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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第五十四話 咀嚼と英華

 体育館の中央から入り口に向けて目をやると、一人の生徒の姿が目に留まる。一歩、また一歩とゆっくりとこちらへ向けて歩を進めている。


「初めまして、私は 巴 古美(ともえ こみ)。あなたの言う通り、この学校の生徒会で会長を務めているわ」

 肩にかかる髪を一度手で払うと、品の良い笑顔を向ける。


 気が付けば、互いの距離は三メートル程まで縮んでいた。


「その生徒会長さんが、僕に何用で?」


 すると、古美は可笑しかったのか、くつくつと口を手で覆いながら笑った。


「今ね、周防君......あぁ、うちの副会長がこの学校を丕業で覆っているの。彼の丕業の中で動けるのは彼が許可したモノと、同じく丕業を持つ者だけ。つまりね」


 すっと、人差し指をそのきめの細かい白い頬にあてる。


「今、学校で当たり前の様に動いている者は、敵か味方しかいない。勿論、そこで朽ち果ててる死体もそう。だから、私はただ二択を当てはめるだけ。あなたも、その死体も敵よ」

 酷く冷めた笑顔を張り付け、そう口にする古美。


「へぇ」

 返すガスマスクの下から洩れる声もまた、冷え切っていた。


「ちょっと、そこ退いてくれない?僕今から帰らなきゃならないんだ。これ以上は時間の無駄だしね」

 


「そうね、私も時間は惜しいわ」

 そう口にしたものの、動く様子は微塵も感じない。

 

「さっさと退けよ!」

 業を煮やし、声を荒げると即座に古美の足元まで駆け寄り、低い姿勢のまま足を上げ、顎に向かって蹴りを放つ。


「――だから、さっさと終わらせましょう」

 

 古美の言葉が耳に届くと同時、蹴り上げた右足の先が、削られた。次いで襲い来る痛みと全細胞からの警鐘。


「ギャァ......あぁぁああああ!!!!」


 なんでなんでなんでなんで!!!イタイイタイイタイイタイ!


 削られた先を見る事すら嫌になる。見ても見なくても身体の欠損は変わらないというのに、どうしても受け入れられそうにない。ガスマスクの中が荒れた息で曇る。

 意を決して右足を見てみるが、やはりそこにあるはずの指は存在せず、ブーツ諸共この世から消え失せていた。切られたのではない、削り取られた。傷口はとてもじゃないが鋭利な刃物で切り取られた断面をしていない。かといって鑢にかけたように抉れているわけではない。


 バランスを崩し、ドサッとその場で伏してしまう。急いで離れなければ命の保証はないと全身が警鐘を鳴らしているのに、全身が動くことを拒んでいる。



「てめぇぇえ!!なぁにしやがったぁぁぁ!!」

 辛うじて動かせたのは喉。吐き出す筈の息が喉を逆流しそれすらも危ういというのに、怒りが、痛みがそれ以外を許してはくれない。


「あら、女の子があまりそういう言葉を使わない方が良いわよ?」

 眼前で見下ろす古美は落ち着いた様子でそう言った。


 痛さも未だ継続し、恐怖も生まれていた。しかし、それよりも大きな疑問が心中を塗り替えた。



「......てめぇなんで!僕が女だってわかった!」

 スゥっと目を細め、未だ見下ろしたままの眼前の女が優雅に舌を出す。まるで今から飲み込まれるような錯覚すら覚える。蛇だ。この女は悪辣な蛇だと、痛みが脳裏に囁く。


「だってあなたの血、女の味がしたもの。歳は私たちと同じくらい?身長があるから見た時は男かと思ってたわ」


 舌なめずりは続く。薄桜色の流線形をした唇が妙に艶めかしく光を返す。舌は血を彷彿とさせる血色のいい色で彩られ、右往左往と別の生き物の様に這いずる。


 その光景に暫く見惚れてしまった。未だ右足から止めどなく血は溢れ、息も絶え絶えだというのに、眼球が縫い付けられたかのように視線を逸らすことを拒んだ。




「けど......人の味だけじゃなかった......あなた、六本腕みたいに人から死蟲へと変わったの?」


 古美の言葉で意識を取り戻した錆び付きは、現状では太刀打ちできない事を素直に認める。



「ハァ、ハァ......僕は探し物を見つけなくちゃいけないんだ......。ここには居ない様だから、亡様の所へ早く帰らなくちゃ......。あの腐れヤブ医者に早く治してもらわないと......」


