第三十一話 刹那
昼休みを告げるチャイムがこの尸高校に響き渡った。
生徒たちはその時を待ち望んでいたかのように先ほどまで座っていた場から飛び跳ね、各々目的の場所に向かう。友人と教室で机をくっつけ昼食を取り出す。他クラスへ出かけるものもいれば、学食へ赴く者もいる。
そう、昼食の時間というものは堅苦しい学校生活においてのいわばオアシスなのだ。
俺にとっても、昼休みというものはオアシスに違いない。残念ながら机をくっつけるような友も、一緒に学食に行くような友もいないがそれでもオアシスには違いなかった。
婆ちゃんの弁当箱がかばんの中にあることを確認して、教室を出ようとする時何者かに肩を掴まれた。
「おっと、どこへ行くんだい?私との約束を忘れてしまったのかな。女の子との約束を忘れるのはあまりいただけないな」
「誰がその話を約束したよ、我孫子。俺は今から飯を食うんだよ邪魔をしないでくれないか」
「ふむ、確かに私もお腹が空いているね」
「......?」
「では、一緒に食事しようじゃないか。斯くいう私も、一緒に食事をしてくれる人を探していたんだ。それに話もある。どうだい?」
「私も、ってなんだよ。まるで俺が一人で、居たたまれないから教室を出て食事をしてくるかのような言い方だな」
「違うのかい?午前中の様子を見る限り、君はあまり友好を育むタイプには見えなかったが......」
「零から一にすることの難しさをお前は知るべきだ」
こいつは嫌味を言うようには見えない。性格的にもそうだ。ただ単純にそう思っただけなんだろうが言わせてもらう。
「ふふ、君との会話は中々途切れなくて面白いよ。このままでは昼休み全てを費やしてしまいそうだ。さぁ、いこうか」
そう言うと、肩を掴んでいた手を滑らせ俺の手を握り、教室から連れ出す。
ごつごつしていて、傷もある俺の手とは違い、我孫子の手は陶磁器のように滑らかで、冷たかった。
綺麗に手入れをしているであろう爪は、クラスの女子とは違いマニキュアで塗装されておらず、生まれ持っての桃色が薄く色付けている。
「なっ......まて、まて!どこ行くんだよ!」
我孫子の手に見惚れていた数秒の隙に奴は教室を出て、どこかへ向かって歩を進めている。そして、今もなおこの手はつながったままだ。
「内緒さ」
こちらを振り返りもせずそう一言告げる。
昼休みになり、生徒たちは思い思いの場所へ足を運んでいる。それは、廊下もまた然りだ。
当然のように廊下は生徒たちで溢れている。もしかしたら躯高校の生徒がどこのクラスへやってきたのか観察に来ているのかもしれない。
我孫子と俺はそんな生徒の群れの中をなおも突き進む。歩くたびに奴の髪が俺の手に当たりむず痒い。
生徒たちは困惑と驚愕に彩られた顔をして俺たちを眺めている。それもそうだろう。噂の躯高校の美少女とこの俺。良い意味でも悪い意味でも注目されている二人の生徒が互いに手をつなぎあい、廊下を堂々と歩いているのだから。
あぁ、勘弁してくれ。これ以上俺の日常を犯さないでくれ。
校庭の隅で一人慎ましく婆ちゃんの弁当に舌つづみを打つことが出来なくなってしまった。
少しでも目立たぬように俯きながら手を引かれ歩いていたら、何者かが後ろから声をかけてきた。
「おおーい八夜!どこ行くんだよ飯食おうぜ!俺教室で一緒に飯食ってくれる奴がいねーからさぁ!」
昼休みとはいえ、学校の廊下を大声で叫びながら俺の名を呼ぶ奴がいた。白間である。
一年の浮いている者同士として最近俺を同類とみなしたのか、よく絡んでくるようになった。
鬱陶しい事この上ないが、今ばかりはその絡みが救いの手のように思えた俺は、浅はかなのだろうか。
「白間!助けてくれ!」
「なんだ、聞こえてんじゃねーか八夜。はやく飯食おうぜ、俺ぁもう腹が空いてしかたが......」
こちらを見ると、途端に動きを止め、口も閉ざす白間。
「おい、白間どうした」
顔いっぱいに冷や汗を掻き、小刻みに震えだす。少しばかり顔色も悪くなっているようだ。
「お、おい体調でも悪いのか」
「この、裏切り者ーーーー!!!」
漸く喋り出したかと思うとそれだけ言い放ち、踵を返して走り去る。その瞬間に奴の眼から、きらりと光る何かが零れ落ちたように思えた。
あっけに取られた俺は我孫子の問いかけでやっと我に返った。
「彼、どうしたんだい?」
「さぁ、どうしたいんだろうな?」
奇しくも我孫子と揃って首を傾げた。
* *
五分程歩いたのち、ようやくたどり着いたそこは、見覚えのある所だった。
