51 祭りの日
門。
あるいは通常の意味での門と呼び分けるため『ゲート』ともいうそれが完成し、地球とソリオン大陸の両世界が恒久的に繋がったのは三年前の事だ。
それまでの日本では、異世界の存在は確認されていたもののこちらから干渉する手段が無く、ただただ異世界の壁を破って現れる向こうの使者を待つ事しか出来なかった。接触のタイミングが全て相手任せの外交など維持するだけで精一杯で、能動的に異世界に何か働きかけようとする動きもそれほど無かったのである。
そういう試みはしていると聞かされてはいても、いつ成功するかも曖昧だった『門』。その開通は日本、ひいては地球各国の度肝を抜いたらしい。らしい、というのはこれは鋼が帰還後に聞いた話だからであり、この時鋼は異世界にいた。鋼達がソリオンに落ちたのは門が出来るたった一週間前の事だ。
それはともかく、当時のほぼ全ての日本人にとっては門の出現は寝耳に水で、飛び上がるような一大ニュースだったそうだ。ありとあらゆる媒体で世界門開通の報道が繰り返され、日本は凄まじい熱狂の渦に包まれたのだとか。そして元々色々な取り決めが両国の間であったのか、とんとん拍子に話は進み数日後には日本とセイランは友好条約を結んでいた。
それが為されたのが三年前の今日、5月15日なのだ。
以来、毎年その日は両国の出島であるパルミナと門出市で国交樹立を記念した式典が執り行われている。そして互いの世界に関心のある観光客を呼び込むため様々なイベント事も企画され、式典から三日間は街中が異世界交流を謳った祭りのような状態となるのだった。
右も左も、人だかりだ。
祭りの日である。
通りには屋台が並び、肉の焼ける香りや甘い匂いがそこらから漂ってくる。まだ式典すら始まってもいない朝だというのに祭り気分でぶらついている通行人は多かった。それでも人口密度の違いか、去年に見た日本の門出市の雑踏よりは随分とマシなのだが、これまで見たパルミナの光景としては今日の人出が一番だ。
「まさにお祭りって感じだね!」
日向が腰に手を当てて学園前の大通りをそう評した。今鋼達は学園正門の前にいる。
日向、凛、クーを始めとするいつもの面子が揃い踏みだ。省吾に有坂に片平にマル。外出という事で護衛官のターレイも一緒にいるものの、彼は自分をいない物と扱って欲しいとこちらに告げてから集団の端に無言で控えていた。合計九人もの大所帯だが、今日はこの人数で祭りを回ろうと思っている。住んでいる寮が違うので朝一番にこの正門で合流したところだった。
「でもこんな人数で良かったの? 私達お邪魔なんじゃないのー?」
祭りで普段よりテンションが上がり気味なのか、有坂がからかうように言ってくる。戦友の女子達とだけでデートよろしく出かければ良かったのに、というような意味合いだろう。いちいち相手にするのも面倒臭い。
「ま、大丈夫だろ。あんまり人数多くて一緒に動きづらいなら、途中から適当に別れて行動すればいいしな」
「そういう意味でのお邪魔じゃないんだけど……」
もちろん分かった上で言っている。
別に今日の祭りに関しては、いつもの面子でも戦友達だけでもどっちでもいいのが本音ではあるが。せめて式典の開会式が終わってしばらく経つまでは別行動せずこの人数で動くつもりだ。昨日もらったバートからの忠告がどうにも頭に焼き付いている。もし何か起こるのなら、この無茶をやらかしそうな友人達からあまり目を離したくはなかった。
「わいらは全員、こっちの祭りに参加すんのは初めてなんよ。マルは去年来たん?」
「いや……、去年の今頃は、パルミナの学園へ入学する事は決まっていなかったし、ニホンへの強い興味があるわけでも無かったからな。王都での催しには少し出たのだが」
「マルは王都に住んでたんか。国交樹立記念やもんな、あっちでも祭りするんや?」
「ああ。だがここパルミナでの祭りの方が、ニホンの色が強く出ているそうだ。王都の方も規模はそう変わらないのだが」
