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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十八話 揺蕩う影の尾は

 千草が登校し1-Aの教室に足を踏み入れたタイミングで、とある一つの教室から、不可解な捻じれた波が迸った。


「......ふぅ、間一髪?いや、ちょっとアウトかなぁ」


 男子にしてはやや長髪に部類する髪を後ろで一括りにまとめ、マスクをした少年が額に汗を流しながら言った。



「何でこんなことするのか、僕には理解できないけど、君らあれでしょ?八夜クンを狙ってるんでしょ?」

 

 へらへらと笑いながら傍に居る誰かに問いかけるものの、その目は酷く冷めていた。


「僕、こう見えて結構後輩思いなんだよね。知ってた?まぁどっちでもいいか。けど、だから。見過ごせないねこれは」


 ひどく異質な光景だった。何故なら、尸高校三年の副会長、周防すお れんと傍に居る一人は授業真っ只中の教室で問答をしていたのだから。


 まるで二人が見えていないような素振りで、淡々と連絡事項を黒板に書き連ねる教師。そしてそれを見て、板書をとる生徒。中には寝入っていて、放棄している生徒もちらほら見受けられたが、生徒会副会長の連に今そのようなサボりは些細な事であった。



「......ば、ばかな。我々の呪いを上書きするなど......」


 漸く口を開いたそのもう一人の人物は、誰がどう見てもこの尸高校の関係者ではないと分かる装いで、その狼狽を隠しきれていなかった。


 フードの付いた黒いケープの様なもので上半身を黒く染めあげ、極めつけに下半身も、黒で統一している。まるでその部分だけ現実に墨汁を零したような光景。


「僕さ、一度彼の経歴を調べた事があってね。その時に彼がちょっと、いやかなりの特異点だと気が付いてね。それから色々暗躍してたってわけ」


 黒装束の男は、話を聞きつつ連の挙動に細心の注意を向けていた。


 彼らの呪いは、いわば特殊な幻覚。一人での呪いであればそこまで範囲の広いものではなかったが、今この尸高校には彼と同様の呪いを持った人間が三人侵入している。これは参華咒次期当主の差し金であったが、同時にこの学校の長たる六道校長の手引きでもあった。


 八夜千草という少年を、奪う。その為だけに、彼らは京都からはせ参じ、その呪いを万全の状態で発揮する手筈であった。


 事実彼らは、呪いを行使出来た。しかし、発現と同じタイミングで、いやわざと少し出遅れたタイミングで連は彼自身の丕業を使い呪いの上書きを試みた。


 つまり男の仲間には呪いの成功を知らすことが出来たが、実際にはその効力が無くなっており意味を成していない。連の狙いは、それ。


 男は瞬時にこの学生が呪いの扱いに長けている事を理解した。


「僕の幽霊船サルヴェージはさ、あんまり死蟲には使い勝手が良くないんだよね。会長の方がよっぽど怖い。けどまぁおかげでどうにかこの尸高校のピンチを救ったわけだし僕としては満足かな。ほら、皆好きでしょ?影から救うヒーローって」



 このままでは、計画が頓挫する、と男は考えた。呪いによる幻覚で尸高校の呪い持ちを一時的に黙らせ、その隙に件の男子高校生を捕獲するという任務に支障が出た。

 だが、そこまで焦ってはいなかったのも事実。なぜなら彼らの校長の六道はこちら側についていたから。なぜそうなのか、末端の自分には分かることではないが、今はそのことはどうでもいい。



「なら手早く貴様を殺して、もう一度上書きすればいいだけの話だ」


 言葉を紡ぐと同時にそのケープの裏に隠していた暗器を連に対して二本投げつける。細く、そしてこれもまた黒に塗装された針の様なもの。本来であれば暗闇で使用しその姿を陰に忍ばせる為の塗装ではあったが、この有事の際では致し方が無かった。それよりも目の前の不気味な生徒を始末することを優先した。


 こちらの話を聞き入ろうとしていた連は無防備を曝しており、男は当たると確信した。

 けれどその確信も虚しく、二本の暗器は空を切り、背後の教師に穿った。そして、教師は刺さったというにもかかわらず、何事もなく授業を進めていた。


「ッ!?」


「小さいころって、よくかくれんぼするじゃない?僕も御多分に漏れずしていたわけだけど、どういうわけか一度たりとも見つからなかったんだ」


 男が声に気が付いた時、既に連は彼の背後に回っていた。


「貴様!」


「僕、初めはいじめられてるのかと思ったよ。どれだけ待っても待っても鬼の人は僕を見つけられないし、陽は暮れる。けど友達は良い奴でね。それでもめげずに探してくれたんだ」



