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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十五話 諦めの果てで

 いつもそうだ。ギリギリの死の瀬戸際で誰かに手を差し伸べられる。いや、そうさせてしまっているんだ。

 白間との喧嘩の時、調子に乗って返り討ちにされ会長に助けられた。鬼と出くわした時も、助けるはずだった伊織先生に逆に助けられた。そして今回は渚ちゃんに助けられた。どうしていつもやり遂げられないんだ俺は――。


 廊下を走る。どこへ向かえばいいのやら分からない。けど今はただひたすらに走っていた。どこかで会長たちが戦っている筈だ。

 早く到着してほしいという気持ちと、なるべくその場に出会わせたくないという背反が心中にのさばっていた。


 恩を返すため、自身の周りの安寧を守る為、この生徒会に入った。それは俺が正しいと思って行った事だ。けれど正しいと思ってした行動は常に正しいとは限らない。あぁ全くもって阿南が言った通りだ。



 様々な教室の横を通り過ぎるが、やはり滞りなく授業は進められている。先ほどから上の階で激しい物音が聞こえてくるが、教室の生徒たちには聞こえていないのかピクリとも反応を示さない。教師もそれは同様だ。


 三階をくまなく探し終えたが、やはり一人として廊下に出ているものは居ない。これが平常なら当たり前のことだがそうではない。今、死蟲がこの尸高校に侵入してきているのだ。一体何人がそのことに気が付いているのか、もしかしたら生徒会の人たちだけなのか......。変化の欠片さえも見せないこの疑似的な日常に焦りを感じざるを得ないでいた。




 四階から降りてきた階段に戻り、二階へ降りようとその足を向けた時、白く長い廊下の先に真っ黒な染みを見つけた。

 訝しみながら俺は壁の染みへ近づく。距離にして教室三つ分。確かこの階に降りて来た時には見えなかったはずだが。


 そして、ようやく手の触れるような距離に来てそれが何なのかに気が付いた。





「ひ......と......」

 

 何か強力な、それこそ人外の何かによって極限まで圧された一人の生徒の死骸だった。原型を留める留めないという話ではない。肉片や衣服もそのまま押しつぶされて壁と同化していた。人が、ミリ単位で圧縮された末の解答。


 そしてここまで近づいて分かったことがもう一つ。


「この制服......うちのじゃあ、ない......!」

  尸高校の男子生徒が着用している制服ではなかった。衣替えのシーズンなので人によっては夏服だったり冬服だったりもしているが、そのどちらでもない。

 


「という事は、こいつは躯高校の......確か、土師はじノ」

全校集会の時に舞台上でちらりとだけ目に入ったのは覚えている。飛鳥井先輩と我孫子の陰に隠れていた男子生徒。舞台上でも特に目立った行動をしたわけじゃないのでそれぐらいの記憶しか残ってはいなかった。


「でも、なんでこいつが......こんな事に」





「あぁ、邦君死んでもうたなぁ」


 にわか雨に曝された程度の驚きで、声の主は土師ノ邦の死を口にした。



「飛鳥井、先輩......」


「久しぶりやね、どない?元気してた」

 赤黒い髪を耳にかけなおしながら、飛鳥井先輩は階段から降りてきた。艶めく様な視線は、俺のつま先からゆっくりと腿、腹、胸へと上昇し、ついに互いの目が相対する。


「邦君なぁ、大事な役割持っててん。何か分かる?」

 わざとらしく、人差指を頬に宛て首をかしげる。


「大事な、役割......」

 これから先、その言葉を聞いてしまうと、何かもう戻れないような、取り返しのつかないような予感がしていた。





「そう。この子の呪いはね、物を影に溜めることが出来るんよ。それで京都から色々と大事なもの運んで貰う役割やってんけど、どうやら真っ先に殺されたみたいやね。残念やわぁエエ子やったのに」

 きっと、残念でもいい子だとも思ってはいなかったのだろう。だって彼女の目はずっと冷えたままだ。口は笑っているけれど目は出会った時からずっと変わっていない。何かを品定める様な目だ。



「まさか、あの蠅頭ようとう......」


「あぁ悪食?あれはあんまり関係ないんよ、ただの余興」


 余興、と軽く彼女は言った。三浦は一週間不安で仕方なかったはずだ。通だって自分の変化に戸惑っていた。山江だって心の底から恐怖したはずだ。矢田も、クラスメイトも命を落とすところだった。その原因を、余興といったのか。


