第七十七話 引かれ者の小唄
「――そして、君たちは消息の立ったこの子の姉を探しに京都まで来た、と」
俺の話を聞き終えた松木刑事が顔をあげこちらを見た。勿論俺の心情やらは省いて要点だけ掻い摘んで話したが、時間はかなり経っていた。
「警察に連絡は?」
「してます。けど、きっと彼女は東京に居ない」
断言出来る。我孫子は絶対自分の意思で消えたわけじゃない。誰かがその身を攫ったんだ。だとすれば、自ずと答えは出てくる。
京都躯高校――参華咒だ。
「わかった......。署に帰ったら調べてみるよ。何か手がかりでもあるといいんだが」
松木刑事はボールペンの先を顎に当て何か考えているようだ。
「ありがとうございます。ただ......」
「ただ?」
「参華咒に捕らわれているなら、多分警察ではどうしようもないと思います」
「それは――」
俺の言葉に後刻刑事が反応を示す。しかし、彼の言葉は同じ刑事の先輩に遮られる。
「確かにそうかもな」
まるで、初めからわかっていたような落ち着きぶりだ。物事をしっかりと見定めて、都合のいいような解釈はしない。
「先輩?」
まさか彼からそのような言葉が出るとは思わなかったのだろう。動揺したように隣の松木刑事の顔を見る。
「参華咒という名前は知らない。が、心当たりはある。今回の事件よりも前に似たようなことがあったの、覚えてるか?」
「似たような......?」
「『淀駅で発見された変死体』ちょっと前にね......淀駅近くの桂川沿いで変死体が発見されたんだ。まぁ、あまり大きな声で言えないが、今回の様に無残な姿で殺されていた」
すこし目線を下げて瓔君を見つめる。確かにこの子の前で言うようなことではないだろう。
「明らかに化け物の様な歯形が付いていた。野生のイノシシなんかじゃない......が、捜査は途中で打ち切られ、この件は警察署の手から離れた」
顔の影が濃くなる。俺には彼が何を思っているのか分からないが、決して心地よいものでは無いのだけは分かる。
「上が言うには‟専門家”に任せたそうだ」
「専門家?」
ピンと来ていない後刻刑事が首をひねる。この人は随分と分かりやすい。
「それがこの子達の言う参華咒なんだろうな。その化け物も信じるとすれば『死蟲』だったんだろう。全く......信じる気にはならないのに、そう信じなければ合点のいかない点が多すぎる。夢でも見ているようだ......いや、悪夢か」
眼鏡を取り、鼻の付け根を抑え目を強く瞑る。
俺も多少気持ちは分かる。ありえない事の連続はどうしても信じられない。けれどこれは現実で、日常は今も流れている。
「じゃ、じゃあ!今回の件も、もしかしたらその参華咒ってのに奪われるんじゃ......」
「それで解決するならそれでもいいんだがな......」
裸眼で俺の方を見つめる松木刑事。どこか眉間に皺が寄っているのは何故だろう。
「この子たちの話に寄れば、そう手放しで迎えられるような奴らじゃない。勿論、一方の言い分を頭から信じるつもりもない......。だから、俺自身の目で確かめる」
「え?」
俺と後刻刑事の間の抜けた声が重なる。
「だから、俺たちも多少は手を貸そう。どちらも人の命が関わっているんだ。知っていて無視出来るような人間じゃないと『自分自身』を信じている。君たちの探し人、微力ながら手伝おう」
先ほどの険は消え失せ、店に入ってきたときの仏頂面に戻っていた。心なしか目じりが下がっている様に思えなくもない。この人は本当に表情が読みづらい。
「本当に......ありがとうございます。心強いです」
頭を下げて、手を握った。彼の掌はいくつもマメが潰れ分厚い皮膚に覆われていた。
「俺も、頑張って探すよ。君の大切な人、この子の姉を!」
後刻刑事の方から手を握ってきた。ぶんぶんとテーブルの上で何度も振られた。
「あ、ありがとうございます」
少しカラ回っているような気がしなくもないが......。
「――さて、君たちはもう宿に帰るべきだ。流石にこれ以上長居はさせられない。番号を交換しておこう。何かわかったら連絡をくれ。こちらも何か手がかりが掴めれば連絡する」
手帳に番号を書き記し、手渡してくれる。俺も電話番号を松木刑事の手帳に書く。
「瓔君......。君は、家に帰るのかい?」
俺はずっと聞きたかったことを漸く口にした。
そう。現状、瓔君は飛鳥井家に軟禁されている。
彼の汚れた姿を見れば一目で分かる。まともな生活をさせて貰えていないのだろう。
そもそも軟禁状態の彼がなぜ外に出ているのか。それは『協力者』のおかげだ。
彼と出会えたのもその協力者からの一方的な連絡によって。
――なぜ彼を開放しない?なぜわかっていて見過ごしている?
