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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
23/75

 21 組織の力、個の力



「坊ちゃまの所在をご存知ありませんか?」

 マルの護衛官、ターレイが教室まで尋ねてきた。

 本日最後の授業が終わってしまったが、マルは結局戻って来なかった。前の休憩時間にシシドを探しに行ったきりだと教えると、護衛官は礼を言って立ち去る。

「あいつ、勝手に何かやらかそうとしてるんじゃねえだろうな……」

 鋼の呟きを、日向も省吾も片平も否定できない。生真面目なあいつが授業を休んだのだ、何も起きない方が不自然にすら思える。

 凛と有坂も様子を見にこちらの教室へやって来た。

「あの貴族の人、帰って来なかったんですか?」

「何か、変な事起きそうな気配よね……」

 マルの不在を聞いた二人も不安を露わにする。

 普段であれば、この場の六人が放課後に集まる事はあまり無い。省吾と有坂の二人は学園敷地内にある第一寮に部屋があり、それぞれのルームメイト等他の付き合いもあって、放課後はそれぞれが好きに過ごすのが最近では暗黙の了解となっている。

 だが今日に限っては、事件の事もありこのまま解散するのは誰も望んでいないようだった。

「教官にどうなってるか聞きに行くか?」

 提案に皆が頷いたので、荷物を手にそれぞれが立ち上がる。

 いるか分からないが、シシドが前いた場所である授業の準備室らしき部屋へ向かう。ほんの少し前、僅かな時間差でターレイもこの廊下を通ったはずだ。

 一階廊下の、正門と中庭を繋ぐ歩道との交差点に差し掛かる。校舎内ではあるが、吹き抜けになっているので外とも言える部分だ。

「ん?」

 気配。

 中庭の方から後頭部の辺りに飛んできた物を、鋼は顔を向けざまに掴み取る。緩やかな速度で飛んできたそれはただの小石だった。

 凛が即座に警戒の視線をそちらに向け、鋼ともども僅かに驚く。探し人が向こうから現れた。

 人目を忍ぶように、マルが中庭の植木の陰から手招きしていた。他の四人もすぐさま気付く。

「……いましたね」

「なんか嫌な予感がするな。なんであんなこそこそしてんだ?」

 というかあんまりちゃんと隠れられていない。近づいて、話しかける。

「何やってんだ、マル。ターレイさんが探してたぞ」

「……ああ、分かっている。じいには見つかりたくないんだ」

 ちなみにマルは、ターレイの事をじいと呼ぶ。お目付け役の目を盗んでまで一体何をやらかすつもりか。

「そりゃまた、なんでだよ。悪事には加担できんぞ」

「悪事などではない!」

 それまでとは打って変わったマルの感情的な断言に凛と片平がびくっとなる。眉をひそめて鋼はマルを見つめた。

「落ち着け。どうした一体」

「あ……、いや、すまない」

 それきり彼はなんと言えばいいのか分からないように、黙りこむ。

 なんだこの雰囲気は? あまりにらしくない反応だった。弱気というか、どうにもマルは精神的に弱っているように見える。

「場所を……、変えたい」

「場所?」

「人目につかない、落ち着いて話が出来る場所は無いか?」

 この異様な態度。誘拐事件に加えて、更に厄介な話でも持ってきたんじゃなかろうな、と疑ってしまうが。というか、疑いの余地なく間違いなくそうだろう。省吾が案を出す。

「講堂の裏とかどうや? 第一寮とも離れてるし……」

 ひとまず鋼達は場所を移す事になった。

 これ以上、どう話がこじれるというのか。ため息をつきたい気分だった。




 ……。

 幸いにも無人だった、講堂裏にて。鋼達はマルの話を聞き終わる。

「闇傭兵ギルド、か……」

 マルが聞いてしまった警備隊の裏事情。さすがに軽いものでは無かった。

