリスのその言葉を聞いて一瞬ひるみ、苦しそうな表情を浮かべるハリーだったが、首を二回ほど横に振って何かを振り切るような仕草をみせると、再びサイサリスに強い視線を向ける。
「ごめん・・今から僕が口にすることはさっちゃんにとって凄く迷惑なことかもしれない・・僕の一方的な思い込みかもしれない・・・ううん、きっとそうだろうと思う。だって、さっちゃんは、モテルし、僕なんかよりもずっとずっと素晴らしい人が似合うに違いないんだ・・でも、僕は卑怯で、欲張りだから、さっちゃんのおにいちゃんでい続けるだけじゃ満足できなくて・・今更だと思う・・でも・・さっちゃん・・僕は」
一度言葉を切ったハリーは一度大きく深呼吸をし、その後もう一度しっかりと目の前の幼馴染の女の子に真剣な視線を向ける。
そして、自分が言うべき言葉を口にする。
「僕はさっちゃんが好きだ。幼馴染としてじゃなくて、妹じゃなくて、1人の女の子として、さっちゃんが好きだ」
身体は小刻みに震え、その表情は今にも泣き出しそうにゆがみ、額からは滝のように汗が流れ出していたが、それでもハリーは最後まで男らしくきっぱりと断言してみせた。
そんなハリーの一世一代の告白を受けたサイサリスだったが、自分の耳に聞こえてきた言葉が信じられず、ただ呆然と立ち尽くす。
幼い頃からずっとずっと大好きで、実の兄のように慕いいつもいつでも一緒に行動していた幼馴染の青年。
大切に大切に育んできた温かい心はいつしか、恋に変わり、いつかこうなる日が来ればいいなあと漠然とは夢見ていた。
しかし、同時に一足先に社会人になった幼馴染が、自らにふさわしい連れ合いを見つけて自分の下を去っていってしまう恐れも抱き、今以上の関係に踏み出すだけの勇気もなくずっとずっと胸の奥底に、自分だけの想いとして大事にしまってきたはずの想い。
それなのに、その想いは突然叶えられてしまった。
夢ではないのか?
サイサリスは、自分が自分の都合のいい夢を見ているのではないか、そして、自分が口を開いた瞬間に目が覚めて残酷な現実と計り知れない虚しさを突きつけられるのではないのかという不安に襲われ、膝が震え始める。
そんなサイサリスの表情をどう捉えたのであろうか、ハリーは一向に返事を返そうとしないサイサリスに対し、苦しそうに自分の胸の内を語り始める。
「今すぐ、高校をやめて結婚してほしいとか、嫁にきてほしいとか、そういうのじゃ・・ううん、ほんとはそうしてほしいけど、そこまで無茶はいわない。ちゃんとさっちゃんが高校を卒業するまで待つ。でも、高校を卒業したあとは、僕の・・僕の側にいてほしいんだ・・他の誰かじゃなくて、さっちゃんにいてほしいんだ」
そう言って一気に言ってのけたハリーだったが、じっと自分を見つめ続けるサイサリスの視線に何かを感じたのか、自嘲気味に苦笑を浮かべて顔を横に背ける。
「ずっと兄妹みたいな関係だったのに、こんなこと言われても困るよね・・勝手で一方的なことばっかり言ってるよね。でも、信じてはもらえないかもしれないけど本当に、ずっとずっと僕はさっちゃんのことが好きだった。・・好きだったけど、さっちゃんも知ってる通り、僕は全然勇気とかないし、男らしくもない、自分の気持ちはわかっていたけど、自分の気持ちを口に出して、そのことでさっちゃんが僕の目の前からいなくなってしまったらと思うと、ダメだった。言えなかった。そんなことになるくらいなら今のままでいいって・・そう思って自分を誤魔化していたんだ」
思いもよらぬ幼馴染の告白、しかも、自分と全く同じようなことを考えていたとは。
ますます声を詰まらせるサイサリスに気がついた様子もなく、ハリーは言葉を続けていく。
「でも、このまえ、『嶺斬泊』のほうに仕事で出かけたときに、学校帰りのさっちゃんを偶然みかけた。高校の友達と楽しそうに帰るさっちゃんの姿を見たときに、ふと思ったんだ。外の広い世界にはさっちゃんが心を奪われる立派な男性がいるだろう。このままこういう関係を続けていても、いつの日かさっちゃんは僕の前から去って行ってしまうだろうって。だったら、壊すにしろ、進むにしろ、せめて自分の手でそれを行いたかった・・あ〜、言えば言うほどなんだかほんと自分勝手だね、僕」
