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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第三十六話 見えるもの 二

 「三浦......か」

幸か不幸かクラスでも数少ない会話した事のある人物だ。しかし、今日会話した時には全くと言っていいほど何も変化は見られなかった。


「そう。ここ一週間ぐらいからかな?はっきりとは見えないんだけど、薄ぼんやりと蠅の顔をした人みたいなものが背中にいるんだ。勿論最初は気のせいだと思ったんだ、何か疲れているのかもって。けど流石に毎日の様に見えていると......」


 思い出して気分でも悪くなったのか、少し青ざめた顔をする通。


「僕も彼女に直接言えればいいんだけど、そもそも会話すらまともにしたことのない同級生にいきなりそんな話をされても、誰が信じるのって話だよ」


「それは、まぁ最もだな」

 何も知らない人にそんなことを言っても誰も救われない。通がおかしな奴というレッテルを張られるだけだ。まぁ三浦に関してはそんなことはないかもしれないが。


「まず初めにこの事を爺さんに話したんだ。そしたら同じようなことが過去にもあったって聞いて、それで丕業の話を聞いたんだ。結局肝心なことはまだ知らないけれどね」


「それで、生徒会のメンバーが丕業を持っている事を知ったんだな」






「そもそも私は六道とは同級生にあたるんだよ」


 常謁さんが、話に割って入ってきた。


「私も尸高校出身でね。その頃から生徒会の人間が死蟲と戦っていたのは知っていた。私は生徒会ではなかったんだが六道は一年の頃から生徒会だった。彼は強い人間だ。弱さというものを人には見せなくてね、それが恐ろしかったよ。勉学もきちんとして、その上で生徒会の仕事をこなしていたんだからね」


 懐かしむように当時を語るその声は先ほどよりも幾分か柔らかく感じた。


――それで、と通が話を戻す。


「生徒会の人に声をかけようと思ったんだけど......」


「特に当てもなかったから、俺に声をかけた......と」

 あはは、と少し気恥ずかし気に剥き出しの額を掻く通。



「白間君は怖いし、阿南君は僕とタイプが違うからね。もう一人の大御門君はそもそも顔すらよく知らない。八夜君とは一度同じグループになったこともあるし、一番話しかけやすかったんだ。あ、でも今日花屋さんで出会ったのはたまたまなんだ」


「まぁ、その顔ぶれを考えれば必然的に俺に行きつくな......」

 一年の生徒会メンバーの顔を思い浮かべながらそう口にしたが、その人選は当然だった。


「それで、ここからが問題なんだけど、どうすればいいんだろうか。やっぱり直接三浦さんに言うしかないかな?八夜君と一緒なら少しは話を聞いてくれるかもしれない」

「いや、やめておいた方が良いだろ。俺もお前も二人で行ったとしてもたいして変わらない」


「まぁ、そうだよね。うーん......。放課後に生徒会の人たち何人か集めて話した方が良いのかな?」

「それが一番かも知れないな......阿南を呼べば三浦も信じるだろ。俺と通と阿南の三人で話す。けどそれでどうなる?」


「どうって?」

 疑問に感じたのか、顔を傾ける。


「本人が異常に気付いただけで何も変わらないと思うが?。本人に気が付かれると離れるならそれでいいが、そうもいかない。それなら気が付いていない今のままの方が良いんじゃないか?」


「確かにそうだね......。ずっと蠅の顔した人間が背中にいるなんてあまり考えたくないよ」


「ただ、ずっと無害かどうかも分からないな......」


 模索していた道を立て続けに閉ざされているような気分になった。

 またも三人が口を紡ぐ。時を刻む秒針だけが正確に音を立てている。



「とりあえず、飯にでもしようか。その子のことはそれから考えよう」

 常謁さんのその一言で、俺たちは沈黙を破って動き出した。


 


