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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第五十七話 混淆


 複数人の足が、ぬかるんだ地面を叩く音が木霊する。雨をはらんだ空気がその場を漂い、行く人の足を自然重くする。


「おい!大御門君!あっちにいったぞ......ってあぁ!また歩いている!?しっかりとついてくるんだ!早く!」

 灰色に塗りたくられた雨雲を裂くように、快活な声が辺りに響き渡る。



 尸高校から数キロ離れた林の中で、三人の高校生が跳ね返る泥を気にせず何かを追いかけていた。


 アスファルトで塗装されていない剥き出しの地面は、降り始めた雨を吸い、独特な匂いをまき散らす。どこか哀愁を漂わせる匂いにつられ、一人の生徒が、僅かながら動かしていた足をとうとう止めてしまった。



「すんませんっす......辰巳先輩。俺は......もうダメだ......最期に......巴会長の下着を見たかったな......」


「まだ走り出したばかりだろう!?というか遺言が最低だな君は」


 足を止めた一人の生徒。大御門と呼ばれた彼は、お世辞にも綺麗に手入れされているとは言い難い、ぼさぼさの頭をくしゃりと雨でもみ込みながら尻を地面につける。濡れることも厭わないとでもいうように堂々と、林道の真ん中で荒くなった息を整える。



「全く......わかった、君はそこで休んでいたまえ。あいつの後は俺とフーロで追いかける」

 微動だにしない大御門に痺れを切らし、一度立ち止まった足を再度目標に向ける。



(雨と木々のせいで視界は不明瞭。おまけに道はぬかるんでいて思ったより速度が出ない。あと一歩なんだが......)


 遠い先に、動く影を捕らえてはいるが、どう見ても林の中を突き進んでいる。まともに進めばそのうち見失ってしまうことは自明の理。辰巳はどう動くべきか早急に判断を迫られる。



「ってあれぇ!?フーロは!?あいつもどこかへ消えた!?」

 先程まで後ろをついて走っていたもう一人の人物も姿を消したことに気が付き、一抹の不安と孤独が辰巳を襲う。


(って、ダメだダメだ!俺一人でも遂行せねば!)

 逸る気持ちのまま足を踏み出したものの、踏みしめた先は濡れた葉が幾重にも重なっており、全体重をかけたその勢いは真横へと受け流される。




(あれぇーー!!?)

 後輩と同級生の女子を前に、情けない声を出すものか、と何とか喉元で堪えたものの、身体は既に宙を舞っており、後はただ自由落下に身を任す他は無かった。



 グシャリッと痛々しい音が林の中で聞こえる。幸か不幸か彼が心配している二人はその一部始終を一切視界には入れておらず、ただただひとりで盛大にこけた。




 







「あぁー......フーロ先輩。もう少し右側っす......えぇ、そうその大きな木の根元、目標がいます」


 先ほどの位置から全く動かずにいた大御門はスマホを取り出し、誰かと連絡を取り合っていた。そんな彼の片隅には三つほど、小さな紙で織られたと思われる鶴が地面でその身を震わせている。


「辰巳先輩がさっきから動かないんすけど......あぁまたいつものアレっすかね......良いんじゃないっすか?フーロ先輩に任せます。はい、それじゃ」



 通話を切ると、後頭部を手でガシガシと掻き、大きな欠伸と共に喉を震わせた。


「ふぁあーあ......澱神(おりがみ)(てい)】解っと」


 言葉を口にした途端、傍にあった鶴は瞬く間に千々となり、灰色をした空気に飲み込まれるように姿を消した。



 大御門から数メートル先、広大に生い茂った草むらから伸びる一本の大きな木の辺りから、数発の発砲音が聞こえた。拳銃とは違うが、何かが射出された音。その音が大御門の耳に入ってから数秒後、ポケットにしまったスマホが震えた。取り出し、画面を確認する。


 普段連絡用に使っているチャット形式のアプリが、受信した内容を画面に映し出していた。



「フーロ先輩流石っす......ってか絵文字多ッ......しかも大半どうでもいい絵文字......」

 先ほど連絡を取り合っていた人物から、大御門と辰巳に向けて討伐が完了したとチャットで送られていた。


「いやいや......絶対死蟲殺す時間よりメッセ送る時間の方が長いでしょこれ......」


「やったョ!」の文字とそれを飾る夥しいほどのきらびやかな謎の象形文字が、大御門の目に入り込む。様々な人間の表情を抽象化し、各々勝手に動き出している。更にそれが何行にも渡って行進している。一瞬、自分が気でも狂ったのかと大御門は考えたが、このやり取りもそう珍しい事ではないので「っす」とだけ短く返すと、未だ受信し続けているスマホをポケットにしまう。



「辰巳先輩は、さっき見た感じだとこの辺り......あぁ......やっぱり」

 重たい腰をあげ、林の中を進んでいくと安らかな顔で横たわっている辰巳を見つけた。


 

