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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第四十話 いつかきっとを重ねて

「八夜君、本当にごめんなさい」


 山江が、頭を垂れる。柔らかな栗色をした茶髪が、するりと地面に向け垂直に垂れる。


「まて、何で山江が謝る」

 突然謝られても困惑する一方だ。山江は頭を上げ、肩にかかる束ねた髪を後ろに払い、真っすぐにこちらを見つめ言った。


「大司の事も、それとその......もら」


「言わなくていい!」

 俺の制服を腰に巻いている姿を目にし、次に何を言うのかを理解した。お互い気恥ずかし気に顔を逸らしてしまう。


「ふふっ......あはは!」


「なんで笑うんだよ......」

 俺の為に矢田に対し憤慨し、かと思えば年相応に明るげにその顔を綻ばす。ころころと表情の変わる奴だ。


「何でって、そんな姿の八夜君に気を使わせてしまったのがツボに入っちゃって......」


「あ......」


 今の自分の姿を思い出す。蟲の様な、骨の様な鎧を纏った異形。


 手を握りしめ、また開く。ギシギシとすり合わせるような音を立てて今もなお丕業がこの身にあるのを再確認する。


「通も、山江も......怖くはないのか?」


 白とも黒ともつかない、灰色のそれは、声を震わせて周りの人に聞いた。


「当たり前じゃないか!」

 通はその長い前髪の隙間からブレることなく目を合わせてきた。


「それと、ありがとう。あなたのおかげで私と錦は救われたわ。それと大司もね」

 この人ならざる右手を取って、山江はそう言った。救われた、と。


「怖くなんてないわ。まぁ初めて見た時は驚いてしまったけれど、八夜君は私たちを守ってくれた。あの蠅とは違うわ、怖くなんてない」


「それに、この子もきっとそう思ってるわ」

 不意に後ろを振り向く山江。その先に通が手筈通りに引っ張ってきた三浦が、その身体を震わせながら立ち上がっていた。



「三浦......」


「八夜君、私はその、ここ数日記憶があやふやなの」

 不安げに、小さく言葉を漏らす。制服の裾をぎゅっと握りしめている。


「今日の記憶もなんだかふわふわしていて。けれど、この公園に来てからは私の心が抜け出たように感じていたの。自分を俯瞰で見ているっていうのかな?自分の身体を乗っ取られたみたいに感じていたけれど、私は全部見ていたの。私に悪魔の様なものが憑いていたことも、貴方が命がけで助けてくれたことも。矢田君が貴方に酷いことを言ったことも全部」



「その、悪かったな突然蹴って」

 

「ううん。あの時御影たちが危なかったから仕方なかったんでしょう?わかってます」

 いくら急だったとはいえ女の子の身体を思いっきり蹴り飛ばしたんだ。それ相応の覚悟はあった。


「八夜君、貴方のその姿が一体何なのか私にはわかりません。けれど貴方がいたから私たちは助かった。本当にありがとう」

 山江の様に三浦もまた頭を下げた。


 本当は自分の置かれた状況に困惑している筈だ。突然記憶があいまいになって、自分から蠅の頭をした人型が出てきたんだ。それに加え同級生の異形、わからないことだらけだ。なのに三浦も山江も通も、俺に救われたと、助けられたとそう言ってくれた。




この灰色は周りとの距離を開けるのに十分だった。小学校、中学校と常に一人でいた。姉にも婆ちゃんにも多分バレているけれど必死に強がって。

 その強がりをやめるタイミングがつかめないまま尸高校に入学した。そこで出会った人たち。

 阿南、白間、伊織先生、渚ちゃん、生徒会の先輩たち。皆それぞれに苦労を持って強がっていた。俺だけじゃない。

そして通、山江、三浦彼女たちは俺にない強さを持っていた。


――強がる必要のない強さを。




「俺は......いや、どういたしまして」

 パキパキと音を立て丕業が剥がれ落ちる。砕けた破片が僅かに残る陽を照らして辺りに粉雪の様に舞う。

 上手く笑えているだろうか。けれどこんなにも心の底から曝け出した自分の笑顔を俺は久しく感じていた。


 丕業の中から見ていた彼女たちの顔と、素の自分を曝け出して見た彼女達の顔。その違いは何も無かった。

 いつかきっと、を繰り返して数年経った。俺は俺自身のフィルターを通してその顔を曝け出すのを避けていたのかもしれない。

 





