表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
37/95

第三十五話 見えるもの 一

 尸高校を出て、昨神市立病院へ向かっていた。

 先ほど我孫子から聞いた話が頭の中でぐるぐると蜷局を巻いていた。そんな話をばあちゃんから聞いた事覚えはない。勿論知らなかっただけなのかもしれない。寧ろその可能性の方が大きいだろう。死んだ両親もじいちゃんもそのことを一度たりとも話題に出したことはない。


 そこで一つの可能性が浮かぶ。俺がこの目を持つようになったきっかけ。あの事件が大きくかかわっている、とどこかで納得している自分がいた。だとすると、俺のこの丕業は他の人たちの持っているものと少しばかり違っているのかもしれない。




――そういえば、この日に初めて死蟲と遭遇したんだったな。

 いつかの帰り道、姉さんに渡すために寄った花屋が見えた。



 たしかここで花を買っているのを阿南が見ていて、その結果九死に一生を得た。もしかしたら阿南の奴も誰かに花を買いに来ていたのかもしれない。


 何となしに、その花屋の中を覗くと店員らしき男が声をかけてきた。


「いらっしゃいませー!って、千草じゃないか!」

 話題の男が、そこに居た。


「おい、なにやってんだよ」


「なにって、店番?」


「もしかして、ここって......」


「あぁ、ここは俺の実家が経営してるんだよ。あれ、言ってなかったっけ?」


 住宅マンションの一階部分全てを占めるその花屋は【GardenA】と小さく掲げていた。

入り口には色とりどりの苗が置かれており、コンクリートの色に映えている。また花だけでなく観葉植物や雑貨なども所狭しと置かれておりちょっとしたジャングルの様だ。その中で、日本人男性の平均身長を大きく上回る阿南のエプロン姿が異様に可笑しかった。


「く...ははっ」

「え、なんで突然わらったんだよ!?」


「すまんジャングルの王者」

「ここはジャングルでもないし俺は王者でもないぞ!?」


「そんな事より、ここが阿南の実家だったんだな。だからこの前俺が花を買っていたところを見ていたのか」

「そんな事って......あぁ、その時俺は植え替えの作業をしていてな、手が離せなかったんで見ていただけだったんだが......どうした、また花でも買うのか?」


「いや、今回はたまたま覗いてみただけだ」

「そうなのか、残念......っと、わりぃ親父が呼んでるみたいだ。じゃあな!ゆっくり見て行ってくれ」

「あぁ」

 店の奥から低い声で阿南を呼ぶ声がすると阿南はその声の方へ駆けて行った。

 言われた通り、一通り店の中を見て回る。

 

 カーネーションやトルコキキョウ。アルストロメリア、菊。たいして造詣が深いわけでもない俺でも知っていて、綺麗だと思えるような花が咲いていた。



「花が好きなの?」

 突然背後から声がかけられる。ゆっくりと首を回し、その声の主を見やるとそこには見覚えのある尸高校の生徒が立っていた。


とおり?」


 尸高校一年A組つまり俺と同じクラスの男子生徒。とおり 吟常ぎんじょう

 クラスの中でも特に目立つようなタイプではなく、むしろ内向的な人間だと記憶している。休み時間は一人で読書に勤しんでいる姿をよく見かけるし体育の授業でもよく補習を受けていた。オリエンテーションなどの班決めの時に、余っていた俺と一度同じ班になった、その程度の付き合いだ。

 良くも悪くも影の薄い存在。


「うん、こうして学校外で話すのは初めてだね。八夜君」

「そうだな、通はこの辺りに住んでいるのか」

「たまたまだよ。なんとなく入った花屋さんに君がいたから思わず話しかけちゃったよ」

 長く伸びた前髪で目を覆っているので表情が読み取り辛いが笑っているのだろう。




「あの、さ。良かったらこの後ご飯でも食べに行かない?」

 突然の申し込みである。そこまで仲が良かった覚えはないが、別に断る理由もなかった。

「まぁ、特に用はないからいいが、少しだけ時間をくれ。家に連絡する」

「勿論だよ!君ってしっかりしているんだね」

 


