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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第八十話 暗夜と行路と 二

「驚いたな......まさか呪いを切るなんて、思いもよらなかった」

 参華咒の刺客は驚きに目を広げ、惜しみない拍手を送る。


 パチャパチャと水が触れ合う音だ。全くもって油断ならない。


「なに、驚くことは無いだろう?それを為したのはこの『辰巳翹楚(たつみぎょうそ)』だという事実を踏まえれば」


 さして喜んでいる様子もない先輩は、尚も足を進め敵の元へと向かう。


 依然辺りは暗夜だ。暗さに慣れたとはいえ、視界の確保は十全ではない。辛うじて敵の姿が見えるだけだ。さらに全身は黒に覆われている。今の位置から動こうものなら直ぐにでも見失うだろう。


「で、あんたの丕業は飛ばした水分に限られるとみて良いのかな?」


「馬鹿正直に答える奴がいるか。馬鹿か貴様は?」


 ちゃぷんと、何かが水に触れる音が聞こえた。恐らく奴が川まで後退したのだろう。不味い、またアレがくる。


「辰巳先輩!自分の身は自分で守れます!先輩はそいつにだけ集中してください!」


 前方の先輩に大声で呼びかける。彼は後ろを見ずに俺の声に答えた。


「あぁ!よく言った!それでこそ生徒会のメンバーだ!」


 声に喜色が混じっている。



「もういいか?」

 奴が強く水面を弾く。と、同時に落雷にも似た轟音がそこら中から聞こえはじめる。


 草木が根元から削がれ、散る。土手は抉れ土が舞い視界をさらに悪くさせる。


 俺は一呼吸置いて、目に力を籠める。すうっと頬を伝う感触が起き、次いで枯れ葉を踏んだような乾いた音が顔から発生する。


――バキバキキッッ!パキパキ......。


 瞬きにも満たない速度で全身を骨の鎧が覆う。一先ずはこれで奴の攻撃をやり過ごし、隙を見て援護しよう。




「ほう、それが」

 

 黒い影の口元が引き裂いたような動きを見せる。傍から見てもおぞましさしか感じられない。暗闇に住む悪魔の様な笑みだ。


泅沫(しゅうまつ)洩出(もれいず)

 足元まで川に浸かっていた奴が右足を蹴り上げる。蹴り自体は俺たちに届くような距離にない。だが、その足から放たれた水滴が、身から離れた途端に加速し、俺たちの命を脅かさんと迫りくる。


 辰巳先輩は尚も手にした定規で空を切るのみ。だがやはり、水滴を切り裂いているようで両隣の地面が抉れるだけだ。彼の身体および足元は元の形を保ったまま。





 凄まじい速度だ。必死にとらえようと目を凝らしても追いきれない。彼の手元がぶれる様に見えた途端に、全てが切り裂かれる。


「やるなぁ......!大したもんだよ!辰巳といったか。覚えておこう」

 川から一歩も足を出さない参華咒の刺客が言葉を発する。


「いや、覚えなくていい。俺はあんたの名前を知らないからな」

 随分と冷めた様子の辰巳先輩が気だるげに返す。


「そうか、残念だ。殺した相手の名前ぐらい覚えておきたかったのだが......」

 ふと、顔を下に向ける。何かを狙っているような、含みのある言い方だな......。と、その時。俺は自身の丕業に強い衝撃を受ける。


「ぐぅ......!これ、は!」

 右肩に突如生まれた痛み。あいつはまだ、動きを見せていない......ならこれは!


「辰巳先輩!上だ!奴は落下する時間差を利用して――」




「だろうな。そう来るだろうと、俺は『予測』していたよ。初めの攻撃を見た時からね」


 言葉と共に猛然とかける。駆け抜けた地面が上空から降り注ぐ水滴に、削り取られ穴が開く。


泅沫(しゅうまつ)沐雨(もくう)。俺が先ほど蹴り上げた水滴は!時間差でここいらを爆撃する!俺は俺自身の呪いで傷つくことは無い。さぁ!死の雨に穿たれろ。その血全てを洗い流してやる!」


 俺は咄嗟に奴の上空を睨む。夥しいほどの小さな光の反射が視界に映る。この数はマズい!!


 その場から急いで足を動かし辰巳先輩の元へと向かう。俺の丕業なら多少痛みを感じるまでも、貫くことは無い。さっきの攻撃で分かった。せめて彼の盾にーー。


「動くな!!」


 怒号が俺を止める。

「見ていてくれといっただろう?そんなに俺は頼りなく見えたかい?」

 すこし寂しげな表情だ。まるで先ほどの怒声が嘘だったかのようになりを潜めている。


「いえ、けど......」


 こちらに言葉を向けながら降り注ぐ雨を切る辰巳先輩。

「大丈夫だ。俺は死なない。君も死なせない。尸高校の生徒は誰も、死なせない!」

 鬼気迫る表情で死の雨と切り結ぶ。天から注ぐショットガンの弾を流麗な舞で躱す様だ。


 あっけに取られ、暫し見惚れていた。その身体の使い方、丕業の制御、視線の先を。


 右手で薙いだ隙を衝いて死角から奴が攻撃を仕掛ける。だが、いつのまにやら右手で握っていた定規は左手に持ち替えられており、これを難なく切り伏せる。上空からの攻撃もまるで頭に目が付いているように正確無比に避ける。


「やるなぁやるなぁ!楽しいなぁ!人攫いなんてつまらない仕事かと思いきやとんだ幸運だ!」


 奴は両腕を水面につけしっかりと水を含む。

「もっとだ!もっとだ!」



 その両手を水面から上げようとした時――。


「いや、もういい」

 辰巳先輩は構えていた定規をゆっくりとホルスターに戻した。





「――え?」


 ずるりと、奴の両腕が肩から切り離された。両腕を引っ張ろうとしていた為か突如切り離された腕に上半身が付いていけずにうつぶせの状態で水の中に倒れ込む。



 奴の腕を切った瞬間が分からなかった。それほどまでに素早い二撃。


「ぼがぁ!がヴぉおぼ!」

 幸いな事に奴がいた位置は比較的浅い所だったため、何とか上半身を起こし呼吸は出来るようだった。


「仲間に助けて貰うんだな。そしてこう言え『尸高校の生徒に手を出すな』と」




 顔も向けずにそう言い放つと彼は即座に俺の元まで来た。



「見守るというのは、なかなかに難しいものだろう」

 少し困ったように眉を下げ、冗談っぽく俺の肩に手を置く。



「俺は君の信用に足る男だったか?」

「......勿論です」


 俺は何もできないままただ立ち尽くすだけだった。だが、見ていたおかげで得たものもあった。体の使い方、力の制御。


「さぁ、追手が来るのも時間の問題だろう。直ぐにここから離れよう」


 前を走る辰巳翹楚という男の背中があまりにも遠く感じた。

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