* *




 「本当に読書が好きなんだな」


 晩御飯の支度を手伝うと言ったのだが、客人に手伝わすわけにはいかない、という常謁さんの言葉に甘え今は通の部屋で過ごしていた。


「活字だけじゃなくて漫画とか、ゲームも色々するよ」


 部屋の壁は棚で覆われていた。その棚も天井までの高さがあるため、異様な圧迫感があった。

 俺自身も本や漫画は読むしゲームもする。けれどここの置いているものはあまり目にしたことのないタイトルの方が多かった。


「カフカ、は聞いた事あるな」


「変身が有名だね。結構著者自身捻くれてるし外国の本って情景がいまいち思い浮かばないから読むのに苦労するよ」


「確かに、俺もモームとかポォとか読んでたことあったけど、だいぶ時間がかかったな......」


「へぇー八夜君ってそういった本も読んだりするんだ。意外だよ」


「まぁ、通ほど嗜んじゃあいないがな」


「所詮嗜好品だから、気にすることじゃないよ。何を読むかじゃなくて何を読んで良かったか、と僕は思ってるよ」


「それもそうだ」

 通とは阿南と違った親しみやすさが、あった。

 別にそこは比べるようなことではないが、やはり趣味嗜好が似通うものとの会話は弾む。


「あ、これ新刊出てたのか」


「八夜君もこれ読んでるの!?いいよねこれ!」


 手にしたのは週刊誌に連載されている漫画の新刊。端的にいうと恋愛漫画なのだが、度々シリアスなシーンが差し込まれ、それがまた読んでいると身を引き締められるようで一度目を通すと中々離せなくなってしまうのだ。


 その後もその漫画に出てくるヒロインたちで誰が一番かわいいか熱い議論を交わしていると、階段の方から常謁さんの声が響いた。


「おっと、もうこんな時間か」

 気が付くと長針は一回りして、短針は八の数字を示していた。


「こんなに読み込んでいる人と話すのなんて初めてだよ」

 未だに議論の熱が冷め止まぬのか鼻息を多少荒げ興奮した面持ちの通を連れ、下に降りると先ほどのリビングに戻った。



「おぉやっときたか。さぁ晩飯にしようか」

 リビングのテーブルにはこれでもかと様々な料理が乗った皿が並べられていた。

 焼き魚、里芋の煮物、サラダ、味噌汁、酒のつまみの様なものもある。


「いただきます」

 きちんと手を合わせ、食事にありつく。これがなかなか美味かった。婆ちゃんにも負けず劣らずと言っていいだろう。



「どうかな?若者の口に合えばいいんだが......」


「むちゃくちゃ美味いです。自分和食が好きなんで」


「そうか、それはよかった。おかわりもある沢山食べてくれ」

 俺自身はあまり料理を作らないからわからない事だが、やはり自分の作ったものを美味しいと言って食べてもらえるのは嬉しい事なのだろう。目じりに皺をよせ、常謁さんが空いた皿におかわりをよそう。



「どうした、通?」

 先ほどから一点を見つめながらご飯を食べている。何かを思案しているようだ。


「うん。僕考えたんだけどやっぱり直接言った方が良いと思うんだ。何か起こってからじゃ遅いし......」


「あぁ」


「けど、その前に三浦さんを観察してみようと思うんだ」

 何かを確信したような目つきでこちらに顔を向ける。


「観察?」


「うん。あの蠅みたいなやつがただただくっついてるだけなのか、どうかを。もしかしたら学校だけなのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

しっかりと見極めてからじゃないと」


「通の言いたいことは分かった。けど、あんまり長く放置もしてられないからな......。明日の放課後、三浦の後をつけてみるってのはどうだ?」


「そうだね、明日は平日だし彼女は部活とかしてなかったはずだからタイミング的にも良さそうだね。もし明日何もなかったら次の日に打ち明けてみるよ。その時は一緒にお願いしても良い?」


「あぁ、俺もついていく。阿南や白間にも声をかけておくよ」


 こうして、俺たちの明日の計画は立案された。放課後、自宅までの道のりを観察して、それでもずっと背中にくっついている様なら彼女に打ち明ける。なるべくはやい方が良いだろう。無害の死蟲もいるとは誰かが言っていたが、我孫子の話からすると本当に無害なものがいるのか怪しくなってきたからだ。




