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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第五十二話 過去づくり

「お前の手で天を衝く、と。随分と大層な妄言を吐くものだな」

 六道の胸辺りからまるでその身体を貫いたかのように一本の黒腕が生える。


 こちらを挑発しているつもりなのか、幼子を手招くように動かす。そして緩やかにその腕からまた別の腕が生える。その始まりの腕を起点に幾重にも幾重にも生まれ落ちる。

 さながら花弁を束ねる蕾の様に、六道の前に黒い腕が密集した薔薇が咲いた。


 随分と悪趣味な花だ。事ここにおいて黒薔薇とは――。


 沸き立つ感情を制し、ただ俺は向けた右腕にだけ意識を集める。




赫檄せきげき


 俺の言葉に呼応するかのように、右腕から橙を纏う一閃が放たれた。


 俺の腕から離れた赫檄は迷いなく、黒薔薇の中心に当たる。

 一枚、また一枚とそれこそ花弁の様に黒い腕が剥がれ、地に伏す。だが、その腕が全て落ちきる様子はなく、それどころか逆にこちらの赫檄の勢いが削がれている様にも見える。



「赫檄......。こんなものを私に使うとはな。いったい誰がこの術をお前に授けた?忘れたわけではあるまい。無意味な行動に時を費やすな」


 失望を隠さず、小さなため息とともに六道は肩口から新たな腕を生み出し、勢いの落ちた赫檄を掴む。


「この技はお前の憎悪を反映していない失敗作だ。赫至赫灼の長所はその憎悪と共に膨れ上がる熱だ。この技にはそれが伴っていない。故に失敗作。こんなもの二度と使うな」

 言葉を紡ぎながら凄む六道。


 弱っていたとは言え、あの【鬼】を一撃で仕留めたこの力を、そこいらに舞う羽虫を払うように気負うことなく振り払った。



 俺は、一つの深呼吸をし、臆することなく口を開いた。


「いいや、俺はこの技を気に入っている。理由は簡単。あんたが嫌っているからだ。これはただの嫌がらだ」


 面白くないものを見る様に目から力を抜き、呆れたようにかぶりを振る。


「いつからそこまで幼くなった」

「あんたと出会ったあの日から!」


 わき目もふらず、ただ一直線に奴の所まで駆ける。この際奴が触れているであろう椅子や机なんか気にしてもしょうがない。


「まさしく赤子の手を捻るものだ」

 残った黒薔薇の手からこちらを迎え撃つべく新たな手が中心から生える。掌が掌を生む。気が付けばその黒腕は眼前に迫っていた。


 俺は伸びてくる腕を掴み、強引に引き寄せた。この腕は全て一点から放たれている。それは奴自身の身体。なら、この腕を引くという事は、奴自身のバランスを崩すことにつながる。