 店の外にでて、婆ちゃんに晩御飯が要らなくなったことを電話で伝えた。そのついでに姉にも見舞いに行けなくなったことをメールしておいた。




「連絡終わった?なら行こうか」

 店の入り口で待っていた通と合流し歩き出す。


「どこか行くアテでもあるのか?」

 迷いなく歩み続ける通の背中に問いかける。

「うん。というか、僕の家の予定だったんだけど......迷惑だった?」

「いや、迷惑も何も俺の方が迷惑じゃないのか?突然お邪魔して」

「八夜君が迷惑じゃなければ構わないよ!それに両親は家に居ないし、祖父がいるだけなんだ。あ!けど爺さんの手料理にはずれはないから安心して!」

 自分の事のように鼻高々と自慢をする通。


 俺としてもあまり親交の深くない人間の両親とあったところで何を話せばいいのかわからないから安心といえば安心だ。けれど、そうか。


「八夜君ってさ......丕業っていうの?持ってるんだ?」


 前を向いたまま唐突にその話を振ってきた。

「おまえ......」

「いや、僕はあまり詳しくないんだけどね。その一緒に住んでいる爺さんがそういったものを持ってるらしいんだ。それでちょくちょく話を聞いていたんだけど......。

まぁ知っている人からすれば分かるものなのかなぁ。霊感に近い何かなのかなって考えてたんだ」


「まぁ、俺も詳しくは知らない。けれどそうだな、通の言う丕業を俺はもってる。そのせいでこんな髪と目になってるんだ」

「あぁ!その髪と目、カラコンとか染髪じゃなかったんだ!随分個性的だなと思ってたんだよ」

「俺も、そうだったら良かったって何度も思ったよ」

 薄暗くなってきた町を街灯が優しく照らす。それは影を一つの方向へと誘っていた。

 日中程の気温はなく、生ぬるい風がどこからともなく身体を掠めていく。



「あ、着いたよ。さぁあがってあがって」

 至って普通な一軒家が目の前にそびえ立つ。手入の行き届いている庭を抜け、家の戸を開く通。


「じいちゃんただいま。友達がきたよ!」

 中に入るや否やそう声を広間にかけると、奥から一人の男性が姿を見せた。


「おお、吟常おかえり。それとお友達もいらっしゃい」

 六十代辺りだろうか。肌は衰えを見せているものの背筋は伸び、体も逞しい。白髪交じりの髪を後頭部に向かって撫でつけている。

「同じクラスの八夜千草です。お邪魔します」

「八夜君か。大したもてなしもできんがゆっくりしていってくれ」

 朗らかに微笑むと、茶でも淹れよう、と奥へと戻っていった。


「今のが常謁じょうえつ爺さん。あの人がその丕業っていうものを持ってるんだ。とりあえずリビングにいこうか。話があるんだ」


 廊下を通り、突き当りを左に曲がり扉を開く。そこが通家のリビングのようだ。廊下を挟み反対側がキッチンになっているらしく、先ほど常謁さんがそこへ消えていった。


「それで、話っていうのは?」

 恐らくこの話をしたいがために通は俺を家に誘ったんだろう。出なければ、大して仲良くもない同級生を家に呼んだりはしないはずだ。何か緊急の事なのだろうか。


「うん。話っていうのはね。最近クラスの子に変な霊がくっついてるみたいなんだ」


「霊?それって心霊現象とかの事か?」


「うん、霊かどうかは定かではないけど。僕にはどう表現したらいいのかわからない」


「それは、お前だけにしか見えてないのか......?」


「それも分からないんだけど......八夜君、こんな話自分から言っておいてなんだけど信じるの?」


 その声が少し震えていた。顔に掛かっている髪の隙間から、瞳が揺らいでいるのが見えた。


「あぁ、まあな。春先の俺じゃ鼻で笑って茶化していたかもしれないが......生憎ここ数か月で俺の日常はどうやら変わってしまったようだ。いやその変化はもっと前か」


「八夜君?」


「いや、何でもない。その話を信じるも何も、なにか確信があって俺に話してるんだろう?なら全部教えてくれ。お前が見たそのことを」


