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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十一話 移りゆく

 スマートフォンの画面を見ると、どうやら時刻は八時を過ぎた辺りらしい。ケースにも入れていない剥き出しのそのスマートフォンは今朝と少しばかり違っている。山江と三浦の連絡先が新たに登録されていた。


「千草!ごはんが出来たよ!」

 婆ちゃんが、俺を呼んでいる。先にご飯を食べていてくれと連絡は入れたのだが、ここ最近一緒に食べていないから、とどうやら待っていてくれていたようだった。

「あぁ、すぐにいくよ」


 そう返事するとスマートフォンを、部屋着として着ているジャージのポケットに忍ばせてリビングに向かった。




「最近何かいいことでもあったのかい?」

 晩御飯の焼き魚を食べていると婆ちゃんが唐突に切り出した。


「えっ......なんで?」


「表情が柔らかくなったよ」

 心底、それこそ自分の事の様に嬉しそうに笑顔を作って、婆ちゃんはそう言った。


「まぁ、友達とそこそこ楽しんでは、いるよ」

 ぎこちなく答えてみたが間違いではないと思う。実際に連絡先も増えた、僅かではあるものの。


「あっ!まさか彼女かい!?そうだろう!どんな子なんだい!」

「ち、違うって!早とちりすんなよ婆ちゃん!」

 なんだ違うのかい、とこれまた心底残念そうに落胆する。


 二人だけの食卓に、咀嚼音だけが響く。


 婆ちゃんは夫である爺ちゃんを過去に失い、娘を、義理の息子を同時に失った。そして残されたのは俺と、姉だけだ。

 この人は強い人だ。いや、これもまた強がりなのかもしれないが、それを強がりだと指摘することは俺にはできない。


 少し頼って欲しかった、少し弱さを見せてほしかった。俺も十六になった。けれど婆ちゃんにとっては俺と姉は未だに小さな孫のままなのだろうか。


 あの事故は、八夜家を文字通り引き裂いた。俺は記憶が曖昧だけれど婆ちゃんは昨日の事の様に思い出せるはずだ。

 なのに、なのに......。


「千草、すまないね」


 謝罪されてしまった。


「どうしたんだよ急に?」


 動かしていた箸を休め、話を聞く。


「あんたのその髪、目。どうしたって目立つだろう?そのことで色々言われただろう。けれど千草はそのことを一つも家族には打ち明けなかった。そりゃそうだね、打ち明けられるわけないもの。あんな事があれば」


「ばあちゃん、それは違う。これは俺が......」


「あんたは優しい子だよ千草。私や千春の為にずっと、一人で黙っていたんだろう。本当ならあんたに攻め立てられても文句は言えないよ、なのにあんたは抱え込んじまう。損な性格だね、本当に。あの人とそっくりだ」


 あの人とは夫であり俺の祖父でもある爺ちゃんの事だろう。

 先ほどまでの顔とは変わり、沈痛な面持ちでただでさえ小さな体がより小さく見えた。まるでこれから俺に攻め立てられるのを恐れているかのように。


 けど、違う。俺が言いたいのはそんなことじゃあない。


「婆ちゃん、俺......確かに小学校中学校と散々な目にあって来た。なんで俺だけがって何度も思った。けどね......」


 



