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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第八十九話 これまでとここから




 ――幻秋さんが突然飛び出して行ってから数分が経った。


 どこかから連絡がかかってきたと思ったら、焦る様に傍に控えていた女性に指示を飛ばし、苦痛の表情にまみれた彼。それまでは常に余裕を感じられていたが、そんなものは一瞬にして吹き飛んだ。


 幻秋さんの表情を見て初めて『恐怖』を感じた。



 手合わせしていた俺と阿南は呆然とその光景を見続けるしかなく、縁側で寛いでいたフーロ先輩も流石に何かを感じ取ったのか寝そべっていた身体を起き上がらせていた。



 指示を出していた幻秋さんが額の汗を拭い、こちらに頭を下げた。


「もうしわけない。君たちの稽古を一度切り上げさせて頂きたい」


「なにか......あったんですよね? それにこの慌てっぷりは......」

 屋敷を駆けまわる人々を視界に入れつつ阿南が口を開く。


「えぇ......。ですが、我孫子殿とは関係のない事ですので。心配は要りません」


 俺はそっと胸を撫で下ろした。あの鬼気迫る表情から()()()という最悪の予想が掻き立てられたが、どうやら外れたらしい。とはいえここまでの大事だ。きっと人死にが関わっているに違いない。


「私はこれから現場に向かいます。君たちはここにいた方が良いでしょう。部下を数人ここへ置いていきます。もしもの時はその伝手で私まで連絡を」


「わかりました」


 何が起こったのかはあくまでも俺たちには知らせないつもりだろう。遠巻きにそうと拒絶されている。



「では、行ってまいります」


 有無を言わさぬ幻秋さんの背中を見送るしかなかった。





* *





 ――俺たちは今、京都のとある屋敷に招かれている。



「いやー!腹減ったなぁ......あ、ありがとうございます! 見ろ千草! なんか良く分からん和菓子が!」


 緊張がほぐれたのかそれとも稽古の疲れからか阿南が傍に居た部下の人に食事をねだる。随分と髪の短い女性だった。ボーイッシュとはまたちがって、何というか冷たさが前面に押し出したような面持ちだ。


 けれど、そっと目を細めると一度奥に戻り、何かを盆に載せまたここへやってきた。


「あなみん、うちにもちょーだい!」


「君たち! もう少し静かにだなぁ!」


「いや、辰巳先輩が一番......いいや」



 先ほどまで皆口を閉ざしていたが阿南を皮切りにいつもの調子に戻ったようだ。


 綺麗な中庭が見える開放的なつくりになっている広い部屋で、俺たちは幻秋さんの帰りを待つことになった。







 我孫子が行方不明になる前日の事。


「ん......? これはなんの紙だ」


 放課後、彼女から一枚の紙きれを差し出された。


「あぁ、もしも......という時の為に先に渡しておこうと思ってね」

 艶やかな黒髪を払いのけ、耳にかけるとそっと俺の方へと近づいてくる。



「な、なんだよ? ()()()って」

 突飛な行動に心臓の鼓動がやけにうるさくなったがそれを悟られまいと物調面で聞き返す。


「私が君とはぐれてしまったら、この紙に記された場所へ行くといい。きっと力になるはずだ」


 ウインクを一つ飛ばすと傍を離れる我孫子。


 当時は思いもしなかった。まさかその翌日に消えてしまうなんて。



 京都に向かい、ちゃんと寝床を確保した俺たちはいの一番にその場所へと向かった。だが、記されていた場所は俺たち高校生にはあまりにも場違いな雰囲気を醸し出す、荘厳な寺であった。



 それでも俺は中へと進もうと提案したのだが、ここに来て大御門に強く否定された。


「ここは......やめておいた方が良い」


 感情というものをあまり表に出さない大御門にしては珍しくどこか焦っていたように見えた。


 あまりにも真剣なその表情に俺たちは口を噤む事しか出来ず、寺の前で立ち往生をしていた。そんな俺たちに声をかけたのが、昨神市のショッピングモールで出会ったあの老人――幻秋さんだった。




 彼に我孫子の事を話したところ、顔を険しくさせ「(しゅう)」という子の事情を話してくれた。その時に彼が我孫子の弟だという事と、悲惨な現状を知った。


 


「なんであなたが助けないんだ?」

 阿南は至極もっともな質問を投げかけた。


 それがまるで鋭利な刃物の様に彼に突き刺さったように俺は感じた。沈痛の面持ちだ。


「君たちのいう事はもっともです。私に力がないばかりに......二人を地獄へと誘った。こんなことを言う資格がないことは百も承知ですが......どうか、手を貸して頂きたい」


 自分の祖父母と同じ年代の人にここまで深く頭を下げられたのは生まれて初めてだったから、俺はあまりの衝撃に少し面食らった。


 他の人たちも、言葉がうまく見当たらず空気だけが漏れるばかり。




「――そのつもりで京都に来たんだ.....だろう? 八夜君」

 

 辰巳先輩がかわりに代弁してくれた。正直頼もしかった。


 

「はい......勿論です」


 

「あの~」


 どこか間の抜けたような声で存在を主張する阿南にその場にいた全員が顔を向ける。


「代わりと言っちゃなんなんですけど......稽古、つけてくれません?」



 はぁ? こいつ、突然何を言い出しているんだ?


