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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第二十八話 膨大な夜に思う

 人の姿をしているが、あれは断じて人とは違う。その確信だけは強くあった。幽鬼や妖、そういった類の方が近いのではないだろうか。


 ただ、空中に溶ける様になびく、曇天の様な褪せた長い髪。その髪色だけは身に覚えが、ある。


 俺のこの忌むべき髪と、目。奴の髪とあまりにも酷似している。俺の短い人生においてこいつと出会った覚えはない。ではたまたまなのか?

 まさか、と自分でその答えを一蹴する。




「平四郎蟲まで伸されるとは。寸分先も未来というものは分からぬものだな。そう思わないか?人よ」


 まるで、往年の友に問いかける様に気安く話しかけてくる男。仲間がやられたというのに全く同様した素振りを見せない。さっきから、ただそこに居るだけだというのに、辺りに嫌悪感をまき散らしているように感じる。


 何もしていないのに、何かを否定されているような、そんな気分だ。


「まさかお前まで出張るとはな。夜辺!」

 今まさに飛びつかんとするのをかろうじて理性で留めている先生が声を荒げる。


「ふむ、男よ。何故先ほどの平四郎蟲との一戦で本気を出さなかった?余の見立てではまだ幾分か余力がある様に思えたが?それともそこらの童共の命よりも大切な何かがあったのか?」


「てめぇ!!てめぇがそれを言うのか!?あぁ!!」


「せ、先生!?」



 どうも、先生とこの夜辺と呼ばれた男には因縁があるらしい。

 けど今はそれよりも、気になることがある。


「阿南、夜辺って確か......」


「あぁ、本当かどうかわからないが流石にこんな名前、おいそれと居ないだろうな......」




夜辺亡(よるべ なき)



 数百年前に、災害に見舞われた村落を救った、救世主。伏魔蟲洛という超常の力を用いたと古い文献に記された人物。



 その人物が、今まさに目の前に姿を見せている。しかも自身の教師と何かしらの繋がりがあるらしい。


「まぁ、そんなことはどうでもよい。余はさっさとそこらの二匹を連れて帰らねばならぬ」

 淡々と口にするその言葉の裏腹には邪魔をするな、と強い念が込められている。



「そいつは、困るな」

 疲弊しきった顔で、なおも手に持つ鉄槌に力を籠め夜辺の顔に突きつける先生。奴の目をみればわかる。このままではあっけなく先生は殺されてしまう――。



「せっかく拾った命。ここで散らせてはそこの童共にどう弁明するのだ?自身の身も顧みず差し伸べたその救済の手を今更振り払おうとでも?」


「ぐっ......」

 忌々しく思うも反論が出来ず、顔を下げる。


「アッハハ、愉快だな男。もどかしいか?目に見えるのに手が届かず、その足場すら自身で上り詰めたものじゃない。仮初の力が惜しいか?」


 一つ一つの言葉が先生に突き刺さっているかのようだった。下唇を噛みちぎり、血が滴っている。事情がつかめないが相当に悔しいのだろう。


「さて、では余は去ろう。童共よ。なかなか見所がある。特にそのもどきよ、違う形で出会ったのならばより美しく歪んでいただろうな。惜しいことをした。また出会うときがあればこの手を差し伸べよう」


 俺を指し、擬きと揶揄する夜辺はへらへらと笑いながら、自身の輪郭をぼやかす。同時に、六本腕も鬼も、水に溶ける絵の具のようにその輪郭を徐々に溶かす。




「糞が......」



 六本腕と鬼、さらに夜辺亡。数多の魍魎から辛くも命を繋ぎ止めたものの、その後味は悪かった。






* *






 場面は変わり、俺たち三人は今、昨神市の焼肉屋に来ている。


 先生からの提案で飯を食いがてらこれまでと、これからについて話し合うことになったのだが、開口一番、阿南の焼き肉が良いという意見に俺も先生も特に反対せず、そのまま直行したのである。命がけの戦いをしたその足で。



「まず先に、お前らに謝らなくっちゃな。すまなかった。そして、助けてくれてありがとう」

 飲み物が運ばれ、一息ついたタイミングで先生が切り出してきた。


 ビールを一息で飲み干すと流れ作業の様にそのまま二杯目を追加する。わずか数秒である。


「先生は、夜辺と面識があったんですか?」

 肉を焼きつつ、白米の山を崩しながら阿南が問う。


「あぁ、まぁな。この辺の話も追々するさ。すまないが今はまだ言えん」


「いや、言いたくない事なら無理しなくても」


「ありがとう、けど大丈夫だ。大人だからな」

 どこか愁いを帯びるその顔は確かに大人びていて、重みを感じさせる。きっとどこかのタイミングで先生は打ち明けてくれるだろうという確信が持てた。



「千草、ほれ肉くえ肉」

 先ほどから肉を焼く事と白米をかき込む事にしかリソースを割いていない阿南が、数枚の焼き肉を俺の皿に盛る。


「体格通り、良く食うやつだなお前は」


「無限だぞこの組み合わせは。肉を食うとご飯が欲しくなるだろう?食べるだろう?すると今度は味の濃いものが食べたくなる。手元にあるのは何だ?肉だろう?つまりこの場において円環が発生する。ウロボロスだな」