 皆、苦い顔や難しい顔で黙って耳を傾けていた。

「それじゃあもう、諦めて犯人の言う通りにするしか無いってこと?」

「そんな事は……っ! 断じて、認められん……っ!」

 有坂が訊くと歯を食いしばってマルは否定する。だがそうは言っても、ここまで悔しそうにしているのだ。行動しようにも何もアテは無いようだった。

 そう、鋼は思ったのだが。

「僕は……、待っているだけは、我慢ならん」

 絞り出すような声で、マルは告げる。それは自分なりに行動を起こすという決意表明だった。

「僕は警備隊ではない。どう動こうと、人質の娘とは無関係だ」

「……お前、その理屈本気で犯人に通用すると思ってんのか」

「カミヤが教官に語った理屈だろう。脅迫文の内容は破っていない」

 どう見てもこの馬鹿な熱血貴族は、本気だった。

 このまま鋼達が何も手伝わず放置したとしても。間違いなくこいつは一人でも何かやらかす。

「……で?」

「ん?」

「お前が知ったその裏事情を俺達に聞かせたのは、手伝えとかそういう事か?」

「いや、そうではない。お前達はあの店の常連で、誘拐事件を知る騎士候補だ。知らせるべきだと思った。もし僕だったら、事情を隠されたまま知らされないのは耐え難い」

 そりゃマルはそうなんだろうが。知らぬが仏ともいう。最後まで知らされないのであれば、それはそれで余計な苦労など背負わず過ごせるだろうに。

「つーか、お前が今からどうしようがもう終わってる可能性が高いぞ。脅迫文には昼二時に土地の権利書を、と書いてたんだ。さすがにもう奪われてると思うぞ」

「ならば取り戻す方法を考える!」

 そのくらいの可能性は既に考えていたらしく、間髪入れずにマルは断言。

「人質の命が無事だったからといって、誘拐が卑劣な犯罪である事に変わりはない! あの親子が一体何をした? 店を奪うという理不尽な仕打ち、到底許されるものではない!」

 ……ヒートアップしているところ、悪いのだが。

「許されるものではない、ね。だったらお前は、どうすんだ?」

「……考えては、みたのだ。だがお前達の考えを聞いてみるべきだと思った。僕はこういう難しい状況は、得意ではないのだ」

「結局手伝わすつもりじゃねーか」

「いや、知恵は借りたいが、いい案が無くとも僕は動く。そう、決めたのだ」

「……」

 言うべき言葉を、鋼は慎重に探す。黙り込んだこちらに対して、マルは微かにだが口の端に笑みのようなものを浮かべた。

「それにカミヤもどうせ、動くつもりだろう? あの店のため、いち早く行動を起こしていたお前の事だ」

 そうなの? という有坂達の視線を感じ取るが、そちらに視線は向けない。鋼はマルを凝視する。

 その表情は、こいつが初めて明け透けに見せてくれた、信頼と呼ばれるようなものだ。

 鋼が正義の志を抱いた騎士候補だと信じて疑わない、純粋な視線。湧き上がった感情に従い、鋼は口を開く。


「何馬鹿な事言ってんだ?」


 苛立ち。

 それが、今鋼の中に浮かんできた感情の名だ。

「む……?」

「相手は警備隊ですら手を出しあぐねてる組織だった? それを聞いて、俺が動くとでも?」

 マルの顔にはいまだに理解不能の文字。全くもって、気に食わなかった。

「な……、ならカミヤは、もう諦めるつもりなのか!?」

「当たり前だろうが。ただのゴロツキ相手ならともかく、そんな組織を相手どって個人に出来る事があるとでも?」

「何か、あるはずだ! それとも貴様、その組織がこれからも悪行を重ねようとも、それを理由に全て見過ごすというのか!?」

「そう言っているつもりだが?」

 急激に頭に血が昇って、マルは茹で上がったかのように真っ赤になっていた。ここまで考えが離れているとは思いもしていなかったのだろう。だが正当性は鋼にある。この少年が少し、楽観的に過ぎるのだ。