未だ見えない協力者に苛立ちが募る。こんな小さな子がこのような酷い目に合っていて、何故。挙げればキリがないから、気持ちを切り替え瓔君と向き合う。
「俺としたことが失念していた。そうだな......そりゃそうだ。君の言いたいことは分かる。こんな小さな子が......家に帰っても大丈夫なのか?親はどうしている?」
松木刑事が頭に手をやりながら言葉を吐く。皆、あまりに色々なことがあったから忘れていたんだ。この子がなぜここに一人でいるのかという当たり前の事に。
すると渦中の瓔君は、笑顔を見せた。その笑顔があまりに痛々しすぎて俺は先ほどまで浮かれていた事を強く恥じた。
「僕は......大丈夫です。友達もできたから。こうやっていろんな人とお話しできたから。大丈夫なんです」
ぎゅっとお腹に居座っていた花の蟲を抱える。奇怪な鳴き声をあげながら、すりすりと花弁が彼の頬に触れる。
「けどッ!君は今――」
思わず立ち上がろうとした俺を横で沈黙を保っていた阿南が止めた。
「この子が大丈夫ってんなら、大丈夫でしょ。ね!刑事さん!」
俺の方を向きもせず、松木刑事に対してそう言い放つ阿南。
「......あぁ、本人がそういうなら......大丈夫なんだろう」
まるで先ほどと人が変わったようにそう返事をする松木刑事。
どうしてだ。さっきまであんなに心配してたじゃないか。
結局俺たちはその場で解散することになった。
刑事の二人は署に一度戻るらしく、止めていた車の方へと向かって姿を消した。
瓔君も「ここからなら歩いて帰れます」と俺の心配を寄せ付けず足早に去っていった。
残された俺たちも宿泊先へと向かう。だが、その足取りはあまりに重かった。
「ちょっと川沿い、散歩しようぜ」
落ち込んでいた俺の肩を優しく叩き、阿南が提案した。俺は生返事でそれを返すと重たい足取りのまま、鴨川へと向かって行った。
* *
「何で......さっきまで皆心配していたのに......」
誰かに向けて言ったわけではないのだが、知らず口から零れていた。
「――あの店に、参華咒がいた」
先をゆく阿南が前を向きながらそう言った。
「......えっ?」
「きっと、ばれてたんだろうな。あの子が出歩いているの。んで尾行されてた」
「いつからだ?」
「さぁ......けど俺が気が付いたのは店に入ってしばらくした後。一人じゃなかった。多分、複数。殺気は感じなかったけど、嫌な目線が纏わりついてた」
たしかに途中から阿南は言葉数が少なくなって、静かになっていた。きっと腹が満たされて眠くなったんだろうと思っていたのだが......。
「あの刑事さん......松木さんか。分かってくれたみたいで良かった。あそこで変に拗らせてたら、この後多分あの人たち消されてた......と思う。素直に従ってくれてたから大丈夫だとは思うけど。後で念の為に連絡しておくか」
突然振り返りスマホを掲げる。暗闇で何も見えない中、やけにその画面が輝いて見えた。
「けど......あの子は賢いよ。あの子も分かっていたからああやって仏舞ったんだ。『大丈夫だ』って。本当は大丈夫じゃないのに」
「......」
――瓔君は分かっていたんだ。俺たちに危害が及ぶと。だから健気にも大丈夫と言って見せた。強引にも、孤独に。
濡れた風が川面を伝って顔を濡らす。この月明りはあまり綺麗に思えなかった。何故だろう。
虫が翅をこすり、音を奏でる。風が葉を揺らし、水面では魚が撥ねる。水と風と生物の音だ。
「俺......今すぐにでもあの子と我孫子を連れ出したいよ......」
周りの音に溶けて無くなりそうなほど、弱い声だ。
「あぁ......俺も、そう思った。けど、まだだ」
優しく、けれど力強く阿南が鴨川を見ながら返す。
「とりあえず、瓔君の顔を見れたんだ。今日は帰ろう」
「あぁ......」
阿南と並んで不明瞭な夜道を進んだ。




