第三十七話 見えるもの 三
時計の針は、十六時半を指し示している。誰が何と言おうとも放課後だ。
俺と通は一度机に集まって三浦が教室から出ていくのを待っていた。
阿南がいれば声をかけようとも思っていたが残念ながらその姿は教室にはなく、我孫子もそれは同様であった。
「なんだか、遊びに行くみたいだね?」
通が少し不安げに口にする。
そうなのだ。当たり前と言われればそうかもしれないが、どうやら三浦はクラスメイトと今日、放課後に遊びに行くようである。
参ったな、それもそうか。俺も通もそういった人種ではないから失念していた。
華の高校生である。放課後は即時帰宅して、家で惰性を貪る俺たちとは違い、三浦は友達も多い。放課後は予定が詰まっていて然るべきなのだろう。
「まぁ、しょうがない。付いていくしかないだろ」
「だね」
別に何かの勝負をしているわけではないのだが、どことなく敗北感に包まれながら教室を出ていく三浦たちの後を追う。
三浦を含めた尸高校の生徒三人は高校を出て、近くのショッピングモールへと足を運んだ。女子二人に男子一人。傍から見れば両手に花である。
俺たちは着かず離れずの距離感を保ったままモールに乗り込んだ。
どうやら三人はモール内のフードコートで軽く休憩している様であった。
「つか、今日の授業マジめんどかったよなぁ」
唯一の男子生徒である矢田 大司が欠伸混じりに三浦に話しかけた。
「えぇ?そんなことなかったと思うけど?」
柔く否定しつつ、もう一人の女生徒に三浦は投げた。
「ほんとよ。あんた、単純に勉強が嫌いなだけでしょ?他の人を見習いなさいよ」
投げかけられたもう一人の生徒、山江 御影は棘の含む声でそう言うと、矢田をにらむ。
にらまれた矢田は、大して気にも留めず、ツーブロックに剃られた頭髪を弄っていた。
「せっかくの高校生なんだからさぁ、もっと遊びたくね?勉強ばっかしてても楽しくないっしょ。錦も御影もそう思わない?」
三浦はあはは、と半笑いで肯定とも否定ともとれる曖昧な返事をし、山江は呆れたようにため息をこぼした。
「だからあんた成績悪いのよ......。阿南君とか八夜君を見習いなさい」
突然俺の名前を出され、心臓を握りつぶされた感覚に陥る。
「阿南はまぁ、アイツは俺と住む世界が違うっていうかまぁ完璧人間だからなぁ。けど、八夜はないない」
矢田は笑いながら手を振り、ない、という言葉を強く主張した。
「あいつ、何考えてるかわかんねーし。ただの根暗かと思ったらそうじゃねーし。てかあの髪の毛似合ってねぇ、カラコンも。あんな痛い奴を見習えなんて御影は性格わりーな」
先ほど急激に上がった心拍数が、落ち着きを取り戻した。それは、すっとぬるま湯が冷めるように。
やはり、俺の評価というものは所詮そんなものなのだ。本人の居ないところでの評価が本当の評価とはよく言ったものだ。俺の目に見えていないところでの評価なんて、あの頃と何も変わらない。
立て続けに、出会った人に恵まれていたから、そんな足元を見ていなかったのだ。自分の立ち位置というものを。
「――八夜君は、そんな人じゃないよきっと」
そう発した三浦自身、驚いたのだろう。言った後に口を手で覆っていた。
「はぁ?」
「どうしたの錦?」
二人ともそこで三浦が口にするとは思っていなかったのだろう。それぞれの反応を示す。
「あ、いや、何回か喋ったことあるけどそんな人には感じなかったから」
まるで何かを弁明するかのように必死に捲し立てている。
「んだよ、お前あいつの事気になってんのか?」
にやにやした顔つきでジュースをすする矢田。プラスチックのコップからゾゾッという音が鳴り響く。
「ちょっと、そうなの!私聞いていないけど!ねぇ錦、にーしーきー!」
その話を皮切りに高校生、いや学生特有の誰々と誰々が付き合っている、あの子が告白する、というようなありがちな恋愛話にもつれ込んだ。
「三浦さん、いい人だね」
少し離れた席で同じようにジュースを飲んでいた通が先ほどの会話を思い返しながら話しかけてきた。
「そうだな、まぁ矢田の俺への印象は当然だとおもうが」
学校の定期テストは上位二十人人が張り出される。前回のテストでは確か阿南は学年五位で俺は九位。そして通は確か十位だった。俺のすぐ後ろだったから記憶に残っている。
「そんなこと無いと思うよ。僕もまだ八夜君とは長い付き合いじゃないけど、こうして僕の手伝いをしてくれているわけだし、優しい人間だよ君って」
「自分の事は自分が良く知ってるよ。まぁそう思ってくれるのはありがたいが......」
「素直じゃないよね八夜君って」
矢田とは違った種類の笑い声を立て、買ってきていたフライドポテトをつまむ通。
それから一時間程談笑に勤しんでいると、目的の三人が席を離れ出した。どうやら別の所へ移動するようだ。
俺たちもそれに倣い、ごみを片付けると後を追った。
三人が向かったのは同じモール内のゲームセンター。傍からだと本当にデートの様に見える。だがこれが普通なのだろう、彼らにとっての日常とは。
シューティングゲームでカッコいい所を見せようとしているのか大仰なアクションで矢田がゾンビを撃ち殺している。
「なぁ、通。まだ死蟲は居るのか?」