「貴様……っ! それでも騎士を志す者かっ!?」

「別に俺は、騎士になるつもりは無いんだがな。勘違いしているらしいが、俺はむしろ平均より不真面目なほうだ。正義感なんてのもそこまで無い。だがまあ、それでもこの場においては、俺の言い分のほうがお前より正しい」

「正しい訳があるか!」

 激しさを増す口論に、有坂が仲裁に入ってこようとして省吾に止められているのが視界の端に見えた。

「現実を見れてない正しさは、ただの理想って言うんだよ。なら訊くがお前、諦める以外に取れる手段を教えてくれよ。闇傭兵ギルドそのものを頑張って潰すか?」

「そこまでしなくとも、権利書を取り戻せばいいのだ!」

「ならもう一回同じ誘拐事件が起こるだけだな」

 勢いを失い、マルが言葉に詰まる。

「しかもそれは、お前の思うように上手くいったとして、だ。取り戻すのに失敗してお前が組織にでも捕まれば、ターレイさんにもお前の家にもすげー迷惑がかかるんだろうな。貴族の人質だ、今度は何要求されんだろうな?」

「……捕まらないように、上手くやる方法を考える。誘拐が二度と起きないよう、店の人達にも気を付けてもらえば」

「へえ。お前が学園で授業受けてる間、人でも雇って店の護衛してもらうのか? これから先ずっと?」

 マルは怯んでまた口を閉ざしたが、手加減などしてやらない。

「まあ、何もかも上手くいって、誘拐の再発も防げたとしよう。で、それで全部解決か?」

「……」

「そうはならないだろうなあ。店が駄目なら次の標的はお前だ。お前が駄目なら次はお前の知り合いだ。警備隊も手出しできない犯罪組織なんだ、きっと執念深いぞ?」

「……」

「お前が足掻いても、根元から解決しない限りどんどん周りも危険に晒す事になるぞ? その事考えもしなかったか? ……ふざけんなよ」

 いかん、もう少し冷静に、と自分に言い聞かせる。自覚が無かったが、思いのほか鋼は怒りを感じていたようだった。

 マルの胸倉を掴み上げ、睨みつけていた。

 ――命が関わるような問題を、軽く考える奴は嫌いだ。

「そういうの全部背負って初めて、正しい行動ってのは許されんだよ。確かに今起きてるのは理不尽な事件だ。んな事誰でも分かってるんだよ。だからって行動しない奴を批判する資格は、間違ってもお前には無い」

 マルは気圧されたようでいながらも、こちらから目は逸らさなかった。静かに頷く。それで鋼も手を離した。

 少し冷静さが戻ってきて、しかしまだ完全に頭が冷えたとも言えない状態。息を詰めて成り行きを見守っていた省吾達に「わりい、後頼む」とだけ言い残し、鋼は講堂裏から立ち去った。