「ごちそうさまでした」


 軽くお邪魔して帰る予定だったが通と常謁さんの好意に甘え、夜が蔓延るまで家にいた。

 夜だというのに未だ生ぬるい風が吹いている。湿り気を帯びた、気味の悪い夜だ。


 通と連絡先を交換して家に帰宅する。婆ちゃんはもう寝てるらしく、玄関の明かりだけが付いていた。


 自身の部屋に入り、ベッドに体を預ける。少しだけ沈むとそこで止まり、軽い反発が体を襲う。


――明日、何事も起きなければいいんだが。


 妙に生ぬるいこの夜が、漠然とした不安を掻き立てる。満腹感が全身を心地よい眠りに誘うが、その提案に乗るか乗るまいかの瀬戸際で揺れる。


 見えない死蟲、見える通、丕業、呪い。


 このいくつかの言葉が暗闇に浮かんでは沈み、また浮かんでは沈む。

明滅する電灯の様に強くその言葉たちが頭に残る。


 気が付けばその繰り返す明滅が睡眠導入剤の様に俺を眠りへと誘った。



* *



 翌日、教室に登校すると通が声をかけてきた。


「おはよう八夜君、いよいよ今日の放課後だね」

 空回りしているような気がしなくもないが、余計なことを言わない方が良いと思い曖昧な返事だけすると席に着いた。


 教室を見回すと、どうやら三浦も既に登校しているようで、クラスの女子と仲良く談笑に励んでいた。

 何度眼を凝らしてみても、やはり俺の眼には何も映らない。


「なぁ、通。今もいるのか?」

 三浦本人に分からないように言葉を濁して通に尋ねる。


「うん、勿論。昨日と何も変わっていないね」

 やはり通には見えているらしい。


「けど......いや、気のせいかな......」

 小声で何かを呟いていたが俺には聞こえなかった。


「なにかあったか?」

「ううん。気のせいだよ。それじゃあ放課後また集まろう」

 そういうと、通自身の机に戻り授業の用意を始めた。俺も今は三浦の事を置いて次の授業の準備に勤しんだ。



 授業中も何度か三浦の方へ視線を寄越すもののやはり、俺には見えないらしい。

もしかしたらと思い、休み時間に後ろの席に座っている我孫子に何か違和感はないか、と尋ねてみたが返ってきた答えはやはり予想したものであった。


「今日はいつになくそわそわしていないかい?」

 どうやら俺に対して違和感を感じていたようだ。


「ん?いや、別にいつもと変わらないが?」


「そうかい?落ち着きがないというか、何かを気にしているようだけど......」

妙に疑り深い我孫子。


 昨日とは違い、長く艶やかな髪を片方に結い、垂らしている。毛の先までそのしなやかさは失われておらずダメージとはおよそほど遠い。


「それで、今日の放課後は空いているかな?」

 

「いや、すまないが今日は空いてない」


 残念、と口にし、そのやり取りで俺たちの会話は終了した。我孫子は立ち上がると他のクラスメイトと共に次の授業の教室へ移動していった。当然の様に今日も制服はズボンを着用している。


 


 何も変化のない、日常。そのはずなのだが、通にとってはそうではない。

 目に見える日常と、目に見えない非日常。目に見える非日常と、目に見えない日常。


 

 ――俺の数少ない願いが、目に見えないところで脅かされている。ならばこそ、それは取り除かなくちゃならない。その為の丕業。呪いだとか、願いだとかは今の俺には漠然とし過ぎていて、実感がない。だから俺は、俺とその周りの日常の為にこの力を使う。



 ひとりでにそう決意すると、残り少ない今日の授業に気を向けた。



今年最後の投稿になります。まだ投稿をはじめてから三か月程しか経っていませんが様々な人に見ていただけて、これ以上ない喜びです。もう少し自身の経験を積んだら他の作品も書こう、と模索している所なので

機会があれば、そちらもご一読頂ければと思います。すっかりと寒さが定着しつつあるのでどうか、自身のお体にはご自愛を。それでは、来年にまた。

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