 自身に言い聞かせる様に、籠ったガスマスクの下で声をくぐもらす。



 まるで、ここから安全に命を保ったまま出られるともとれるその独り言に、古美は小さな不満を抱く。


「生徒会会長として、見逃すわけはないわ」


 すると、少しずつその場から這い出ていこうとしていた錆び付きの辺りの床が無数に裂けた。


 裂けたように見えたそれは一つ一つが人間の口を模しており、口に触れていた錆び付きの身体が、先ほど失った右足の先の様に食いちぎられた。


「はぎゃっ!あ!ぅン!」

 口一つ一つはそこまで大きくはないが、あまりに多すぎる数に少しずつ身体が食い破られてゆく。


 食いちぎられる勢いで横に逸れても、まるで獰猛な猟犬の様に口は床を移動し、確実にその身を食い破ろうと襲い掛かる。開いては、閉じて、閉じた先から新たな口が開かれる。


 ただただ地に伏すばかりで立ち上がれない。一方の口から逃れてもまた別の口が。力を使おうにもその隙間すら見当たらない。あまりにも格が違った。先ほどの男なんてこの女に比べれば羽虫にすら劣るであろう。



――全身が、命が、食い尽くされようとしている。あまりに全身が痛むものだから、もう痛みとは何かを忘れた。頭の中では大切なあの人の姿だけが、鮮明に残っていた。それだけは食われたくない。食われるわけにはいかない。


「アァァァァァ」

 あの人を思うと、不思議な気持ちになれる。絶望と失望の色をした希望。とうに心は錆び付いている。


 

「あなた......どこに向かって......!?」

 古美は一つの失態を犯した。それは、錆び付きがもはや人の身体ではないという事実を分かっていなかった事、いや、先ほど口にした血肉でわかってはいたが、理解していなかった。



(しまった!まさかあの死体を!)


 食い千切られながら錆び付きが走り出す。踏み出す床には口が待ち構えていたが、わき目も振らず最短で駆ける。


 足先から徐々に削られる。既に太ももの辺りまで削られていたが、確かに走っていた。

 もはや足と呼べるものは無くなっている。辛うじて二足歩行を演じている。掴まり立ちを覚えた幼子が寄る辺もなく立たされた状況に酷似していた。ふらふらと、だが確実に目的の元へと近づいている。




「クッッそがぁ!!死ね死ね死ね!死ね!」

 辛くも命を繋ぎながら、死体の元へたどり着くと、ぴくりとも動かない黒い男の死体に手を伸ばす。


 死体の顔を右手でわし掴むと、残された力を最速で絞り出す。


「あはははははははは!!!間に合った!」

 掴んでいた男の顔から、幾重もの花が咲く。紫を模した小さな花は、けれど確かに男を栄養とし成長を促す。


 ズルズルと辺りに伸び散らかす。死体を中心に放射線状に根を伸ばし、不気味な花畑を瞬時に作り出した。四、五本ほど、生い茂る根と葉をかき分け古美に向かって花が頭を向ける。


 すると細い針の様な花弁が、一斉に彼女へ向かい弾丸の様に射出される。数百の死の弾がありえない速度で放たれた。


「こいつはもう死んでるからね、これっぽっちしか咲かなかったけど、十分だ!一発でも当たればお前は錆び付いて死ぬ!はやく死ね!」


 まるでショットガンの様に、線ではなく面での攻撃に、古美は成す術もなくその身を曝した。



「うッ......く」

 咄嗟の事と、近距離からの広範囲攻撃に、一手遅れた古美は全身を小さな弾丸で埋め尽くされる。


「当たるよなァ!この距離と範囲でなら躱せないよねェ!後はじわじわ全身が錆び付くだけだ!あ、あはは、あはははははは」






「――これ、下品だからあまり使いたくないのよね」

 


 全身を打たれてなお平然と立ち続ける古美が、気だるげに息を吐いた。

 すると、全身のあらゆる皮膚の上から先ほど地面に開いていた口と同じような穴が開く。

 突き刺さっていた花弁の下に穴が生まれる。そして、美味い食べ物でも運ぶように口腔に放ると咀嚼を始め、飲み込んだ。それが同時に全身で行われていた。


 むしゃむしゃ、むしゃむしゃと二人しかいるはずのない体育館に多量の咀嚼音が木霊する。


「はは......は......え?」

 古美に攻撃を放った本人が訳も分からず、ただ疑問の言葉を漏らす。

 確かに殺せるはずだった。足を失ってまで得た好機。それを容易くねじ伏せられた。


 目の前の現状が受け入れられなかった。悪夢の様だ。全身が裂けて夥しいほどの口が今自身が放った花を、死の花を余すことなく平らげたのだから。全身に口を侍らせる何かが目の前で存在している。理解が追い付かない。



「ふぅ、御馳走様......といきたいところだけど、やっぱりデザートは欲しいわよね?女心としては」


 そういうと、古美は左腕をガスマスクに向ける。掌には先ほどと同じように小さな口がいくつも顔を覗かせていた。


 グッと、掌を握る。すると、その掌の延長線上にあったガスマスクの左肩が幾つもの歯形を残しつつ抉られた。



「アぁッッ!!??」

 必死に飛び出す血を抑えようとするが、傷が深く、抑える手をただただ赤く染めるだけであった。


 もう本当に、ここで終わるかもしれないと諦めが血に染まる、その時。




「ちょーっと待って!ね!ね!」


 この場に似つかわしくない、底抜けに明るい声が、文字通り死体の影から這い出てきた。






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