第二話 嫉妬に似たそれは
始業のベルが鳴り、教室の椅子は全て制服の黒一色に塗りつぶされていた。
――もうそろそろ担任が来るのかもしれない。
一介の男子高校生である俺にも、美人な女教師が来ればいいのに、という願いが無くはなかったがそれよりも、適度に気を抜いたような教師のほうが、俺にはありがたかった。
中学校に入学した時、担任の教師が生活指導も担任しており、それがまずかった。
当時は眼帯を付けていたおかげで、しばらくは目のことを気付かれてはいなかったようだが、髪についてひどく説教された。
やれ性格がゆがんでいるだの、やれ親がなっていないだの。挙句、周りを見ろと、その教師は言った。
皆、髪を黒くし、染めているものはお前だけじゃないか、と。人と違った個性を出したければ、そんなところに気を使うな、と。
キィキィと錆びれた椅子を揺らし、憤る教師に不毛を感じていたが、これがルールなのだと、人と違った俺に課せられた罰なのだと自分に言い聞かせ、黒の染色剤を持ってきた教師にされるがまま、髪を染めた。
けれど、いくら塗っても塗っても、弾くように、さも受け付けぬとでもいうように、その灰色が黒くなることはなかった。
次第に気味が悪くなったらしい教師は何かぼそぼそと言い、次第にあきらめるようになった。
その時ばかりは少し気分が良かった。どうしようもない理不尽を、どうしよもない理不尽で払っただけで、別段俺自身の功績ではなかったが。
そういった経験があるため、俺が求める教師は自発性のない教師だった。
「お前のためを思って」
「そのうちお前自身がつらくなる時がある」
決まってそんなセリフを言ってくるが、今の俺はどうでもいいのか。
過去の思い出にすこし苛立ちを感じていた時、廊下から足音が聞こえてきた。教室の前まで来るとその人物はゆっくりと扉を引き教室へ入ってきた。
「えー、俺が担任の伊織だ。よろしく」
夜闇を貼り付けた様な黒髪を肩まで伸ばし、特に手入をしていないであろう髭面で。伊織こと、このクラスの担任は、あくびをしながらそう言い放った。
* *
よれよれの白シャツにジーパン姿で入ってきた教師に、クラスの連中は戸惑いを隠せないようにざわめいた。
「先生!伊織って姓ですか!名前ですか!」
「どっちでもいいだろう。ンなことより委員長さっさと決めなきゃなぁ」
心底めんどくさそうに、誰に向けてでもない言葉を紡ぐ。
聞きたかった答えが返ってこなかったのが不満なのか、阿南が口を突き出していた。
「まぁ、顔も名前も性格もしらねーからお前でいいや」
「阿南っす!阿南対馬!」
「あー、アナミねアナミ。はいはい」
名簿と阿南の顔を交互に見比べてから黒板に阿南の文字を書き込む。
「とりあえず、それぞれ自己紹介していけ。出席番号順で」
言われて、阿南が勢いよくその場から立ち、名前と簡単な自己紹介を始める。
そういえばあいつは出席番号も一番だったか。どこまでも目立つ奴だ、と心の中でごちる。
「阿南 対馬です!身長は百八十五、家族構成は母、父、姉。特に入りたいと思っている部活はありません。このクラスのみんなと仲良くなれたらいいなって思います。一年間よろしくお願いします」
人の好さそうな笑顔を残し、言い終えると同時に席に着く阿南。教室中から拍手がこれでもかと鳴り響いている。ところどころ女子同士が、黄色い声援を上げていた。
その様子をどこか冷めてみている自分に、何か敗北感を感じ、ぱちぱち、と紛れるように拍手を送った。
その後も特につつがなく自己紹介は進行していき、遂に俺の番となった。
特に準備もしていなかった為ゆっくり立ち上がり、一息つく。それまで多少は話していた生徒たちも口を噤んだ。
「えっと......八夜 千草です。一年間よろしくお願いします」
言い切ると、すぐに席に着き、あたりを伺った。
ぽつ、ぽつと拍手が鳴り響く。静まった教室に反響する拍手は、異様な空気を醸し出していた。
――これは、俺が悪いのか......?
胸に残ったもやもやとした感情は、こちらを見てニコニコと笑っている阿南の顔をみて、その深さを増した。
* *
ホームルームを終え、12時過ぎには下校の時間となった。
伊織は終業のベルが鳴ると同時に教室を出て、姿を眩ましてしまった。
教材やらは持ってきていなかったので、すぐに帰宅しようとした矢先、声をかけられた。
「八夜、一緒にかえろうぜ!」
こいつはどうしてこうも俺に絡んでくるんだ。
まだ始まったばかりの高校生活ではあるが、誰が見ようとも、この教室のトップカーストとそのカーストの最底辺じゃないか。
「悪いけど、用事がある」
「そうかぁ。残念だけど、んじゃまた明日な!」
晴れやかな夏の花を想起させる笑顔でこちらに手を振り、教室の真ん中で集まっている生徒の輪の中に入っていく阿南。
まだ出会って一日も経っていない人間と、当たり前のように、さも数年来の友とでもいるように同級生と笑顔で会話する阿南に対し、少しばかり、羨ましくもあった。
それは俺が求めていたものだったから。けれどもう、どうしようもない。あの時から時間が経ち過ぎた。