 死蟲、という二文字が脳裏には浮かんでいた。けれど、俺はクラスの奴らに取りついているのを見た覚えは無いし、阿南も伊織先生も特に変わった様子は見られなかった。

 そもそもあの学校に入れるものなのか。前回の事件以来学校のガードはより強くなっていると渚ちゃんが言っていた。だとすると死蟲の可能性は低いわけだが......。




「その話、私もいいかな?」

 三人分の湯のみを盆にのせ、リビングに入ってきた常謁さんがよく響く声で言った。


 リビングに置かれているテーブルを囲む三人。俺の向かいに通が座りその横に常謁さんが座った。


「八夜君。君は丕業を持っているそうだね?」


「えぇ。あまり使いこなせているかどうかは分からないですが」


「死蟲や丕業のとこを深くは知っているかね?」


「それは......分かりません。何度か話してもらったことはありますし、実際死蟲と相対したこともあります。けれどそれで全てではないような気がしてなんとも」


 言葉を濁す。伊織先生に言われたこと、阿南から聞いた事。そして今日の我孫子。まだすべてが分かったわけじゃない。なら素直にわからないといった方が良いような気がしていた。


 ふぅ、と深く息を吐くと目を瞑り、暫くしてから常謁さんが口を開いた。


「実はね、私も丕業を持っている。いや、持っていたといった方が良いかな。衰えた私にはどうにもうまく扱えないようで暫くその片鱗を見せていない」

 首を撫でつける様にさする。


 当たり前の話だが、俺たちよりももっともっと前の世代から丕業を持っている人はいる。もちろんこの常謁さんもその一人なのだろう。


――丕業は身体的な衰えで無くなってしまうこともあるのか。



「けれど私以外は近しい親族に丕業を持った人間がいなくてね。苦労したよ。君のその目、髪は丕業によるものだね?」


「そう、ですね......」


「君も苦労しているだろう。人というものは見えない物や少数派を特別視しすぎるからね。私も君ほど顕著ではなかったが人と違った所を抱えていて良く悩んだものさ」



「丕業持ちは凄惨な人生を歩む......」

 先ほどの我孫子の言葉が口をついて出てくる。


「うん、そうだね。けれどあまり悲観的にならない方が良い。君みたいに若い子は猶更だ......おっと話が逸れてしまった」

 楽しそうに髪をかき上げ会話を切ると、本題に入る。


「それでも私の親族に全くいなかったわけじゃなかったんだ。この子、吟常は少し変わっているが丕業を持っている」


「えぇ!?」

 通自身も初耳だったのか驚いたように立ち上がると横で茶を優雅にすする常謁さんに詰め寄っていた。


「爺さん!何で黙っていたんだ!」

「すまんの、あまり孫をこういった話に巻き込みたくはなかったんだ。わかってくれ」

 その言葉で冷静になったのか、席に戻っていく通。


「それじゃぁ僕だけが見えていると思っていたのはやっぱり......」


「あぁ丕業によるものだろうな。私も昔見たくない物をよく見ていた。いや、見えてしまっていてな」

 


「じゃあやっぱり通が見えていた霊的なものは」

「死蟲......だろうな」

 俺の問いかけに、常謁さんは答える。


 しばし三人の茶をすする音だけがリビングに響いた。テレビやラジオといったものもこの場には見受けられたが話をするために今は電源が落とされていた。

 コトッという音を立てて湯呑を置く。


 意を決して通に聞きたかったことを問う。

「それで、クラスの誰なんだ?その死蟲が取りついていたのは」


 俯いていた顔を上げおもむろにテーブルに置いていた髪ゴムに手を伸ばす。それで顔に掛かる髪を後ろで一つに縛り、通がその問いに答えた。


「三浦さんだよ、三浦錦。彼女の背中に蠅みたいな顔をした人がいるんだ」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