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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第八十六話 薬死

 荒い呼吸を幾度も漏らす白髪の老人が、その焦りを隠そうともせず語句を強める。


「いいか!この先にビフレスト......大御門殿がいるはずだ!急げ!」


 夏のうだる炎天下の中、黒い外套を纏った数多の人間が老人の言葉に反応し、駆ける足を更に加速させる。



「くそ......まさか向こうから仕掛けてくるとは......」

 老人はその頑強な身体を止め、辺りを見回す。


 束ねた白髪は鞭の様にしなり、汗で濡れた皮膚に纏わりつくと動きを止める。


 周囲の人間よりも頭一つ大きく、はち切れんばかりの肉体も今は小奇麗な執事服の下に収まっていた。全身で息を吸い込むように大きく胸を膨らます。


「ふぅ......いかんな。一度冷静にならなければ」


 老人――幻秋(げんしゅう)は乱れる前髪を後方に撫でつけると傍に居た一人の女に呼びかける。


「聞きたくない事を聞く。聞かれたくない事を聞かれるだろう、覚悟してくれ。......現状はどうなっている?」


 これでもかと眉間に皺を寄せたまま厳格な言葉を持ってして、口を開く。


 聞かれた女は一度呼吸を置いたのち、然るべく答えを返した。


「参華咒の支部は殆どが壊滅した、との......事です。守護に回っていたビフレスト達の安否は不明......いえ、言葉足らずですね。()()()()()、他の六人の安否が不明......です」


「そう、か」


 幻秋(げんしゅう)は落胆し声を漏らす。分かっていた事だが、だからと言って到底受け入れられる事では無かった。



「宇治、丸太町、三条、木野、有栖川、桂には既に部下が回っております。情報ならそのうち。ならばこそ、我らはこの先の二条城の支部をこの目に入れるべきかと」


 あくまで冷静を保っている声。けれど微かに口端が震えているのを幻秋は見逃さなかった。だからと言って指摘する気にもなれず、ただ首肯する。



「急ぐぞ!」

 暫しの問答で回復したなけなしの体力を振り絞り、幻秋とその部下たちは大宮通りを北上した。




* *





「芭禍羅は頑張り屋だからさ、こうなる気がしていたんだ」


 はだけたハリネズミ柄のシャツを品もなく捲り風を送り込む。


 整髪料を付け濡れた様に照るパーマ頭をもみ込むと、男は大仰にため息をついた。



 周囲は何も無かった。つい数分前までは藤の花が咲き誇る綺麗な屋敷があり、その周辺には草木が生い茂っていた。けれど男の眼前には、視界を遮るものは何もなく、砂の様にさらさらと風に吹かれる灰の姿だけがあった。



――苡懼(いぐ)は灰でブーツが汚れることを気にする素振りも見せず、ずかずかと灰の海に踏み込んだ。


「ん......?紙、か?」

 皮膚を撫でつけるそよ風に流されて、苡懼のすぐ傍に紫色をした紙片が舞い落ちた。


 指先でつまみあげると、いぶかる様にじっと見つめ一つの解にたどり着く。


丕業(ひごう)か......蛇!」

 指を鳴らすと、どこから湧いて出たのか幾重もの白い蛇が折り重なる様に苡懼の傍に近寄って来る。


「この匂いを覚えろ。周囲にもあるはずだ。見つけ次第全部食え......いいな」


 まるで苡懼の言葉を理解したように頭を振るうと蛇の塊はほぐれるように四方八方に飛び出してゆく。



薬死蛇(くすしへび)

 苡懼の差し出した右手の薬指が伸びると、その頭を灰の塊に近づける。すると、伸びきった先が蛇の頭を模し裂けた。飛び散った夥しい量の血が灰を塗りたくる。



 血で固まった灰が、僅かに震えたかと思うと血の一面から植物の芽が息吹く。


 恐るべき速度で成長するとやがて大きな薔薇の塊になり、次第には苡懼のよく見知った友の姿を形作った。



「苡懼、か。すま、ない。不覚、を、取った」


 元通りになった身体をぐるりと見渡すと、苡懼に言葉をかける。


「芭禍羅、それじゃあ第二ラウンドといくか」

 友の姿を一目見て安堵したのか、先ほどよりも幾分か声音が高い。


「その手、薬死、を、使った、のか」

 じっと、苡懼の右手を凝視する。その視線が歯がゆいのか、何でもない風にそっと後ろ手で隠す苡懼。


「まだ七本ある。十分だろう」


「二本、既に、使った、のか」


「あぁ、手強かった。けど何とかなった......これからもそうさ。どうにかなるぜ」


「俺、の、相手も、強かった。やはり、京都、は東京に、次ぐな」


「参華咒ってのは、歴史があるからな......っと」


 並んでその場から立ち去ろうとした二人。しかし苡懼は背中を引っ張られるように動きを止める。様子を伺っていた芭禍羅が疑問を口にした。


「どう、した」


「あぁーわり!先行っててくれ!多分俺の相手!」


 振り返って、通りを見返す。人影は全くなかったが、その方向から何かが差し迫って来ていることを苡懼は理解した。


「二人で、確実に、消せば、いい」

 すぐさま戦闘が取れるように構える芭禍羅の頭を軽く叩く。


「お前は別のやるべき事があるだろう。優先順位を間違えるなよ」

 その目は酷く鋭かった。芭禍羅も自分に非があることを素直に認め、言われるように先へと足を進めた。




 芭禍羅が過ぎ去って数分後、苡懼は周囲に人の気配を感じていた。


「四人......いや、最後の奴含め五人か。ビフレストの最後は何色だ?」





「あぐッ!?」

「いぎゃ――」

「なぜ位置が!!!!」

「蛇が!?蛇!!??」


 苡懼を取り囲むように四人の断末魔が上がる。がさがさと物陰が揺れたかと思うと、すぐに音が止んだ。そして黒い外套に包まれた四つの死体を口にくわえた大小様々な蛇が苡懼の元までやってくる。




「こんな雑魚じゃないな。ってことは今こっちに向かっている――」



「――白、だ。青年」


 苡懼の視界がブレた。



 瞬時に「頭を蹴られた」と理解出来た。だが、反応できなかった。


「はっや!?」

 前のめりに倒れ込みそうになる身体を強引に捻り、その場から身を躱す。


 眼前に現れたのは、鍛え抜かれた身体を持つ白髪を結った老人。何かの型なのか、腰をどっしりと下ろし、手刀がこちらを狙っている。



「白、ね。奇遇だね俺も白は好きだよ?ほら白衣着てるし」

 得体の知らない相手におどけた様を見せつける苡懼。ひらひらと白衣をなびかせ、視界を誘導する。



「これから稽古があったのだが......それよりも先ず。貴様を屠るとしよう」


「空手?柔道?どっちでもいいけど暢気な爺さんだ」


 灰が満ちる空間に、殺気が漏れ出す。



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