「こんな俺にも救われたって、助けられたって言ってくれるような人が出来たんだ」

 脳裏によみがえる様々な人たち。


 初対面から馴れ馴れしくて、けれど決して見捨てたりはしない阿南。 

 第一印象は最悪で、けれど意外と俺と波長の合う白間。

 乱雑だけど、ちゃんと見ていてくれる伊織先生。

 その見た目で勘違いされるが誰よりも生徒思いで優しい渚ちゃん。

 俺を見た目だけで判断せずに、等身大で見てくれる生徒会の先輩たち。


 そして、通、三浦、山江。


「だから、俺はもう大丈夫だよ婆ちゃん」


「そうかい、それは、よかった」

 涙ながらに、婆ちゃんは何度も頷いた。



 ありふれた日常は、音を立てることはなく、ゆっくりと、けれど確実にその形を変えてゆく。

 それは、誰かにとっての幸福で。それは、誰かにとっての不幸で――。



* *



 翌日、いつもより遅い時間に目が覚めた。今ならまだ走ればギリギリ遅刻にはならないはずだ。

 婆ちゃんはもうどこかへ出かけた様で、テーブルの上に朝ごはんが並べられていた。温める時間が惜しくて、冷めたまま急いで胃の中に詰め込むと家を出た。


 昨神市の変わらない町並みを駆ける。初夏における灰青色におぼめく日差しが、強く目を刺激する。草木が、生い茂り、高校までの道のりを華やかに飾る。


「おはよう、八夜君!」

「通か」

 駆けていた速度を落とし、目の前に立つ人物を見た。

 通吟常。俺には見えないものを見ることのできる、俺の友達だ。


「相変わらず暑そうだな、その髪」

 真っ黒に染まる髪を随分と長く伸ばしている通。


「いやぁ、なんか顔を見られるのを防ぐっていうかさ」

 あはは、と乾いた音を立て俺の横に並ぶと共に尸高校までの道のりを歩き始めた。



「結局、あの蠅の本体自体はあまり大したことはなかったな」

 思想を持った死蟲とは何度か出会っているが総じて厄介だった。けれどあの蠅は思想自体は危険だったがその本体はあまり大したことはなく、俺に一撃で殺されていた。


「いや、僕から見れば十分脅威だったよ......。けれど、八夜君ってそんなに死蟲?と戦っていたんだね。知らなかったよ」


「まぁ、言いふらすようなものでもないしそれに先輩たちや先生たちもいるしな」


「そういうものなのかな?けれどまぁこれで不安が除かれたなら大丈夫か」

 

 俺たちは今、走りながら会話をしている。不思議なことに、通もまた寝坊していたようだ。

 二人そろって尸高校への道を急いだ。



 尸高校は少し傾斜のある坂道の上にぽつりと建てられている。直進できればそこまで距離は無いのだが、そこに至るまでに幾度のカーブが設けられており、学生には心臓破りの坂として、忌み嫌われている。


 そんな坂道を駆けていると、後ろから大きな声で俺たちを呼ぶ声がした。


「おおーい!八夜君!通君!」

 よく見ると、その声の主は山江だった。少し後ろには三浦もいた。


「間に合ったわね、良かった」

 ハァハァと息を切らせながら、今にも倒れそうな勢いでこちらにたどり着く山江。栗色をした二つの髪束がその呼吸に合わせ大きく揺らめいていた。

 すこし山江の呼吸が戻るまで待っていると三浦も追いついたようで、火照った顔を手で仰ぎ冷やしながら歩み寄ってきた。


「みんな珍しいねこんな時間に?」

 三浦がこちらを見据え、そう言った。確かに昨日の朝では考えられない面子ではあった。


「いや、珍しく寝坊してしまってな。三浦と山江は?いつもはもう少し早かったように思うが......」


 そういうと二人は示し合わせたかのように互いに顔を見つめる。


「どうした?」



「もしかして、通君も寝坊?」


 通君も?いま二人はそういったのか。


「う、うん......あまり寝坊とかしない体質なんだけど今日はたまたま。もって事は二人とも寝坊なの?」


 どうにも雲行きが怪しくなってきた。そう感じているのは俺だけでは無いようで、この場に居る四人が妙な空気に包まれる。


「私も、錦もあまりしないはずなんだけど......ちょっと妙、よね?昨日の四人みんなして寝坊するかしら」

 顎に手をやり、首をかしげる山江。

「ま、まぁ昨日あんなことがあればね。きっとみんな疲れてたんだよ」

 通が何でもないよう、そういうがやはりどこか納得のいかないようで、山江はずっとアスファルトに塗装された通学路を睨んでいた。


「あ、あとその、これ!ありがとう......」

山江を見ていたら、こちらの視線に気が付いたのか、面をあげて一つの袋を差し出した。


「......あぁ、制服」

 今、尸高校は制服の衣替えのシーズンだ。この期間は冬服でも夏服でも登校が許されている。なので今日は夏服で登校している。

 昨日山江に渡した時、半分あげるつもりで渡したのだが律儀なことにその返ってきた制服はしっかりとクリーニングに出された様子であった。


「そ、その!私の家クリーニング屋だからあの、匂いとか、染みとか、ちゃんとしてると思うの!だからそのあの!」

「あぁ、ありがとう助かった」

 恥ずかしかったのか、走ってきたからなのか顔を真っ赤にして必死に弁明するその山江が面白くて微笑みながら帰ってきた制服に腕を通す。



 そして、やはりこの四人が揃って寝坊したという事実が妙な胸騒ぎをおこしていた。


「なるべく急いで学校に行こう」

 俺がそういうと、三人は無言でうなずき、残りの坂を駆けていく。この胸騒ぎが外れることを期待して。


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