もはや最近略称で呼んでも文句を言わなくなったマルが省吾とそんな話をしていた。鋼が視線を並ぶ屋台に移してみれば、なるほど確かに日本風の出店が多く見られる。綿菓子にりんご飴、焼きそばにイカ焼き。他にも見覚えがあるようなのが色々とあった。
パルミナで行われるこの祭りは基本的にこの国の人達向けの催しなので、ラインナップはまるで日本の縁日のようだ。屋台の中の人は日本人だったり異世界人だったり様々だが、異世界人の店であっても日本の企業か業者が関わっているのか、かなり日本文化を再現出来ている店もちらほらあった。
逆に日本文化を研究した現地人によるものと思われる、祭りの定番をマイナーチェンジさせたようなパチモン臭い品を並べる出店も結構あって、チョコがかかっているわけでもないただのバナナが串に刺さっていたりと中々にカオスだ。そこに加えて別に日本の祭りを意識しているわけでもないセイラン料理や日本料理の出店もしれっと混じっているので、背景の異世界の街並みと併せて見ればもう本当に混沌としか言い様のない光景であった。
「朝なのにラーメンの屋台なんて出てます……。縁日っぽさもファンタジーの雰囲気もぶち壊しじゃないですか……」
「本当に、すごい光景ですね。二つの世界の文化が共存していて」
これは片平と凛の会話。ずっと立ち止まって驚いているわけにもいかないので鋼はマルに声をかけた。
「とりあえず行こうぜ。王女様が出る式典までまだ時間あるし、それまでに大広場に着いてれば問題無いんだろ?」
街の中央付近に大広場と呼ばれる開けた空間があって、式典はそこで行われる。こちらが本来のメインイベントではあるし、皆も興味があるようだし、鋼も王女とは一応顔見知りだ。見ているだけの退屈な行事かもしれないが、皆で見物しに行く予定だった。
「……お前達に任せる。僕はこういったものには不慣れでな」
「いやいや、こんなのに決まった楽しみ方なんてねえよ。適当にそこら歩けばいいから。日本文化を紹介する祭りみたいなもんだし、折角だからお前とクーが好きなように動けよ」
「だったら私はニホンの物が食べたいぞ! マル、君は?」
「ぼ、僕も同じですのでクーレルさんにお任せします」
マルはいまだに面と向かってクーと話すのは緊張するようだ。興味の赴くままにクーには好きにぶらついてもらい、皆も一緒についていくという形に結局は落ち着いたのだった。
◇
「納得いかん……っ!」
祭りを一緒に回って程なくして。
日向の前を行くマルケウスが唸っていた。
「……もう一度、確認させてくれ。アレは『イカ焼き』だな?」
イカ焼きの屋台を指差すマルに、明らかに面白がっている表情で鋼が「ああ」と頷いている。
「焼いたイカだからイカ焼き。非常に分かり易い名だな。そしてカミヤ、お前が食べているその丸い物体が――」
「ああ。これが『タコ焼き』だ」
鋼が持ち上げた舟型の皿にはだいたいの日本人にとって馴染み深いだろうソースのかかったたこ焼きが乗っていた。
「……おかしいではないか。それは『タコの包み焼き』とでも表現すべき食品であって、タコだけを焼いたものではない。イカ焼きはイカだけを焼いた物であるのに、だ。しかもタコをそのまま焼いた物はなんと呼ぶのか訊けば、そんな料理は無いと言う。誰か一人くらいはそのまま焼いてみた人もいるだろう!?」
「知らん。タコ焼きと言ったら日本じゃこれなんだよ」
「極めつけは、カガミが食べているそれだ!」
振り返ったマルが示した先はこちらの右手だ。先程見かけて買った日向の朝ごはんがそこに握られている。
「その『タイ焼き』にはタイすら入っていないと言う! おかしいではないか! ならタイを焼いたものとタイの包み焼きはどう呼ぶのだ!?」
「タイを焼いたものはまんまタイを焼いたものだとか、焼いたタイだとか言うんじゃねえの? よく知らんが。あとタコ焼きのイカとかタイとかのバージョンはそもそも無いし、例えタコの代わりにチーズが入っててもチーズタコ焼きとか言うと思うぞ。多分タコ入ってなくても」
