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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第六十一話 雨雲は彼の

 屋上に吹く風に、濃い黒が混じる。比喩ではなく、確かに黒が溶け込んでいた。


「――ヒサビサニハネヲヒロゲラレル」


 先ほどまで伊織の頭に佇んでいた烏が、言葉と共に翼を広げる。

 

 

「なんだぁ......?でかくなってんのかぁ?」

 得体のしれない動きに、土師ノはその場から下がり様子を伺う。


 少しずつではあるが、烏の全長が肥大している様にも見えた。


 二、三度羽ばたく仕草を見せると、遂に伊織の頭上から飛び立ち、勢いのまま上空へ。


「サテ......」

 十分な高度を保ち、土師ノへ向けて一直線で降下する。文字通り目に見えない速度で襲い来る黒い塊は、脳天を割りに襲いかかる。


「......吐故幽隠落(とこゆういんらく)!」

 まるで空気を掴むかのような仕草で、迎え撃つように両手を差し出す。

 手の先に触れるか否かの瀬戸際で、テーブルクロスを引っ張る様な仕草で両手を右側へ降ろす。


 すると、射出された黒い弾丸は習うように手の先へ狙いを逸らす。


「あぁ......?八咫烏(ヤタノカラス)が引っ張られた?」

 確実に仕留めるつもりだった伊織は怪訝な声を漏らし、その目を少しばかり開ける。


 狙いを逸らされたが勢いまでは落ちず、校舎の壁を削りながら校庭側へ烏は飛んで行った。



 攻撃を躱せたという安堵と慢心で、こみ上げる笑いが抑えきれない土師ノは悠々と今起こった現象を解説する。


「俺の呪いは何だって手にすることが出来る......!!」

 狂気に満ちた笑顔で止まらない鼻血を強引に拭う。


「俺は世界を手にすることが出来るんだ......相手の三半規管を手にして揺することで再起不能にもできるし、こうやって空気を掴んで数多の障害を退けることだって出来る!この力があるから俺は運命を握っているんじゃない......俺が運命を握って生まれてきたからこの力が発現したんだ......!」


 乾いた笑い声が、曇天の空に生まれ落ちた。ぽつぽつと細雨が屋上を濡らし始める。


 咥えた煙草の火が、降り始めた雨によって勢いを落とす。

「へぇ......高校生になってもまーだ世界が欲しいのかお前は」

 土師ノの演説に、真剣に聞く気が無いのか耳を掻きながら疑問を口にする伊織。

 自身の攻撃を防がれた動揺は微塵も感じられなかった。



「いいかい尸の先生。この世界は運命と金で構築されている。その半分を手に入れているんだ......つまり世界の半分は僕のものだ......まぁ、もう半分も追々手にすることになるだろうがね?」 

 首を掲げ、両手を広げる土師ノ。


「今僕は、どこへいこうか悩んでいる。参華咒(さんかじゅ)か、はたまた別か。どこだっていいんだ......目標が明確だから、道を踏み外すことは無い。完璧なコースは完璧な人生を演出する」


 屋上で一人酔いしれる土師ノに、身を遠ざけていた我孫子は得体のしれない恐怖に全身を苛まれていた。嫌悪ともとれるそれは、同じ人間から感じるものでは無いという確信があった。



「えっと......そうだ。彼、八夜千草。こいつは良い手土産になると思ってね......」

 振り返り、繭に手を向ける。


「六道校長の下に居たから、色々と知っているんだ......まぁ、もう頃合いかなぁ......」


 土師ノがパン、っと両手を叩くと、校舎全体から黒い染みが生まれる。


 ゆっくりと白を侵食し、染めあげる。僅かな時間で学校全域に大小様々な斑が出来た。


「......」 

 伊織はぐるりと視界を回す。至る所へできたその染みは中央から何かを吐き出す。


――それは、伊織が人生の中でもっとも命を刈り取った生物。


「死蟲!?」

 驚愕の声を漏らしたのは伊織ではなく、様子を伺っていた我孫子であった。


「まぁ、僕の吐故幽隠落(とこゆういんらく)は手にすることしか出来ない......が、僕らの吐故幽隠落は手にしたものを大事に保管するための力でもある。これもその一つさ」


