第五十一話 天を衝く 二
入学式が終わると俺は誰よりも早く自身の教室に足を踏み入れた。これからやって来る同級生達と仲良くなる必要があったからだ。
扉を開け、入ってくるたびに声をかける。その時の返事や目線、台詞なんかでどのようなグループに所属する人間なのかを見極めた。
俺はこのクラスのカーストで上位に居なければならない。人当たり良く誰とも分け隔てることのないクラスの中心的人物が理想だった。そうすれば八夜千草と仲良くなっても、彼自身から不審がられることもないだろうという打算があった。
「初めまして、俺は阿南対馬!これから一年よろしく!」
その声に様々な反応を示す。愛想よく返事をする奴、聞き取れるギリギリの声量で何とか返事する奴、笑っているがこちらを見ない奴。逆にこちらより先に声をかけてくる奴もいた。
こうしてみると、このクラスには丕業を持った人間はいそうにない。
「おっと、初めまして。俺は阿南対馬よろしく!」
「ぁえと......通吟常です。どうも」
いや、一人いた。
通という苗字には心当たりがあった。ならこいつは丕業を持っているかもしれない。
そうこうしていると既に教室には半分以上の生徒が自身の机に座っていた。肝心の八夜はまだ、その姿を見せていない。
教室の入り口でスマホを弄りながら数分時間を潰していると、扉を隔てた廊下側に人の気配を感じ取った。しかし、扉を開けることを躊躇っているのか入ってこようとしない。
じれったく思いつつ、その人物が扉を開くのを待っていると、弱弱しくその扉が開かれた。
写真で見るよりもその特徴的な灰色は悪目立ちしていた。咄嗟の事で、自己紹介を忘れずについつい口に出てしまった。
「うぉーすげぇ髪!目!......それ自分で染めたのか?目はカラコン?」
何とか初対面のような感想を口に述べたが、考えていた言葉と違うものが飛び出してしまった。
八夜はぶっきらぼうにそれを否定した。癖なのか、右前の灰色をした髪を手でいじりながら。
急いで自分の自己紹介をすると、八夜は自身の名をただ告げた。
俺は用が済んだので急いで校長室へと向かった。
「早速、八夜と接触したよ」
六道は黒い厳かな椅子に深く腰を置き、テーブルに肘をつきながら俺の報告を聞いていた。
「それで、印象はどうだ?」
「そうだな......あまり覇気のない人間の様に見えた。いや、他人との関わり合いを避けている様にも見えたな」
ゆっくりと椅子の背もたれに体重をかけ、何かを考え込む六道。きっとその頭の中ではどういう風に死蟲と遭遇させるのかプランを練っているのだろう。
「そういえば、この八夜という生徒、昨神市の病院に姉が入院しているらしい。これを使うか」
瞬間、虫唾が走った。顔には腐っても出さなかったが、俺の腸は瞬く間に煮えくり返る。
「それは、いらない被害を出すだけだ。やめてくれ」
人として当たり前の判断を下したように、俺は努めて冷静にそう答えた。六道は少しの間目を細めると、すぐにその視線を手元の書類に移しながら喉を震わせる。
「冗談だ。そもそも私には狙った場所に狙った時間で死蟲をおびき寄せる術はない。だが、そうだな......一先ずこの件は保留にしておこう。お前も、学業に励め」
「信じて良いんだな?その言葉を」
「諄いぞ。教室へ戻れ」
俺は納得できなかったがこれ以上は無益と知り、教室へと足を向けた。
だから、俺は気が付かなかった。この後六道が何者かと会話していたことを。
「確かに私には死蟲をおびき寄せる術はない。だが、持ち運べないとは言ってはいない。青いな対馬......。あぁ、土師ノ君。君には申し訳ないがもうひと働きしてもらいたい。そうだ。その死蟲を君に運んで貰いたい。場所は部下に知らせておく。合流出来次第放ってもらって構わん。隠匿は私の部下がしよう。頼んだ」
* *
爆風を気にも留めず、白間が俺の横に並び立った。肩口には決して小さくはない怪我を負っており、未だ鮮血が溢れていた。
「白間......お前、会長の傍に居るんじゃなかったのかよ」
白間はこちらに顔を向けずに六道を見据えながら俺の問いに答えた。
「俺もそのつもりだったんだがよ......よくよく考えればこの学校で対死蟲に置いてあの人に並ぶ奴なんていねーしよぉ......だったら俺の今いる場所はあそこじゃねぇってな。お前の話は全部聞いてたけど、やっぱ俺も腹が立った。だからここへ来た」
それで――と白間が言いかけた所で、六道が動いた。
「白間慶仁と阿南対馬。面白い組み合わせだな。少し相手をしてやろう。夜辺との争いにおいて丕業持ちは多い方が良いからな。私直々に見てやる」
彼我の距離は数メートル。中距離にアドバンテージがあるのは俺たちの方だ。
「アンタとはあまり面識ねーからよぉ阿南からの話でしか印象はねぇけどよー!もしもだ。あの話が本当だったら、俺は加減しねーぜ!」
白間がそう言いながらわざとらしく足音を強めながらその距離を詰めていく。
こいつは馬鹿か!?わざわざ自分から有利性を捨てやがった!