笑いながらも、その大木の幹にそっくりの顔に涙が流れていく。
そんなハリーの悲しい顔を見ていられなかったサイサリスは、そのままハリーの胸に飛び込んで抱きつく。
「もういい、もういいよ、おにいちゃん。おにいちゃんの気持ちはわかったから・・」
「さっちゃん・・」
「あ、あたしでいいの? ほんとにあたしでいいの? おにいちゃんだったら、もっと大人のあたしなんかよりもよくできた『女』の『人』だって選べるんだよ?」
ハリーの胸から顔をあげたサイサリスの目からもいつしか涙が流れ始める。
そんなサイサリスの涙をそっと片手でぬぐってやりながら、いつもよりも深く優しい笑顔を浮かべたハリーは、その目をまっすぐにサイサリスに向ける。
「選べないよ・・だって・・だって、他の『人』は『さっちゃん』じゃないもの・・僕は・・こんな僕の側に小さい時からずっと一緒にいてくれた優しい『さっちゃん』に側にいてほしいんだ。他の『女』の『人』じゃなくて『さっちゃん』にだけ側にいてほしいと思っているんだ」
ハリーのその言葉に、サイサリスは顔をくしゃくしゃにしながらも、自分が言わなければならない、答えなくてはならないことを口にする。
今度こそ勇気を振りしぼって。
「おにいちゃん・・あたしも・・あたしもおにいちゃんのそばにいたいよ!! そばにいたいと思っていたよ!! 好きだよ、おにいちゃん!! あたし、お、おにいちゃんのお嫁さんになる!!」
「さっちゃん!!」
お互いの身体をしっかりと抱きしめあい、離すものかと万感の思いと力を込めて引き寄せあう二人。
そうしてしばらくの間、抱きあいながら畑の横の農道にたたずんでいた二人であったが、どちらともなく力を緩めて少しだけ身体を離し、顔を見合わせるとサイサリスのほうが顔を少しだけあげた状態でそっと目を閉じる。
純朴なハリーも、サイサリスのその行動が何を示しているのかくらいはわかる。
ハリーは愛しい少女に、自分の顔を近づけていき、サイサリスは自分の胸に秘めてきた想いが成就される瞬間を待つ。
ハリーとサイサリスは自分の胸が早鐘のように打ち鳴らされ続けているのを感じつつも、同時になんともいえない温かな想いに包まれていることも感じていた。
「おにいちゃん・・」
「さっちゃん・・」
いよいよ、そのときが・・と、サイサリスがそう思った瞬間、突然自分の耳に巨大な爆音が聞こえ、咄嗟に目を開けたサイサリスは目の前で抱きあっている青年と視線を一瞬あわせると、すぐさまその音のした方向へと視線を走らせる。
「な、なんなの!?」
驚きの声をあげたサイサリスが見たものは、自分達の背後に広がる森の中の大木をいくつも薙ぎ倒した果ての終着点らしき場所で、むくりと起き上がる一つの人影。
シルエットは人の形、しかし、目を凝らしてよく見てみるとその姿は見たこともないような異形のそれ。
たしかにあまたの種族が存在する『人』の中には異形の姿をしたものはいくつも存在している。
頭が二つあるも種族の者もいる、下半身が馬やら蛇やら、果ては蜘蛛という種族の者もいる、『人』型をしていない直立した『獣』型や、『獣』そのものといった姿の種族だっている。
しかし、目の前にいるものはそのどれにも当てはまらず、サイサリスもハリーもこんな種族のものを見たこともなければ、聞いたこともない。
真っ黒く粘りつくようにてらてらと光る外骨格の装甲に包まれ、身体のいたるところから無数に伸びる赤い触手、頭部にあたるところには銀色の球体のようなものがいくつもついていて、しきりにぎょろぎょろと動きまわっている。
何よりも異様なのは、その身体から噴き出しその身を包んでいる不気味な黒い靄のようなもので、見ているだけで嫌悪と恐怖で卒倒しそうになる。
「危ないところだった・・あれが中央庁最強クラスのエージェント 『龍乃宮 詩織』か・・タイプ ゼロナインの特殊記憶装置に記憶されている映像から分析するに、中位の『騎士』クラスの『害獣』に匹敵する強さだな。咄嗟にタイプ ゼロツーに『冥身』したから防ぐことができたものの、軽装型のゼロセブンやナインだったら一溜まりもあるまい・・今後のこともあるし、潰しておくか」
