第九十三話 誰かに言い聞かせ
「な、七幸さん......無事だよね」
祈る様に目をぎゅっと瞑るフーロ先輩。俺はなんて声をかければいいんだろう......。
無責任に「大丈夫」だとか言えればいいけど、それは多分違う。
「無事であることを、祈りましょう」
はっきりとしないまま、俺はあやふやな言葉を選んで前を向いた。
目的の参華咒本邸はもうすぐ目の前だ。京都の建物は背の低いものが多い。それゆえに空は広く、大きな建物は見つけやすかった。
「ほら、あの建物が目印です。あの下に目的地が。急ぎましょう」
フーロ先輩にそう言い放つ。けれどその言葉は俺自身にも言い聞かせるモノだった。
「――ここ、か」
それから少しして目的地にたどり着いた俺たちは一先ず呼吸を整える。
「ろっくんは......まだ、なのかな」
フーロ先輩が目まぐるしく辺りを見回すが、大御門の姿はどこにもない。
おかしい、あの丕業で飛んで行ったのなら、最短で行けるはず。俺たちよりずっと先についていてもおかしくない......。
では、彼はどこへ......。
改めて、本邸を見る。京都の有名な観光スポットだと言われても納得するような荘厳な神社の様で、辺り一面をぐるっと壁で覆っている。随分と広い。壁の終わりが見えない。
木材と土で形成された壁にそっと手を置くと、何かがはじけた様に手に衝撃が伝わる。
「ッ!!」
「はっちー!? どしたし!?」
「いえ、怪我はありません......けど、これは」
――結界?
参華咒のメンバーにそういった丕業持ちがいるのだろうか......。依然、尸高校にやってきたメンバーには幻をみせる人がいたみたいだった。
「幻術みたいな丕業を使う人が参華咒にはいるって、周防先輩が言ってたな」
「ってことはー、これ、幻系?」
「いえ......これは」
触れない様にそうっと近づくフーロ先輩。すると、
「おや、見慣れへん顔やなぁ。どないしたんや」
随分と背の低い老婆がこちらに近づいてきた。
「うぇ!? あ、そのー、観光、的な? あはは......」
突然の事で驚いたのかそっと俺の背後に回ると言葉を濁す。
「ここは、なんもおもしろーないで。陰湿な感じやわ。それにここ最近京都全体が危のーてよう歩かれへんわ。君らも早く家に帰りなさいね」
悲し気に俯く老婆に俺は話をしてみた。
「参華咒って知ってますか?」
「さんかじゅ? いやぁ、聞いた事あらへんわぁ。それがどうしたん?」
「いえ......」
どうやら参華咒という名は一般には知れ渡っていないらしい。それもそうか。公にしてしまうようなら松木さん達も知っていて然るべきだろう。けれど彼らは知らなかった。母体としての組織があっても名は違うのか......。
「ほんまに気を付けなさいね、特に夜道なんか。安全なうちに家に帰りや」
そう言い残すと、小さな老婆はかけた歯を口の隙間から覗かせて笑みを浮かべた。
「はい......」
「おばーちゃんも、気をつけてねー!」
老婆はおぼつかない足取りで近くの竹林へと進んでいった。
* *
「澱神【蜘蛛】」
八夜千草が参華咒本邸へと進む十数分前、大御門麓郎太は降り立った建物の前で丕業を発現させた。
細い足が八本ある紙の人形はカサカサとひとりでに動き出し、眼前に聳える建物の壁に張り付くと、同化して姿を消した。
「あいつらが来ても、多少の時間稼ぎにはなるか......? 香来!」
見届けていた大御門が突然声を荒げる。
「はい、ここに」
すると、小柄な黒い人影が彼の眼前に現れ片膝をつく。香来と呼ばれた人物が顔元の黒い布を外す。その布の下には皺を刻んだ老婆の素顔があった。
「ここにもうじき俺と同じ学生服を着た奴らが来る。どうせ言ったって無駄だろうけど......さりげなく、帰る様に言ってくれないか」
大御門は、気恥ずかし気にそういうと癖のある髪の毛をがさがさとかく。幼少よりその癖が一体どういった時に行われるのかを知っている香来は微笑みを浮かべ、首を縦に振った。
それから二三言会話を交わすと、香来は茂みに姿を消した。
「あぁ、吐き気がする。どうせなら最後に......巴先輩の下着が見たかったな」
脳裏に思い起こす、生徒会の面々。出会って日が浅いものもいれば、何度も任務を共にした者もいる。
だが、誰も彼も大切な人間だ。
そして、ここに居る奴らはそういった人間を塵芥の様に扱う。我慢ならない。
「親父達の墓参り、一緒にするんじゃなかったのかよ。めんどくせーのに......また墓一つ増やしやがって......。俺は、何を墓に入れたらいいんだよ。わらえねーぞ、クソ兄貴」
無表情のまま、掌を固く握る。爪先が肉に食い込み鮮血が洩れる。
ゆっくりと身体を進め、門前へと向かう。滴った血が、足跡の様に後ろを続く。
「澱神【甲蟲】」
一際大きな藤色の紙を懐から取り出す。丁寧に折りたたまれた紙を広げ、手にした筆で『甲』と書くと、途端に淡く光を放つ。
紙が動き出し、大御門に纏わりつくと全身を覆い藤色をした甲冑となった。彼の手には甲冑とおなじ色をした刀のようなものまで御誂え向きに備わっていた。
「これ使うの、久々だな」
感触を確かめるように手を開閉する。馴染んだのか、目線は既に門の奥を見ていた。
「おい、そこ。それ以上足を動かすな」
すると、門の内側から屈強な体格をした男が二人やって来る。いぶかし気に大御門に目をやると、
「ん? この呪い......大御門様!?」
「馬鹿な、あの方は死蟲に破れて死んだと報告が――」
二人は驚愕に目を見開き、近づく。顔を伏せていた大御門はつまらなさそうに息を零した。
「あぁ、そうだとも。兄貴は、死んだ」
紫電が一閃、迸る。
「は、え」
「こえああ」
目を見開いたまま、二人の男はその大きな体を地に伏した。毬のように地を転がるしゃれこうべが二つ。
「復讐は何も生まないとか、死んだ人間はそんなこと望んでいないとか。あーだこーだ。クソだな。だったら兄貴を蘇らせて聞かせてくれよ、本当に望んでいないのかよぉ!!」
怒りを隠そうともせず、切り離した頭を強く蹴る。
「俺はただ俺の為にやるさ。兄を殺された弟がただ、復讐をやる。その事に文句付けられようがどうだっていいことだ」
それは誰かに言い聞かせる様な言葉だった。
異変に気が付いたのか、本邸からわらわらと人が飛び出してきたのを、虫けらを見る様な目を向ける大御門。
「クソは、クソらしく。俺が掃除してやるよ」
返り血にまみれた甲冑が、ギシギシと蟲の様な鳴き声をあげた。