「俺が、いつも弁当を食ってる所......」
「そうだったのかい?それは知らなかった。今朝この学校をひとしきり見て回ってね。ここが色々と都合が良かったんだ」
この場に着くと我孫子はそっと俺の手を離す。途端に手が風にさらされ少しばかり名残惜しくもあった。
「ふふ、この手はそんなに良かったかい?」
意図せず見ていたのか、その視線に気が付くと我孫子は自身の手をそっと見せびらかす。
「......んで、色々と都合がいいってどういうことだよ」
「ここは校舎から少し離れているし、今は昼時の真っ最中だ。皆腹ごしらえをしている筈。つまり、少しの間誰もここへは来ない」
顔を落とし、少し上目使いでこちらを見つめる。何をしようというのか。
「少し君に相手をしてほしいんだ。良いだろう?」
艶やかな濡れ烏の髪を、取り出した髪ゴムで一つに束ねる我孫子。その動作の最中、制服の袖から脇が見えてしまったのは俺にはどうしようもない事だった。
「......相手?」
決して悪いことはしていないが、努めて冷静にそう口から絞り出した。
「そうだよ、相手をしてほしいんだ。君に」
俺と我孫子の距離はそう離れてはいないが、ゆっくりと足を進めこちらに向かってくる。
「――どんな呪いがあるのか確かめるために、ね」
それまでとは違い大きく一歩踏み込むと、どこから取り出したのか棒の様なものをこちらに目掛け突き刺してきた。
「ッ!?」
辛うじてその刺突を右に転がることで回避する。完全に避けきれたとは言えず、頬に一筋の赤く濡れた直線が出来上がる。
「戟......だったか、それ。昔やったゲームに出てきたよそれ」
「流石、きちんと避けてくれたね。殺人は犯したくないものでね」
「殺人未遂なら良いってか?」
「君なら何とかしてくれるだろう?八夜千草君」
切っ先に着いた俺の血を振るい、態勢を整える様に俺から身を引く。
「先生、学校の帰りどころか、校内で襲われているんですけど」
ついつい皮肉めいたことを言ってしまったが罰は当たらないだろう。
「襲うとは失礼だな。確かめているだけだよ」
「失礼なのはお前の方だ。いきなり刃物振り回しやがって」
「確かめたらすぐに終わるよ。終わったら君の言うことをなんでも一つ聞くさ」
その我孫子の言葉に少しでも反応してしまったがなんだか無性に情けなかった。
だがよくよく考えてみればプロポーション抜群の美少女とはいえ、いきなりこちらに刃物を突き付けてくるような人間だ。どうにも信用ならない。
「呪いって言ったか。いまいち要領を掴めないがそれは丕業の事を指してるのか」
「そうだね、君たちが言う丕業の事で間違いない。その丕業を確かめさせてくれないか?」
何かをねだる子供のようにこちらに手を差し伸べる我孫子を注視して、口を開く。
「いくらここが人目につかない所だと言っても、もしかしたら他の生徒が来るかもしれない。教師なんてのもあり得る。丕業を使う俺も戟を振り回すお前も人目につくのは不味い。だから、一瞬だ。一瞬だけ使ってやる。それをお前がどう評価するかは知らん、勝手にやってくれ」
「......あぁそれで良いとも」
互いに深呼吸をして、その次に向け神経を尖らせる。ピリピリとした何かが場を支配して辺りを静謐が包む。狙いを悟られないように少しばかり俯いたまま、見に回った
「ハッ!」
先に動いたのは我孫子だ。右足に力を籠め姿勢を低くしたままこちらに駆けてくる。
奴の長い腕と脚、そして戟の間合いは離れていた距離を僅か数歩で俺を射程圏内におさめる。
そのまま勢いを殺さず一直線に戟の切っ先は俺の胸へと吸い込まれるように迫る。
対して俺は、その場から指先一つ動かさず、その刃物が胸へと飛び込んでくるのを待っていた。
その異様な行動に戟を振るう本人も焦っていた。
「なッ!?何をしてるんだ!当たるぞ!」
こうなってしまってはもう我孫子にも自身の加速を止められはしないだろう。数秒先の最悪を想定してか焦ったようにそう口にする。
戟の鈍く光る切っ先が俺の胸元を穿つ、僅か手前で俺は言い放った。
「言ったろ、【一瞬】だ」
伏せていた顔を上げ、右目から滴る血が零れ落ちている様を見せつける。それは戟が俺の心臓を抉るよりも速く凝固し骨の鎧を作り上げる。胸元から、根を伸ばす植物のように全身に広がり、瞬く間に灰色の鎧を纏った姿になった。
鎧にぶつかると容易く戟は先端を砕き無数の破片がそこらに光を反射させながら散らばった。