壊れたテレビから聞こえてくるような耳障りな声を響かせながら、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる異形の人影。
その不気味な身体から放たれている明確な殺意からサイサリスを守るようにハリーは自分の背後に彼女を隠し、サイサリスが今まで一度も見たことのない厳しい表情で相手を睨みつける。
ハリーのそんな姿に対して、異形の人影はまるで意に介した様子もなくどんどんとこちらに近づいてくる。
「悪いな、中央庁に関わるものは末端に至るまで潰しておくことにした。まあ人間ではない貴様らを排除したところで一片の良心も痛まぬし、我が『正義』に傷がつくわけでもなし。せめて植物らしく派手に散れ」
そう呟いた黒い異形の人影は両腕の装甲から禍々しい刃を突出させ、頭部の銀色の球体全てをハリー達へと向けて固定する。
「さっちゃん、逃げて!! こいつは僕が足止めするから!!」
「そんな、おにいちゃん置いて逃げれないよ!!」
だんだんと距離が狭まってくる異形の人影から視線を外さぬまま厳しい声音で叫ぶハリーだったが、サイサリスはその背中にしっかりと抱きついて離れようとしない。
「逃げて『人』を呼んできて!! こいつを野放しにしちゃいけない!! なんだかわからないけど、絶対このままにしちゃいけないと思う!! だから・・さっちゃんは行って!!」
「いやだ!! いやだよ、おにいちゃん!! あたしが助けを呼びに行っている間におにいちゃんにもしものことがあったら・・ううん、絶対ただですむわけないもん!! 一緒に逃げようよ!!」
「無理だ、さっちゃんも感じているはずだ・・こいつ素人の僕にでもわかるくらいとてつもなく危険な気配がする。お願いだ、さっちゃんだけでも・・」
「絶対にいやったら、いやっ!!」
必死になってサイサリスを逃がそうとするハリーであったが、サイサリスはハリーにしがみついたまま意地でも離れようとせず、むしろハリーの腕をひっぱって一緒に逃げようとする。
だが、二人がお互いを思いやってジタバタしているうちに、死はすぐ目の前に近づいていた。
「喧嘩せずともいい。二人とも仲良く地獄へ送ってやる」
「「!!」」
冷然と呟くその言葉に、二人は咄嗟にお互いの身体を守るようにして抱き合ってその場にしゃがみ込む。
そして、そこに振り下ろされるは死神の鎌。
闇のように黒い異形の人影が振り上げた両手の刃が、二つの命を刈り取るべく閃光を放ちながら死の軌跡を描いて振り下ろされる。
ハリーとサイサリスは、せめて愛する目の前の大事な『人』だけでもと、相手を押しのけて自らその刃の下に立とうとする・・が。
『ギンッ!!』
その二人よりも早く、一陣の風となって刃の前に躍り出た『紅の疾風』が、死の斬撃を弾き飛ばし間一髪のところで地獄への片道切符を黒い異形の人影に叩き返す。
「ま、間に合ったぁぁぁぁ!! も、もう、詩織さんったらよりによってなんてところに、こいつを放りだすのよ!! それに直轄部隊の奴ら、周辺住人は全部避難させろって言ったのに、思いっきり漏れてるし!! いい加減にしてほしいわ、もう!!」
黒い異形の人影の凶刃から二人を守ったその『紅い疾風』は、怒りの声を挙げながら逆手に構えた黒い木刀を前へ突き出す。
自分の必殺の一撃を弾き返された黒き異形の人影は、目の前の人物の姿を改めて確認し驚愕の声をあげる。
「き、貴様は・・宿難 連夜か!?」
Act 34 『【七星龍王】顕現』
目の覚めるような純白の戦闘用コートの下には鮮やかな紅色をしたバトルスーツ、両手には同じ色の手甲。
サイサリスがよく知る頼れるクラスメイト、黒髪黒眼の人間の少年『宿難 連夜・・の姿をした人物を目にして、サイサリスは嬉しそうな表情を浮かべる。
「宿難くん!!」
その声に振りかえった『紅の疾風』・・宿難 連夜の姿をした二人の影武者の内の一人 宿難 紗羅は、なんといえない優しい笑顔を浮かべてサイサリスに視線を向ける。
「さっちゃん、大丈夫? 怪我していない?」
「ええ、私は大丈夫よ、助けてくれてありがとう」
心配そうに声をかけてくる連夜の姿をした紗羅に、力強く頷いてみせるサイサリス。