 喉に裂傷が生まれるような痛みを覚えた。肺が熱く灯した。握りしめた手は内側の肉を抉り、赤い血を廊下にこぼしていた。けれど驚くほどに頭は凍えていた。これほど腸が煮えくり返っているのに、努めて頭蓋の中は温度を下げ続けていた。



「全部躯高校の......一体何の為にこんな事を?」


 冷静に言葉を紡いだが、その言葉が心底おかしかったのか、ゲラゲラと下品な笑い声をあげながら腹を抱える、飛鳥井郡という躯高校の生徒。しかしその顔は気味が悪いほどに美しかった。


「あはははは!何の為?君の為に決まってるやんか!」


「俺の......為......」


 目じりに涙を溜めるほどの嘲笑、それをそっと指でふき取る。

「そうそう。うちがここに来たんも、悪食もみぃんな君の為だけ」


「なんで......なんでそんなこと」


「なんで?君が特別やからやん。君の呪い、あぁ丕業って言った方がええかな?それが特別やからね。普通の人は遺伝するものって知ってるやろ?けど、君のはそうやない。人か、死蟲か分からへんけど譲渡されている。もしかして知らんかったん?その丕業の【特別さ】を知る為にうちらはここに来てん。もっと言うと君を実験体にするために奪いに来たんや」



――擬き。

 夜辺が言っていた言葉が脳の陰に浮いた。


 考えれば当たり前のことだがそんな大層な事だと思いもよらなかった。俺にこの力を授けたあの灰色の眼をした男、彼が原因だろう。



「それの為に、お前ら躯高校はこんなことをしでかしたのか。人の命を何だと......」


「人の命......ね」

 にやついた顔を止め、飛鳥井先輩の顔から表情が消える。


「君は自分の特別さを理解してへんわ。ええか?君のその丕業の原理が分かればこれから先もっと丕業持ちの人間を作ることが出来るんやで?それってさ、将来的にもっと死蟲を殺せるってことやんか。大多数の命を救えるという大義がある。君の言う人の命をもっと拾えるってことやと思うんやけど、それでも君は噛みつくん?」


 確かに、そうだ。もし、仮にこの譲り受けた力が解明され、それが広まって丕業持ちが増えたら、死蟲に怯える人々は減るだろう。

 けど、それじゃあ俺の命はどうなる?俺はその人の命には含まれないのか。



「俺は、特別なんていらない。普通であればよかったんだ。こんな特別に俺は......日常を奪われたくは、ない」

 口から出た言葉は嘘偽りのない、装飾もされていない純粋な感情。


 ハァ、と大きくため息を吐き心底あきれ果てたように、出来の悪い子を見る親の様に、飛鳥井先輩はこちらに目を向けた。


「ホンマ、君は子供やなぁがっかりするわ。そんなこの世の条理不条理全部悟って諦めたような顔してるのに、心の中はただの駄々子や。ええ?君の命とこれから死ぬぎょうさんの命、比べるまでもないやろ?この世はいつだってマジョリティの味方や。少数マイノリティは切り捨てられるだけ。君の命を贄にして、もっとこの世は良くなる。これだけは確定事項。大丈夫、向こうでは丁寧に持て囃されるで?だってこの世界の唯一やからなぁ。実験がどういったものかは参華咒(さんかじゅ)の研究者に聞かな分からへんけど、まぁ腹割ったりするぐらいちゃう?」


 俺の命はどうやら少数に区分されるらしい。丕業は特別扱いされるのに、俺の命は吐いて捨てるほどに埋もれた、切り捨てられるその他だと。笑えない、笑えない冗談だ。いや、冗談であればまだ気が楽だろう。



「俺はこんなもの望んで手に入れてない!このせいで俺がどれだけ辛い人生を送ってきたと思ってるんだお前らは!ふざける......ぁ......?」


「もうええわ、黙って」


 パスッと音がして、何かがくたり、と落ちた。


 かつての俺の右足だった。ふくらはぎの真ん中あたりから下が綺麗に無くなった。断面にはいくつもの輪と肉がみっしりと詰め込まれており、そこから俺の命を捨てる様に赤い何かが止めどなく溢れる。一緒に制服のズボンも切れ、輪っかになった布が俺の落ちた足首に輪投げの様にすっぽりと嵌っていた。