 見ただけで視界が焼けそうになるほど毒々しい色の蝶、サッカーボールほどのダンゴ虫、人の姿を模した飛蝗、三メートルはゆうにある、全身を毛で覆われた哺乳類の様な何か。


 ざっと、視界に入っただけでも二十はくだらない。


 まさに地獄絵図だ、と我孫子は震えながら心に思った。同時に助からないと諦めがちらつく。


「んふ......あっは......あはははは!どーだいこれは!僕のコレクションは!」

 腹を抱え、光景を指さす土師ノ。


「さぁ!生徒会の奴らはどうするかな!まぁ戦うだろうね!でないと死んでしまうから!けど先生はどうするんですか!生徒たちを放ったままでいいんですかぁ!助けに行かなくていいんですかぁ!!!まぁ!助けに行っている間、僕はこの繭を奪って消えますけど!二者択一だ!」


 土師ノは、声に出しながら、違和感を抱いていた。





――なぜ先ほどから反応をみせない?なぜ、動揺しない?


 大袈裟なまでのこのポーズは自身の無さの表れでもあった。追いつめているのはこちらの筈なのに、どうしてこうも安心できない?


 半円を作る下卑た眼差しのまま、伊織を見る。


 伊織はというと、濡れてしけってしまった煙草を捨て、新しいものと取り換えている最中であった。



――おかしい、なぜ慌てない?


 ついに我慢ならなくなった土師ノは本人に問いただす形で安堵を得ようとした。


「......なぜ、そう平気でいられる?この数の死蟲だぞ?生徒たちがまた死ぬぞ?」



 火のついた煙草を一息で吸い込むと、ため息の様な大きな吐息と共に煙を吐き出し、返答する。



「俺と違ってあいつらはそんなやわじゃねぇよ」








 校庭のどこかから、一人の女生徒の声が聞こえる。その声の主に、土師ノは心当たりがあった。



「ーー芙拖口(ふたくち)


 校庭の湿った土に幾重もの口が張り付いていた。頭上を通る獲物を食い散らかし、地に足を着けることが叶わなくなった生物は皆、彼女の目の前で膝をつく。


「あれは......」



 今度は、別棟の校舎から熱を感じる。身の内を焦がされるような錯覚を覚えつつ、そちらに目をやる。


赫至赫灼(かくちかくしゃく)

 かすかに見える廊下に、熱を背負う一人の男――阿南対馬――が、跋扈している数多の死蟲に手を翳し、消し炭にしている。




 その傍らで熱を吹き飛ばすような白い閃光が瞬く。一閃の白い輝きが、数歩先のダンゴ虫を光に包み、跡形もなく消し飛ばした。


索冥(さくめい)



 解説するように、丕業の名を口にする伊織。


 確実に死蟲がその数を急激に減らしているのが分かった。土師ノの影から生み出した傍からかき消される。



「馬鹿な......この数を相手に......たった数人で......しかもあいつらは皆手負いじゃないか......」

 土師ノの声が震える様にうわずる。



「だからぁ、言ってんだろ?あいつらはやわじゃねーって。寧ろ俺の方が心配されるぐれぇだよ......つくづく教師失格だな俺は」

 どこか、嬉しそうだった。誇らしげに顔を上げている。



「まどろっこしい事してんじゃねーよどっちつかずの半端野郎。正面から来い」

 抜いた鉄鎚が薄い雲から漏れ出す陽を一条反射する。


「舐めやがって舐めやがって......!!」



 怒りに染まり、周りに意識を向けることなく伊織の元へ駆ける土師ノ。


 水分を含んだ足音が、小刻みに起こり、あと数歩という所まで迫る。



「お前......自分の丕業の長所を殺してどうすんだよ」

 背後から、無音で深闇の弾が土師ノを貫く。


「あが......ッッ!!??」

 

「――オレノコトワスレンナヨ」

 身体を貫いた弾丸は身に掛かる血を振り払うよう回転させ、伊織の頭上へ戻る。


 ビチャリ。血液が止めどなく流れる状態で、土師ノは身体を雨水が滴る屋上へ押し付けた。


「カハッ......ァ」

 微かに息が漏れる音が伊織の耳に届く。


「僕は......僕らは......俺は......六道......」








「ふぅ......はぁ......」

 煙を吐くと同時、ため息も漏れた。手にした鉄鎚が異様に重く感じ、動くことすら億劫に思えた。



 霧雨の様だった雨が勢いを増し、曝される人間の皮膚を強く打つ。

 伊織の胸中はこの灰色の空同様、言い知れない感情が蔓延っていた。


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