第二十二話 願う
「ちょっと、アンタ達......いくらなんでも早すぎじゃない?」
ここは私立尸高校の保健室。白を基調としたこの部屋は、いつ来ても真新しいベッドシーツが敷かれており、常に衛生面に気を使っているのが見て取れる。そんな保健室と馴染むような白衣を着た人物が大きくため息をつく。
「確かに、いつでもウェルカムって言ったけど、昨日の今日よ......」
この保健室の主、渚。周りからは渚ちゃんと呼ばれている。
ふわりとした桃色のパーマ髪を左右に括り付け、耳元は綺麗に剃りこまれている。
また、シミ一つない真っ白な白衣を鍛え上げられた肉体で覆い、抑えきれず零れだしている胸毛が真っ白な身体ににぽっかりと穴を開けているかのようであった。
「あはは、まぁこれは僕の無茶もあったからね」
そうケラケラと笑い声をあげる周防連。
椅子に腰を落ち着ける八夜と白間は、どこか所在なさげに少し縮こまる。
「そういえば渚ちゃん、伊織先生はまだ学校にいる?」
「伊織ちゃん?だったら今出てるわよ」
「それは、死蟲絡みで?」
「えぇ。なんでも【六本腕】の犠牲者が見つかったって......怖いわねぇ」
「それは......骨が折れそうだね」
「六本腕......?」
「ん?......あぁ、そうか八夜は呼称を知らなかったか」
「呼称?」
「あぁ、死蟲の呼称。死蟲つっても強さや凶暴性がピンキリなのは知ってるだろう?」
「人を襲ったり食ったりする奴もいれば、見向きもしない奴がいるってのは阿南から多少聞いてはいたが......」
「そう、んで俺たちはまぁ、いわばそういった人に危害を加える死蟲を優先的に屠るわけだが、一筋縄じゃいかねー奴らも結構いんだよ」
「それはその死蟲が強すぎるってことか」
「まぁ大体はそうだ。それこそ生徒や教師が殺されたケースもなくはない。そこで不要な損失を減らすために、学校が強力な死蟲に対して呼称をつけるようにした」
「それが六本腕......」
「こいつは相当手練れらしい。半年ほど前から現れだしたそうだが、かなりの数の人間が殺されてる。確か俺らの入学する前に教師と生徒も一人ずつ殺されてるそうだ。その呼称通り、六本の腕を生やしている人型で、猛毒を持っている。んで、御誂え向きに強靭な尻尾まで生えてるらしいな」
「じゃあ伊織先生も危ないんじゃ!?」
「まぁ落ち着けよ八夜。あの人がそんな簡単に死ぬタマかよ。今回だって犠牲者が見つかっただけで本体が見つかったわけじゃないんだろ?どうせすぐ帰ってくる」
「だと、いいけど......」
「あら、伊織ちゃんの心配?あの人も随分懐かれてるみたいね」
八夜と白間の話に割り込んでくる渚ちゃん。
その顔は喜色に満ちており、自身が褒められているかのように嬉しそうである。
「そういえば渚ちゃんって伊織先生と仲良さげっすけど、付き合い長いんすか?」
「そうね、ワタシと伊織ちゃんの付き合いはもう十年以上かしら」
「そんなに!?」
話を聞いていた八夜と白間が驚愕の声を上げる。
「そうよぉ。だってワタシたちここの出身だしね。その頃からの付き合いよ」
「へぇ~二人とも尸の出身なんすね......」
生徒会の白間ですらその事は知らなかったようだ。周防は知っていたかのように、特に驚いた素振りを見せず三人の会話を見守る。
「それで、他にも呼称のある死蟲っているのか?」
八夜がそう疑問を投げかける
「危険っていう意味では鬼とか蜻蛉、薬指と......後は錆び付きとか、か。他にもまだいるが積極的に人を襲ってるのはこの辺りだな。そしてこいつらは簡単にやれるような奴らじゃない。何回も交戦してるがその度に逃げられてる」
「そんな奴らがいるのか......知らなかった」
「まぁその辺は先生たちが追々説明するだろ」