「それはもはや完全にタコ焼きとは呼べないだろう!? 中身は違う、タイ焼きのように形を似せる努力も無いではないか!」
どうでもいい事に彼は全力だった。……まあ、鋼もわざと混乱させるような言い方をして楽しんでるみたいだけども。
「マル君も最近ははっちゃけてきたわね」
「いじられキャラが板についてきたよね。よく鋼のおもちゃにされてるから」
「……ねえ日向、そこまでストレートに言っちゃうのはさすがにかわいそうと思うの」
「誰がかわいそうだ!」
日向が伊織と話しているとむすっとした様子のマルが割り込んでくる。九人もの人数で適当にぶらついているので自然と前と後ろで集団が分かれていたのだけど、わざわざ前方を離れてこちらにやって来たようだ。不思議に思った日向が前に目をやり、その光景を見て深く納得した。
「このタコ焼きというのは不思議な味だな! コウ、もう一個! もう一個お願いだ!」
やたらと興奮気味なクーが目を輝かせて鋼にたこ焼きをせがんでいた。鋼がしゃーねーなという顔をして、当然のように口を開けて待ち構えるクーの元へと爪楊枝を刺したたこ焼きを持って行った。
そのまま食べさせる。クーが熱そうにもぐもぐと頬張る。満開の笑顔でおいしいと言っていた。
「……」
気付けば日向の傍で、マルも伊織も省吾も雪奈も、揃ってそのやり取りを眺めていた。察するに一つ目も同じように食べさせたに違いない。直視に耐えず、マルはあの場所から逃げるようにこちらへ合流したのだろう。
「あの……。あれって、気にしたら負けですよね?」
「しかもルウが隣で凄く羨ましそうな顔で見てるのがまた、なんというか……。ええ、スルーしとくのが正解でしょうね」
雪奈と伊織はただ呆れているだけだけど、残る男性陣の反応はまた違った。
「な、なんだこの形容しがたい複雑な気分は……? べ、別に僕はクーレルさんに懸想しているわけではない。だがあれを見ていると何か言い知れない感情が……」
「分かるでマル! 『そこを代われ!』とまで図々しい事は思わんにしても、この歯がゆさというかやるせなさというか! 知ってる男が美人とイチャコラしてるん見せつけられて愉快な男などいてへん! 凹むというか、恨めしいというか、とにかくなんかテンション下がるでなー!?」
マルと省吾はなにやら意気投合している様子。よほど鋼とクーと凛によるあの空間は男子にとってダメージがでかいのだろう。
「男の子は大変だね」
「日向も他人事ねえ」
何故だか伊織に苦笑された。
「神谷君と幼馴染だっていうし、日向ももしかしてルウやクーさんとはライバルなのかなって思ってたわ」
「ライバル?」
日向は思わず首を傾げた。目前で凛が必死に「コ、コウ? 私もあの、一つ、いいですか?」と言い募っているのを見ながら、ああ、とその意味を理解する。
「まあ私はさ、そりゃあ鋼の事は好きだけど、女の子としてって意味じゃないからねえ。あの二人と違って」
一応声を若干落としているし、向こうもこちらに注意を払っている素振りもないので遠慮なく答える。鋼達にこの会話は聞こえていないはずだ。
「それじゃあやっぱりあのお二人は、神谷さんの事を?」
「雪奈、あのやりとりを見てるとそれは訊くまでもない事だと思うんだけど……」
雪奈と伊織が声を落として話すために近寄ってくる。二人の食いつきの良さからして、やはり女子はこういう話題に目が無いんだなあと日向は感心した。自分自身、恋愛への興味は結構薄いのだけどここは期待に応えてガールズトークといこうじゃないか。
「私だって直接あの二人から鋼の事を異性として好きだって聞いたわけじゃないよ。まあでも見てたら明らかにそうだよね?」
「そうよね。こんな往来であんな可愛い子二人に『あーん』なんてしてるものだから、道行く人に物凄い注目されてるし」
なんだかんだで付き合いのいい鋼が、目立つ行為だと分かっているだろうに凛にも直接食べさせていた。そうしないと「クーちゃんには食べさせてあげたのに……」と凛がしゅんとなるのは目に見えているからだ。日向にも分かるそれを鋼が分からないはずがない。
