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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第三十八話 蠅

「どういうことだ、何でこっちの位置が......というか俺たちの方を?」


「分からないけど、見つかっているみたいだね。さっきまでぴくりとも動かなかったのに......」


 三浦の方に目を向けているが、顔を赤くして俯いているせいかよく見えない。

 それにさっきの執事服の老人。俺の名前やら、死蟲が見えることやら、考えればあまりにもタイミングの良すぎる邂逅。何か関わっているのか?


 頭に沸いた疑問を一度振り払い、通と向き合う。


「まだ、こっちを見ているか?」


「うん、首だけ回転させてこっちをじっと見てるね」


「とりあえず、三浦に話しかけたいんだが、場所も悪いし山江達もいるからな......いや、移動するみたいだな」


 顔を紅潮させたまま、三浦がひとりでにゲームセンターから足を遠ざけてゆく。

 山江も矢田も無言のままその場から立ち去る三浦の後を追ってゲームセンターから出て行った。


「とりあえず、ついていくしかなさそうだな」

 俺たちも急いで自販機の陰から出て、三人の足取りを追った。


 



「ちょ、ちょっと錦?どうしたのよ。そんなに矢田の事で怒ってたの?」

 ゲームセンターから出て一言も話さなくなった三浦を怪訝に思い、話しかける山江。彼女はもう先ほどの矢田の悪戯に関心はなく、友人である三浦の心配をしていた。


 山江という少女とは、あまり付き合いはない。勿論クラスメイトだから何度か会話したこともある。気が強く、思ったことはすぐに口をついて出てしまうタイプの人間だ。身長が少しばかり小さいことをコンプレックスに感じているのか、紙パックの牛乳を口にするところもよく見かけた。三浦とは波長が合うらしく、決まって休み時間には二人でいる。


 それほど普段から一緒にいる三浦の今の様子が、山江には不審に思ったのだろう。



 しかし、そんな山江の心配も伝わっていないのか、尚も無言の姿勢を貫いたまま足を止めずどこかへ向かう三浦。



 流石にまずいと感じたのだろう。矢田が彼女の肩を引いて強引にもその足を止めさせた。


「わ、悪かったって!ほんとすまん!お、親か!?それとも警察にでも行くつもりか?勘弁してくれ!」

 この期に及んで自己保身に走るとは、何があったか定かではないが矢田に関してはあきれ果ててしまう。


「大司!あんたね!」

 山江も矢田のその態度が気に食わなかったのか、その小さな体で食いかかる。



 気が付けば、三人はショッピングモールから離れ、近くの公園にたどり着いていた。

 陽は傾きもう少しで沈み切ろうとしている。宵闇が街を覆い隠さんとする不気味な時間。血の様に赤い陽の光が僅かばかりに公園の隅を照らす。





「なんか、おかしくないか」

 気が付けば、俺はそう呟いていた。


 そう、おかしいのだ。いくらショッピングモールからこの公園が近いとはいえ、徒歩一分前後で来られるような場所じゃないはずだ。そもそも、俺たちはいつショッピングモールから出た?その辺りから記憶が曖昧になっている気がしてならない。


「た、確かに。ここって第二緑地公園だよ......。僕、何度かここに来たことがあるから知ってる。けど、あの場所からここまで離れてはいないけど......こんな短時間で歩いてこられるような所じゃあないよ......」



 通もその違和感に気が付いたのか、周囲に目を見やる。

 そして、その事に気が付いたのは俺たちだけではないようであった。


「ちょ、ちょっと待って。ここどこなのよ?さっきまで私たちモールに居なかった?錦を追って歩いてたけど......いつの間にこんなところに来てたの?」


「は?え?ちょっと、冗談やめろよ御影。たまたま俺たちが気にしてなかっただけだろ?じゃないとそんな......」


 山江と矢田も自身の置かれた状況に混乱しているらしく、頻りにきょろきょろと周りを見渡している。しかし、まるでそんな事は些細なことだとでも言わんばかりに三浦だけ、どこか一点を見つめ続けていた。


