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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第七十九話 暗夜と行路と 一



「はふーぅ。癒されるな......」

「......」


 こんな立派な銭湯だというのに客は俺たち以外におらず、広々と湯船に浸かっていた。


 正方形に切り取られた石のタイルが敷き詰められた湯船に、うっすらと色付くお湯が並々と注がれている。揺蕩うように体を湯に預け、暫し俺たちは気を手放していた。




 湯から立ち上る煙に顔を包まれる。濡れた髪を掻きあげ、翡翠の目を携える辰巳先輩に口を開く。


「理由......教えてもらっても?」


 急な言葉にも関わらず、あらかじめ用意していたように詰まることなく言葉が返ってきた。


「周防先輩に言われてね。君たちを......君を見てみろって。他の二人は知らないが俺はそう言われた。そしたら君たちが京都に行くという話を聞いてね、教頭......いや、校長先生にお願いして許可をもらった。知っているかい?僕たち生徒会の人間は、遠出する際は先生の許可が必要なんだぞ」


「あぁ......それで伊織先生があんなことを。一応、伊織先生には伝えています」


 こくりと頷くと、笑みを浮かべながら頭を掻く。


「いや、別に脅しているわけじゃないんだ、すまないな。もしもの事があった時の為に把握していたほうが連絡が取れるから......とかなんとか」




 沈黙が続く。



 俺はどうしようか考えながら目を瞑っていると、今度は向こうから会話を振ってきた。


「学校でのこと、聞いたよ。君の丕業の事も少しばかり。君はどうしたい?どう在りたい?」


 目を瞑ったままだから分からないが多分、こっちを見ながら問いかけているのだろう。声の流れる方向が変わった。


「俺はヒーローになれない。今回の事でわかりました。本当はこう......なんて言ったらいいのか上手く表現できないですけど、『周りを見返したい』『向けられた視線を塗り替えしたい』って少し思っていました。けど、そんな事しなくていいんだって......」



 灰色と翡翠が混じる。



「俺が今まで成してきたことをきちんと見てくれる人がいた。見てなかった人も、目を向けてくれるようになった。後は......そんな人たちを守れれば、俺はそれでいいんだと思います。手を広げ過ぎていたんです。俺の役はそうじゃないのに」


 息が漏れる音が耳に届く。辰巳先輩は何かを試すような視線をこちらに向ける。


「君は......そうやっていつも自分を定めているのかい?」

「定める?」


「俯瞰的に見過ぎている。自分の事だろう?もっと中に入り込んで行けばいいのに、そうやって一歩引いた所で周りを見ている。窮屈じゃないか」


 パシャリと水面を弾く。彼が何に対してそこまで憤慨しているのか、俺にはハッキリとは分からなかった。


「とても不器用な奴だ。君は」

「えぇ、自分でもそう思います。けど、それでも悪くはないって今は思えます」

 これは心の底からの本音だ。俺の今の在り方を否定することは、俺を肯定してくれる誰かを否定することに繋がる。



「そうか......そうか」

 少し諦めた様な、弱気な声が辰巳先輩の口から滲み出る。







「......そろそろ出ようか」


 火照った身体で浴場を出る。備え付けられていたドライヤーで乾かしていると後ろから声をかけられる。


「その髪は......丕業の影響かい?」

 濡れそぼった細い金髪を丁寧にタオルでふき取る辰巳先輩。翡翠の目が俺の灰色に止まっていた。


「多分そうですね。幼少の頃事故で......記憶があいまいなんですけど、その日以来この髪と目が変質しました。多分何かあったんでしょう。もう、過ぎ去ったことですけど」