「ふむ、策もなく敵に詰め寄るのは感心しないな」
途端、先ほど俺が蹴り上げた机を横切る白間の動きが止まった。
「なんだぁ?あ、足首が固定され......?」
俺から見れば白間がただ立ち止まったようにしか見えないが、どうやらそうではない。やはり六道の丕業が関与しているようだ。
「オオオオォ!!!」
ならば、と白間が立ち止まっている辺りを迂回して六道の背後に回り、死角から攻撃しようと試みる――が。
俺も、何か見えない物に遮られるようにその場で固定されてしまう。いや、これの感覚、固定というよりは何かに腕を掴まれているような。
前後を挟まれて尚も余裕の表情の六道がその口を動かした。
「勿論私にも丕業は発現している。隠すつもりもない。ばれた所でどうという事は無いのだから。説明が欲しいか?」
俺と白間は無言のまま、ただ奴を睨み付けるばかり。
「私の掌が触れた所から、もしくは私自身から丕業による腕を形成することが出来る。勿論私の丕業で作られた腕も私の一部であり、そこからまた形成することも可能だ。可視不可視は私の自由だ。これを羅睺と私は呼んでいる」
そういうと奴は背中から無数の腕を生やして見せた。奴の腕とも異なる、しなやかで細く綺麗な女性的な腕だ。最も、表面は真っ黒な皮膚で覆われており、その歪な腕の塊は黒い翼の様にも見て取れた。
よく見ると俺も白間も足と手を奴の羅睺に絡めとられていた。なるほど、この教室自体が既に奴の領域というわけか。
「一本の腕の長さは凡そ六十cm強。私とさして変わらない。強度についてはそこそこの自信がある」
そういうと地に掌を合わせる。するとそこから一本の腕が生え、またその腕から新たな腕が生え。それを繰り返して椅子を形作ると六道はそこに腰を掛ける。
「さて、この羅睺をお前たちはどう潜り抜ける」
どうやらあの椅子から動く気はないらしい。
クソ、絡みついている腕が強固で中々解けない。こう近いと赫至赫灼も使えない。
どうすることもできない現状がひどく腹立たしい。目の前の元凶すら満足いくまで殴ることが出来ないのか俺は!!
「言ったよなぁ!俺ぁ加減しねーぜってよぉ!」
だんまりを決め込んでいた白間が、声をあげながら不敵に微笑んだ。
ダンッとその場で大きく足を踏み鳴らしたかと思うと次いで白間の横にのさばっていた机が地面からの衝撃で天井に向かって爆ぜる。
「ほう?」
感心したかのように短く息を吐く六道は白間の行動をただ見守るだけだ。
「阿南!ちょっとばかし痛てぇーだろーが我慢しろよ!俺も通った道だ!」
ダンダンダン!っと三度ほどまた地面を足の裏で鳴らす。すると白間の足元から白線が瞬く間に駆け、俺の元に集うと先ほどの様に白く爆ぜた。
ちょっと待ってくれ!これ滅茶苦茶痛いじゃねーか!
何とか防御姿勢を取ったはいいものの、飛び散る破片が身を削る。
「おま!滅茶苦茶痛いじゃねーか!なんてことするんだよ!」
「知らねーよ!助けてやったんだから感謝しろよコラァ!」
とはいったもののこれで厄介な腕は振り払われた。十全に動く身体を確認し、その場を離れる。
「とりあえず助かったよ。次からはもう少しスマートに頼む」
「次は捕まらねーようにしろよ」
軽口を重ねながら俺たちは奴を見据える。未だ自身の丕業で作り上げた椅子から動こうとはしない。
「今年の一年は皆優秀だな。丕業の扱いに長けている。が、未だ私は一度も触れられていないぞ?」
煽るようにこちらに顔を向ける六道。
白間はそれに腹を立てているのかこめかみがやや痙攣している。
「白間、地面はそう警戒しなくていい。常日頃からこいつが地べたを撫で回すような特殊な癖を持っていない限りそう掌で触れることは無い。それよりも壁や、机とか椅子とかが危なそうだ。そして奴自身。近づくのは得策じゃない。可能なら遠くからお前の丕業でケリをつける」
「まぁ、そうだな。っていうかこの腕無限に出せるのか?だとしたら近づくなんて無理ゲーだろ......」
その白間の独白に俺は何か引っかかりを覚えた。
確かに、この腕が限り無く生み出せるものなら、もっと別の方法があったはずだ。例えば俺を掴んでいた腕から腕をだすとか......。勿論あいつは端から俺らを殺すつもりなんて無いといえばそれまでだが......。
「そうか」
今度は俺の言葉に白間が反応を示す。
「んだよ、何か分かったのかよ?」
「あぁ、弱点と呼べるようなものでもないが......」
すると、六道も俺に反応する。
「話し合いは終わったか」
右腕を微かに震わせながら、六道が立ち上がる。
「こっちはとうに怒髪天を衝いてんだ。阿修羅だろうが邪魔すんなよ」
背中から無数の腕を生やしてこちらを見据える六道に、俺は生身の右腕を真っ直ぐに向けた。
「これからあんたを貫く。この手が天を衝くんだ」