「ねぇ!錦!帰ろう!ここなんか気味が悪いし。家まで送るから、ね?」

 栗色のツインテールをゆらし、三浦に駆け寄る山江。矢田は呆然としてその場に立ち尽くしたまま動けないでいるようだ。


 山江が背後から三浦の手を取ろうとした時、嫌な予感がした。




――釣れた釣れた。



 何者かの声が公園に響く。



「離れろッッ!山江!矢田!」


  俺は立っていた場所から三浦たちに向け走りながら声を出した。

 

 通はその場に置いてきてしまったが、それよりも山江たちが危険だと、右目が蟲の知らせの如く痛んだ。


「えっ!?誰......ってあなた、八夜君!?」

「はぁ!なんでお前がここにいんだよ!」


 山江と矢田の問いかけに応じる暇もなく、すぐさま駆け寄るとそのまま勢いを殺さず三浦の背中を蹴りつけた。



「すまん三浦。もし間違っていたら親でも警察でも突き出してくれ」

 タッと山江と矢田の間に降り立つと、吹き飛んだ三浦の方に目を向ける。



「な、なにしてんだよ八夜てめぇ!」

 矢田が俺のシャツの襟に掴みかかる。傍から見たらその反応は当然だろう。突然現れたクラスメイトが背後から友達を蹴ったのだから、それも思いっきり。


 矢田は正義感に駆られたまま俺の頬を殴る。咄嗟に飛び出してきたものだから、何から説明すればいいのかわからないでいた。


 俺の悪い癖ではあるのだが、思ったことを素直に口に出すことが出来ないでいた。それは幼少期からずっと変わらず、その点山江が羨ましくもあった。


 けれど、俺も考えなしで三浦の背を蹴飛ばしたわけではない。そう何発も殴られてたまるものか、と続く二撃目をかまそうと拳を振り上げる矢田を正面から睨む。矢田も思いのほか引かない俺に驚いたのか、少し躊躇いの間があった。



「ちょ、ちょっとまった!!」

 置いてきてしまっていた通が大声を上げてこちらに向かってくる。


「八夜君は悪くないんだ!えっと、なんて言ったらいいのかな......とりあえず手を放してあげてくれないかな」


「八夜君に、通君まで......なんで二人して」

 次々に現れるクラスメイトに山江は疑問を感じえずにはいられなかった。



「なんなんだよさっきから!こんな場所に急に来たと思ったら錦の態度もおかしくなるしよぉ!挙句クラスの陰キャ共が急に出てきたり!なんなんだよ!」

 遂にキャパシティを超えたのか、誰にでもなく、そこいらに向け苛立たし気に言葉を当たり散らす矢田。



「それよりも、錦は!?」

 ふっ飛ばしてから、全く動かなくなった三浦。背中から蹴られたので当然ではあるが俯せで地に伸びている。


「まて、山江!近づくな」

 いや、もう既に予感ではなく、これは確信と言っていいだろう。あの時聞こえた声が背中にくっついていた蠅かどうかは定かではないが、三浦は死蟲に操られている。





――せっかく見た目の綺麗な傀儡を手に入れたのに釣れたのはこれだけか。

 

 三浦の様な、そうでない様な声で、それは言い放った。


 地に伏した三浦の背中に半透明の何かが姿を現す。まるで背中を突き破って出てくるようにそれは徐々に姿を明瞭にしてゆく。だが、不思議なことに三浦自身の背中には何も変化は見られない。けどそれは確かにその背中から這い出てきた。



「もう少し粘ってみたかったが......どうやらそうもいかなくなったようだ」

 穴から這い出るような仕草で、三浦の背中から抜け出すと、それは大地に立った。身長は俺とさほど変わらない。けれど先ほど半透明だったはずの身体が、足先からゆっくりと色を取り戻す。