 乾ききった灰色の髪を目元まで引っ張る。随分と伸びたな......。


「知っているかい?俺の両親は純粋な日本人だ」

 彼の口から驚きの事実が告げられた。


「えッ!?」


 驚く俺の顔をみると、愉快そうにその流麗な唇を開く。


「ははは!驚くだろう!皆そうさ。どんな突然変異かわからんが俺はこうなってしまった。だが......」

「だが?」


「俺はそこそこ気に入っている。他人と違う個性というものはこういったもので測るものでは無いが、こうなってしまってはもうどうしようもないからな!受け入れた!」


 豪快に笑い声をあげる彼は背後から何かを取り出し、そのうちの一つを俺の方へと放る。


「ほれ。風呂上りならこれがいるだろう?」

 触れた箇所が切り裂かれたような感覚さえ覚えるほど冷えた、瓶詰の牛乳だった。


「ありがとうございます」

 手先から冷えが身体を支配してゆく感覚を感じながら礼を言うと、軽くうなずいて彼は手にした牛乳瓶を傾ける。


「うん!うまいな!やはり!せっかくなら京都に来た面々でこの牛乳を味わいたかったが......」


 残念そうに落ち込む彼に俺は一言添える。


「だったらまた、来ましょう。阿南も大御門も紫吹先輩も誘って」

「だな......」

 


 俺たちは味わうようにゆっくりと牛乳で喉を潤す。茣蓙(ござ)の上に置かれた扇風機が強い音を立てながら首を振っているのが見える。



 飲み干した瓶を回収ボックスに置き、外に出る。


「随分と涼しい」

 ついつい口に出るほど、過ごしやすい気候だ。


 もう七月の半ばというのに、京都の夜は風が冷ややかに吹き、身体を撫でる。先ほどまでの熱が一気に持っていかれそうなほど。


 辺りは静まり返り、遠くに見える街並みだけが闇を照らす。その光景がどこか遠くに思える。日中はうるさく思えるほどの蝉の声も、無ければ無いで、少しばかり物悲しい。


「さて、部屋に戻るか」


 私服は持ってきていたのだが、辰巳先輩に強引に外へと連れ出されたため、俺は尸高校の制服のままだ。そんな彼は自前のアロハシャツにしっかりと袖を通している。下はステテコという如何にもな服装。


 黒を基調とした、落ち着いたアロハシャツだがよく見ると黄色い模様が全部猫だった。そんな服どこで売ってるんだ......。


 銭湯から部屋へと戻る道中、鴨川の土手を歩く。


 辺りは人の気配が全くない。俺たちの足音だけが暗闇に響いていた。



「......まて、八夜君」

 前を歩いていた辰巳先輩が、振り返らずに、手で俺を制する。背面から分かる程何かに集中していた。


 俺は黙ってうなずく。辺りを見回してもなにも気配は感じられない。



「高校生二人なら、容易いとでも?」


 川の方へと顔を向ける辰巳先輩。横顔がどうにも険しい。彼には何かが見えているのか?


 


 突然、川面が大きく揺れ、何かが陸地へと上がる音がした。


 水分を含んだ足音だ。水滴の一滴一滴が落ちる音さえ分かる。


「容易くないとでも?」


 ここまできてようやく見えた。その正体が。


 全身を黒に包まれた服装。出来るだけ素肌は見せないようにしている。俺にはその姿に見覚えがあった。


「参華咒!!!」


 あの日、学校に侵入してきた奴らだ。俺が初めて人を殺した、あの人達の服装と寸分違わない。



「当主は随分と君に熱心なようだ。自分の娘よりも、な」

「飛鳥井郡よりも?」

 気がかりな事を言ってのける参華咒の刺客。声もくぐもっていて性別すら判断付かない。



「御覧の通り、俺には守るべく尸高校の生徒が後ろに控えている。慈悲は無いが?」

 辰巳先輩が俺と奴の線上に立ちはだかる。


「なら、貴様からか。少年は生け捕りとの命だがその他は言及されていない。消えろ」


 刺客が濡れた腕を振り下ろす。すると、飛ばされた水滴が弾丸の様に地面を抉る。


「!?」

 暗闇の中、目に見えない弾丸が確実に地面を抉りながら近づいてくる。

「そうら!どこが弾け飛ぶかな!!」

 今度は反対側の腕をしならせ地面と平行に振る。


 まずい!この角度では薙ぎ払われる!?


 咄嗟に丕業を発現させ先輩の前に出ようとした時、辰巳先輩が俺の肩にそっと手を置き、振り返る。


「見ていてくれ。八夜君」


 すると彼はステテコの腰辺りに装着していたホルスターから定規を取り出す。


 ひゅんひゅん、と風を切る音が聞こえたがそれ以外は何も起きなかった。()()()()()()()()()()すら起きなかった。


「さて、行こうか。参華咒とやら?」


 手にした定規を引っ提げて、彼は足を踏み出した。

 



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