「さて、そろそろ僕たちは帰ろうか。じゃぁ渚ちゃんまた明日」
話のタイミングを見計らったように、周防がそう告げる。
「ありがとうございました」
二人もそれに倣い保健室から出てゆく。
「伊織ちゃん、貴方こんなにも生徒に慕われるようになったなんて、過去のあなたに教えてあげたいわ。それにあの子にも......」
誰もいない保健室で白衣を着た男が、物憂げに囁く。ここに居ない二人の人物に宛てて。
* *
俺が思っている以上に生徒会の仕事というものは生死を賭けたものであるらしい。
覚悟はあったが、想像以上であったというしかなかった。巴会長が初めて来たとき、阿南が強く引き留めたのを今更ながらに理解した。
けれど、何度も言うが逃げるつもりはない。俺と、俺の周りの為に。
家に帰る前に、病院へ立ち寄ろう。
激動の数日が過ぎ、久しぶりに姉の顔を見たくなった。姉が入院してから欠かさず見舞いに顔を出してきたがここ数日それを怠っていた。単純に学校に泊まったりなどがあった為、時間が取れていなかった。
姉は心配してるのであろうか、それとも何も気にしてないだろうか。
道中おいしそうなケーキ屋を見つけたので、姉と婆ちゃんの分を購入し、病院へ向かう。
姉は特に好きなものは無いが嫌いなものも無い。これは俺にも言えることだが、だからいつも土産に困る......
ケーキ屋から二十分ほど歩いたところで昨神病院の大きな建物が見えてきた。
そういえばここで初めて死蟲と出会ったのだ。あの日以降特にこの病院で死蟲が出ることは無かったので姉は変わらず入院している。
そもそも姉に死蟲やら丕業やらの話に巻き込みたくはなかった。それは過去のこともあり、あまりいい気分にはしないことが分かり切っているから。
病室の戸を開けると、姉はこれまでと変わらない笑顔を入り口に立つ俺に向けこう言うのであった。
「いらっしゃい千草」
「あぁ、ただいま。姉さん」
「へぇ、千草。あなた生徒会に入ったのね!」
「うん。だから、そのこれからも毎日見舞いに来れなくなるかも、しれない。その......」
「ふふっ」
「なに......?」
「ううん。千草、学校は楽しい?」
「あぁ。今のクラスに馴染めているかは分からないけど、生徒会の人たちは皆良い人だった。その仕事もきっとやりがいのあるものだと思う」
「あのね、おばあちゃんが今日見舞いに来てくれたの」
「へぇ先に来てたのか婆ちゃん」
「おばあちゃん、凄く嬉しそうだったわ。学校の事も話してくれるようになったって。ただ最近帰りが遅いって嘆いていたわ。程々にね?」
買って来たケーキを口に運びながら長く伸びた髪を手で梳き、微笑む姉。
「あら、このピスターシュのケーキ、美味しいわ」
「そう、良かった。女の人ってピスタチオ好きだよな」
クラスの女子が話していたのを耳に入れていただけだがどうやら正解だったようだ。
その後も死蟲や丕業の話を除いた、たいして面白くもない俺自身の近況を話していた。
そんな俺の話を姉は真剣に、また一喜一憂しながら聞いていた。こうして話をしている時に見る姉の顔が好きだった。悲しいことは悲しいと顔に出し、嬉しいことはまるで自身の喜びであるかのように破顔させるその顔が。
他愛ないこの会話にこそ、幸せというものは宿るのだと俺は思っている。何事もない日常。これだけはどれだけ強く願っていても、続くとは限らない。
明日には最愛の人が死ぬかもしれない。もしかしたら自身が死ぬかもしれない。この地球が滅ぶかもしれない。
このどこにでもあるような日常を願うことこそ、無謀と呼ぶのかもしれない。けれど、それでもこの幸福を願うしか他ないのだと思う。
だから俺は、この変わらない日常を願う。例え自身が二度と引き返せない非日常に足を踏み入れていたとしても。