「余計な心配をかけるようで申訳ないんだけど」

通がおずおずとそのタイミングを見計らっていたようにこちらを伺う。


「どうした」


「あの蠅頭はもう、大丈夫なんだよ......ね?」


 そういわれ、止めを刺した場所に目を向ける。そこには先ほどと寸分違わず、胴に別れを告げた蠅男が赤黒い血を公園の土に広げのさばっていた。


「俺もなんとも言えないが......恐らく」


「だ、だよね!ごめんね心配性で!それにもう日が暮れちゃったし、帰ろうか!」


「そうね、錦も早く体を休ませないと。勿論八夜君も」


「そうだね、ちょっと疲れた、かな」


どうやら完全に日は暮れているらしく、辺りは静夜に包まれている。不思議なことに公園内は誰もその姿を見せてはいない。

 

 通達は一刻も早く離れたいのだろう、すぐさま人通りの多い所へと向かっていった。



「八夜君?」

 ついてこない俺に声をかける山江。通と三浦は既に公園から出ているようだ。





「いや、何でもない。家はどこだ?念のため送っていく」



――この身に吹きかかる生ぬるい風は、一体なんなんだ。




* *




「ありがとう、助かったよ。それにしても貴方がわたしの話を聞いてくれるなんて思ってもみなかったよ」

 

 昨神市という小さな町におけるショッピングモールといえば、一つしかない。

 休日は家族連れがこぞってやって来ることもあり盛況している。また、休日は学生のデートスポットの一つとして活用されており、年中を通して、そのショッピングモールは人に溢れていた。


 平日の夕方、近隣の学生たちが放課後に時間をつぶすためにやってきたのか、そのモール内には学生服が目立つ。


「ふむ、そう思われていたとは些か心外ですな」


 場所はショッピングモール内の喫茶店。チェーン展開しているありふれたその喫茶店に学生服を纏った一人の少女と執事服に身を包んだ一人の男がテーブルを囲んでいた。


「それはそうだろう?私が小さい頃何度助けを求めてもあなたは手を差し伸べては、くれなかった」

 少女は男性用のズボンを着用した長く細い足を優雅に組み替えると悪戯混じりに男を見やる。



 その蠱惑的な表情は万人が見惚れてしまうような様ではあったが、その対象である男は少しばかり目を瞑ると観念したように口を開いた。


「あの時は、致し方が無かったとはいえあなたを見捨てるような真似をしてしまいました。お詫びを」

 座したままでテーブルと平行になるまで頭を下げる。少女はその対応に不満なのかその顔を曇らせる。


「分かっているさ、謝らないで。参華咒にいれば当主の言葉は絶対だ」


「えぇ」


「だからこそ、驚いたのさ。飛鳥井郡の言葉ではなく、【贄の児】である私の言葉を聞いてくれるなんて」

 今度はただただ純粋にその瞳をぶつけ合う。互いに揺らぐことのない瞳は真意を探りあっている様であった。


 男はその問いかけに慈愛のこもった言葉で返した。


「何人も、若者の芽を摘むことなど許されることではないのです。それは我孫子八尾、あなたも」


「本当に、たったそれだけであなたは千草を手助けしてくれるのかい」


「えぇ、勿論。そしてそれは巡ってあなたの助けにもなりましょう」

 運ばれてきていた珈琲を優雅にすする男。だがその味に難があったのか僅かに眉間に皺を寄せる。しかし、何も文句も言わずただ元の場所にカップを置いた。


「あなたはここに居るべきだ。京都はあなたの住む場所じゃない」

 

「京都にも、ここにも私の住む場所なんて、無いよ。けれどありがとう。あなたにそう言われると少しばかり救われた気持ちになる」

 少女はそういうと陰りが一つも見受けられない笑顔を向ける。


 男は知っていた。その完璧な笑顔の下には年相応の、いや一人の少女が抱えるには大きすぎる不安と苦悩があると。そしてそれを見つけ出せるのは自身ではない事も。




「八夜君には警告しておきました。一先ず安心なさるといい。しかし」


「――しかし、アレはそんな優しいものじゃない。あれは原罪だ」

 笑顔から一転し張りつめたように顔を強張らせる二人。


「まさか、参華咒は千草の為にわざわざあれを?」


「それを調査しております。しかし、原罪は二つとして同じものは無い。だとすると、恐らく」


「全く笑えて来るよ。たかだか一人の男子高校生の為に町を一つ潰す気かい」

 

「急がせましょう。なるべく早いうちに処理をしなければなりますまい。私もこのまま部下と合流します、あなたは?」


「わたしは......もう少しここで彼らを見ているよ」


 その少女の言葉に男は軽く頭を下げるとレシートを持ったままレジへと向かった。



「千草......わたしはどうしたら救われるんだろうね」

 

 光のない瞳が見つめる先は、喫茶店の窓を隔てた先にあるショッピングモール内のゲームセンター。

 そこから出てきたのは、右目と髪の毛が半分ほど灰色に染まった一人の男子高校生であった。






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