 「人の身体に、蠅の頭......」

 まさしく、通がこれまで一週間ほど見てきた三浦の背中に取りついていた死蟲。


「ひっ!!」

 その異形の姿を目にし、山江は腰を抜かしたのかその場で座り込んでしまった。ガチガチと歯を打ち鳴らし、その異形に恐怖している様を隠しきれていない。そして辺りに鼻を刺激する匂いが立ち込めた。どうやら恐怖のあまり失禁してしまったようだ。

 流石にそのままにして置くのもかわいそうなので、着ていた学生服の上着を脱ぎ、そっと山江の膝にかける。阿南とかならもっと気の利いたやり方を思いついたのかもしれないが、生憎俺にはそうすることしか出来なかった。


 また矢田も同じような状況で、目にしたことのない異形に対して恐怖心が勝り、その場から動けないでいるようだった。


「八夜君、うん。間違いないよ、あれがずっと三浦さんに取りついていたモノだ」

 微かに震えが見られるが、しっかりと己の脚で立っている通に少しばかり感心した。


「あんなにはっきり見えるのは初めてじゃないのか?怖くはないのか」


「すげー怖いよ、僕だって逃げ出したいさ。けどここには動けないクラスメイトがいるし、君もいる。だからなんとか......」


 強がりなんだろう、今にも膝が折れそうになっている。けど、そのことは口にしない。それが通の勇気に対する敬意だから。


「俺が初めて死蟲を見た時、ゲロ吐いたぜ」


「ふふっなんだいそれ、君なりに励ましてくれているの?」


 さっき通は言った。俺が優しい人間だ、と。そんなことはない。俺は初めて死蟲に出会ったとき切実に自分の命を救う方法だけを模索した。わけのわからないまま理不尽に淘汰されるのを忌避し、阿南に当たった。本当に優しい人間というものは通のような人間だろう。


 三浦もそうだ。だから、こいつらにはこんな危険な目には合ってほしくはない。例え俺自身を犠牲にしても。

 この身でこいつらから悪意が払われるのなら俺は、足を踏み入れる。


――異形の側に。




 出来れば山江にも矢田にも、通にもこの姿は見られたくはなかった。だってこの姿は、まさしく異形。死蟲と何も変わらない。さっきの反応を目の当たりにしたせいか、その思いがより強くなってしまった。


 「八夜君......?目が......血の、涙......?」


「通、俺が隙を作る。その間に三浦を連れて四人で固まってくれ」


「ッ......それが、君の丕業なんだね......。わかったよ、三浦さんは任せて」


 聞きたいことがいっぱいあったはずなのに全てをねじ伏せて、俺のいった事を理解し頼もしい顔で頷いた。あぁ本当に優しい人間だ。



 「......ふぅ」

 一つ息を吐く。灰色の眼から赤い滴が重力に従い頬を伝う。そこに出来た赤い道筋がパキパキと乾いた音を立てて、根の様に広がる。



「お前は......」

 先ほどからこちらを警戒していたのか傍観に徹していた蠅男が口を開いた。良かった、もう三浦の声ではなくなっていた。流石にその姿で三浦の声だと、きっと気味悪さの方が先行していたから。


 蠅男が喋りきる前に再び蹴りを食らわす。


「ガゴッ!!??」


 公園に備え付けられていた遊具に当たるとドガッという豪快な音を立ててめり込む。


「ぐぐっ......その骨の鎧、平四郎蟲と交戦したと報告のあったガキか......!!」


「夜辺に聞かされていたのか?」


「さあな!」

 その場から恐ろしい速度で立ち上がり、こちらに駆けてくる。


 俺の背後に回り、その腕を存分に振るい仕返しとばかりに背中を殴る。けれど、奴の腕力より俺の丕業の強度の方が勝っているようで、ぴくりともしない。


「なっ!?」


 ゆっくりと振り返り、その拳を握るとそのまま奴のシンボルマークともいえる蠅の頭に頭突きをお見舞いする。


 バガンッ!と大仰な音を立てその場に沈む蠅男。

 頭を抑え蹲る奴に足を乗せ、踏みつけながら言った。



「俺は、俺の周りの日常を脅かす奴を許しはしない」


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