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ソリオンのハガネ  作者: 伊那 遊
第一章・新入生の問題児たち
21/75

 19 事件


 剣術実技の授業で、試合が行われていた。

 前回の鋼とマルの試合に触発されたのか、有坂が試合をしたいと申し出たのだ。

 シシドは許可を出した。まだ数回目の授業では素人に試合なんてさせないらしいが、有坂であれば問題ないだろうとの事。武道の経験者であれば試合で相手に怪我をさせるような無茶はすまい、という判断基準らしい。

 そして有坂は、迷わずに対戦相手を指定した。


「どっこが『私なんか全然』よ! あなた、うちの中学の剣道部副部長よりは強いわよ!」

 竹刀で何度か打ち合い、両者ともに距離を取る。それが繰り返された何度目かで、有坂は構えながら相手に文句を言った。

 言われた相手はなんと答えていいのか困惑した様子で、それでもぼそぼそと口を開いた。

「そ、そうなんですか……?」

 凛だった。

 ギャラリーとなった生徒達が見守る中、いかにも緊張を隠せていない彼女はとても頼りなく見える。だがさっきまで、鋭く振られる有坂の竹刀を的確に弾いていたのもまた彼女である。

「どないやねんあの二人……」

 再び二人は切り結び合い、観戦する省吾が呆れたような調子で呟く。眼前で繰り広げられる男子より非力なはずの女子同士の打ち合いは、当然魔術は使っていないというのに展開が激しい。両者ともに強いというのは素人目にも明らかだ。

 凛が対戦相手として指名された時、自分が選ばれるなど夢にも思っていなかったらしく彼女はかなり挙動不審になった。何故私なのか、と訊かれて有坂は「歩き方とか身のこなしが、なんか強そうだから」と答え、凛は「私なんか全然そんな事ないですよ」と確かに言っていた。そりゃあ有坂も文句を言いたくなるだろう。

 女子二人の華やかな容姿もあいまってか、息すら忘れて試合に集中しているような見物人もちらほら見受けられる。

「魔術もなしの女の細腕で、よくやる。両者ともに強いな」

 感嘆するように言ったのはマルだ。貴族っぽく偉そうに腕を組みながら、凛と有坂の攻防を注視している。

「しかしアリサカの方が、一枚上手か」

「だな。あれは《身体強化》覚えたら相当強くなるぞ」

 試合の流れは基本的に、有坂が苛烈に攻め凛が守勢に回るというものだ。元々守備的な戦いを好む凛だが、それを差し引いても少し一方的にやられ過ぎている。だが二人の実力が離れているかといえば、案外そうでもない。

 見ていれば分かるが、有坂も相当やりにくそうだ。凛は守りながら、ほんの僅かにでも気を緩めれば一撃で逆転してやるという気勢でカウンターを狙い続けている。有坂も相手の守りを崩すための強気な攻撃を中々繰り出せず、互いの神経を削る戦いになっていた。これは見ている方も疲れる。

「というかマル、ちゃっかりこっち来てんのな」

「なんだ、戻れと?」

「ああ、違う違う。日本人は正直、こっちの貴族とか平民とかよく分からんのでな。俺が変に気にしてただけ」

「確かにこちらでは、同じ身分の者同士で固まる傾向はあるが。貴族とニホン人が共に試合を観戦する事に、何か問題があるわけではないぞ。……そして、その馴れ馴れしい呼び名を認めたわけではないからな」

「すげえ今更じゃね?」

 友人になった覚えは無いとか言っておいて、授業中にわざわざ隣にやって来るマル。なるほど、これがツンデレというやつか。

 鋼もマルも、話しながらも一切試合からは目を離していない。そろそろ凛が押され始め、カウンターすら狙えずただ守っているだけとなっていた。彼女の実力の程を知る鋼は断言するが、凛はけして弱くない。有坂が強過ぎるのだ。

 そしてとうとう、竹刀の内側に竹刀が滑り込み、試合は有坂の勝利で決着がついたのだった。


「……負けました」

「村井さん、やっぱり強かったじゃない。勝ったけど私も全然余裕無かったわ」

 試合が終わり、爽やかに互いを認め合う――という展開には残念ながらならず。結構凛は(へこ)んでいた。口ではああ言いつつも、実は自分に自信があった、というわけでは無い。単にネガティブ思考なのだ。

「普段から自信ないクセに、負けたら負けたでショック受けるからな、こいつ」

「そうだよルウちゃん。もっと前向きに考えないと! 実戦だったら死んでたけど、これは試合だから生きてた。良かった! みたいにさ!」

「え、それもしかして励ましてるん?」

 ポジティブ思考の日向に、省吾が首を傾げている。凛は深く頷いた。

「確かに、そうですね。今私は生きている、それが重要でした」

「あ、今ので良かったんだ……」

 吹っ切れた様子の凛に、有坂が疲れた声で言った。

「にしても有坂の強さは驚いたぞ。剣道は得意って言うだけあるな」

「そりゃ私、これでも全国大会で準優勝だしね。魔術なしの純粋な剣の勝負じゃ、そう簡単に負けるつもりはないわ」

「全国二位かよ……!」

 さすがに仰天した。日向も凛も省吾も、ついでにマルも、目を見開いて驚きを表していた。女子剣道で、中学の部とはいえ。一国のトップクラスのレベルには違いない。そんな奴がこうも身近に存在したとは。