そんなサイサリスの姿にほっと安堵の息をもらす紗羅であったが、すぐに視線を目の前の黒き異形の影へと向け直し厳しい表情で睨みつける。
「ううん、いいの。だって悪者から友達を守るのは当たり前のことだし、元はと言えばこっちの手違いなんだもの。むしろ巻きこんでしまって申し訳ないというか」
「宿難くん、あいつ知ってるの?」
「まあね・・できれば一生知り合いたくなかったけどね。それよりも、さっちゃん、その『人』を連れて早く逃げて。詳しくは話せないけどすぐにこいつを捕まえるために中央庁の精鋭部隊がここに到着する予定だから」
紗羅の言葉にしばし戸惑いの表情を浮かべて見せたサイサリスであったが、紗羅の表情に焦りの色が全くないことを感じると、こっくりと頷いて横にいるハリーに視線で合図を送る。
「わかった・・宿難くん気をつけてね」
「ありがと、さっちゃん・・ああ、そうだ、さっちゃん」
ハリーと共にその場を離れようとするサイサリスに紗羅が声をかけ、サイサリスはきょとんとして振り返る。
「ん、なに?」
何事かと緊張して尋ねてくるサイサリスに、紗羅は嬉しそうな、そして、物凄く優しそうな表情で祝福の言葉を口にする。
「おめでとう、よかったね。その『人』とお幸せに」
「あ・・う・・や、やだ・・い、いつから聞いていたのよ!? も、もうっ!! で、でも、ありがと・・」
顔を真っ赤にしながら照れまくるサイサリスだったが、横にいるハリーに促されてすぐに表情を引き締めると、その場を足早に去っていく。
「やれやれ、多少距離を稼いでもあまり意味はないんだがな。なんせ、貴様らの頼みの綱の宿難 連夜はすぐに始末され、僕に追いつかれた貴様らもすぐに後を追うことになるというのに」
そう言ってボキボキと両手の拳を鳴らしてみせる黒き異形の影に、紗羅は不敵な笑みを浮かべて見せる。
「おやおや、随分な自信だね、『人造勇神』 タイプ ゼロツー。でもね、間違えないほうがいい・・狩る者と狩られる者は違うってことをね」
「間違えてなどいない。狩るのは・・僕だ!!」
両手を紗羅のほうに突き出すと共に、黒き異形の影 『人造勇神』タイプ ゼロツーの身体から生えた無数の触手が一斉に紗羅目掛けて伸ばされていく。
その触手が紗羅の身体をつかみ取ろうとした瞬間、紗羅の身体がぶれる様に散り、5つの疾風となってゼロツー目掛けて走り出す。
「ゼロワンみたいに問答無用に防御力ありそうな相手ならともかく、あんたみたいな『人』型はボクにとってはうってつけの相手なのさ。さあ、楽しく踊ってくれよ、『人造勇神』タイプ ゼロツー!!」
4つの分身と1つの本体となった紗羅は、四方から取り囲むようにして『人造勇神』へと躍りかかる。
だが、そんな紗羅の攻撃を触手と両手の刃を駆使してタイプ ゼロツーは捌き続ける。
紅の疾風と化した紗羅と、黒き異形の『人造勇神』ゼロツーの一進一退の攻防。
「やるな、宿難 連夜。接近戦を行えるだけの武術を会得しているという情報はなかったが・・これほどの遣い手だったとは。正直驚いているよ。連続攻撃もなかなか様になっているし体術もなかなかのものだ」
紗羅の嵐のような攻撃を捌きながらも余裕たっぷりな様子でそう呟くタイプ ゼロツー。
それが決して上辺だけの余裕ではないことは、先程から全く傷ついていない彼の装甲を見れば明白。
それどころか逆に防御に徹しているはずの彼の動きは徐々に紗羅のそれを上回り始めてさえいて、攻撃している紗羅の表情に次第に焦りの色が浮かび始める。
紗羅のそんな様子を頭部に無数ついた銀色の球体の感覚器官で観察しながら、ゼロツーは嘲る様に言葉を紡ぐ。
「しかしな、宿難 連夜。おまえの攻撃は軽い、軽すぎる、圧倒的に軽くて威力がない!! おまえの攻撃は軽過ぎて話にならん!!」
「くうっ!! 本職のアタッカーじゃないんだから、しょうがないでしょうが!! 好き勝手いってくれちゃってもう!!」
ゼロツーの言葉に顔を顰めながらも必死で攻撃を続ける紗羅。
だが、いつのまにか、ゼロツーは両手で紗羅の攻撃を捌くことをやめ、両手を組んだ状態を作り余裕を見せつけるように触手のみで捌き続ける。
「ほらほら、もうちょっと気合いを入れて攻撃しないと、そろそろ反撃するぞ宿難 連夜」