「阿南? いきなり何を」


「いや、だってさ......幻秋、さんだっけ? あんた......滅茶苦茶できる人でしょ?」


 俺は反射的にその老人へと目を向ける。


 件の老人はひとつ咳ばらいをすると、腕を後ろで組み響き渡る声で応えた。



「ならば、交渉は成立......という事でよろしいかな?」


 あまりの言葉の少なさに俺は唖然としてしまう。フーロ先輩も訳が分かっていないのか間の抜けた顔を曝して「ん?」と俺の方へと何かを聞いてくる。いや、俺が聞きたいんだが......。



「阿南のいう事は......間違っちゃいない。八夜、安心していい」


 それまで沈黙を保っていた大御門が再び声をあげる。


「大御門? 何を根拠に......」



 眉間に皺をよせ、がりがりと頭をかくと観念したように口を開く。


「ここは......俺の実家でもある。この人の事も知ってる。多分、我孫子がどうなってるかも。俺の家は......参華咒のひとつなんだ」


「は? え?」


 まて、まて......つまり......。どういうことだ。



「隠していて悪かった。けど......あまりいい思い出じゃないんだ。分かってくれ」


 それだけいうとまた首元の襟を立て口を物理的に隠す大御門。


 幻秋さんも頷くだけで特にいう事は無いようで無言を貫く。




「んー? なんかわかんないケド、とりま稽古しつつ我孫子ちゃんを探せば良くない?そゆー系じゃん? これって」


 何かを察したのか、わざと明るく振る舞って場を和ませようと俺の背中に寄りかかるフーロ先輩。



「......何が何やら」


 つまるところ、何も分からないという事が分かって、俺たちはこの場に留まることになった。



 そして現状に至る。


「とはいっても暇だな......。そういえば千草。刑事さんたちとはどうなった?」


 暇を弄んでいた阿南が唐突にこちらに質問を投げかけてきた。


「後刻さんと松木さんは多分......仕事だと思う。既読はついているが返事はない」


 先ほど念のために一言メッセージを送ったがそれから返事はない。だが、既読が付いているという事は彼らが無事であるという事だ。


「ってことは。六本腕関連のことじゃななさそうだな。幻秋さんが出て行ったのは......」


「そうだな......って、ん?」


 阿南の方へと顔を向けていたら、一つの異物が視線を遮った。


 はじめはただ羽虫が室内に入り込んだだけだと思った。障子はあるが今この部屋は外の空気を取り入れるために外気を遮るものは何も無い。


 ひらひらと紙切れの様に風にさらされながら紫色をした何かがこちらへとやって来る。


「蝶......?」


 そう、見た目で言えば揚羽蝶のようなすこし大きな蝶。


 その蝶はぐんぐんと風に押され部屋の奥まで侵入する。俺、阿南、フーロ先輩、辰巳先輩は目を奪われるかのようにじっとそれを見つめていた。


 畳の上でリラックスした姿勢のままうたた寝を決め込んでいた大御門の元まで飛んでいくと柔らかにその鼻の天辺に舞い降りた。


 感触と呼べるものすら無さそうだったというのに、なぜだか大御門は驚くように目を見開いて起き上がった。


「大御門君?」


 辰巳先輩が不安げな声を上げる。



「これ、は......」


「おい、どうした! 大御門君」



「そういう事なのか!? だからここ居ろって......ふざけんなよ!!」


 彼の怒号を聞き入れたのはこれが初だ。普段から別に弱々しい声をしていたわけじゃない。ただどこか気だるげだった彼が今にも血を噴き出しそうなほど血管を額に浮かび上がらせて上空を睨んでいた。


「......多分俺の兄が死んだ。いや、多分じゃなくて......」


「......」


「は? え? ちょ......ろっくん冗談、だよね?」


「落ち着くんだ......大御門君」


 彼の言葉に三者三様の反応を示す。阿南はどこか眉間に皺を寄せ畳を睨んでいる。フーロ先輩はその言葉がにわかには信じられず焦ったように手をばたつかせていた。辰巳先輩は先ず真っ先に大御門の腕を取り、そっと彼の肩に手を置く。


 大御門の兄が死んだ――



「兄はこの街の守護を担うビフレストという集団に所属している。あの幻秋さんもその一員だ。さっきあわてて出て行ったのは、多分......兄が警備を担当していた場所が襲撃されたんだ」


「お前の兄が参華咒でこの街を守っている人なのは分かった。けど、どうしてそれが死に繋がる.....?」


 俺は疑問を口にした。


 大御門は飛んできた紫の蝶を強く握りしめると、だらりと力を抜く。手の中からくしゃくしゃになった無残な姿の蝶が零れ落ちる。


「俺の家系は丕業が代々同じなんだ。普通の家系よりももっと根本が似通っている。だから、分かるんだ。これは......死ぬ間際に危険を知らしめる連絡術の一つだ。これをだしたって事は......もう」


 それ以上は言葉にしなかった。俺たちも、大御門も。


 風に曝された、折り紙のような蝶が乾いた音をたてて綻んだ。

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