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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第二十五話 蟲の産声

 その昔、平四郎と名付けられた子がいた。


 何事もなく、穏やかに成長し十五を超える年齢となった時、そんな彼を悲劇が襲った。


 平四郎は同年代の子らと比べても、体格が一回りも二回りも大きかった。しかし、とりわけ穏やかな彼はそれを歯牙にもかけず、仲間内で楽しく暮らしていた。


 身長以外は平凡な彼はその慈愛に満ちた精神を周りにも尊重され、気がつけばその村の子らの中心的な存在になっていた。特になにか悪戯するでもなく、困っている人に手を差し伸べ、無償で奉仕する。


 模範的な善人。彼と関わりあったことのある人は皆一様にそう感じていた。


 



 そんなある日、村で一番の大金持ちの蔵に盗人が入った。

 蔵の中はひどく荒らされ、価値あるものは根こそぎ盗まれていた。

 しかし、不可解な点があった。侵入されたその蔵は入り口が一つしかないにも関わらず、その扉には鍵が掛かっていた状態であったのだ。鍵を持っていたのはその被害者のみ。けれどその大金持ちの被害者はどれだけ探しても無いのだと宣う。


 村の人々ははじめ、自作自演だと決めつけ相手にしなかった。が、蔵をくまなく探してみると拳大程の穴が見つかった。


 けれどそれがなんだというのだ。村で一番小さな人間が必死に試してみたが、やはり人が通れるような穴ではなかった。次いでその村人の次に小さな人、その次に小さな人。村人総出で試してみたがやはり通ることは叶わなかった。


 結局のところ被害者の自演だったのだ、と皆が得心した時、平四郎が何の気なしにその穴に身を通してみた。



 結果、その穴に通ってしまった。そう、村一番体格のいい平四郎が通ってしまったのだ。

 どういう原理か身体を器用に折りたたみ、その穴を通り抜けた。



 奇異な光景を目の当たりにした時、村人は皆、目の色を変えた。見る目を変えた。


 平四郎を盗人と決めつけ、弾劾する人。その大きな体格は妖の類であったのだとうそぶく人。平四郎を後ろから羽交い絞めにする人。


 これまでの恩を仇で返す人、人人人。


 気がつけば縄で縛られ地に伏せられる平四郎。必死に弁明するが周りの人は何も聞く耳を持たない。

そしてその村人が平四郎を見る目は地に這う虫けらを見るようであった。


 被害者である村人は、盗んだものを出せと要求するが、心当たりのない平四郎にそのようなものを出せるわけが無かった。業を煮やしたその村人はついに、平四郎の両親を殺す様に他の村人に命じた。


 どれだけ懇願して、泣いて謝ったところで、それが覆ることはなかった。


 父と母はわけもわからないままその首を撥ねられ、絶命する。


 当たり前のように謳歌していた日常が、その日を境に容易く流転した。


 あれだけ共に過ごしていた友達は皆気味の悪い顔で平四郎を眺める。畑仕事を手伝った老夫婦は我先にと、平四郎の両親の首をその鎌で撥ねた。



 蠢く憎悪の中、平四郎は一つの思いを胸に抱いた。


――そうか、これが人か。これが人間か。


 その一つの思いを胸に抱き、平四郎は首を撥ねられた。平四郎という人間としての生は、そこで途絶えた。






 それから数日、村人の一人が殺された。盗人に金目のものを持ち出されたあの大金持ち。無残にも、強引にその首を引き抜かれ、頭部と胴体が向き合うように並べられていた。



 肉食動物ならば、その身を少しでも食んだ跡が残るはず。

 ではこの、あまりある憎悪を抑えきれない殺し方は。


 あまりに惨い殺され方に、皆一人の人物を思い描く。


 けれども皆、その死に際を目撃していた。どう見ても生きている筈はない、という結論を互いに言い聞かせ何事もなく過ごし始める村人たち。


 二日後、村の老夫婦が殺された。あの大金持ちの村人同様、その首を引っこ抜かれ、胴体と向き合う様に並べられていた。



 ここまで来れば赤子でも分かることだ。()()平四郎が何らかの奇跡で蘇るなり、命を繋ぎ止めるなりし、復讐にやってきたのだと。


 慈愛に満ち満ちていた彼がこのようになり果てた。きっと、平四郎の呪いだ。



 村人は皆家に帰りただただ祈った。自身の安寧を脅かすその災害に。あれだけ心優しかった平四郎を憎悪の成れの果てに落とし込んだのは彼らにもかかわらず。


 だがその祈りもむなしく、村人は悉く殺された。一人残さず。




 復讐を燃やし、赫々と燃え上がり気がつけばその皮膚は鮮血のように赤くなっていた。憎悪の成れの果て。無慈悲な亡骸。


 そんな彼に一人の男が声をかける。


「この一幕、実に愉快であった。中々楽しめた。礼を言う」

 心の底からそう思っているのだろう。こらえきれず腹を抱えてそう言い放つ男。


「主よ。あなたのおかげで私はこの姿に生まれ変わった。感謝を」


「何を言う。余はただ力を与えただけ。この喜劇を書き上げたのは主であろう平四郎?」


「私にはもう、なにも献上するものは在りません。せめてこの命、尽きるまで主の好きなように」


「これは得難いものを。よかろう、共に歩もうではないか平四郎。いや、平四郎蟲(オオガ)



 斯くて、善良たる少年はその身を悪辣な蟲に変え、憎悪を人にまき散らす。


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