第四十三話 罪を穿つ矜持 二
振るった腕をしならせ、蠅頭と対峙する渚ちゃん。巻き込まれた机を飛ばし、ゆっくりと姿勢を整える蠅頭は、驚愕に彩られた瞳をこちらに向ける。
「なんなんだよお前......この力はッ!!」
殴られた部分が、ビキビキと身体が音を立てている。それはまるで矢田の身体が反応している様だった。
「ワタシの丕業はちょーっとばかし特殊なのよ」
まるで、膨れ上がるかのように殴られた部分が盛り上がる。その勢いに蠅頭はたまらず地面に尻をつけてしまった。
「渚ちゃん......」
蠅頭を見ていた目とは違う、優し気な瞳がこちらを見据える。
「八夜チャン、良く一人で頑張ったわね」
思わず、弱音が口をついて出そうになった。
「あいつの事、知ってるんですか?」
「詳しくは知らないわ。けどまぁ大凡の見当はつくわよ。それに、こいつだけじゃないらしいわ」
「それって、まさか別の死蟲がここに居るってことですか!?」
「そう。私のところに来た子たちは大丈夫だから安心して。けど、こいつと同じくらい厄介なのがもう二匹ほど、この学校にいる様ね。そっちは恐らく巴ちゃんたちが当たってるわ」
どうやら、この尸高校は未曽有の危機に瀕しているようだ。
会長たちが出ているという事は副会長や観月先輩たちも一緒だろうか。だとすると阿南もそこに居る可能性が高いな。
「こいつとワタシは相性いいみたい。八夜チャン、ここはワタシに任せて他の死蟲のところをお願い。きっとあなたの力が必要になるわ」
渚ちゃんはもうこっちを見てはいない。ただじっと、蠅頭の動向を伺っているだけだ。
「分かりました......クラスの奴らを、あの憑りつかれている奴を頼みます」
俺はそれだけを言うと、鎧の姿のまま教室を後にした。
* *
教室を出てから、周りの様子を伺ってみたもののそのあまりの異常性に通達三人は驚愕を禁じえないでいた。
「なんで......なんで、こんな大きな物音を立てているのに、皆気が付いていないんだ!!」
すぐ横の教室で行われている非現実的な光景を、まるで意にも返さず、日常を謳歌している尸高校。その異質に気が付いているのは、限られた者だけであった。
「まって!他の教室、扉開かないんだけど!」
栗色のツインテールを振り、通に駆け寄る山江。
「A組だけ、いや、それ以外のクラスがおかしいの......?」
通自身が出てきた教室と、今目の前にある教室を見比べて疑問を感じる。
「こんなことで時間を取られちゃまずいんだ......早くしないと八夜君が......」
焦りからか、普段温厚な通が語気を強くする。それは、傍に居た三浦と山江にも伝染し言いようのない不安が三人を飲んだ。
「君たち!無事かい?」
その、三人に声をかけたのは躯高校からの転校生、我孫子八尾であった。
廊下に佇む三人に対して、ゆっくりと駆け寄ると、周りに誰もいないことを確認し通に話しかける。
「千草がいないという事は......そうか、彼は一人で残ったんだね。そして君たちは危険を知らせに出てきたというわけかい?」
僅か数秒でその考えに至った我孫子は、しかしその考えが的中していることに嫌気がさしていた。
「彼とは相性が良くないんだ。すぐにでも助けを呼びに行かなければ」
「我孫子、さん。やっぱりあれって死蟲なの?」
我孫子を除く三人で唯一丕業や死蟲というものを知識として知っていた通が我孫子に問う。
「うん、死蟲の大元というか、もっと概念に近いものと呼べばいいだろうか」
「がいねん......?」
通が首をかしげる。
「君たちは知らなくていいんだ。踏み込む所じゃない。とにかく、救援を呼ぶべきだ。急いで保健室に行こうか」
踵を返し、我孫子は保健室のある一階へ急ぎ歩を進めた。
「なんでこんな時に保健室なの!?」
山江がその背中を追いながら訪ねた。三浦も疑問に思っていたようで我孫子の背を見つめその返答を待っていた。
「とにかく、私は君たちよりもああいったものとは付き合いが長くてね。安心して任せてくれないかい?そこまでいけば一先ず君たちの安全は保障される」
皆、一様に不安を抱いていたが、その一言が効いたのか以降口を開かずただ保健室へ向かう我孫子の後を追う。
「分かったわ、ワタシに任せて。通チャン達はここから出ない事!良いわね!」
どこまでも白く、そこに置かれる器具やシーツすら白色の保健室。そこに居た一見不審がられる様相をした教師は我孫子の説明を聞くと通達にそう言い聞かせ、保健室を後にした。
「それで、躯高校の大物サンが、なんで八夜チャンに目を付けたのか聞かせてもらえないかしら」
白衣を着た教師は立ち止まり、前を歩く生徒に厳しい目を向けながら聞いた。
「私は、彼に少しだけ救われたんです。だからその恩を返さないといけない」
振り向かず、ただただ前だけを見据えてその質問に答えた我孫子。
「それだけ、で?」
「気持ちの単位なんて、誰も分からないでしょう」
ふぅん、と未だ納得はしていないようであったが教師はその返答に及第点を付けたのか、それ以上聞くことはなかった。
「これは参華咒が絡んでいます。その証拠に参華咒が保有していた悪食が彼のところにいる。あなた一人では荷が重いのでは」
「悪食だか美食だか知んないけど、生徒が巻き込まれてるんでしょう?引き下がる理由はなくって?」
「きっと、悪食だけじゃない。この混乱に乗じてもう二、三、死蟲が紛れ込んでいるでしょう。気を付けて」
「あなたはどうするのかしら?逃げるの?」
まさか、と鼻で笑う我孫子。
「飛鳥井郡に問いに行きます。この騒動の件をどう収拾つけるのか、と」
「あなたも、損な役回りね」
「ええ、全く」
二人して、声を殺して笑いあう。
「千草の事、頼みます」
口を引き締め、それだけ言うと、我孫子は一人、屋上を目指した。
「全く、子供を何だと思っているのかしら。落ち着いたら躯高校に殴る込みに行くのも良いわね」
桃色の頭髪をした保健室の教師が、四階の教室を目指しその逞しい足取りで廊下を駆ける。
その顔は憤怒に塗れていたが、誰も其の事に気が付かない。例えそれが本人であったとしても。