 光を完全に吸収する黒腕と、黒曜石の様に鋭利に光を反射させる俺の腕。異なる黒を纏う腕が部屋の中心でもつれる。


 引き寄せられた勢いは後方の腕へと伝い、黒い薔薇を揺らす。そして次に奴の上半身を。


「ぐッ!」

 勿論この程度で奴が転げ落ちるとは微塵も思ってもいない。少しだけ奴の視線を逸らせればいい。


「白間!」


 俺の考えが伝わっているのか、そうでないのか分からなかったが、強く地面を叩く音が響いた。


 白い稲妻が地を這う蛇の様に奴の足元へ集い、地から天へ爆風がこみ上げる。




「地に足つかねーで過ごせる人間がこの世にいるか?いねーよな!」

 調子に乗った白間が続けざまに三度、四度と足を踏み鳴らし、その度に白線が迸る。

 床は既に原型を留めておらず、瓦礫や机の残骸といったものが六道の元に跋扈している。



「ちょ、おい白間やり過ぎだ!この学校を潰す気か!」


 間をおいて「あ」という気の抜けた音と共に爆風が凪いだ。


 灰色の煙と、打ち上げられた礫が暗幕の様に六道を包んでいた。


 俺はこの程度で奴が死んだとは到底思えない。手負いになったとして、どうせその姿を眩ますだけだろう、と自身の問答に終止符を打とうとした時――。




「地に足を着けず過ごす人間はいない、という問いに答えよう。是、だ。だがそれは何も足でなくとも良いというのであれば、例外はあるのではないかな?白間慶仁君」


 晴れた暗幕の奥。その影だけが歪な形を保ったまま存在していた。


「んなぁ!?ありかよソレ!」

 頭の悪そうな驚愕の台詞を俺の代わりに白間が代弁してくれた。

 だが俺の心にある言葉も違わず「それはアリなのか」だ。


 地面から生えた無数の腕が、六道の腰から生えた無数の手と繋ぎ合い、疑似的に空中に浮かんでいた。さながら骨子のあるボールに半身浸かっているような有様。


 白間の丕業が炸裂するよりもわずかに早く、接点である脚を浮かし、衝撃を緩和させたのだ。だが、全くの無傷というわけでもなさそうだ。よくよく見てみると、所々に飛翔した礫などで怪我を負っている。


「私はこの学校に在籍している生徒、教師の丕業は全て把握していてね。まぁ例外もいるがこの際はいい。白間君、君の【索冥さくめい】は地にその丕業を巡らせ、迸った先を起爆させる力がある。私の記憶ではここまで器用に狙った先へと攻撃できるモノではなかった。少々冷や汗をかいたよ......成長しているんだね。尸高校の校長として素直に感心したよ。生徒会での仕事が君を成長させていたのか。実に喜ばしい」


 拍手こそしなかったが、本当に喜んでいるのが俺には分かった。

 当の本人の白間は呆然自失とした様相ではあるが......。


「それに比べ」

 六道が俺の方へと顔を向ける。


「対馬、お前はここに来てから成長を見せない。いや、中学時代の方がまだ覇気があったようにすら思う。残念だ。姉の事は、ここでの産湯の如し生活の中で霞と消えたか」



 先ほどまでの轟音とは打って変わって、物音一つとしてしないこの部屋で、俺はここでの生活を振り返っていた。




 なるほど、確かに素晴らしい生活だった。偽りの阿南対馬も、偽りの仮面の下にある阿南対馬も、両方が納得をしていた。あぁ、楽しかった。なんでもない日常が、偽り続けた日常が、俺の選択した末の結末なのだから。


 俺の姉への思いは、この手を見なくても、分かっていた。俺はこの手を憎んでいた。引き千切りたい、噛み砕きたい。焼き切りたい。


 けど、それも千草に出会って、変わった。


 あいつは言った。この憎悪も後悔も俺自身が納得する他ない、とーー。



 だから、俺がこの八夜千草という人間の結末に納得いっていないんだ。あいつはここで誰かの手で切り取られる人間ではないと、俺自身が納得いっていない。



 俺のこの手で、一発殴る。


 元凶の六道も。どこかに潜んでいる千草も。俺が、俺自身が納得する為に。



 心は晴れやかだった。ヘドロの様に臓腑にこびり付いていた何かがこそげ落ちていた。


「俺は、あの日手を離した俺自身の腕を憎んだ。けど、俺の行動までは憎んじゃいない。あの時の俺には力が無かった。ただそれだけだ」


「お前の姉とここでの生活のどちらが大切なんだ」


 試す様に六道は言う。残念ながら六道の納得するような言葉は返せないと知りながら、俺は答える。


「どちらもだ。姉を救い出すこともこの日常を守ることも、偽りの日々もそうでない日々も。だからこそ俺は!」


 ――俺は決意しなければならない。


 姉を救うための力をつける。大切な人間を手放さない力を。俺が納得しているこの日常も非日常も須らく手放すことのない力を!



 あの日の憎悪とは一旦お別れだ。この手に込めるべく代償は――。


「斯くてこの血は赫に至る【赫至赫灼かくちかくしゃく】」


 ――俺自身だ。

 








(これ以上あなたの手を傷めないで)


 甘い声がする。随分と懐かしい耳心地だ。


(私、あの時あなたに手を牽かれたことに感謝してるの。だから、私が好きなこの手をあなた自身が嫌いにならないで)


 薊が好きだと言ってくれた、この手を俺は、肯定する。きっと誰も肯定してくれないけれど、俺は肯定する。貴方を肯定するために。

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