そしてマルが怒りに震えていた。
「ふ、不誠実な……! 恋人同士であれば、ああいった事をするのに僕だって理解がないわけではない! だがカミヤの奴は、悪びれる様子もなく婦女子二人を相手に同じように……!」
「あ、ねえねえマル君。セイラン王国って一夫多妻制はないの?」
ふと気になって訊ねてみると、マルだけでなく日向を除いた他全員がぎょっとした顔でこちらを見た。
「え、えーと、そんな変な事訊いちゃったかな?」
「いやだって日向、いきなりそんな単語出されるとあの三人の事としか思えないし……」
伊織が妙に甘ったるい空間を形成している三人組を指差して言う。もちろんそこから連想しての単語だったのだけど、確かに変な事を訊いてしまったかもしれない。日本人の普通の感覚としては、恋人や伴侶となる者は一人だけというのが当たり前なのだから。
「マル君がなんだか怒ってたからさ。日本でもそうなんだけど、こっちの国でも男の子が二人の女の子と仲良くするのはやっぱり不誠実な事なの? 貴族とかだと奥さんが二人いたりしないの?」
「いるものか! 重婚ではないか!」
「あれ、そうなんだ? 前こっちの世界にいた時に、グレンバルドだと一夫多妻制があるって聞いてたからこの世界だと普通なのかなって」
「……帝国と歴史ある由緒正しいセイラン王国を一緒にしないでもらいたい。人種差別と奴隷制がまかり通る野蛮な国なのだぞ、あそこは」
「ふーん。もしかしてこの国と帝国って仲悪い?」
「……良くはないな。歴史的に見ても何度も戦争してきた相手だ。ここ数十年は表立った争いは無く平和なものだが、やはり良好な関係とは言い難い。三年ほど前だったか、皇帝が代わってからはまた軍拡を進めているらしいしな。僕もあんな国とは友好的に付き合えるとは思えない」
「そうなんだ」
日向としても帝国には色々と思うところがあって、マルの言い分には同意だったのだけど、余計な事は言わないでおいた。
「と、こんな話よりもカミヤだ! 奴と、彼女達やカガミの仲が良いのは承知している。だが婚約者でもない異性相手にあれは、少々やり過ぎのように思うぞ!」
「……嫉妬?」
「ち、違う! 断じてそのような事から言っているのではない!」
「あはは、冗談だよ」
そこでクレープの屋台を見ていた鋼達が立ち止まり、こちらを待って話しかけてきたので日向達も話を中断した。クーが食べてみたいと言ったようで日向達にも買うかどうか訊いてくる。目移りするほど他にも色々な出店があるので迷った挙句全員断って、結局買ったのはクーだけだったけども。
放っておくとまた鋼達三人は他者に入り込めない空間を生み出し始めたので、それを待ってから日向は言う。
「言われてみると確かに、あれどう見ても仲良しどころか恋人の距離感だよねえ。マル君の言う事も、ちょっとだけ分かるんだけどさ」
「そうだろう。恋人でないと言うなら、もう少し慎ましい付き合い方を――」
「でもさ」
マルの台詞を途中で遮る。多分、正論を言っているのは彼の方で、同じように思う人間は学園にも何人もいるだろうけど。その言い分を認める事は、戦友達の笑顔の為にも日向には出来ない。
「鋼は不誠実じゃないよ」
「だ、だが。本命の相手を決めず、女性二人とあのような関係を維持するというのは――」
「マル君。逆に訊くけど、鋼が本命を決める事を、クーちゃんかルウちゃんのどちらかでも望んでるように思う?」
そこはきっとマルにとっては考えるまでもない前提の部分で。予想外の質問に彼は呆気にとられたような表情になる。
「は……? い、いやしかし、そこは男らしく、潔く決めるべきでは……?」
「断言しちゃうけど、二人とも全くそんな事鋼に望んでないよ。あの三人が、無理して今の関係を維持してるように見える?」
日向達に観察されているとも知らず(ただ鋼は気付いている可能性が高いけど)、視線の先で鋼達三人は祭りを満喫していた。