 連から何かするつもりはないのか、ただその場で話を続ける。


「終いには、僕も僕自身を見失っていたよ。友達が僕の目の前で僕を探しているんだもん。おかしな話だよ。けどその時に【これ】の存在に気が付いた」




 言い知れぬ恐怖に男は連から距離を取った。別段何か攻撃を受けたわけではなかったが、だからこそ恐怖を感じていた。


「この生徒会のメンバーってさ、皆暗い過去を背負っている。それは丕業を持つ人間だからなのか、そんな過去があるから丕業を発現させたのか。僕には知りようが無い」


 連は男から目を離し、のんきにも教室の外から見える校庭を眺めていた。


「けど、同情してもらいたいわけじゃないと思うんだよね誰も彼も。だってどれぐらい辛いのか、当事者にしか分からない事だし。傍から見ればどうでもいいことかもしれない。不幸の物差しは皆単位が違うんだ」


「貴様は、何が言いたい?」

 

 痺れを切らし、連に対してその口を開いた。相手が時間を稼ぎたがっているのか、確かめるために。


「やだなぁ。少年少女の思春期特有の悩みですよ。大人になったあなたにも共感できるんじゃないですか?ほら、この時期の人間って一つ一つを大きく考えすぎる。過ぎてみれば大したものじゃなくっても」


「それがどう――」


「だから、僕が抱いたこの怒りも、きっと将来的に肯定されるはずなんです。じゃなきゃ大人になれない」



 突然、男の視界が歪む。天地がひっくり返るという言葉があるが、まさしく天井と床が入れ替わった。確かにさっきまで足の裏で感じていた地は、今や頭上からこちらを悠々と見下ろしている。教室の天井に設置されていたはずの照明器具がいつの間にか自身の足の裏に存在している。


「これは、なん、だ!?」


 糸の様に細められていた連の目が、片側だけ開く。眩しい光を真っ向から受けたかのように少しだけ、その幅を広げた。


「他人に優しくできる奴が排他されるなんて、どう考えてもおかしいだろう。もっともっとこの世の中には下の人間がいる。病気や突然の事故なら諦められる。けど、お前らは違うだろ。むかつくんだよ単純に。要はただの偽善で彼を殺そうとしている。じゃあ僕の我儘でお前らを殺しても文句なんかつけられないよな」


 瞬間、男の喉元から黒い針が生まれ落ちた。それは先ほど男自身から放たれた暗器。


「ごぼッ!ばがな!ごれ、が」


 刻々と男の喉元から赤い液体が生まれ落ちる。


「あぁ、それね、危ないから安全な場所に入れ替えておいたよ。全く、ここは学校ですよ?生徒がケガするじゃないか。そればかりは生徒会副会長として見過ごせないよ」


 気負う素振りを微塵も見せず、口を開く連。その目はいつもの様に細められていた。


 男が大きく痙攣する。目の焦点も合っておらず、そこかしこに瞳を走らせ必死に何かを求める様に手を振るう。流れ落ちた血が多すぎたのか、ふらりと身体を動かし、幽鬼の様に壁に背をつきそのまま地べたに座り込んだ。


(ま、不味い......このままでは何も為せないまま死体を曝してしまう。それは一番の禁忌。どうする......。奴の呪いは強力すぎる。一度ここから離れ......)





 思案していた男の腹から、突然灰色の根が咲いた。夥しい赤に塗れた、骨の根が。


「ギィあああ!!あ......ぁ」


 腹を割って出てきた根は、貫いた男と共に、ズルズルと廊下に這い戻っていった。

 教室には、致死量を遥かに超えた血痕と、それを引きずる後だけが残された。



「今のは......そうか。君、全部背負う気かい?」

 今の一瞬の出来事を一目見て理解した連は、その行動を起こしたであろう本人がいる辺りに向けて、独り言のように小さく口を開いた。


「それは、優しさではないよ。僕の背負う罪を君が背負うのは優しさではない。それはエゴだ。けど......後輩にそんな所見せられて、僕が黙ってそれに甘んじるとでも?甘いよ。甘々だ八夜クン。君は何もわかっちゃいない......はぁ、しょうがない。先輩としてここはお説教させてもらうよ。どこかで頑張ってる会長と一緒に、ね」


 口から衝いて出た言葉とは裏腹に、僅かな微笑みを携えて、周防連は教室を後にした。

 彼の後ろ姿は、未だ朧げに揺れている。


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