 ――マルの驚きようが尋常じゃなかったので問い(ただ)したところ、『全国』、つまり地球上の全ての国を含めての二位だと勘違いしていたので、その誤解を解くという一幕もあったが。まあ割愛するとして。

「村井さん、落ち込む必要なんて無いくらい強いと思うわ。その、嫌味にとって欲しくないんだけど……」

「勝負やから勝ち負けあるって分かってても、悔しいもんは悔しいわな。まーでも村井ちゃん、魔術も出来るんやし強化もすごいしで、かなり万能ちゃうん? 全部使ったらなんか凄まじい事になりそうなんやけど……」

「……確かに。そうか、ムライは先日の事件の犯人を、魔術で捕縛したのだったな。もしや魔法剣士を目指しているのか?」

「え、いえ……。あのその、特にどれを目指している、というわけでは……」

 マルが出した単語に有坂が食いついた。

「魔法剣士? それってそのまま、魔法も使える剣士って意味よね?」

「その意味で(おおむ)ね間違ってはいない。魔術を戦闘に用いる者達の戦い方は主に三つに分けられる。その一つが俗に魔法剣士と呼ばれるものだ」

「その話、もっと詳しく聞いてもいい?」

「構わんが。そうだな、主に魔術は強化しか使用せず、剣や槍などの近距離武器で戦う者を通常、戦士や剣士と言う。逆に魔術を主な攻撃手段とする者が魔術師や術師と呼ばれる」

「あ、魔術師って研究者みたいなイメージがあったんだけど、戦う人の呼び方だったの?」

「ああいや、言葉が足りなかった。これは戦い方を三つに分ける上での便宜的な呼び名だ。本来であれば魔術師といえば、魔術を専門的に修めた者を言うのだ。戦いを生業(なりわい)にしていなくともな」

「ふんふん」

 案外面倒見が良く詳しく解説してくれるのを、鋼も興味深く聞いていた。

「そして今挙げた二つの戦い方の中間がいわゆる魔法戦士、あるいは魔法剣士などと呼ばれる。武器を振るい、そこに下級の魔術も織り交ぜて戦う。だがこの戦い方をする者は非常に少ない。あまり有効な戦い方では無いからだ」

「え、なんでや? 剣士に魔法が足されるんやから、弱いはずがないと思うんやけど」

「剣の道も魔術の道も、甘いものではない。大抵はどっちつかずの中途半端で終わってしまうのだ。それに他の事に思考を割きながら、本来の実力で戦える剣士などいない。更には、剣と魔術の攻撃を一人で両立させるよりは、剣士と魔術師が組んだほうが結局は効率がいいという理由もある」

 マルは語る。

 騎士は国に所属する剣士であるし、国に仕える魔術師が宮廷魔術師と呼ばれる人々だ。それぞれの技能に特化した人材をセイラン王国は求めているが、例えば魔法剣士のみの騎士団、というようなものは無いらしい。確かに騎士がそれぞれ違う魔術も使うなら、指揮するほうは困りそうだ。

「だが大半のニホン人は、魔術の授業も剣術の授業も全て取っている。本来はあまり勧められん事なのだが」

「どうせ後期の選択授業じゃ剣術取る奴はかなり減るさ。日本人はかなり魔術に憧れがあるからな。剣術取ってる奴もだいたいは、魔法も使える剣士ってのを目指してるだけだと思うぞ」

「そうなのか? 確かに冒険者などは、武器も魔術も習得していて場合によって使い分けるという話も聞く。目の前の敵には剣で、離れた相手には魔術で、というように」

「へえ」

 校庭の片隅でだらだらと駄弁っていると、他の剣術経験者の生徒同士の試合は終わりを迎えていた。実は試合中だったのだが、凛や有坂、そしてマルと比べればそこまでたいした技量では無かったので、軽く目で追いつつも雑談していたのだ。

「ああそれと、今言った分類法は一般的に広まっているが、正式な呼称というわけではないからな。多少魔術を習得しているが基本的には剣だけで戦う、といった者が剣士と名乗ったりする事はよくある。どこからが剣士でどこからが魔法剣士かなど、境界線は人によって曖昧だからな。そういう考え方もある程度に捉えておいたほうがいいだろう」

「よく分かったわ。ありがと」

 教師顔負けのマルの解説を踏まえて、鋼は考えてみる。

 自分達をその分類法に当てはめてみると、鋼は魔術も扱える剣士、凛は剣も扱える魔術師、そして日向が魔法剣士という事になりそうだ。これはそこそこバランスのとれたメンバーではなかろうか。

