第三十二話 分陰
カラリ、と何かが落ちる音が静謐な空間に響き次いで音が止んだ。
我孫子が手にしていた戟の矛先は砕け散り、その柄が奴の手から落ちた音であった。
「な、なんなんだ......その姿は」
どうにか絞り出した様な声でこちらを指さしそう問う。
わかっていたことだ。ただでさえ異質な髪と目を有している俺が、それを大きく塗り替え、全身に骨に似た鎧を纏っているのだから。
怖がることは必然だ。見れば我孫子は全身に冷や汗を掻き、呼吸もどこか荒い。自分が殺されるとでも思っているのかもしれない。
ギシギシと音を立て、自身の手を見やる。先ほど我孫子に掴まれていたごつごつした傷だらけの手は硬質な鎧に覆われ、人という存在から引きはがしたような灰色に染められていた。
あぁ、分かっていたことだ。だから、これはきっと落胆ではない。当たり前の反応を示された安堵だ。
「安心しろよ、別にこれで殴ったりしない」
相対する我孫子の少し前の地面を見ながら、ぼそりと呟く。どうして面と向かえないかはわからないが。
「これで満足したか?飛鳥井先輩にでも報告するんだろうが別にそれはそれで構わない。けど、もう付きまとうな」
まるで捨て台詞かのような言葉を吐きながらその場を後にするため後ろに振り向く。
そのまま一歩踏み出そうとした時。
「な、なんてカッコいいんだ......!」
我孫子が何かを口にした。俺にはいまいち理解できなかった為そのまま無視して歩き出そうとしたが尚も我孫子は言う。
「まるで騎士の様じゃないかその姿......待ってくれ八夜くん!いや、千草!」
「おい」
勿論とうに丕業は解け元の姿に戻っているのだが興奮している様子の我孫子は俺の静止を無視して背中から抱き着いてくる。
「なんて凛々しいんだその姿!絵本の騎士の様だ!素晴らしい!千草こっちを見てくれ!もう一度あの呪、いや丕業を見せてくれ!」
「まてまて、お前急にどうしたんだよ!この姿にビビってたんじゃないのか!?さっきのは何だったんだ!」
「何を言っている!あまりの興奮に震えていただけじゃないか」
「微妙にキャラが崩壊してなくもないが......それより、はやく離れてくれないか。色々と困るんだが」
先ほどから背中越しに当たる感触に意識をかき乱され、落ち着かない。それに淡い花のいい香りが髪から漂いそれもまた俺の意識を乱していた。
「あ、あぁすまないねつい我を忘れていたよ。恥ずかしい所をお見せした」
咳ばらいをしながら羞恥で紅く染まる顔を隠す我孫子。漸く身体を離したと思ったら今度は俺の前に回りこちらを見据えてきた。
「君のその丕業はとても頑丈なんだね。まさかこちらが砕かれるとは。それに何よりもその速度。確実に身体に当たるかと思ったよ」
「あぁ、まぁ、な......」
この間の鬼との局面でこの丕業は一段階力を増したと言っても良いだろう。実際にこれまでとは比較にならない速度で全身に発現できるようになっており、その強度も格段に上がっていた。けれど俺にはその事実が何か取り返しのつかないものの気がしてならなく、もろ手を挙げて喜べなかった。
「お前の丕業はあの戟なんだよな?よかったのか砕いてしまって......」
「なに、その心配はいらないよ。あれは護身用に持っていた私物、呪いではないよ。気にしないで」
「呪い......ね」
躯高校では丕業の事を呪いと言う。わざわざそう言うということは何か意味があるのだろうが今は触れるべきではないだろう。
「それよりも、おい。なんで名前呼びになってんだよ」
「ん?ダメなのかい?」
「いや、そうじゃあないんだが......はぁ」
「ふふ、いいじゃないか。それに約束の事考えておいてくれ。何時でも構わない」
「約束......?あぁ。あのなんでも一つ言うことを聞くって奴か」
「そう、それさ。本当に何でもいいよ。じっくり考えておいてくれ。それじゃあ運動してよりお腹もすいた事だろう。ランチにしようか」
「ついさっきまで凶器振り回していた奴の言葉とは思えんな」