「別に反撃してきてもいいけどさ・・じゃあ、とりあえず本気で攻撃するよ。先にいっておくけど、僕はか・な・り・強いんだよね」
「なに?」
突然分身と思っていた一体が他の幻影と明らかに違う動きで立ち止まると、手にした白い木剣を凄まじ勢いで繰り出してきた。
咄嗟に触手でそれを払いのけようとしたゼロツーであったが、その分身は行く手を遮る触手を次々と両断しながらゼロツーへと肉薄し、ついにはその身体を木剣の真芯で捉えて横なぎにぶちかます。
「うおおおおおおおおおっ!!」
身体ごと両断されてしまう寸前で後方へと飛びすさって回避することで、なんとか上半身と下半身が泣き別れしてしまうことを避けることができたタイプ ゼロツーであったが、驚愕している暇はタイプ ゼロツーにはない。
飛び退った後方には別の宿難 連夜が待ち受けていて逆手に持った黒い木刀で、下から上に掬いあげるような斬撃を放つ。
それをたまらず両手の装甲から突き出た刃で十字受けしてやり過ごし、円を描くように触手を振り回して自分の周囲を取り囲むようにして存在する宿難 連夜達を牽制する。
周囲を展開していた宿難 連夜のうち、4体が触手の旋風撃をくらって姿を消し、咄嗟にその攻撃範囲から離れた2人の宿難 連夜がゼロツーを挟み込むようにして再び対峙する。
「腕力がないように見せていたのはブラフか・・いや、待て。どちらも本体だと!?」
自分を挟み込むようにして対峙する2人の宿難 連夜に頭部の超感覚器官を向けたゼロツーは、明らかに分身ではありえない気配を感じて驚愕の声をあげる。
そんなゼロツーの様子を黙って見つめていた2人の宿難 連夜であったが、片方の連夜がゆっくりとゼロツーの眼前にやって来たかと思うと、怒りに燃える瞳でゼロツーを睨みつける。
「本物とか偽物とか、そんなことはどうでもいい。大事なことはやっとここまで来たってことだ。おまえ達に奪われた物を取り返すことができる日がな。なんの権利もないおまえ達がさも自分の物のように奪い取っていった物を奪い返す日が」
漆黒の戦闘用コートに蒼いバトルスーツに身を包んだ宿難 連夜は、そう言って獰猛な唸り声をあげると手にした白い木剣を両手で構え、その切っ先をゼロツーへと向ける。
「覚悟を決めるがいい、ゼロツー。もうおまえに明日はない。おまえが百合の明日を奪い取ったように、今度はおまえが明日を奪い取られる番だ。いいよな? 文句は言わせないし、答えを聞くつもりもないけどなあっ!!」
「むうっ!!」
なんの予備動作もない光速の踏み込みで必殺の間合いへと入った蒼いバトルスーツの宿難 連夜・・の姿をしたもう一人の影武者であり、紗羅の双子の弟である宿難 蒼樹は、凄まじい勢いで回転させた白い木剣をゼロツーへと突き入れる。
裂帛の気合いと共に放たれた蒼樹の電光石火の突き技に流石のゼロツーも反応しきれず、触手を十重二十重に自身の全面に押し出し壁として作り出し突きの威力を抑えようとする。
だが、蒼樹の木剣は次々と触手が作り出す壁を突き破って進み、ついにはゼロツーの本体そのものに迫る。
「見事だ、宿難 連夜・・だが、まだ甘い!!」
突き破られた触手の合間から自らの右手を突き出したゼロツーは、その腕から突き出た刃を交差するように木剣に合せ、その刃を折られつつも軌道を逸らさせると、間髪入れずに左手を振り、その刃を蒼樹の首筋に叩きこもうとする。
しかし、その刃は別の方向から肉薄していた紗羅の木刀が叩き折る。
触手と刃、二つの武器を完全に破壊してのけた蒼樹と紗羅は、必殺の一撃を防がれて態勢を立て直されてはしまったものの、無防備になっているゼロツーに容赦なく追撃の手を伸ばす。
他の『人造勇神』達を葬り去ってきた2人の必殺のコンビネーション。
完全にペースを掴んだと確信した2人は、ゼロツーを葬るべく己の持てる最大の奥義を解き放とうとする。
「いくわよ、蒼樹!!」
「トドメだ、姉さん!!」
『宿難真源流 合わせ御留技 重ね朧刃!!』
白い木剣と黒い木刀。
白と黒の斬撃が生み出した軌跡のコントラストが、ゆっくりとしたモーションでゼロツーの身体へと吸い込まれていく。
2人は完全に宿敵を殺った・・そう思った。
しかし!!