「辰巳せんぱーい......もう終わりましたよ......フーロ先輩がやってくれました」

 気だるげに辰巳の肩を揺らす大御門。その動作からは労わりは微塵も見受けられない。物憂げにガクガクと力任せに揺すっていると、漸く目を覚ましたのか辺りを伺いながら辰巳が声を出す。



「あれ......俺は一体......そうだ!死蟲は!フーロは!?大御門は!?」

「俺はここっす......ついでに死蟲はフーロ先輩が。やっとノルマクリアっす、はやく帰りましょうよ」


「なに!?それじゃあ俺は何もしてないじゃないか!」

「いつもの事じゃないっすか」

 自然、大御門の声音に棘が含まれる。


 張りきった傍から失敗してしまうのはいつもの事なので、大御門は辰巳の失敗について今更どうこう追及する気はないが、彼自身はそうでは無いようで、深く自責の念に駆られていた。


「あぁ......まただ。また俺は失敗してしまった......ダメなんだ、緊張してしまうというか、カラ回ってしまうというか......あぁ」


「どっちかというと失敗よりも、毎度毎度そう落ち込まれる方がめんどいんすけどね」

「鬼か君は!」

 

 細雨に曝され、僅かずつではあるが制服に水分が与えられ始めた頃、益体のない漫才を繰り広げていた二人の元に、死蟲を屠った人物が合流する。


「あっれ~どしたん?二人ともテンション低いね?」


 先ほど銃声が聞こえた方角から現れた人物は、黒を基調とした尸高校の制服に映える、白に近い金を頭髪に宿し、緩やかなウェーブが歩幅に合わせ、押し寄せる雨粒を軽やかに返す。撥ねる滴と同じように耳元の大量のピアスが光を反射させる。その傍で時折覗く紫のインナーカラーが、膨張しつつある髪色を引き締めていた。




「あぁ、フーロ先輩。お疲れさまっす。辰巳先輩のいつもの()()っすよ」

 軽く手をあげ、互いの労をねぎらうとすぐさま辰巳の方へと目線を寄越す大御門。「アレ」だけで伝わる様に、二人にとってこの光景は当たり前となっていた。



「あちゃー。またやっちゃったカンジ?そんなに気にしなくていいのにねー」

 膝を抱えて丸くなる辰巳と目線を合わせる様に自身もしゃがみ、頭に散らばる落ち葉や土を丁寧に取り除く。自身が汚れることは欠片も気にする素振りは無く、そこには純粋な優しさのみが存在していた。


「(もう少しでフーロ先輩の下着、見えそうなんだけどなぁ)とりあえず、さっさと教頭に連絡入れましょうよ。そろそろ学校に戻らないと俺次のテストやばいんすよ」


 雑念を決して顔には出さずに、けれど欲望に忠実な大御門は話をする建前で二人と対面するように腰をおろし、連絡を催促する。


「んー?そろぼち夏休みじゃん?このままきょーとーせんせにお願いして休みにしない?」

 名案を思い付いたかのように大きく丸い翠色の目を更に開き、同意を周りに求めるが、どうやら乗り気ではないらしく賛成の声は上がらない。



「あぁ......六本腕の時も俺がミスをして逃げられ......今回の猿も肝心な時に気絶して......」


「はぁ......めんどく、手がかかるっすね......おっと連絡が」

 先ほどポケットに入れたスマホが大きく揺れる。


「誰だ......って観月先輩からだ。えぇと......」

「つっきー?」


 

 スマホを眺めていた大御門が、画面に食い入るように目を見開く。その表情がただならぬものであると気が付く辰巳と風露。一転して気を引き締めた表情を取り戻した辰巳が尚も険しい顔の大御門に声をかける。


「どうした、観月からといったな?学校で何かあったのではないか?あいつから連絡を寄越すのはそう日常的ではないからな」



「っす......詳しいことは書かれてないっすけど、至急学校に戻ってこいって」


 不穏な予感が生まれた。前回の死蟲の侵入からそう日は経っていない。暫く三人は学校を離れていたが、今、仲間が窮地に陥っているのではないか、という不確定の不安が大きく膨らむ。


 背筋に冷たい氷を当てられたよな緊張感が三人を支配する。その支配から一番に抜け出したのは先ほどまで失敗に腐っていた辰巳であった。


「大御門君は澱神(おりがみ)でここから学校までの最短ルートを割り出せ。フーロ、ルートが判明したらお前の丕業で障害物を消せ。生憎の雨だ、ぬかるんだ地面も少し削れ!その線上を全力で駆ける!いいな!」


 ここ一番の頼もしさは他の追随を許しはしない。この事は大御門にも風露にも確信があった。余計な返事はせず、ただ指示された行動に素早く移る。それが間違いなく、正しい事だと二人には理解できていた。



「さて、久々の学校だ。期待の一年生はどんな奴らだろうな」


 稀代の彫刻家が生涯をかけて生み出した渾身の作品を思わせるような黄金比を伴った顔を、泥にまみれて尚も美しさと精悍さを兼ね備えた表情で脚色し、尸高校への最短ルートを駆ける辰巳。足取りには先ほど失われていた自信が満ち溢れていた。








 


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