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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第七十一話 供花はここに 一

今回から新章突入です。よろしくお願いします。

 京都府は左京区。洛北への玄関口として比叡電車の始発駅も存在し、賀茂御祖神社の自然豊かな風景と京都の街並みが混在する美しい景観である。



 大阪から繋がっている阪急電車の終点である出町柳(でまちやなぎ)駅から歩いて幾ばくもしない街路樹の根元で、一つの産声が上がった――。


――生まれ落ちていたのは、小さな蟲の子。


 懸命に産声を上げて、自身の誕生を周知に知らしめる。


 過ぎ去る人間は、気の早い蝉の声に迫る夏を想像し、幾分か額に汗を浮かべる。


 蝉の声にかき消され、周知の人間に認知されることの無い産声はしかし、確かにその声を聞き届けた人間が一人いた。


「……泣いているんだね。親がいないのかい?」

 齢十にも満たない痩せ細ったその人間は、目先の小さな蟲に同情を覚えていた。


「僕も泣きたいよ。泣き虫同士、仲良くなれるかな」


 照れ笑うように後頭部を小さく掻く。高価そうな服には泥がこびりついていた。その下の肌も薄く汚れが存在している。


 照りつける太陽に体温の上昇は止まることを知らず、一つの動作にも汗が流れ落ちる。


――少女の様な可憐さを持った少年は、蟲を抱きかかえると大事そうに体をくっつける。


 花を背負った小さな蟲と子供。


 道行く人の瞳には、花束を抱えた子供の姿にしか映らなかった。


「……君、名前は……無いんだね。僕がつけてあげるよ。そうだな……君の背中の花がとても綺麗だ。白木蓮(はくもくれん)の花に似ている……じゃあ君はハクだ。僕の名前は(しゅう)。よろしくね、ハク」


 (しゅう)と名乗る少年は、手にした蟲と目線を合わせるように抱き上げ、ハクと名付ける。


 泣くことを止めた小さな蟲――ハクは、名付け親を不思議そうな顔でまじまじと上から下まで見ると、安心したのか身体を小さく折りたたむ。


「そうすると、本当に花束にしか見えないね。ふふっ......これからどこへ行こうか?時間はたくさんあるんだ」


 長い髪を棚引かせ、少年は下鴨神社の方へと足を向ける。



 少年はこの日、掛け替えのない友を見つけた。そして、彼の日常はここで流転する。



* *



「先~輩!せーんぱーい!」


 出町柳駅からやや南下した鴨川に架かる賀茂大橋を渡る。目の前の今出川(いまでがわ)通りを十五分ほど歩いた先にあるファストフード店に、二人組の男が面を合わせ、一階窓際の席に腰を下ろしていた。


 近隣には府内有数の進学校や女子校などもあり、店内は若者で溢れかえっていた。十以上も年の離れた子供たちに囲まれ、京都府警察署刑事課の松木逸也(まつきいつや)は居心地の悪さに耐えかねていた。


「聞こえてるよ......後刻(ごこく)。なんだ、食い足りないのか」

 周囲のけたたましい笑い声にかき消されながらも、何とか目の前に座る同じく刑事課の後輩、後刻王異(ごこくおうい)に言葉を返す。


 後刻は一度目を大きく開くと、炭酸飲料の入ったコップで口を濡らし、周囲と同じぐらいの声量で会話を始める。


「や!お腹は膨れましたんで!それよりも......例の続き、どうしますか?」

 同じ刑事とは思えない程能天気な後刻に頭を痛めながら、松木は少し記憶を思い返す。



 事の発端は、数日前。

 府内各所で変死事件が相次いだ。連続殺人は確かに恐るべきものだが、長い歴史を振り返ればそう少なくはない。だが、警察署では今回の事件に皆頭を悩ませていた。


 理由は明白。死体の有様が我々の常識から乖離しすぎているからだ。


 最初の犠牲者と思われる死体は、神宮丸太(じんぐうまるた)駅のすぐ傍にある川のほとりで見つかった。


 女性と思われる死体は、無残にも身体を抉られ、所々腐敗していた。思われる、というのは性別が判断できないほどに死体が犯人に弄ばれていたからだ。


 顔は最も腐敗が進んでおり、体つきや千切れた衣服の端で上は女性と判断した。それほどまでに酷い有様だった。


 ここまで人の恨みを買うものなのか?という疑問が湧くほど、死体から怨嗟を感じられた。


 そして死体が見つかった翌日、今度は二条城の駐車場で男性の死体が発見された。


 今度も同じように全身を抉られ、所々が腐敗していた。

 その翌日も、そのまた翌日も、近隣で変死体が見つかった。


 至急、対策本部が立てられたが、あまりの惨劇にみな、気が滅入っていたのは事実。


 恨みというのは確かに恐ろしい。何がその人の琴線に触れるか分からないからだ。だが、これはあまりに常軌を逸している。口々に同僚が言っているのを松木は耳に挟んだ。


 見つかった変死体の総数は二十を超える。もしかしたら今なお見つかっていない人がいるかもしれない。



 そこで京都警察署では、人員をフル稼働し京都市内でパトロールを強化した。それが凡そ二日前の出来事だ。


 松木も後刻も今まさにパトロールの最中だ。とはいっても動けば腹もすく。ここ二日歩きっぱなしでろくに休憩もしていない。なので二人は目の付いたファストフード店で休息がてら腹を満たしている最中であった。




 後刻の言う「例の続き」というのはパトロールの事だ。


「数十の.....いや、もっといるか?警察がこの街を見て回っているんだ......もう少しここで休憩していても罰は当たらんだろ......それよりも、情報を整理しようか」


 休息と言いつつ、先の事を考える辺り松木は根っからの真面目気質だな、と後刻は顔を縦に振りながら思った。



「被害者の数は二十四、恐らくまだ発見されていない被害者もいるはずだ。死体には共通点があり......」


「全身をぐちゃぐちゃにかき混ぜられたような跡と腐敗した箇所が存在している......っすね」


 流石の後刻も周囲に気を使ったのか、声を抑えながら返答する。

 松木は静かに頷くと話を続けた。


「そうだ。加害者は恐らく被害者に対して強い恨みを抱いている......というのが上の見解らしいが」


 すこし言葉の詰まった松木に疑問を浮かべる。


「先輩は......そうじゃないんすか?」


「......ここまでの人数相手に殺す程の殺意を抱いたことが無いからな。とはいっても無差別かと言われると......」


「......どっちにしろ、普通じゃないっすね」

「あぁ......」




 周囲の盛り上がりに反して、二人の面持ちは深く暗いものへと移り変わる。

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