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命色ノ贄  作者: 卯ノ花 腐(くたし)
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第二十三話 猛毒


 尸高校生徒会顧問であり、一年A組の担任である伊織は腐臭に包まれながら辺りを見渡していた。


「こいつぁ......酷いな」

 


 眼前に広がるのは、かつて人の形容をしていた何か。今はただただ辺りに腐臭をまき散らすだけの存在になり果てていた。

 


 半年前から確認され始めた連続殺人。被害者は皆一様にその身を腐らせ、無残にその身を切り裂かれていた。切り刻まれてから腐らせているのか、腐らせてから切り刻まれたのかは定かではないが、一つだけ分かることがあるとすれば、この事態を招いている犯人は確実に常軌を逸していること。ただそれだけである。


 被害にあった人間は子供から老人まで分け隔てなく。ただ、その犯人に目を付けられた、という理由だけで理不尽にもその日常を剥ぎ取られたのだ。



「六本腕が近くにいるのか......?」


この猟奇殺人の犯人に教師と生徒が過去に殺されている。その時命を賭して伝えられた情報は六本の腕をした人型であり、蠍を彷彿とさせる強靭な尻尾を備えているという。

 たったそれだけである。二人の命を消費して得られた情報が、ただそれだけ。


 伊織はこの尸高校でも突出して死蟲を屠ってきた。だがここ半年でより顕著になっていった。それは自身の身を守るため、身近な生徒を守るため。そしてその二人のため。


 六本腕はその被害の多さに比べ、著しく目撃情報が少ない。それは目撃者が軒並み殺されていることに起因するのだが、伊織にとってそれは我慢ならない事であった。六本腕は一刻も早く排除すべき危険な存在であると、誰かに言われるまでもなく理解していた。


 いまだ見えぬ怨敵ではあるが、そんな使命感にも似た感情に気を逸らせていた時、ふと視界の隅で動くものがいた。




「あんた、こんなところに居たら危ねぇぞ」


 見たところ自身と同じくらいの年齢でこれといった特徴のない、いい意味でも悪い意味でもその辺にいるであろうサラリーマンが佇んでいた。


「おや、すみません。何かあったんですか?」


「ん、いや。ちょっとした事故現場だ。面倒に巻き込まれる前にここから離れた方がいい」


「それは......すみません。僕、好きなことがあると周りが見えなくなるもので」

 そうへこへこと頭を下げる男。


「あぁ、そうだ!貴方に聞きたいことがあるんですが、よろしいですか?」


「なんだ?手短にな」








「苦しくて苦しく、あまりの苦しさに内臓を直接掻きむしった事はありますか?」



 半歩程足を下げる。突然地面から現れた()()は真っ直ぐに天に向かって虚空を穿つ。

 銜えていた煙草の先が、風圧で微かに揺れる。



「あれ?貴方、普通の人じゃないんですか?」

 とぼけた様子で伊織に問いかける、男。


 否、その姿は人とは決して言えるものではなかった。先ほどそこにいた普通の体現者たる男は消え去り、残ったのは六本の腕を器用に動かす人型をした何か。


 尸高校の間で六本腕と称されてきたモノ。


「生憎、普通とは縁遠い生活をしててね。会えたな六本腕」


「......僕はあなたの事を知りませんが?」


「さて、どうだろう」





* *






 先ほど地面を抉って現れたのは六本腕の持つ尻尾。形状は蠍の尻尾のようで、いくつもの関節があり、しなる様にその身を振るう。


 大きな鞭のようにこちらを狙いつけてくる尻尾を最小限の動きで躱す。


 追い求めていた者と出会えて少しばかり気が逸っているかもしれない。こんな時こそ落ち着かなくてはならない。けれどやはりその姿を目に入れると理性とは遠いどこかが急かす様に鼓動を速める。


 先ほどのサラリーマンが追い求めていた六本腕とみて間違いないだろう。どういうわけかごく普通の()()()()であったが。


 死蟲でも人に近いものはいる。けれどあくまで近いのであって人間ではない。

 先ほどのこいつの様子は全くと言っていいほど人間であった。ではこいつは死蟲とは別なのかもしれない。




「めんどくせぇけど生け捕りか」


 未知数の力を持つ相手に対して生きたまま捕獲するというのは存外骨が折れる。いっそ殺してしまった方が幾分か楽なのだ。けれど、こいつは他の死蟲とは明らかに異なる。ならばその身を生きたまま捕らえた方が、将来的に他を救うことになるはず。