「そうですか......」


 いつも通り、いやいつも以上に気丈に振る舞ってる気がしなくもないが、その好意を甘んじて受け入れる。


「それで、先ずは八夜。お前のその身体の話からするか」



 そう、俺の身体。


 奴との取引に応じた結果、灰色の髪の面積が更に増えた。今までは右目に掛かる程度のものであったが、今では髪全体の四割ほどが、灰色に染まっている。


「鬼に殺される直前、俺の中に声が響きました。そいつとの取引をした結果こうなりました」

 増えた灰色を指しながら二人に説明する。


「八夜の中に声......か。そいつは今回が初めてなのか?」


「いえ、前にも。その時も俺が死にかけている時でした」


「そうか。俺にはさっぱりわかんねーが......その髪色、どうも奴との関わりがあるように思えてくるな」

 

 先生の言う奴とは恐らく夜辺亡。あいつは何かを知っている素振りを見せていた。けどやはり俺にはそれが見えてこない。


 必死に過去の事を思い出そうと頭を捻っていると、神妙な顔つきで押し黙る阿南と目が合った。


「阿南?どうかしたか」


「ん?いや、何でもないよ」

 こちらに気が付くと、険のとれた顔で何事もない様にまた、白米をかきこむ。



「まぁ、痛みとか出るわけじゃなさそうだが、くれぐれも気を付けろよ。何かあれば即俺に言え。いいな?」


「はい......」


 さて、と話を変え先生が次の話題を切り出す。


「そろそろ言っていた姉妹校との交流だ。交流会とはいっても、向こうの生徒全員が来るわけじゃねぇ。代表者が何人かくるってだけなんだが......なぁ」


妙に歯切れ悪く言葉を濁す先生。


「それも、丕業持ちが来るんでしょう?」


「あーまぁ、そうだ。向こうに古くから歴史ある一族がいてな。交流会で出てくる奴ってのは多はその家系の在校生だ。だから予想は立てられる」


「それのなにが?」


「向こうとこっちの見解の相違というか......まぁもしかしたら、絶対じゃないけど、多分、恐らく......厄介なことになるかもしれん」

 言葉を連ねるごとに弱気になってゆく先生。


「見解の相違?えっと......というか、だとしても牽引の教師はついて来るんでしょう?」


「向こうの学校は尸と違って教師といっても、そのほとんどは丕業を使えない」


「......それじゃあ、死蟲とかはどうしてるんですか......ってまさか!」


「そう、教師の代わりに死蟲の討伐はその一族の奴らが担っている。こういった学校だからこそ、教師の立場が無いんだよ。それに京都の中でも有数の権力者でもある。誰も止められないんだよ、そいつらを」


 

「それって、あの飛鳥井家ですか」

 今だ白米と格闘している阿南が手を止めることなく問う。


「まぁそうだな。こっちに来るのは飛鳥井家、土師ノ(はじの)家の奴らだろうな」


「阿南は京都の姉妹校にも詳しいのか」


「いや、そこまで詳しくはないよ。ただ名前は知っている、その程度だよ」

 喋り終えるや否や、また白米をかきこむ仕事に戻る。既に五杯目を食べ終わろうとしているがこいつの胃袋はきっと丕業により強化されてるに違いない。


「まぁ名目上は姉妹校同士の交流会だ。学校内でドンパチやろうってわけじゃない。ただ、気を付けてろよ。帰り道に張られることもないとは言わん。俺も目を見張ってるが常じゃねぇ。もし何かあったら生徒会のメンバーに知らせろ。いいな?」


「うっす!」

「わかりました」


 締めに冷麺を食べてこの日は解散となった。


 先生は一度学校に戻って報告する、と言って別れたので今は俺と阿南二人で帰路についている。




「なぁ千草。その髪これからどうするんだ?」


「どうって......どうもできんだろ。このまま放っておくしかない」


「んーまぁ千草がそれでいいってなら別にいいんだけど」


 こいつはきっとこれからの俺の生活について心配してくれているのだろう。これまで以上に生き辛くなるのは目に見えている。こいつは優しい奴だから、どうにかしてやりたいと思ってるのだ。けど、俺が諦めてるからやりきれないんだろう。


 同級生からの気使いは、俺が久しく受けていなかったモノだ。なんだか妙にこそばゆい。


「そんな事よりもお前今日一撃でやられてたな。しっかりしろよおい」

「はぁ!?いやいや、それは確かにそうだけど!そのあと挽回しただろ!チャラだろその分は!」


「いやーあの学校で随一の人気者の阿南のやられっぷりは爽快だったな」

「酷くない!?」


 


 今日もまた、死の淵で踏みとどまった。

 これまでは何度も窮地を脱してきたが、それは幸運が重なっただけだ。この幸運が、重ならなくなった時。どうしようもない死という終着は等しく与えられる。


 この時の俺は、まだそのことを覚悟していなかったんだ。

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