「あ、やべ」

 話していて気付くのが遅れた。試合の審判を終えたシシドが、明らかにこちらを見据えてずんずんと歩いてきていた。

「試合が終わっても堂々と雑談。いい度胸だな、お前達」

 ――その後、六人仲良く怒られましたとさ。



 ◇


 その日の昼休み。

 学園の食堂よりも、正直なところ満月亭の方が料理が美味しい。なので本日もそこで昼食をとる予定だった。

 今日はマルにも声をかけてみようと思っていたのだが、休憩時間が始まると即座に教室から出て行ったので、鋼・日向・凛・省吾・有坂・片平といういつもの面子となっていた。そして鋼達が学園を出たところで、護衛官を連れたマルと遭遇した。

 待っていたという感じでは無い。出かけていて、今学園へ帰ってきた風だった。

 マルは神妙な顔をしていて、どことなく緊張感が漂っていた。学園から出てきた鋼達に気付き、まっすぐこちらに向かってくる。

「……どうした?」

 様子がおかしいのは分かる。端的な問いかけにマルは答えた。

「今、あの店に行ったのだが。閉店していてな」

 用事というわけではなく、どうやら先に店に行っていただけのようだ。

「閉店?」

「臨時休業、という札がかかっていた」

「他には?」

「いや、それだけだが……。妙に気になってな」

 あの店に柄の悪い男達が手を出すかも、と鋼が教官に話したのを、以前こいつも聞いている。突然の臨時休業を、何か不吉な予感のように感じているのだろう。

「少し心配だったので、中の様子を伺ってみようと思ったんだが。それはターレイに止められた」

「当たり前だ」

「……むう。お前もそう言うのか。確かに休業中の店に入っていくのは非常識かもしれないが……」

 そんな理由で鋼は当たり前だと言ったわけでは無い。

「違う。見張られている可能性を考えろ」

 その可能性に初めて思い当たり、驚愕の表情となるマル。やはりターレイはそれを分かっていたようで、鋼と目を合わせ僅かに頷く。事情をあまり知らない省吾が訊いてきた。

「なあ、どういう事や? 臨時休業ってだけでそんな警戒しやなあかん理由あるんか?」

「あー。すっげえ簡単に説明するとだな、地上げ屋があの店をしばらく前から狙ってたんだ」

「ジアゲヤ……?」

「そら物騒な話やなー」

 マルが怪訝そうに訊き返し、省吾は少し真面目な顔になる。

 ともあれどんな事情があるにせよ、このまま満月亭へ行くのは得策ではない。今現在すら、店まで行ったマルに監視の目が光っていてもおかしくはない。渋るマルを鋼はターレイと二人で説き伏せて、一旦八人は学園へ引き返したのだった。

 それはもちろん、見せ掛けだけの事だったが。


 その数十分後、鋼の姿は満月亭の裏口前にあった。

「開いてたらそのまま入るぞ。本当にただの臨時休業だったら店の人に謝ればいい」

 店の表の通りでは無く、建物と建物との間の見慣れぬ細い路地に鋼は立っている。見上げるのは店の裏側で、同行者は三名だ。

 マル、ターレイ。そして絶対についていくと言い張った、凛である。

 様子を見てくるだけだから、と省吾達には食堂で残ってもらっている。マルも置いて来れれば良かったのだが、まあこの熱血貴族が事態を静観するはずもなく。護衛官のターレイも諌めるような事を多少はマルに言ったのだが、頑固な性格は百も承知のようで最初からどこか諦め気味だった。

「お邪魔しまーす」

 ドアを開け、声をかけながら建物に入る。施錠はされていなかった。

 暗い。閉め切った建物内は窓からの光以外、全く光源が無い。

「暗いな。……誰かおられませんかー!」

 マルが呼びかけても、満月亭内部からは何の反応も返って来ない。無人だろうか。

 先に一階を調べるつもりで歩いていると、見慣れた空間に合流する。鋼達も何度も食事をとった、客用の座席がある飲食スペースだ。無人だという予測はそこで間違いだと判明した。閉め切った薄暗い店内に、一人の男性が座っている。

 店に通う内に何度かちらりと見た、料理人らしき年配の男だった。のろのろと億劫そうに首を巡らせ、彼は鋼達の方を見た。

「ああ……、お客さんかい?」

「普段は客として来ておりますが、今日は違います」

 裏口から堂々と入ってくるなど、客にしては不自然極まりないのに。どうにも男性の反応は鈍い。

「ああ、よく来てくれる子達だね」

「はい。失礼ながら、臨時休業の札を見て裏口から入らせて頂きました」

「何か用事だったのかい? 悪いけど今日は……」

 憔悴。

 そんな言葉がしっくりくる程、マルに対して受け答えする男性の声には覇気がない。

「以前より男達に、この店が営業妨害を受けていたのは聞いております。何かあったのではと思い……」

「……あったも何も」

 どこか捨て鉢に、男性は机の上に置いてあった紙をこちらへと寄越す。

 何が起こって臨時休業となったのか。おおよその事態を鋼はこの時点で察した。

「それは?」

「読んでみるといい」

 受け取ったマルが目を落としたその手紙の内容を、鋼達も後ろから窺う。


『娘は預かった』


 そんな一文で、この手紙は始まっていた。



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