「奥の手があるのは貴様達だけではない!! 回転式変異機構籠手 変異準備!! 銃弾選択 影忍嵐!! 変異銃撃!!」
ゼロツーの右手が蒼樹達の前で一瞬で変形。
まるで回転式の拳銃の銃身部分のように変形したその右手の肘の部分が、ゼロツーの声に応えて撃鉄のように跳ね上がる。
そして、ゼロツーはそのままその右手を、己の左手の掌に叩きつける。
蒼樹達の刃がゼロツーの身体に吸い込まれる寸前、黒い光に包まれるゼロツー。
「なんなの!?」
「なんだと!?」
次の瞬間自分達が放った必殺の一撃が見事に空を切り、驚愕の声をあげる紗羅と蒼樹。
そればかりではない、突如無数の殺意に取り囲まれた2人は、敵の姿を認識するよるも早く自分達に襲い掛かってくる攻撃を咄嗟にほとんど反射神経のみでかわし捌く。
それはこれまで幾多の修羅場を潜り抜けてきた2人だからこそ反応できたことであり、もしこれが並のエージェントであったならば、バラバラに切り刻まれていたに違いない。
2人はなんとか突如出現した敵の猛攻を防ぎきると、横っ跳びに左右に別れて飛び退り距離を空けて立ち上がる。
「見事だ、宿難 連夜。あの攻撃を防ぎきるとはな。・・む、そうか、貴様達は宿難と言っても連夜ではないのか。ゼロセブンとゼロナインの特殊記憶装置に貴様達のデータが残っていたわ。・・なるほど、あのガイ・スクナーの遺伝子から作られたできそこないの双子の『勇士』か。道理で接近戦用の武術が遣えるわけだ」
黒い東方野伏の装束を身に纏い、背中に長大な野太刀、そして、顔には隼の仮面。
その姿をした7人もの同じ人物がズラリと2人の前に並び、同じ口調同じ仕草で語りかけてくる。
2人はその姿を見て呻き声をあげる。
「じ、実体を持つ影分身・・き、『鏡像影灯籠』の術・・」
「う、嘘だ!! あいつは僕達が『ストーンタワー』で倒したはず・・」
2人は顔を見合わせたあと、再び目の前の『人』物に視線を移し驚愕に満ちた悲鳴をあげる。
「「じ、『人造勇神』 タイプ ゼロセブン!!」」
「如何にも、紛れもなくこの姿は、貴様達がかつて城砦都市『ストーンタワー』で倒したゼロセブンのもの。しかし、僕と融合することによってすでにゼロセブンはゼロセブンにあらず。・・いや、この僕ゼロツーも、貴様達が知るゼロツーではない。盟友ヘルツ氏から譲り受けた太古の超遺物【宝貝】の力を得て様々な力を我が物として融合させることができるようになった超越者!! ベースとなっている『怪物』の能力に、おまえ達が倒したゼロセブン、ゼロナイン、『不死の森』で捕まえたゼロフォーの『メインフレーム』、ゼロツーとしての特性・・そして、更なる二つの新た力を加え、今の僕は『人造勇神』 『倚天屠龍』にあらず!!」
傲慢極まりなく、明らかに2人を見下しているという態度を隠そうともせずに、隼の仮面をかぶった人物は傲然と宣言する。
「今の僕は『人造勇神』を超えし者、そう僕は・・僕こそは・・『人造神帝』 『七星龍王』だっ!!」




