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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十七話 願わくば 二

 根は、何かを探し求めるかのように、次々と廊下の先の先へ、伸び続ける。枝分かれした先から壁に刺突し、穴を穿つと、今度は別の壁へ。

 まるで、曇りなき真っ新な白い壁が気に食わないとでも言うかのように、次々と尸高校に穴を穿つ。



 既に廊下は足の踏み場もないほどに根に覆われていた。もう床なんてものは誰の目にも入らない。まるで、異界。病的なまでに真っ白だった尸高校の廊下は、灰色をした骨の根で覆われ、見る影も無くなった。尸高校高校の三階は今、化け物の食道と化していた。


 この場に足を踏み入れたが最後、根に足を絡めとられ、出ることは叶わないとさえ思わせる濃密な死の空間が化け物によって形作られていた。


 奇しくも、生徒や教師たちは、この異常事態に気が付いておらず、またそれが幸いしこの異界へと変貌した廊下には誰も足を踏み入れてはいなかった。


 

 三階を跋扈していた根が、その場に留まることを止め、やがて次々と領域を拡大してゆく。数舜ののち、尸高校は骨の根に絡めとられる。


 コンクリートと、ガラス、そして根。もはや手垢のついていないところは無い。遍く灰色に染められ、全ては飲み込まれたーー。 





 死と退廃が跋扈するこの空間に、初めからその身を置いていた八尾は、しばらく口を閉ざしたまま無音を味わっていた。


「さぁ千草、私は柵を捨てた。なんだか気分が良いよ。普通の人にとってはこれが普通なんだろうけれどね。私たちにはなかなかどうして、貴重なものだ。君は、大切な人を侮辱されたからそうなったのかい。それとも自身が傷つけられてそうなったのかい」


 根元に居座る化け物に対して、遂に沈黙を破ると、それに呼応して化け物も動きを見せた。


『イタ、イイタい.........』

 その感情に左右されるかのように根が、建物がうねりを上げて揺れ骨が軋む。それは化け物の慟哭か。



「君は君自身に優しさを向けないね。常に他人に対してだ」


『俺......ガやらなくちゃ、イケなィんだ......俺俺が。だって、誰もヤラナいからああら、誰もできない事ダカラ。オレをケズッテ?やらなくちゃなあああ。今日とにはイカナイ。痛いのは嫌だ。人形は、どこにいる?恩をカエさなくちゃ婆ちゃんに怒られる。灯火はキエル。命にふさわしいイノチの......』


 千草の声に似た雑音が八尾の鼓膜に注ぎ込まれる。記憶の中の彼は言葉数は少なかったものの、口から衝いて出る言葉には重さがあった。


 けれどどうだ。今の千草には意識と口を結ぶ経路が雑多な鞄に詰められたコードの様に絡まっているように八尾には思えた。混濁した意識の表層に浮かぶ文字の羅列が意味もなく表面に出てきている有様である。


 千草の混濁した意識に問いかける様に、八尾は化け物に向かって、尚もその口を開き声帯を震わせた。


「ッ......。鳥籠の中で、腐る身体をただただ眺めるしかなかった。私はね、とても強力な呪いを持って生まれたんだ――」


 そういうと八尾は強引にズボンの裾を切り裂いた。


 そこから見えた素肌には、夥しいほどの【目】が付いていた。綺麗な柔肌の隙間を埋めるかのような目。絹糸を手繰り続けた手に感じる大きな結び目の様な、違和感。


「ふふ、これを見せるのは参華咒以外では君が初めてだ。なんだか照れるね」

 本当に照れているのか、真っ白な顔に少しだけ桜色が混じる。その顔は年相応の少女の照れ顔。



伏魔眼ふくまがんと参華咒は呼んでいる。何で私の脚にこれが宿っているのか見当もつかないけれど、生まれつき私はこうなんだ」

 その脚に宿る目は、ぎょろぎょろと辺りを見渡し一度たりともその動きを止めない。


「おかげで女に生まれたもののスカートを穿いたことが無いんだ、一度くらい味わってみたいものだね」


『......ァ裏切らられ、俺は明日......だから』


「話を戻そう。これのおかげでね、私は物心つく前に参華咒に居た。本当の両親の顔を覚えてもいない。だって私に与えられた日常は参華咒が全てだったし参華咒が日常だった。けれど、それでもいいと、諦めてたんだ。そこでの娯楽といえば絵本や、書籍程度しかなかったけれどね」


 根が、再び動きを止めた。そして、収束するように、ずるずると大元の鎧へと戻り始める。



「こんな、歪な人間が鳥籠に閉じ込められて十六年。漸く私は檻から抜け出せる時が来た。八夜千草という少年を攫うという任務と共に。君という人間の情報をコピー用紙に落とし込んだ彼らはそれだけを私に突きつけこれを攫って来い、といった。私は当然の様にその紙に目を通して、君を知った気になっていた。そして、あの日君と出会った――」


 ゆっくりと、化け物へと歩み寄る八尾。その姿からは畏怖の念は欠片も見当たらない。


「私の初めては悉く君に注がれた。異性と二人っきりで食事をするなんて思ってもみなかった。手を握ったのだってそうさ」


 化け物の傍によると、優しく骨の鎧で覆われた手を握る八尾。

 拒絶するかのように鎧が突如として動き出し、小さな棘を生み八尾の手をいくつも貫く。血しぶきが、灰色の鎧に跳ね、赤い斑を残す。


「怖いんだろう?千草。自分以外が。私だってそうだった。けれど貴方と出会えたから、私は鳥籠の中で腐らない事を心に決めた。貴方が報われるなら、どんなことだってする!私を信じて!貴方から見たら、私は裏切ったように見えるだろう。実際にそう思われても仕方がない。けど!私は貴方とこの日常を歩みたいと思った!初めて外への憧れが出来た!鳥籠の中で死ぬのは嫌だ!ここで貴方を見放したら、私はまた死んだまま生きることになる!」


 骨が遍く異界に、静謐が覗く。


 乾いた音を立てて、化け物の顔を覆っていた鎧が朽ちた。破片が煙草の灰の様に脆く、空気に流れる。


 



『俺ハ、ずっと俺だけがこんな目に合ってるって思って、イた。なんでみんなが当たり前の様に浪費している物を与えられないんだろうって』


 剥き出しになった頭は、相手に聞かせる様にゆっくりと声を発する。口から衝いて出た言葉には、何かを慈しむかのような感情が混ぜられていた。



『前に阿南にも言われたよ、周りが怖いんだろうって......。だってそうだろう。この世は普通という枠組みから出た人間は排他される。だから俺はずっと怖かった。周りを疑って、訝しんで、自分を律していた。普通にいられるように。あぁ......もっと思っている事とか、願いを口に出せば良かったな。けどそういうのは昔から苦手なんだ』


「君らしいね」


『今まで積み上げてきたものを踏みつぶすようなことをした。取り返しがつかないのも分かっている』


「......え?」


『我孫子、俺との約束......』


「あぁ、君の言うことをなんでも一つ聞く......」


『本当はもっと色々考えて使いたかった。俺だって年相応の男だ。我孫子みたいに綺麗な女の子からそういわれて、変な妄想を抱いていなかったとも言えない。けど、今の俺だから、その約束を口に出せる』


「ねぇ、待ってくれ千草。君は何を言おうとしているの......」





『――俺を殺してくれ』


「......え......ちぐ、さ?」


 

 灰色の眼をした少年は、うっすらと涙を目に溜め、笑ってそう口にした。





『それが俺の願いだ――』



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