ついつい、おかしくなって笑みが零れた。
昼休みが終わるまであと十分といった所だ。周りに昼食を終えた生徒たちがちらほらと見受けられた。
「話もあったんだが、このままでは時間が足りないね。また君の時間を貰うけれど、いいかな?」
「どうせ、逃げても追いかけてくるんだろう。わかったよ、放課後で良いか?」
「そういった素直な態度はとても好感が持てるよ。うん、放課後で構わない」
奇妙なことに俺は入学以来、異性と初めて昼食を共にすることになった。校庭の片隅で、それも他校の生徒と。
弁当の中身の話や趣味といった他愛のない話は尽きることはなく、たまにはこんな事があってもいいのかも、なんて柄にもないことを心に思った。
* *
五限目が始まるギリギリに教室へと戻ったが、やはりというべきか教室の空気がいつもとは違う。
それもそのはず、なんせ俺と我孫子が昼休みに手を繋ぎあって教室を後にしたのだから。
いくらでも弁明できるが、そもそも誰にその話をするというのだ。空気というものは個ではなく全なのだから。
俺と我孫子は席が前後なので揃って机まで向かう。我孫子はこのいつもとは違う空気を知らないから、当たり前のように堂々と着席していた。
クラスの連中から投げかけられている視線を然も気が付いていないような素振りで、俺もいつものように自分の椅子に腰を下ろした。
少しのざわめきが蔓延るが五限目の授業である現文の先生が教室の戸を開くと、それも霧散してしまった。
しっかりと意識して先生の話を聞いていたが、やはりどこからか見られているような視線を感じその集中も長くは続かなかった。
「千草!やるじゃないか!」
五限目が終了した矢先、阿南が声をかけてきた。いつもの様なニコニコとした笑顔ではなく、にやついた笑みを顔に張り付けていた。
「......なんのことだ」
「またまた~!さっきの昼休みだよ。あの我孫子って子と手を繋いで教室から出て行ったじゃないか!なんだよ知り合いだったのか。幼馴染?それとも元カノ?だとしたら辛いな......」
いつもより絶妙にテンションの高い阿南はこんなにも鬱陶しいものなのかと、胸の中でため息をつく。
「そんなんじゃない、断じて。ちなみに俺に彼女がいた経歴はない」
「それはマジでごめん」
本当に申し訳なく思っているのか頭を垂れる阿南。気のせいかいつもより身長が縮んで見える。
「......俺の丕業が見たかったらしい」
周りには聞こえないようにボリュームを下げて言う。先ほどまでふざけていた阿南もハッとしたように顔を引き締めて、口を開く。
「なんで千草が発現していることを知ってるんだ?」
「二年の飛鳥井って人がいたろ?あの人に朝バレてな。その人経由で知ったらしい」
「それで、昼休みに見せたのか?あの姿を」
「あぁ、まぁ軽く......」
「いくらなんでも急すぎるな......まぁ別に殺し合いをしに来たわけじゃないしそこまで心配することでもないか」
「殺されかけたけどな」
「ハァッ!?」
阿南の突然の大声で教室中が一斉に視線をこちらに投げかけてきた。幸いなことに我孫子は教室から姿を消していて、俺と阿南が会話していることすら知らないだろう。
「馬鹿ッ大声出すなよ」
「す、すまん。ついつい」
ごめんなんでもない、と周りに謝りながらニコニコと手を振り何でもないことをアピールしている。周りも突然の声に反応しただけでもう興味を失ったのか各々の会話に戻っていた。
「それで、どうなったんだ」
「どうもなにも、一瞬だけ見せて納得してもらったさ。だから俺の丕業は躯高校の連中には知れ渡っているな。まぁ隠すようなもんでもないが」
「......それもそうか」
納得したのかしていないのかあいまいな返事をすると阿南は教室から出て行ってしまった。
一人取り残された俺はというと、自分の机で残った休み時間を睡眠に充てる。
そして休み時間が終わり、六限目の授業が始まったというのに、阿南と我孫子は教室には戻ってこなかった。