「うん......いつもと変わらないね。背中に着いたままずっと三浦さんとおんなじ方向を向いているよ」
やはり、変化は見受けられない。ここまで無害だと放っておくのも一つの手ではないかと思ってくるほどだ。
「っしゃ!」
全クリしたのか、拳を握りしめて喜びを表現する矢田。三浦と山江はすごいすごいと褒めたたえる。その事に気を良くしたのか、矢田はシューティングゲームを筆頭に次々にゲームを楽しんでいった。
しかし、存外三人という中途半端な人数全員で遊べるゲームというものは少ない。勿論矢田は一人でも楽しんでいるようだが他の二人に気を使ったのか、全員が遊べるようなゲームを探し始めた。
「お!あれやろーぜ!」
目当てのものを見つけたのか、三浦と山江を連れ、奥へ進んでいく。
立ちすくむような眩しい光に包まれた空間で三人は足を止めた。
プリクラである。箱型の機械の中に入り、記念撮影をするゲームの一種。近頃スマートフォンのカメラ技術が上がり、アプリなんかで気軽にできるのもあり今日日わざわざ金を払ってまでするような奴がいるとは思わなかったが。
だが、あいつらにとっては三人で撮るという行為が楽しいんだろう。あまり俺には分からない感覚ではあるがそれを鼻で笑い馬鹿にするのは少し違う気がする。
三人は眩い箱の中に入り、わいわいとどういったポーズでとるか談笑していた。
箱から発せられる合図に合わせ三人が中で写真を撮っているのを俺と通は外で様子を伺っていた。二、三分程した時中から三浦の悲鳴が上がった。
「きゃっ!」
「通!何か起こったのかも!」
「ちょ、ちょっとまって!様子を伺おう!」
何を悠長に、と口にしようとした途端、中から山江の声が聞こえてきた。
「ちょっと!大司!どこ触ってんのよ!」
茶髪にツインテールというわかりやすい出で立ちの山江が顔を真っ赤にしながら出てくる。次いで同じく顔を赤くしている三浦、そして最後にへらへらと笑いながら矢田が姿を見せる。
「ちげーよ、プリ機の中狭いからさーたまたま当たったんだよ。悪かったって」
全く悪びれた様子もなく、心にもない謝罪をする矢田。到底許すつもりは無いようで山江は顔を見せようともしていない。
悲鳴は三浦のものだった。つまり三浦も触られたようであったが、怒るというよりは困惑したような面持ちで、少しばかり矢田との距離を開けている。
「どうやら、違ったようだな」
安堵の息が漏れる。遂に死蟲が三浦を襲い始めたかと思ったがどうやら矢田がセクハラをして、三浦が声を上げただけの様であった。まぁ三浦本人からすればたまったものではないだろうが。
全身から拒否感を露わにしている山江と、悪びれる様子もない矢田。そして悲鳴を上げて以来一言も発さなくなった三浦を俺達は近くの自販機の陰に隠れ見ていた。
「ほう、なかなか厄介なものが。あれには気を付けた方が良いでしょう。八夜千草君」
陰に隠れていたはずの俺と通に誰かが話しかけてきた。その声の方向に顔を向けると、そこに一人の初老の男がいた。
その人はゲームセンターに似つかわしくない、執事服に身を包んでいた。よくあるコスプレの安っぽい布きれではない。しっかりと質を感じさせる、けれど絢爛ではなく質素な執事服だ。皺の一つとして見受けらえずまた汚れなどとは無縁そうだ。
知り合いの恵体といえば阿南がいるが、それに負けず劣らず筋骨隆々でただそこに居るだけで威圧されるかのようである。佇まいだけで、その男がただものではない事を周知に知らしめていた。
そんな男性が、俺の名をはっきり口にし、厄介なものと言った。
「彼女に何か対策を施さなければ、取り返しのつかないことになるでしょう」
蓄えた灰色に近い白いひげを撫で、三浦を見据えていた。
あまりに突然の邂逅、そして助言に通と俺はうまく言葉を紡げなかった。
「あぁ、失礼。急でしたな。私はとある方の使いでして本来であれば接触する予定ではございませんでしたが、いやはや老人のお節介とでも思ってください」
優し気に目を細めるどうやら敵意は無いようだが、言葉の一つ一つに力が込められているかのように鼓膜が震える。
「あなたは、あれが見えているんですか?」
何とか声を振り絞り通が尋ねると、すぐさま件の男性は返答した。
「えぇ」
にこやかにそういうと、コツコツと床をを鳴らしその場から立ち去った。
「なんだ、あの人は。というか何で俺の名前を......?」
「てっきり八夜君の知り合いかと思ったんだけど違うみたいだね......って、えっ!?」
「どうした通?」
突然声を荒げ俺の肩に掴みかかる通。まだ自販機に隠れているから、三浦達に見つかったわけではないと思うのだが......。
「嘘だ......いや、やっぱり間違いない」
「だからどうしたんだよ、見つかったわけじゃないだろう?」
「違うんだ八夜君!彼女じゃない!彼女の背中にくっついている蠅頭に見られている!」
「なっ!?」
「身体は前を向いてるのに、顔だけしっかりとこっちを見据えてる!!」
――昨夜に感じた生ぬるい風が、このゲームセンターの自販機の影、という限定的な場所に吹き込む。そしてそれは、俺たちを掠めて安寧を持ち去り、どこかへ消えて行った。