クレープの甘さに感激したクーがはしゃいでいる。たこ焼きのお礼にと、食べかけのクレープを差し出して今度は鋼がそれをかじっていた。日向の見たところクーは間接キスなど意識してはいないだろうけど、凛は鋼の食べた後のクレープを狙ってすかさずそれをねだっていた。だけどそこに嫉妬とか、水面下での女子の争いなどといった雰囲気は微塵もない。凛とクーの間でも、交わされるのは笑みだけだ。
彼女達はライバル同士などではない。
それなりの付き合いの長さの日向は、それを感覚的に知っている。はっきり言ってしまおう。言葉にして確認してみた事は無いけれど、恐らくは二人共、一夫多妻制でも全く問題ないという考えの持ち主だ。
「……確かに無理などしているようには見えんが、外から易々と分かるものでもないだろう。だがカガミは、三人共が望んで今の曖昧な関係でいるから問題無いと考えているのか?」
「本命一人を決めるのを望んでいないだけで、曖昧な関係を望んでるのとはちょっと違うんだけど」
「正直、どう違うのかよく分からないのだが……」
あんまり日向があの三人の事を好き勝手に言いたくはない。でもここでマルを納得させておかないと、鋼に対して不満を溜め込んで後々までしこりとして残るかもしれない。ため息をついて、これは私の勝手な憶測だけどと付け加え、日向は自分の考えを口にした。
「鋼は戦友達の事みんな同じくらい大切だから、誰が一番とか順位付けしたくない。ルウちゃんとクーちゃんは、恋愛感情とか抜きに鋼の事もお互いの事も家族みたいに思ってるから、お互いを恋のライバルだなんて思ってないし、皆で仲良く一緒にいられたらいいぐらいに考えてる。そういうわけで、あんな感じになるの」
「……なんだか不思議な関係なんですね」
と雪奈がまとめてくれて、マルも一応は納得したように引き下がった。
「それとさ、すんごいイチャイチャしてるように見えるだろうけど、私達って食べ回しとかあんまり気にしないんだよね。谷にいた頃なんてまともな物食べられなかったしさ。鋼達のあの食べさせ合いも、本人達にとっては結構普通のスキンシップだったりするんだ。だから大目に見てあげて?」
これぐらいフォローしておけば十分だろう。友人達が頷き、その結果に日向は満足する。しかしどうも、それだけでは終わらず今度は自分が妙な目で見られている気がした。
「日向ってあの面子の中じゃ、お姉さんキャラというか保護者のポジションなのね。意外な一面を見た気がするわ」
「ええ? そんな事無いと思うけど」
「いやカガミちゃん、かなり面倒見いい方やと思うで」
いやいや。
――私なんかよりよっぽど鋼の方が頼りになるんだけどなあ。
不本意にもこの日、日向は学園の友人達からお姉さんキャラと認定されてしまったのだった。
◆
同時刻。
パルミナ東の平野に、王国騎士団の精鋭達が展開し、警戒任務に当たっていた。
牙狼隊。
騎士の中でも実力者や好戦的な者達だけが集められた、主に戦時に活躍する騎士隊である。
先日の魔物襲撃を踏まえ本日は特別に彼らが動員されていた。帝国の方角から魔物が現れる場合、南から回り込んでパルミナに至るルートも考えられるのだが、そちらは一般の騎士と雇われた冒険者や傭兵が担当している。
そして、今。
「本当に来やがった……っ!」
牙狼隊の斥候の一人が、東の空を見てそう呟いていた。
「敵襲だあぁぁっ!!」
後方の他の斥候に伝えるためにも彼は声の限り叫んだ。まだ敵影は遠い。主に〈紅孔雀〉で構成されている群れだとは思うが、まだはっきりと空を飛ぶ影の正体は視認出来ない。そしてその数は、数える事を早々に放棄させるほどに多かった。
更に、目を凝らせば地上にもいくつもの動く影が見受けられる。
「東の空と地上から、魔物の群れが接近中! 数は――」
彼は本職の騎士だ。それなりに場慣れしてもいる。だがさすがに、このような経験はかつて無い。
騎士として優秀なはずの彼が、まともに報告するためには動揺を必死に抑え付けなければならなかった。
「五百以上いるっ!!」