 頭の中で幾通りの作戦を立てている隙を狙って、奴が動き出す。


「ん~僕は毒で狂い死にする様子が見たいのであって、戦いたいわけではないんですけど」


「お前が今まで殺してきた理由はそれか?」


「当たり前でしょ。神様からもらった僕だけのモノ。特等席ですよここ」


「なんだそれ、やっぱ話通じねーなお前」

 腰に携帯していた鉄鎚を手に取る。



「【夜顔(ヨルガオ)】」


 そう発するとともに、空中を鉄鎚で叩く。打ち付けられた虚空はひび割れ、そこから真っ黒な液体が地に向け零れ落ちる。

 地にぶつかったその真っ黒な液体はどんどん染み渡るように広がり、俺を中心に半径十数メートル程の立方体になる。


 俺と奴を囲うようなその真っ黒な立方体は完全に外の音を遮断していた。


「これは......」


「これは俺の丕業。いちいち説明しなきゃならないか?」


「......あぁ、ちょっと前に同じような手品をした人がいましたね!もしかしたらその人のお友達ですか?」




「あの人も面白かったですよ!最初は学生を捕まえたんです!女の子だったかな。ゆっくりゆっくり全身に回る毒をちょっとずつこの尻尾で注入していったんです。えぇ勿論、全身は拘束してましたよ。だって自由にしていると毒が回りきる前に痛さから自分で腹を掻っ捌こうとするんですもん。けど、何回か他の人で試しているうちに絶妙な量を見極める様になってきちゃって。それから凄く僕自身、器用になったと思うんです。最初は一回刺し込んだだけで皆死んじゃってつまらなかったんですけど、徐々に量を調節することによってできるだけ長く苦しんでくれるようになったんですよ。おかげで一人一人に対してもっと付きっきりで楽しめたんです。凄い事でしょう?人は失敗から学習するって昔教わりましたからね。あぁすみません話が逸れちゃいましたね。えぇっと......そう、あの女の子!あともうちょっと注入できるかなってところでその人がやってきたんですよ。楽しみの最中邪魔されて、流石の僕もその時はキレちゃって。何やら叫びながら突っ込んできたので、そのまま胴体を腕でぶち抜いちゃいました。三本分の穴が体に開いた時はスカッしましたね。その頃には僕も落ち着きを取り戻して冷静になってましたよ。けど、その人凄いんですよ!上半身と下半身がギリギリくっついてる状態で、女の子と自分をその場から移動させようとしてたんですよ!あっけに取られてその女の子にはまんまと逃げられたんですけどね。けどやっぱり満足に力を使えなかったのかその人はその場から逃げ出せないようでした。その時点で僕はもう女の子から興味は完全に無くなっていましたね。だって実験は別の人でやればいいですし。

で、逃げられなかった人はその場でブツブツ何か囁くんですよ。なんていったと思います?ごめん、ごめん、伊織ごめんって言ってたんですよ!きっと逃げた女の子に謝罪してたんですかね。まぁそのまま放ってても死んでたでしょうけど、せっかくなので耳から特別強い毒を注入してみました。目からは入れた事あったんですけどそういえば耳から入れた事なかったなぁって思ってたので。びくんびくんって蚯蚓みたいに跳ねながらずっと耳から毒を注入され続けている時ってどんな感情だったんでしょうね。

でもその人、綺麗な顔をしてましたね。きっと男の人に不自由した事無いんじゃないかな。最期は毒を入れ過ぎて顔面が破裂しちゃいましたけどね。あ、でその人がお友達だったんですか?」






――六本腕と出会えた時、言うことを決めていた。

「なぜ人を惨殺するのか」「アイツらを殺したのはお前なのか」と。


 そう言うように頭で準備をしていた筈だった。最初、人の姿から変質した時、あぁ会話ができる相手なのかもしれないとも思っていた。

 見誤っていた。そう、見誤っていたんだ俺は。


 殺す。ふざけるな、そういった言葉が頭に浮かぶ。けれどおかしなことに、そういった言葉が口から出ることは無かった。怒りを感じている。理不尽な奴に憎悪すら持っている。けれどそれに付随するような言葉が口から出てこない。


 人は唐突な理不尽にぶつかると、余りにも脆い。どれだけ準備をしていても脆く崩れ去ってしまう。


 ここが俺自身の丕業の中でよかった。きっと酷い顔をしている。泣いているのかもしれない。それすらも定かではないが、外と中を完全に隔離するこの丕業で良かったと、心の底からそう思う。


 

 一方的に捲し立てた奴はそれでもなお喋り続けようとしている。


「結局あの女性とあなたの関係を聞かせてもらえてないんですけど。さっきから黙りっぱなしですがどうかされましたか」



「いや......何でもない」


「そんな泣きそうな顔して何でもないってことはないでしょう?僕に話してみてくださいよ。人に話したら気が楽になるかもしれませんよ?」




「......ごめんな、羽月。あの時近くに居なくてごめん」


「いきなり謝られても困るんですが。というか僕は高山縁であって名前が違いますよ、頭おかしいんじゃないですか」


「ずっと言えなかった。何でだろうな。けど、ちょっとだけ心のつかえが取れた気がする」



「さっきから会話が成り立ってませんよ?本当に大丈夫ですか?」


 毒尾を器用に手繰り喉を狙ってくる。右手にぶら下げていた鉄槌を薙いでそれを弾く。


 呼称の元となった六本の腕を次々に繰り出し、こちらの命を断とうとしてくる。その全ても鉄槌で迎撃する。



「蟲なんかと会話するなんて、はなからおかしな話だったんだよ。馬鹿か俺は」


 不意打ちを返されて少しばかり焦っている奴のどてっぱらに向けて鉄鎚を振るう。


「げぼぇ!うげ」


 何度も何度も、腹に向けて振るう。ただ目の前に害虫がいたからそうしたまでだ。大した理由じゃない。


「きゅ、急に何なんだ貴方は!」


 なおも喋ろうとする口が気に入らなくなって下から上へ、顎をカチ割るために腕だけを振るう。


「あびゃ!いばい、いびゃい!」


 きっと冷静に振る舞おうとしているだけだ。


「あぎょ!あぎょあ!わええう!え?」


 側頭部を打ち抜いた途端、漸く奴の動きが止まった。





「虚しいとか、空っぽだとか馬鹿にしたもんじゃないな」

 辺りを覆っていた黒い箱が割れ、その破片が地面に吸い込まれていく。


 小さな蟲の鳴き声に似た、ジッという焼けた音が数舜し、辺りは煙草の煙にまみれた。


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