「残念やぁ、顔まぁまぁ好みやし、最後にうちの身体を好きなだけ嬲っても許してあげよー思ったんやけど君いらんわ。このまま四肢落として持ち運びやすくしよっか」


 また、パスッという音が聞こえ、今度は左腕の手首から先が無くなった。廊下に落ちた俺の左手は痙攣を起こしながら傷口から血を垂れ流す。








――あぁ、嫌だ。嫌だ痛い嫌だ嫌嫌痛嫌なんで俺だけ俺が特別だからこんなのいらない普通に生きたい、平穏に暮らしたい、誰か誰か誰か助助助け。






「気に入らんな、貴様」


 誰?誰が喋っているの?俺じゃない俺の声、誰が......。


「私とこいつの関係は確かに貴様の預かり知らぬ所だ。故に、先ほどまで黙っていた。こいつが死ぬとしてもそこまでの脚本だった、というだけだからな。だが、この力を欲すだと?ええ?それは、貴様には務まらん。あぁ、違うな!貴様の様な二流にも劣る役者が出張るな、関係が無い」

 どこかで、聞いたことのある言葉選び。どこだったっけ。



「んん?八夜君......やないな。もしかして丕業を八夜君に与えたのはあんた?」


「だから、それが貴様に関係あるのか、と聞いている。くどいな」


「関係大ありや。あんたみたいに人に力分け与えられることが出来たらもっとこの世は平和になるんやで?この際あんたでも八夜君でもどっちでもええから」


「――例え、人に丕業が広められ死蟲が滅んだとしても何も変わらん。別の【何か】がまた人を殺すだろう。連鎖は断ち切れない」


「そんなん、その時になってみな分からんやんか。確実に今よりは良くなる。それが十年だけかもしれへんし、一年だけかもしれへん。けど一人の命でそれが叶うならおつりは出るやろ?」


「人がそういったのを何度も耳にした。何度も見てきた。遥か昔からな。その結果がこれだ。人は確かに未来を予測できる。だが未来へ先送りにするのもまた人間だ。繰り返す歯車はやがて摩耗し、壊れ、二度と取り戻せなくなるだろう。脚本は使い古されている」


「そんなんうちには関係あらへん!先の事は知ったことやない!」




「その言葉は先ほどこいつが口にしている」


「......ッ!」





――おい、聞いているか。


 あんたは......。



――過去、この力は数度と人に渡った。然れど、その都度人はこの力に溺れた。貴様はそのどの人間とも違った。


 だとしても!こんな力俺は要らない!やっと、自分に自信を持てるようになってきたんだ!鬱屈した学校が、少しだけ楽しめる様になってきた。頼りになる先輩も友達もできた!その矢先にこれだ!俺が何かしたからこうなったのか!違うだろう!勝手に湧いた力あって、それを求める奴が俺を殺そうとしている。そこに俺の命が入る隙間はない!なんで、ここで死ななきゃならないんだ!訳も分からないまま......こんなの、こんなのって......。



――貴様は漸く、今ではなく明日を望んだな。


 明日......。はは、笑えるな。確かにそうだな、今までずっと虚無を抱いて生きてきたから今という日常を必死に求めていた。底の無い場所へ、必死に日常を放ってきた。漸く、その穴が埋まった様な、満たされた気持ちになっていたんだ。一度満たされたら、もう戻れない。居心地が良すぎて、そのぬくもりを手放したくないって、思ってしまった。



――それが、貴様の求める明日か。


 そうだな、俺が埋めてきたこの日常が、残り続けること。それが、俺の願いであり俺の明日でもある。



――ならば、この悲劇を大いに盛り上げなくてはな。たかがつまらん端役の人形ギニョールに流されるな。

 

 どうすれば、どうすればいいんだ......。どうすれば明日を迎えられる?



――この力にくべるがいい。貴様の命を代償に、万象を悉く退けるだろう。


 結局俺の命、か。京都に浚われて殺されるか、自死するかの違いでしかないのか。俺は何の為に......いや、もういい。最期に一つ。なぁ、あんた悪魔か何かなのか?


――悪魔とはなかなか洒落が効いている。否定もしない。そうだな、他には神と呼ばれたこともある。災厄とも。だが、私自身その言葉は気に食わん。しいて言うならば......【ゼプト】だ。覚えておくと言い。




 彼はゼプトと名乗った。これまで不定形だったものに形容が与えられた。ゼプト。あぁ何故だか分からないけれど、どこか懐かしさすら感じる響きだ。


 先ほどから俺の内側から負の感情を押し固めたような壁が競り上がってきているのが分かる。これはきっと、俺が見て見ぬふりをして腐らせてしまった俺だ。そのため込んできたものが決壊するだろうという強い確信。


「――俺の命と俺の日常。どちらかなんて、分かり切っていた事だ」 



 赫熱する鉄を、頭蓋骨に当てたような一瞬の痛みと、全てを肯定されるような安堵を抱いて、俺は命色の贄を差し出した――。




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