 数歩遅れて、背後に二人分の気配が続く。それが誰かなど確かめるまでもなかった。



 講堂から十分に離れた、校舎の傍までやって来た。

 歩くこちらの背中に、日向の声がかけられる。

「手伝うよ?」

 幼馴染の厄介なところは、察しが良すぎる点だと思う。

「いや、手伝うって何をだよ」

「鋼がやろうとしてること」

「……何言ってんだか」

 日向に続き、もう一人の決然とした声も届く。

「もちろん、私もついて行きますからね? コウ一人でやろうなんて思わない事です」

「だからお前ら、何言って……」

 言い返す途中で鋼はため息をつく。それで色々と、諦めた。

「……。話変わるが。クーの奴あの店に連れてった時、かなり絶賛してたよな」

「してたね。おかわりして二人分食べたし」

「ニールのとこから帰ってきてあの店が潰れてたら、ショック受けるよな」

「はい、それはもう。クーちゃんは食いしん坊なので、かなり落ち込むかと」

 流れるように二人から返答が来る。

 本当に。全て分かっていると言わんばかりの態度が心外ではあるが。

「あー……。しゃーねえな」

 マルにはああ言ったが。偉そうに説教のような真似事もしでかしてしまったが。

 組織に対し、個人が無力だというのはだいたいの場合において間違ってはいない。

 そう。

 だいたいの場合においては。

「……潰すか、闇傭兵ギルド」

「うん」「はい」

 言ってみると、本当に何の気負いもなく。全く(よど)みなく、戦友の少女二人は頷きやがった。

「……さらっと返事しやがって。別に俺達の命が狙われてるわけじゃねえんだぞ。こっちから首突っ込んでどんくらい危ねえ目に遭うのか、未知数だし」

「でも鋼はもうやる気なんでしょ? 最初からそのつもりじゃなかったら、あんなメールしてくる訳ないし」

 日向が言っているのは今日の昼休みに鋼が出したメールだ。

 鋼が凛とマルとターレイの四人で満月亭を裏口から訪ねた、その少し前に(あらかじ)め送信していたもの。学園で待っているように見せかけて、省吾達には怪しまれないよう抜け出せとメールで指示を出したのだ。

 こいつには一人、別行動を頼んだ。あの時鋼が見張りの有無を確認したのだが、案の定店の裏口(・・)も見張られていた(・・・・・・・・)ので、その見張りを更に日向に監視してもらったのだ。誘拐の手紙を持ち出した事など、実は最初から犯人達に筒抜けだったりする。言い訳させてもらうと仕方なかったのだ。あの時は何故臨時休業なのか不明だったから、見張られているだけでは引き返す理由にはならなかった。

 店主に脅迫文を見せてもらい誘拐と判明した時点で、念のための保険として待機させていた日向にメールで更なる指示を出した。こう見えてこの幼馴染、尾行や隠密行動はお手の物だ。そういう訳で既に鋼達は、携帯の写メールで見張りの男達の人相を押さえているし、鋼達の動きを仲間に報告するため移動した見張りの一人の後をつけて、犯人達の大まかな居場所ですら把握を終えている。

「あそこまで私にやらせといて、まだ誤魔化そうとしたのがむしろびっくりだよね……。どう考えても最初から、鋼は自分で動く気だったクセに」

「……んな事ねーよ。さっきのマルの話を聞くまでは、マジで教官に任せとくつもりだった」

 警備隊を頼れないと分かった今も、シシドは別の解決法を探してくれている気がする。鋼が行動を起こそうとしているのを知れば、彼は思いっきり顔をしかめる事だろう。

 日向が無邪気な動作で首を傾げる。

「うーん、そうかなー? 教官に全部任せる気だったら、満月亭に裏口から入ったのを見張りに見られてたってとこまで、正直に鋼は話したと思うんだけど。あの情報を自分だけが握ってる意味って、人質の身の安全に関しては鋼がなんとかするつもりだったから、だよね? で、鋼がどうでもいいって思ってる店の権利書とか身代金とか、そういうのだけ教官に任せるつもりだったんじゃないの?」

「……」

 何を答えてもボロを出しそうだったので鋼は黙っておく。こいつの察しの良さは、たまに読心術の存在を疑いたくなる程だ。学校の成績とかは軒並みたいした事ないくせに。

「……ヒナちゃんって本当に、コウの事良く分かってますよね……」

 どこか不貞腐(ふてくさ)れたように凛が呟く。張り合うものでもないだろうに、こいつはこいつで何を言ってるんだか。

 ――そろそろ、意識を切り替える。

 最重要事項を先に確認しておかなければならない。人質が返ってきているかどうかを。

 返ってきていれば良し。そうなればわざわざ闇傭兵ギルドに、喧嘩など売るつもりは無い。

 だが相手は平然と卑劣な犯罪を起こす、警備隊に捕まる心配も少ない闇組織。素直に人質を返すか(はなは)だ怪しいものだ。

「じゃ、ヒナ(・・)、ルウ。そろそろ行くぞ。まずは満月亭だ」

「了解」「はい!」

 二人の少女を引き連れて、鋼は学園の正門を通り抜けた。



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